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14.精霊の巣

Auteur: 空空 空
last update Dernière mise à jour: 2025-04-19 19:23:10

 出口のゲートがあった場所から数分歩いたところ……そこにボス部屋の扉があった。

ただダンジョンの状態が異常なのもあって、その扉もとても正常とはいいがたい状況だ。

 燃え盛る炎のようなオレンジの扉、澄み切った氷塊のような青白い扉……それらが同じ場所に重なって存在していた。

「どうだ? おもしれーだろ」

 通常の物理法則では決してあり得ない状態。

互いの扉が互いにめり込み、それこそゲームでいうバグのようなあからさまに不自然な状態だった。

当然、面白くもなんともない。

これからこの扉の先へ踏み込まなければならないのだから。

 ボス部屋の前にやってきて、ミミズクはやっと解放される。

ずっと蛇男に腕を絡められていた首は、やや赤くなっていた。

「だいじょーぶ? りぃだぁ……」

「すまない……」

「もう、そればっかじゃん」

 ミミズクは喉をさすりながら自分のパーティメンバーのところへと戻っていく。

しかしここまで来てしまえば、もう逃げだすことなどできやしないのだった。

 合図もなしに蛇男の手でボス部屋の扉が開かれていく。

不自然な状態の扉はしかし、干渉するようなこともなくスムーズに開く。

その扉の開かれた先には濃密な闇が広がっていた。

 来訪者を受け入れてか、ボス部屋に二色の光が灯りだす。

その光は徐々に増え、輝きを増し、ついにはボス部屋の中央にいる二体のモンスターを照らし出した。

 その姿を捉えた夏山さんがつぶやく。

「烈火の炎霊……レベル19……。晶氷の霜霊……レベル10……」

 そこに居たのは、まるで泳ぐように宙を舞う二対のモンスターだった。

上半身は人の女性に似た姿をしているが、腰から下は魚のもの。

いわば人魚、全体的なシルエットでいえばクリオネのようにも見えた。

 細い首からつながる頭部はまるで巨大な貝のようで、その二枚の殻の中心には真珠のようなものが挟まれていた。

魚の部分は半透明の流体で構成されており、それぞれオレンジ色と水色をしている。

 二体はお互いの後を追うようにくるくる泳ぎ、そして体を絡ませるようにして俺たちのいる高さまで下りてきた。

「へっ、レベル19と10か……まぁ楽勝だな……。俺は高レベルの方を倒す。お前らは全員でもう片方を抑え込んでな」

 作戦……というより、あくまで自分が動きやすいようにするためにそれだけ言い残して蛇男は炎霊の方へ向かっていく。

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