تسجيل الدخول……なんなん?この時間……ご褒美タイム?一小節、流暢な英語で歌った後、目の前のコップに入ったお茶を飲む大雅。「VÉLOURS、半年後にライブを開催するんだ」「え……?!」人さし指をまっすぐ立て、口元に当てる大雅。……まだ発表していないから秘密ってことか。大雅が立ち上がった瞬間、春希がソファの上で跳ね出した。画面にはVÉLOURS……花は春希の安全を守りながら一緒に歌う。……歯磨きをしながら、物陰で大に隠れた大雅に見つめられてるとは思わずに。寝る前のダンスが効いたのか、ベッドに横になるとすぐに眠ってしまった春希。「……どこ行くの」リビングのソファに戻ろうとして、大雅に呼び止められた。「一緒に眠れるだろ。このベッド特大キングサイズだから」確かに細身の人なら大人が3人眠れそうなサイズ。花はお言葉に甘えて一緒に寝かせてもらうことにした。「あのさ……」静かな声で大雅が話しかけてきた。「さっき言ったこと、気にしないで」権堂に聞いたという話のことだとすぐにわかった。実際とは真逆を言って……どんな思惑があるというのか。「権堂さんに聞いたんですよね?」「あぁ。帰り、そこのコンビニまでタクシーで帰ったら権堂がいて、突然肩をつかまれて驚いたよ」コンビニまでなら、あの古びたアパートから近くはないが徒歩圏内ではある。……やはりそあそこは彼の住まいだったのかな。「権堂さんって、近くにお住まいなんですか?」「ん……事務所の近くに住んでるはずだけど」……だとすると少しおかしい。にわかファンに追い詰められてたどり着いたあのアパート。小道の行き止まりにあって、偶然居合わせたとは思えないんだけど。「そんなに、権堂が気になる?」「え……」仰向けに横になり、両手を頭の下にしまって天井を見上げる大雅の横顔は、少し幼く見える。「気になりませんよ。むしろ、」……ずっと会えなかったあなたのことが気がかりだった。「あの、」上体を起こし、春希の向こうから姿を見せる花。大雅は同じ姿勢のまま顔を向けてくれた。「明日、朝早いお出かけですか?」せめて、開かずの間に入ってしまったことは謝ろうと思い立つ。大雅は問いかけには答えず、そっとベッドを降りた。そして花の手を引いて、リビングへと歩いていった。「……なんか飲むか?紅茶でも?」「あ、私やりますよ」「い
「お帰りなさい……大雅さん」ドアを開けると奇声と共に走ってくる春希。勢いよくを抱き上げた大雅に、花はそろりそろりと近づく。「ただいま。……留守の間、すまなかった」「あ……いえ」「変わったことは、なかった?」「それは……」あとでゆっくり話したいことがある、と言おうとした瞬間。閉まったはずのドアが開いた。「荷物は、スーツケース1つだけですか?」「後は衣装だから、事務所に下ろしてきた」了解です、と言いながら、権堂は花を無視してリビングへとスーツケースを運ぶ。あの異様な居座りから初めて顔を合わせるが……「お帰りなさい。大雅さん」リビングには瑠璃がいて、大雅と挨拶を交わして皆で話すうち、モヤモヤしたものがうやむやになっていくのを感じる。瑠璃は大雅と交代で帰ることになってなっていたので、ひと通り話し終えて玄関に向かった。「瑠璃、本当にありがとうね」「いいって!私も楽しい夏休みを送れた!」腕を2〜3度軽く叩きながら、瑠璃は意味深な視線をよこした。……その意味は、わかっている。大雅と、ちゃんと話す。開かずの間の遺影、元カレの哲平に話したこと。それに……「送ってあげて」大雅に言われ、権堂が車のキーを受け取った。……ということは、またここへ戻ってくるのだろうか。思わず、すぐ隣で春希を抱く大雅の服の裾をギュっと握る花。大雅はすぐにそんな彼女に気づき、握られた自分の服を見下ろした。「車は戻さなくていい。事務所にでも置いといて」「……でも、」「明日は三井が迎えに来る。ライブの打ち合わせだ」ほんの一瞬、権堂に厳しい視線を向けられた気がした。けれど私は、もちろん彼の不可解な行動について、大雅に伝えるつもりだ。にわかファンに付け回され、追い込まれた古びたアパートで権堂に会ったこと、主のいないこの家に泊まっていこうとしたこと……告げ口のように思われるかもしれないが、伝えておいて悪いことにはならないはずだ。「おでん、できてますよ。先にお風呂に入りますか?」「あぁ……そうするよ」下におろされた途端、バスルームに向かって走り出す春希。その後に続くだろうと、花はキッチンに向かおうとした。……大雅は、その腕を取る。「先にひとつだけ聞いていいか」神妙な表情に驚いて、一瞬何も言えなくなる。「俺が留守の間、権堂をここへ泊めようしたというのは、
フロントガラスに映る花に気づいたのは俺だけだったらいいと思った。 「到着しました。……お疲れさまでした」 路肩に駐車し、サイドブレーキを引いた三井は、すぐに後部座席に目をやる。やってきたスタッフがワンボックスカーのバックドアを開けて荷物を降ろしてはじめた。 目の前には、俺の所属する事務所が入るビル。 「大雅さんの荷物を間違えないでちょうだいよ?」 三井はスタッフに注意を促し、社長に顔を向けた。 「社長もこちらでお降りになりますか?!」 「あぁ、そうだね」 周りに比べてひときわ大きいビルの最上階に、俺が所属する芸能事務所、FLOWSTARS Co., Ltd. が入っている。 社長はふと自分の事務所を見上げた。 「……うちの事務所も大きくなったもんだ」 次に大雅に視線をやり、以前はMIRAIプロモーションという名前だったと話す。 「ちょっと寄ってくか?1週間ばかり留守にしたから、嫁がおはぎをたくさん作って待ってるはずだから」 ……三井も俺も、一瞬黙った。 「あの、奥さまはどうしておはぎを作ってくださるんでしょうね?……社長が出張すると、毎回事務所におはぎのタワーが出来てて、美味しそうで笑っちゃうというか……」 ホホホ……と作り笑いをこぼしながら、三井が言う。 「そんなことないんだけど、俺の好物だと決めつけちゃってるんだよね……!まったく、未来には本当にいつも笑わされるよ」 椎名社長の愛妻、未来さんは少し変わっているが、2人の間の空気が何とも穏やかで、理想の夫婦だと大雅は思っていた。 「おはぎは明日いただきます……」 フロントガラスにはまだ花が映っている。……手を触り合ったのは背の高い男。俺が留守の間に男とお茶してたのはいいとして、どうしてそんなに名残惜しげにいつまでも見ているんだ?! 「……あら、」 社長が車を降り、バックドアも閉められて、後部座席に大雅を乗せて走り出そうとした三井が声を上げる。 「あの、大雅さん……花さんじゃありません?」 「いいから。そのまま自宅に向かって」 花だって、男を見送っていたことを知られたくないだろう。 怪訝そうな表情で振り返る三井に、前を向くよう言って、大雅は少し休もうと目を閉じた。 「……あ、ちょっとジムに寄ってく」 走り出して少しして、声を上げる大雅を、眉間にシワを寄せた三井
「……連絡先って、」それを聞いて私にどうしろというのだろう。「会いたいって、花に。……なんか髪も切って久しぶりに小ざっぱりしたみたいだし、この機会に会ってきたら?」「美容室代を払ってくれたのは大雅さんだよ……化粧品も服も…全部大雅さんがプレゼントしてくれたものなのに?」「それは普段の花を労ってのプレゼントでしょ?……いろいろ真相がわかる前に、会っておいた方がいいような気がするけど?」確かに……そうだ。それに、あの日何も言わずに彼を避けて、傷つけたかもしれないと思ったのは一度やニ度ではない。大雅が帰ってくるまであと3日……明日から週末金曜日と土日が続く。春希を瑠璃に頼める今が、チャンスなのかもしれない。「花……変わらないね」震える指で連絡をしてみると、哲平はすぐに都合をつけてくれた。落ち合ったのは、当時よく一緒に行ったイタリアンレストラン。奥の窓際の席が好きで、空いていればかならず座っていたテーブルに彼はいた。「あの……当時は何も言わずに、ごめんなさい」着席する前に、花はまず頭を下げた。「父が失踪して母が亡くなって……会社のことと自宅のことでキャパオーバーで、誰のことも信用できなくなって。本当に、あの当時は何も言わずに避け続けてごめんなさい」謝罪しながら気付いた……私はずっと、哲平くんに謝りたかったのだと。彼はそんな花に笑いかける。「いいからまずは、座りなよ」自分の席から立ち上がり、迷いなく花の肩に触れ、椅子に座らせる。それはとても自然で優しい温もりだった。「それとなく状況は耳にしてたよ。確かに、花の口から聞きたいと思ってたけど……時間がたって、今話してくれるなら嬉しく思う」これだけ時間が経っても話を聞きたいと言ってくれる哲平に感謝の気持ちが湧き上がる。……同時に、離れていった友人たちと彼を一緒にしてしまった自分の人を見る目の無さに絶望した。「父の失踪は、本当にある日突然のことだったの。……父の会社に勤めてたけど、理由はまったくわからなくて、それは役員たちも同じで。それで家に帰ってみたら……まとまったお金と、売れそうな高額商品がことごとく無くなってた。それで、父は自分の意思で会社と家族を捨てたって理解するしかなかった」程なくして母が倒れて亡くなった話は、哲平も瞳を潤ませた。弟の家庭教師として家に出入りしていたあの
「お召し物まで変わると……別人のようなレディに変わりますねぇ」スザンナさんに見送られ、ショップから出てきた私に、ドライバーさんは携帯のカメラを向けた。Vサインをして見せたのは、彼女との話が深刻すぎて、落ち込んだ気持ちを隠すため。「それでは、次のお店に向かいますね」大雅さんに指示をされているらしく、花を乗せ、ドライバーさんは車を走らせる。ほどなくして、バッグにしまった携帯がメッセージの着信を知らせた。『よく似合う。さすがde.san.Jalenoのスザンナさんだな』「え……さっき撮った写真、大雅さんに送っちゃったんですか?」「あ……そのように指示を受けておりまして。申し訳ありません」ついでに車内の様子も録画してあり、それも送信済みだと聞かされ、花は思わずあたりを見渡す。「あ……!カメラ、あれ?」「ホホホ……さようでございます」トロピカルな車内を演出してもらった時……ノリノリで踊った気がする。……しかも着替える前だからタマネギのTシャツで?「やだ……っ恥ずかしい」顔を覆う花に、追い打ちをかけるメッセージが届く。『カメラ、見つかっちゃったか。……すべて俺の指示だからドライバーを責めないように』花は見つけたカメラに絆創膏を貼ってやった。『全部見られてたなんて恥ずかしいです!』『ごめん』だいたい、私の様子を見て何が面白いというのか……こちらでは連日、大雅さんと共演している花園ミミさんの熱愛疑惑がワイドショーを賑わせているというのに『私はきっと、大雅さんにとって動物園のパンダなんでしょうね』癒し……とかじゃなくて娯楽。気まぐれに結婚して、利用されて。あの、開かずの間で見た遺影を思い出した。『そのあたりの話については、帰国したら時間を作る』『疑問に、答えてくれるんですか?』『……答える』どうやら、大雅さんも決意を固めたみたいだ。『だから今日は楽しんで欲しい。化粧品のことはよくわからなくて、同僚の女優に聞いたコスメショップを紹介するから』同僚の女優……花園ミミさんのことだ。『はい。ありがとうございます』大雅さんは今、噂の女性と一緒にいるんだな。ドラマの撮影なんて、私には想像できないような毎日を送っていて……本当に、私はどうしてあんなスターのそばにいられるんだろう。「もう……違うって!アイシャドウはまず、明るめの色を
「ここが、大雅さんオススメの……」「はい。さすが大雅さんです。おしゃれな服が置いてありそうでしょ?」磨き抜かれたガラス張りの外壁が美しい、誰もが知る高級ブランド店。……の、隣の店に入っていく花。味のあるTシャツや季節外れのコートも売っていて、履き潰されて逆に履き心地の良さそうなスニーカーも置いてあるリサイクルショップ。「探しがいがありそうです……」「いやいや、花さん!そちらではなくて、」慌てて連れ戻され、高級店の方に向け、背中を押された。「大雅さんの趣味なんだと思いますよ?……ホホホ」de.san.Jaleno……シンプルで質の高い、着心地のいい服を作っているブランドだ。母と一緒に子供の頃から訪ねていたのは銀座の本店だったが、よく似た店構えで懐かしさがこみ上げる。「いらっしゃいませ、マドモアゼル」ガラスドアを開けると、ウッド系の落ち着いた香りと共に、洗練された雰囲気の女性が私に向かって笑顔を向けた。マドモアゼル、の言い方に覚えがある……50代くらいの女性……本店の店長だった人だ。確かお名前はスザンナ伊藤さん。「もしかしたら、KOSAKAコーポレーションの、花お嬢様では?」「はい。花です。……お久しぶりです」「まぁ、大きくなられて……」最後に来店したのはいつだろうかと話ながら、スザンナさんはハッと何かを思い出したようだ。「あの、もしかして……俳優の鈴里大雅さんからのご紹介だというのは、」「……私です」花は唇に人さし指を立てた。「……あぁ、ここに転勤になって良かったわ!また花お嬢さまをコーディネートできるなんて!」「スザンナさん、お嬢さまというのは……」「あらやだ!私ったら、もうすっかり大人の女性でいらっしゃるのに」……とはいえ、大学を卒業するまではよく来ていた。就職してスーツが必要になって、別のブランドに行くことが多くなったのを思い出す。「鈴里さまは当店のメンズブランドのアンバサダーを務めていただいたご縁で、よくご利用いただいてるんですよ」「そうなんですか……私、何も知らなくて」このブランドのメンズ服は、父も好んで着ていた。……銀座の本店には両方置いてあって、家族で来ると父と弟、母と私に別れたものだ。スザンナさんはこちらの希望を聞きながら、骨格や肌色を見て、的確に服を選んでくれた。「鈴里様からは、一式揃え







