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第2話

Author: 春雨遊夢
「優太さん、やはり、私を待っていてくれたのですね!」

穂香は肩で息をしながら、その瞳に隠しきれない興奮の色を滲ませていた。

彼女の体力で都市の東から飛行場まで走り切れたこと自体、奇跡と言っても過言ではない。

優太は安堵の息を漏らし、柔らかな笑みを浮かべた。

しかしその刹那、遠方より鼓膜を劈くような爆発音が轟いた。

――最後の防衛線が、ゾンビの群れに突破されたのだ。

救援ヘリもまた、その音を合図にしたかのようにハッチを閉ざし、一部の生存者だけを乗せて無情にも飛び立ってしまった。

その場に取り残された隊員たちは、怒りのままに罵声を浴びせる。

「林優太、貴様、本気で狂っているのか!俺たちの最後の活路を断ち切りやがって!」

「それにあの疫病神もだ!よりによって撤退前夜に家へ戻り、バイオリンを取りに行くだと?一体誰に聴かせるつもりだ、地獄へ献上する気か!」

飛行場に響き渡る怒号に、穂香は恐怖で顔を青ざめさせた。

「ご、ごめんなさい……このバイオリンは、私の一番大切なものでしたから……まさか、皆さんの撤退を遅らせてしまうなんて……」

周囲から突き刺さる憎悪の視線に、彼女は慌ててバイオリンを抱きしめ、優太の背後へと隠れた。

隊員たちの不満の矛先は、今や私にも向けられている。

「文乃さん。これまで何度も私たちを死の淵から救ってくれたから、みんなはあなたを信じ、隊長として仰いできたんです。なのに、どうしてこんな判断を……」

私は申し訳なさそうに表情を作り、隊員の肩を軽く叩いた。

「ええ、今回は私の判断ミスだ。情に流されるべきではなかったね。でも、今それを言っても始まらない。

皆、焦らないで。近くに臨時シェルターがあるんだ。まずはそこへ避難しましょう」

優太は穂香の腕を取り、鼻で笑ってみせた。

「臆病者どもが。まだ文乃がいるじゃないか。彼女は俺たちを三度もゾンビの群れから生還させてくれた。今回の撤退を逃したくらいで何を騒ぐ。次を待てばいいだけだろう」

仲間たちはその言葉に一層憤慨したが、目前に迫る危機を前に、優太と口論している暇はなかった。

三十分後、私たちはどうにか臨時シェルターへと辿り着いた。

分厚い防爆扉がゆっくりと閉ざされるにつれ、ゾンビたちの咆哮も壁の向こう側へと遮断されていった。

「やっと……安全だ……」誰もが安堵のため息をつき、疲れ果てたようにその場に座り込んだ。

だがその時、一人の隊員が絶望的な声を上げる。「まずい!たった今入った情報ですが、今日が最後の撤退ヘリだったようです。軍は……軍はこのエリアを完全に放棄したんだ!」

「救援活動がもう終わったと?ということは、俺たちは永遠にこんな場所に閉じ込められるというのか!?」

隊員たちの顔が真っ青になり、その声は微かに震えていた。

そんな中、優太は気にも留めない様子で口を曲げた。

「情けない顔をするな。このシェルターの食料備蓄は充分だ。少なくとも三ヶ月は持つ。軍が救援に来なくとも、後で自分たちで移動すればいい」

私は軍用の通信機器を開くと、手慣れた様子でパスワードを打ち込んだ。

「皆、落ち着いて。軍の上層部と連絡がついたよ。三日以内に特殊部隊を派遣し、私たちを迎えに来ると約束してくれた。この数日はゆっくり休んで、体力を回復させましょう」

その報せに、誰もが安堵の息を漏らした。

優太もまた、喜色満面で穂香の手を引き、興奮を隠せないでいる。「穂香ちゃん、良かった!三日後には助かるんだ!」

歓声を上げる二人を目の当たりにし、隊員たちの表情は暗く沈んでいく。

「文乃さん」副隊長が、声を潜めて私を隅へと誘った。「軍に申請した救援の枠は足りるのですか?あの二人を入れると、合計八名になりますが」

私は静かに頷く。「ああ。でも、私が申請したのは七名分だけだよ」

その言葉に、副隊長は一瞬困惑の表情を浮かべたが、やがて何かを悟ったようだった。すぐ探るような小声で尋ねる。

「つまり、私たちのうち誰か一人が、ヘリに乗れないと?」

私は穂香に水を飲ませている優太に一瞥をくれ、口元に冷笑を浮かべた。

「心配しなくていい。隊員たちの席は確保してあるよ。この余った一つの枠を……その時が来た時、彼がどう選ぶのか、見ものだ」

私たちは、暗黙の内に視線を交わした。そんなこととは露知らず、優太は優しく穂香の額の汗を拭っている。

「穂香ちゃん、安心して。必ずお前を安全区まで無事に送り届けるから」

その光景を眺めながら、私は密かに期待せずにはいられなかった。

救援部隊が到着するその日――優太は、一体どのような選択をするのだろうか。
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