LOGIN罪悪感から隠しきれなくて、思わず先に謝罪の言葉が出る。
「江藤くん、ごめんなさい」
「えっ。突然なに? もしかして俺フラれた?」 「違う。そうじゃなくて……」抱きしめられて、キスをされた。
嫌だったのに、拒めなかった。そのことを、正直に伝えるのは怖かった。
江藤くんに幻滅されるのが怖いから。 だけどそれを隠し通せるほど、私の心は強くない。 嘘は苦手だ。「あの、あのね……実は――」
ぽつりぽつりと状況を説明する。きちんと伝えられたのかわからない。支離滅裂になっていたかもしれない。だけど江藤くんは、いつものように黙って私の話を聞いてくれた。途切れ途切れになっても、急かすことなくちゃんと待っててくれた。そんな優しさが、よけいに胸を締めつけていく。
一通り話し終わると、江藤くんはガシガシと頭を掻く。少し考え込むように黙ってから、こちらをじっと見た。
「あのさ、俺のこと、好き……でいいんだよね?」
その言葉に、私は
江藤くんは、「一緒に住もう」と言ってくれた。その申し出は涙が出るくらいに嬉しかったのだけど。でも、こんな状態で甘えるわけにはいかないと思った。 バカみたいな恋愛をしたせいで、江藤くんに助けてもらったのに、これ以上助けてもらうなんておこがましい。だから、江藤くんの申し出を断って、早々に物件の契約を済ませた。タイミングよく、会社の近くのワンルームが空いていたこともあって、トントン拍子に進んでいった。「もっと甘えてくれていいんだけど」 「ありがとう。十分、甘えてるよ」ニコッと笑うと、江藤くんは少し困った顔をした。江藤くんのことは好きだ。 抱きしめられるのも、キスをされるのも、全然嫌じゃない。 むしろ、ドキドキして胸が苦しくなる。だけど、もしかしたら……、弱い自分が江藤くんの優しさになびいてしまったのかもしれない、なんてそんな考えが、たまに頭をよぎるのだ。自分の気持ちなのに、これが本気の恋なのか自信が持てないでいた。 実に情けないとは思っている。それに、江藤くんが住んでいる部屋もワンルームだ。もしもそこに私が転がり込んだら、きっと狭くなるし迷惑になってしまう。そんなことを、引っ越しが決まってからもグダグダと考えていた。引っ越しは、単身パックで身軽だ。それほど多くはない荷物。一人でも十分だったんだけど、江藤くんは甲斐甲斐しく手伝いに来てくれた。「女の人にしては荷物少ないよね?」 「そうかな?」 「姉が引っ越すときは、この倍は段ボールあったよ」言われた通り、少ないのかもしれない。だって、あっという間に片付けが終わってしまったからだ。新しい部屋。 新しい空気。まだ慣れないけれど、ここから始まる日々に、少しだけ期待してみたくなった。
この機に、私は家を出て一人暮らしをすることにした。元々、結婚をしてもしなくても、年齢的にもそろそろ家は出ようと思っていたのだ。それに、結婚をやめたことで親に迷惑をかけてしまったし、何より、実家からすぐの郵便局に正広が勤めているかと思うと気が気ではなかった。気にしないでいようにも、心なしか気まずい。 滅多に会うことはないだろうけれど、それでも近くにいるということが嫌でも頭から離れない。 嫌……とまでは言わないけれど、……うん、正直なところ、嫌かもしれない。そんな私の考えを、両親は心配しつつも理解を示してくれた。実にありがたいことだ。両親は、正広の情けない結婚の挨拶を見たからか、 彼に対していい印象を抱いていない。私もあの挨拶はないと、今でも思っているくらいだ。両親に対して心苦しく思っていたけれど、母は「結婚しなくてよかったじゃない」なんて、お気楽に笑ってくれた。それがどんなに救われる思いがしたか、計り知れない。やっぱり、母は偉大だ。ありがたい気持ちを胸に、トントン拍子に決まっていく、新しい生活に向けての準備。 新しい部屋、新しい環境、荷造り……。 まだ何も始まっていないけれど、少しずつ心が軽くなっていく気がした。
江藤くんとキス―― え、えええ、ええっ! テンパって、あわわとしていると――江藤くんだけが余裕の表情で、楽しそうに笑っている。「残念、自動保存機能が働きました」 「自動保存……?」瞬間、ふわりと包み込まれる。えっと思っているうちに、ぎゅううっと、ちょうどいい強さで抱きしめられた。心臓が、ドキンドキンと高鳴っていく。「やっとつかまえた」優しい声が、耳元をくすぐった。 自分の鼓動が相手に伝わってしまうのではないかと思うほど、心臓が壊れそうになっている。ドキドキが、止まらない。「俺は絶対、辻野さんを泣かせないよ」 「……!」高らかにそう宣言されて、胸がいっぱいになった。そんな風に自信満々に言ってくれるなんて、どれだけ心強いことだろうか。顔を上げると、江藤くんの優しい瞳に包まれた。胸がきゅんとなって、奥の方から込み上げるものがある。「……江藤くんの嘘つき。泣かせないって言ったくせに。嬉しくて……泣けちゃう」 「ちょっと待って。それは反則だよ」慌てる江藤くんが可笑しくて、私は涙を拭いながら笑った。 とても幸せな気持ちで、いっぱいになる。 この時間が、ずっと続けばいいのに。 そう思えるほどあたたかくて、優しい時間だった。
罪悪感から隠しきれなくて、思わず先に謝罪の言葉が出る。「江藤くん、ごめんなさい」 「えっ。突然なに? もしかして俺フラれた?」 「違う。そうじゃなくて……」抱きしめられて、キスをされた。 嫌だったのに、拒めなかった。そのことを、正直に伝えるのは怖かった。 江藤くんに幻滅されるのが怖いから。 だけどそれを隠し通せるほど、私の心は強くない。 嘘は苦手だ。「あの、あのね……実は――」ぽつりぽつりと状況を説明する。きちんと伝えられたのかわからない。支離滅裂になっていたかもしれない。だけど江藤くんは、いつものように黙って私の話を聞いてくれた。途切れ途切れになっても、急かすことなくちゃんと待っててくれた。そんな優しさが、よけいに胸を締めつけていく。一通り話し終わると、江藤くんはガシガシと頭を掻く。少し考え込むように黙ってから、こちらをじっと見た。「あのさ、俺のこと、好き……でいいんだよね?」その言葉に、私は小さく「うん」と頷く。 好きなのに、そんなことするなんて本当に申し訳ないと思う。責められたって、仕方がない。 そう思っていたのに――「じゃあ俺が、上書き保存していい?」 「上書き……保存?」 「辻野さんを抱きしめて、キスをしてもいい?」江藤くんの熱っぽい眼差しに、私は動揺した。 こんな色っぽい表情、初めて見るんだもの。とたんに頬が熱くなって、たじろいでしまう。 でも、同時に心の奥が優しくほどけていくのを感じた。過去の痛みを優しく塗り替えてくれるような、そんな言葉だったから。
直接式場に来てもらうのは躊躇われて、近くの公園で落ち合うことになった。式はキャンセルしたし、正広とも別れた。 でも、式場の人に見られるのは、あまりいい気はしないから……。待っている間、頭の中で罪悪感が渦巻いて苦しくなった。私は江藤くんに対して誠実でいたいのに、どうしてこんなにもダメダメなんだろう。迎えに来てくれた江藤くんは、とても爽やかでキラキラして、王子様みたいに見えた。 だからこそ余計に、胸が苦しい。 自分の犯した過ちが、憎い。「お疲れ様」 「……うん、ありがとう」 「何かあった?」ドキッと心臓が揺れる。何かを疑われているような、そんな口調ではないにしろ、罪悪感が表に出そうになる。慌てて笑顔を貼り付けた。「ううん、ちゃんとキャンセルできたよ。ちゃんと別れたよ」 「だったら、何でそんなに泣きそうなの?」思わず俯いた私の頭の上から、困ったような声が聞こえる。 ちゃんと笑えていると思っていたのに、そうではなかったらしい。 私の下手くそ。「もしかして、未練があったりする?」 「な、ないっ。それは、絶対にないから!」未練なんてこれっぽっちもない。 あるわけがない。でも、ちゃんと言葉にしようとすると、喉が詰まってしまう。 どう伝えればいいのか、わからない。
ふと、口元を触る。 触れられた唇が、気持ち悪いと思った。カバンからハンカチを取り出し、ごしごしと口元を拭ってみたけれど、気持ち悪さはまったく拭えなかった。そんなことをしたって、何も変わらないことなど、わかっているはずなのに。わかっているけれど、どうしてもやらざるを得なかった。 必死に取り繕っていたけれど、 自分の弱さが悔しくて、罪悪感は膨れるばかりだ。 弱い自分とも、さよならしたい。脳裏に浮かぶのは江藤くんの顔。江藤くんからは、終わったら迎えに行くから連絡してほしいと言われている。正広とのことは、江藤くんには何も関係ない。それなのに頼るなんて申し訳ないと思うのに、どうしてか江藤くんに会いたくてたまらなくなった。スマホに江藤くんの連絡先を表示させて、タップしようか指が躊躇って空を彷徨う。かけたら迷惑かもしれない。 だけど江藤くんに会いたい。二つの気持ちがせめぎ合って、胸が苦しくなった。結局、抑えきれない気持ちに負けて、江藤くんに電話をかけてしまったのだけど。「もしもし?」 「終わった?」 「うん」 「じゃあ迎えに行くから待ってて」優しい声音に、ありえないくらい胸がキュンとした。同時に、罪悪感が押し寄せてくる。正広のことはもう好きではない。 きちんと別れたはずだった。 なのに、キスを拒めなかった自分。自分の弱さや甘さが引き起こしたことは、重々承知している。 こんなこと、江藤くんに言えるはずはない。 言えるはずはないのに――心の奥で、江藤くんには正直でいたいと叫んでいた。 それが正しい選択かはわからないのに。







