LOGIN——一ヶ月前
その日は、年度末の試験も終わり、みんなが開放的な気分で夏休みの予定などを話している、そんな放課後だった。「なあ、リク」
ほとんどの生徒が帰り始めた、どこか気怠い空気が漂う教室。窓から差し込む西日が、床に長い影を落としていた。クエンティンが、一週間ぶりに僕のクラスに顔を出して、話しかけてきた。
「うん?」
「俺、eスポーツで世界を獲ろうと思う」 「ふーん」クエンティン・ミラーとは、小学校の頃からの腐れ縁だ。中学も、ここヘロン第九高等学校もずっと一緒。まあ、コロニーの土地事情を考えれば、アップタウンに住むようなお金持ちでもない限り、人口密度が過密なダウンタウンにある最寄りの公立校に通うことになるから、特に珍しいことじゃないけど。
「あっ! リク! 流したな! 今回ばかりは俺は本気だ」
「だってさあ、中学の頃にも『「……今回は、そう言うんじゃないんだ」
突然沈んだクエンティンの表情を見て、僕はいつもの軽口を叩くのをやめた。何かがあったのだと、直感的に悟った。オレンジ色の西日が差し込む教室は、ほとんどの生徒が帰り、シーンと静まり返っている。
「何かあったの?」 「……親父がさ、……ちょっと……」 クエンティンの声は、かろうじて聞き取れるほど小さく、震えていた。彼を見ると、大きな目に涙をいっぱいに溜めていて、その瞳は夕日のせいでひどく赤く見えた。 「えっ! クエンティン、お父さんがどうかしたの?」 「悪りぃ、そんなつもりじゃなかったんだけどさ……。親父……コロニーのモノレールのメンテの仕事してるだろ? 仕事柄、最近やけに調子悪そうにしててさ、医者に行ったら……宇宙放射線病だって……」——宇宙放射線病。
僕ら宇宙生活者にとって、最も身近で、最も恐ろしい病だ。 発症すれば、慢性的な倦怠感・疲労感に見舞われ、がんや白血病のリスクも跳ね上がる。もちろん、コロニー自体に宇宙線を防ぐ強力な磁場シールドもあるし、配給される飲料水には放射線への抵抗力を高めるミネラルが添加されている。だから、普通に暮らしていく分には大きな問題にはならない。 だけど、クエンティンのお父さんのようにコロニーの外周、シールドが薄くなる危険なエリアで作業するような仕事だと、話は別だ。 僕は、なんて声をかければ良いかわからず、ただ彼の言葉の続きを待つことしかできなかった。「……親父のことはさ、結構前からこうなる覚悟はしとけって言われてきたから、……仕方ないと思っている面もある。でも、実際に親父が発症しちまうと、やっぱりショックでさ……」
クエンティンは涙を乱暴に拭うと、僕をまっすぐに見つめた。 「でも、俺は親父のようにはならない。そして僕たちは、残りのメンバーを探して、校舎の隅にある旧視聴覚室へと向かった。
錆びついたドアには、かろうじて「eスポーツ部」と書かれたプレートがぶら下がっている。僕らがそっとドアに近づくと、中からくぐもった会話が聞こえてきた。「……ねぇ、部長~。じゃなくて会長~。一週間以内に、せめてあと一人会員を見つけないと、同好会ですらなくなっちゃうんだから」
「分かっている! しかしなんで、いくら勧誘しても部屋を見た途端、そろいもそろって逃げていくんだ?」 「いやいやいや、そりゃあ、無理ないでしょ。eスポーツやろうって来てみたら、ディスプレーとパソコンが1台置いてあるだけなんだから……って、ありゃ? お客さん?」ドアを開けると、そこは物置と見紛うばかりの、埃っぽい狭い部屋だった。壁には色褪せた往年の名作ゲームのポスターが数枚貼られているだけで、部屋の中央に、ぽつんと一台だけ置かれた旧式のディスプレーと、黄ばんだプラスチックケースのパソコンが、この部の全ての備品らしかった。ゴリラのような体躯の男子生徒——リョウガ先輩が、その唯一の席に座っており、僕らを見つけて目を輝かせた。
「おお! もしかして入部希望者か?」 「いえ、そういうわけじゃなくて……」僕は否定した。 「なぁ、俺達と組んでeスポーツの大会に出てみないか?」クエンティンは、リョウガ先輩を挑発するように言った。「こんなしみったれた部活やっててもしょうがないだろ? 大会で勝って賞金を手に入れようぜ」 「ほう、言ってくれるな、一年か?」 「1年。クエンティン・ミラー」 「なら、まず俺に勝ってみせろ! フォートレス・フロンティア・オンラインでサシの勝負だ!」 「おうよ!」二人がFFOにログインすると、早速戦闘が始まった。
——1分後。 クエンティンの圧勝だった。リョウガ先輩は、クエンティンに一太刀も浴びせることなく敗れたのだった。「なんか、思ったほどじゃなかったなぁ……誘う相手を間違えたか?」
流石にクエンティンも、聞こえないように小声で喋っていた。「……お前、強いな。……仕方ない、お前の意見に従おう」
がっくりと肩を落とすリョウガ先輩を背に、クエンティンは部屋の隅でスマホをいじっていた小柄な女子生徒――ミミ先輩に声をかけた。 「で、あんたはどうするんだ?」 「うーん、クエっちは、eスポーツの大会に出たいのよね?」 「……クエっちって。……まあ、ああ、そうだ」 「なら、付き合ってあげてもいいわよ。でもココじゃあ、まともに4人で練習もできないわよ」 「へへっ!……それは心当たりがある」そう言って、クエンティンは自信たっぷりに笑ったのだった。
「で、クエンティン。心当たりってどこなの?」「へへっ、それは着いてからのお楽しみってことにしてください」 埃っぽいeスポーツ部の部室を出た僕たち四人は、ダウンタウンの雑多な路地裏を歩いていた。ミミ先輩の問いに、クエンティンは意味ありげに笑うだけだ。 やがて彼が足を止めたのは、古びた電子部品やジャンクパーツが店の外まで溢れ出している、一軒の店の前だった。錆びついた看板には、かろうじて『シュミットの工房』と読み取れる文字が残っている。「ここ……?」「ああ。俺が中学の頃からバイトしてる店だ」 店主のヴィル爺さんは、僕の親友の、もう一人のお爺さんのような人だ。クエンティンが中学の頃からバイトをしているこの店は、彼にとって第二の家みたいなものだった。「頼む、ヴィル爺さん! 今日から毎日、ここでFFOの練習をさせてほしい! バイト代は、練習代で全部引いてくれて構わないから!」 クエンティンが、真剣な眼差しで頭を下げた。その本気に、いつもは飄々としているヴィル爺さんも、少しだけ驚いたように目を見開いた。「……親父さんのことは良いのかい? いま、大変なんだろ?」 その言葉に、クエンティンの表情が一瞬、痛みに耐えるように歪む。「だからこそ、今やらなきゃならないんです」 彼の声に宿る覚悟を感じ取ったのだろう。ヴィル爺さんは、ふっと息を吐いて頷いた。「……分かったよ。夕方の暇な時間なら、ただで使って良い。その代わり、面白い試合を見せな」「! ……ありがとう、ヴィル爺さん!」 こうして始まった僕たちの練習。短い時間の中でも、いくつかの発見があった。リョウガ先輩は、腕に板の盾をクラフトしてやると、その巨体と相まって鉄壁の守りを見せる、理想的なタンクだった。ミミ先輩は、予測不能な動きで敵をかく乱する、天性のトリックスターだ。 クエンティンの腕は、言うまでもない。 問題は、僕だった。自分のイメージする、リアルタイムでの高速かつ正確なクラフトが、どう
執筆用のメモ書き程度ですが、以下のルールでフォートレス・フロンティアがプログラムされていると考えてください。【1. 基本的なルール(目的)】 ・4対4のチーム戦です。 ・各チームは自陣にある「コア」を守りつつ、相手チームの「コア」を破壊すれば勝利となります。 ・チームに一人は「クラフター」が参戦し、戦闘中(アクションフェーズ)でもクラフトが可能です。 「クラフター」は直接戦闘は行えないため、仲間に守られながらクラフトを行います。【2. クラフト要素(素材と物理演算)】 ・準備フェーズ: 試合前の準備フェーズで、限られたリソースを使い、要塞、兵器、乗り物をクラフトします。 ・基本パーツ: 「クラフター」は「接着の魔法」スキルを使い、以下の基本パーツを自由に組み合わせることができます。 ブロック, バネ, タイヤ, 推進ファン, 大砲, 爆薬タル, 板, 棒, クロスボウ, 自動照準, ハンドル, バッテリー 両チームとも、種類と数が同じ基本パーツが自陣内に配置されます。 ・物理演算: ゲーム内には物理演算が働いており、クラフトにはバランスと強度が重要です。 重心が高すぎれば倒れます。 強度が足りなければ衝撃で壊れます。 推進ファンの推力と機体の重量のバランスも考慮する必要があります。【3. リソース管理(時間とコスト)】 ・「準備フェーズ」の時間は限られています(5分くらい)。 ・各パーツには「コスト」が設定されており、強力なパーツばかりを組み合わせることはできません。 ・フィールド内には追加リソースを採取できるポイントも存在しますが、敵チームとの奪い合いになるリスクがあります。【4. コア】 ・勝利条件となるターゲットです。 ・持ち運び: プレイヤーが直接持ち運ぶことが可能ですが、その間は両手が塞がり、攻撃などの他の行動はできなくなります。 ・
——一ヶ月前 その日は、年度末の試験も終わり、みんなが開放的な気分で夏休みの予定などを話している、そんな放課後だった。「なあ、リク」 ほとんどの生徒が帰り始めた、どこか気怠い空気が漂う教室。窓から差し込む西日が、床に長い影を落としていた。クエンティンが、一週間ぶりに僕のクラスに顔を出して、話しかけてきた。「うん?」 「俺、eスポーツで世界を獲ろうと思う」 「ふーん」 クエンティン・ミラーとは、小学校の頃からの腐れ縁だ。中学も、ここヘロン第九高等学校もずっと一緒。まあ、コロニーの土地事情を考えれば、アップタウンに住むようなお金持ちでもない限り、人口密度が過密なダウンタウンにある最寄りの公立校に通うことになるから、特に珍しいことじゃないけど。「あっ! リク! 流したな! 今回ばかりは俺は本気だ」 「だってさあ、中学の頃にも『FFOのバックドアを誰よりも早く見つけてやる!』とか、『もっと人間っぽいAIを作ってやる!』とか言ってたじゃん」「……今回は、そう言うんじゃないんだ」 突然沈んだクエンティンの表情を見て、僕はいつもの軽口を叩くのをやめた。何かがあったのだと、直感的に悟った。オレンジ色の西日が差し込む教室は、ほとんどの生徒が帰り、シーンと静まり返っている。 「何かあったの?」 「……親父がさ、……ちょっと……」 クエンティンの声は、かろうじて聞き取れるほど小さく、震えていた。彼を見ると、大きな目に涙をいっぱいに溜めていて、その瞳は夕日のせいでひどく赤く見えた。 「えっ! クエンティン、お父さんがどうかしたの?」 「悪りぃ、そんなつもりじゃなかったんだけどさ……。親父……コロニーのモノレールのメンテの仕事してるだろ? 仕事柄、最近やけに調子悪そうにしててさ、医者に行ったら……宇宙放射線病だって……」 ——宇宙放射線病。 僕ら宇宙生活者にとって、最も身近で、最も恐ろしい病だ。 発症すれば、慢性的な倦怠感・疲労感に見舞われ、がんや白血病のリスクも跳ね上がる。もちろん、コロニー自体に
モニターの向こう、敵プレイヤー二人のアバターが、その手に最後の切り札である爆弾を握りしめている。勝利を確信した、無慈悲な笑み。 まずい! 二発の爆弾には、絶対に耐えられない! 思考よりも先に、身体が動いていた。 僕は、ジャンク・キャッスルのハンドルを全力で前に倒し、残ったバッテリーの全てを注ぎ込む勢いで全速前進させた。狙うは、片方のプレイヤー。爆弾を投げられる前に、この鉄の塊で轢き潰す! 轟音と共に、キャッスルは敵のアバターを掠めるように吹き飛ばした。やった! だが、その代償は大きかった。掠めた際に敵のアバターがキャッスルの車輪に引っかかり、急激に減速してしまう。その一瞬の隙を、もう片方のプレイヤーが見逃すはずもなかった。 投げられた爆弾が、完璧な放物線を描いて、僕たちのコアの真横に着弾する。[CORE EXPOSED!][WARNING: PLAYER HP 1] 世界が白く染まり、凄まじい衝撃で画面全体が揺れる。『コア』を守っていた最後の装甲が吹き飛び、僕自身も爆風で瀕死の状態に陥った。『リク!』 ディスプレーの隅で、ユイが心配そうに僕を見つめている。 ——諦めてたまるか! もはや一か八かだった。ジャンク・キャッスルを敵の要塞に向け『大砲』を最後の板目がけて撃った。あの硬い『板』の壁を壊すために。ユイも、僕の意図を汲んで『自動照準クロスボウ』を何発か放ってくれたようだが、爆風と警告音で揺れる視界の中、僕の目にはもう何も映っていなかった。 ――その時だった。 敵の最後の一撃が僕のアバターを捉え、世界が完全に暗転したのと、どこか間延びした、ゲームの終了を告げるファンファーレが鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。 ——何が、起きた? 暗転した視界が、リスポーン地点の光と共に戻る。がらんとしたフィールド。静寂。そして、場違いなほど陽気な勝利のメロディー。『リク! 勝った! 私達、勝った!』 ヘッドセットから、ユイの、今まで聞いたこともないほど弾んだ声が聞こえた
「行くぞ、ユイ! サポートを頼む!」『OK、リク! 任せて!』 僕は昨夜、今から作る城のようなクラフトをユイに見せていた。僕の頭に浮かんだイメージを、彼女は脳波コントロールマウスから読み取って完璧に解釈し、次に必要なパーツ、接着すべき最適な角度を、ディスプレーの視界に次々と示していく。僕はもう、何も考えない。ただ、ひたすらスキルを発動し、ユイが示してくれる光のガイドに合わせて、ブロックや板を組み上げていくだけだ。『な、なんだぁ!? チーム『ジャンク・キャッスル』のクラフター、信じられないスピードで組み上げていく!』 解説が驚愕の声を上げる。 とどめを刺そうとウィングスーツで急降下してきた『ロイヤル・ソード』のエースアタッカーが、目の前の光景に驚愕し、動きを止めた。 ついさっきまでただのガラクタの山だったものが、青白いクラフトライトの光に包まれ、意思を持ったかのように蠢き、変形し、雄々しく立ち上がる。 無骨な『ブロック』で固められた装甲。地面をがっしりと掴む、六輪の大きな『タイヤ』。そして、天に向かって突き出された一本の『大砲』と、不気味に旋回する複数の『自動照準』つき『クロスボウ』。 その中心には、僕たちの命そのものである『コア』が、頑丈なフレームに守られる形で鎮座していた。 それは、瓦礫のようなパーツから生まれ落ちた獣。無骨な移動要塞——『ジャンク・キャッスル』。「さあ、ショータイムだ」 僕は、むき出しの操縦席に飛び乗り、『ハンドル』をガシリと掴んだ。ジョイスティックに接続されたフィグモが淡く光り、僕の視界の隅に、パートナーであるユイのホログラムが姿を現す。『リク? ……次は何をする?』 僕はニヤッと笑い、「敵を蹴散らす!」 僕の言葉が終わらぬうちに、ユイが制御する『大砲』と『自動照準クロスボウ』が、空中で呆然とする『ロイヤル・ソード』のエースアタッカーを捉え、容赦ない集中砲火を浴びせた。抵抗する間もなく、彼の身体は光の粒子となって霧散する。[ENEMY PLAYER DO
僕の名前はミシマ・リク。スペースコロニーのしがない公立高校 ヘロン第九高等学校に通う、高校一年生。ゲームが好きで、クラフトが好きで、……まあ、自分でも認めざるを得ない、どこにでもいるナードだ。 だけど、僕たちが今いるのは、そんな穏やかな日常が根こそぎ吹き飛ぶような、熱狂と喧騒の渦中だった。「うわー、すごい人……」 U19 eスポーツの地区大会会場。耳をつんざくようなアップテンポなエレクトロニック・ダンス・ミュージック、巨大スクリーンに繰り返し映し出される人気プレイヤーたちが派手なエフェクトと共に決めポーズを取るプロモーション映像、そして地鳴りのように響く観客たちの期待に満ちたざわめき。色とりどりのサイリウムの光が会場を埋め尽くしている。そのすべてが、僕たちチーム『ジャンク・キャッスル』を、場違いな闖入者のように圧倒していた。 僕らは試合会場に準備された各々のブースに入り、慣れない椅子に腰を下ろすと、愛用のジョイスティックをパソコンに接続した。そして僕は、クエンティンが作ってくれたフィグモ――ゲームのフィギュアの形をしたオプションパーツ――を、そっとジョイスティックのインターフェースに接続する。「頼むよ、ユイ」 誰にも聞こえないよう、僕はフィグモに囁きかけた。 ちょうどその時、隣のブースに相手チームが入場してきた。その名も『ロイヤル・ソード』。お揃いの光沢のあるチームTシャツに、メンバー全員が見るからに高価なジョイスティックを持ち、そして脳波コントロールマウス機能付きの最新型VRゴーグルを首に掛けていた。 方や僕らは各々の普段着で、僕とクエンティンが使っているのは、一般的なジョイスティックとジャンク屋で買った型落ちの脳波コントロールマウスだ。VRゴーグルなんて、メンバーの誰も持っていなかった。 ミミ先輩が、羨望の混じったため息をつくのが聞こえた。「いいなぁ、あれ。……せめてマウスだけでも新しければ、エイムももっと速いのに……」「みんな集まってくれ!」 そんな空気を振り払うように