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疫病神②

Author: 藍沢咲良
last update publish date: 2026-08-29 19:29:14

「司。鍵」

「へ?」

変わらず全裸の司が間の抜けた顔をする。

「私の部屋の合鍵。返して」

「な、何でだよ!」

「いやあなた全裸。挿入してたところまで私ばっちり見ちゃったんですけど?」

「か、勝手に入ってくるからだろ!不法侵入だ!」

「合鍵で入るのって不法侵入になるのかしらね?まあいいや。さっきのはちゃんと証拠としてクラウドに上げたし」

股間のそれを揺らしながら私に掴み掛かろうとした司は、証拠と聞いて動きが止まった。

司のキーケース。

いつもと同じ、カレンダーの下のトレイに入っていた。

キーケースから私の鍵を外して、私のキーケースへ。

私のキーケースから司の、この部屋の合鍵を外してベッドの上に鍵とキーケースを投げた。

そのキーケースは、私が誕生日にあげたものだ。

「これで、私と司は他人。もう、彼氏でも彼女でも何でもない。大原さん、欲しいならあげる。ただこの人、浮気する上に財布の中身まで手をつけるから気をつけて」

「お、俺は別れるなんて」

「往生際が悪過ぎ。そのぷらぷらしたもの、そろそろ隠してよ気持ち悪い」

「……っ!」

「さようなら。もう二度と、私に声掛けないでね」

玄関の床に置いたトートバッグにキーケースを投げ入れる。

落ち着いてパンプスを履いて外に出た。

うん、終わった。

司とは。

問題は。

大原理紗が明日も同じ職場にいることだ。

「おはようございまあす」
「おはよう。今日も理紗ちゃん、可愛いねえ」
「ええ、そんな。合ってますけどお?うふふ」

始業時間は9時。
現在8時58分。
大原理紗はいつも遅刻ぎりぎりの出勤。
裏で重·役·出·勤·とも言われている。
裏で語る皆さん、感覚は私と同じようで安心する。

「おはようございまあす」
「おはようございます」

聞きたくもない、この甘ったるい声。
おじさん達のウケMAXの声の持ち主、大原理紗。
昨日司の部屋で全裸でいるところを私に証拠動画を撮られているこの人。

きっとこの人、クロセ製薬で五本の指に入る図太さの持ち主。
図々しい人ともいう。    

始業時間になった。
私は30分前から整えていた企画書の続きをプリントアウトしようと立ち上がった。

大原理紗のデスクが視界に入る。

パソコンに、電源すら入れていない。
ランプが赤にも緑にもなっていない。

当の本人は、デスクに置いてある鏡でメイクの最終チェックでもしているのだろうか。
さっきから、髪と肌しか触っていない。

──うん、この色にしてよかった。
フォントもバランスがいい。

今月に入って、3つ目の企画書。
今度こそ、採用されるといいな。

課長に提出して自席に戻る。
大原理紗は記憶喪失にでもなったのだろうか。
気まずそうなそぶりが全くと言っていいほど、無い。

ええ……それでは聞いてください。

大原理紗は、私の隣の席なんです。

そうだいけない、忘れてた。
司にLINE、送ってあげないとね。

『あなたに貸していた、総額15万円についての件です。今月末までにこの口座に一括で振り込んでください。』

銀行口座まで入力してあげる私、なんて親切。
あれ?もう返信来た。
司、ちゃんと仕事してる?

『金なんて借りた証拠ねえだろ』

しょうがないなあ。
司が書いた借用書、昨日のうちに写真撮ってて良かった。
画像、送信っと。

借用書には“20万円借りました。藤崎司”と司の字で油性ボールペンで書かれていた。
司は20万のうち、6万を返していた。
本来14万だけど、こないだ財布から抜かれた1万をまだ取り返していないから、合わせて15万にした。
相手に手間をかけさせない、私、いい女。えへ。

『金なら返しただろ』
『数字、読めないの?いいよ、その返事でも。内容証明送るか、司のお父さんに連絡するだけだから』

返信が止まった。

30分後、司から返信。

『わかった』

よし。
大人しく返す気になったか。

司と付き合っていた当時。
裁判所事務官をやっている大学の友人、梓あずさに知恵を借りたことがあった。
当時大学4年だった司がバイト先で給料が振り込まれない、というトラブルがあったからだ。
新卒1年目だった私は、うまく調べることができなくて、梓に感謝した。
もちろん、給料が振り込まれた司も。

だから司は、私が法律用語を持ち出すと大人しくなる。

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