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第133話

Author: レイシ大好き
そこで加津也は足を止め、その人影の方へと向きを変えた。

二川のフロントで見かけた「二川家の次女」じゃないか?

その瞬間、男の中に渦巻いていた怒りが一気に燃え上がった。

あの女さえいなければ、紗雪の前であんなことを言わずに済んだのに。

あんなセリフを吐いた今となっては、彼女の前に立つのが気まずくて仕方がない。

全部あの女のせいだ。

いったい何者なのか、確かめてやる。

加津也は足早に歩み寄り、男と寄り添っている緒莉の腕をいきなり引っ張った。

「このアバズレ、お前、いったい誰なんだ?」

緒莉は頭の中でまだ紗雪への憤りと、これからの策を考えていた。

不意に腕を掴まれた上に、罵声まで浴びせられ、頭がついていかなかった。

どんな人間だって、こんな理不尽な扱いにいい顔などできるはずがない。

彼女が顔を上げて相手の顔を見た瞬間、怒りが沸点に達した。

「離してよ、あんた、頭おかしいんじゃないの?」

しかし加津也は手を離そうともしない。せっかく見つけたのだ、逃がす気など毛頭なかった。

「絶対離さないと言ったら?」

「そもそも、お前がいなければ、俺が人違いなんてするはずなかったんだ!」

その時、辰琉が素早く動き、加津也の顔面に一発お見舞いした。

その隙に緒莉を自分の腕の中に引き寄せ、優しく声をかけた。

「大丈夫か、緒莉?怪我してない?」

緒莉は首を振り、辰琉の腕を握りしめて答えた。

「大丈夫。この男が何を言ってるか、全然わからないだけど」

「まだわからないのか」

加津也は口元の血を拭いながら、冷たい目で緒莉を睨みつけた。

「あの日二川のフロントで、自分は二川家の次女って言ったのはお前だぞ」

「じゃなきゃ、俺があんな間違いするはずがないだろうが。お前、相当なやり手だな」

今の加津也の目には、緒莉はただの成り上がり女にしか見えていなかった。

チャンスさえあれば、どんな嘘でも平気でつく女――そんな印象しかなかった。

緒莉は眉をひそめ、反論する。

「言ってること、まったく意味が分からないんだけど。それにあの日、声をかけてきたのはあんたの方でしょ?私はあんたのことなんて知らないし」

「ここは二川のパーティー会場よ。ここで騒ぎを起こす気?」

「二川だろうが何だろうが、知ったことか」

加津也は全く怯む様子もなかった。

「どうせお前は偽物
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