LOGINミミ先輩の手から放たれた爆弾が、美しい放物線を描き、がら空きになった敵のコアの中心に吸い込まれていく——。
勝利を、確信した。 その、瞬間だった。 世界から、全ての光と音が、突然消えた。[CONNECTION LOST]
ヘッドセットから音が消え、現実世界に戻った僕の耳に、観客たちの混乱した声が、大きなうねりとなって押し寄せてきた。勝利を祝うはずだったスタジアムが、どよめきと不安に満たされている。
どこか投げやりな、しかしスピーカーを通して増幅された声が、その喧騒を切り裂いた。 「静粛にー、静粛にー、……静粛にって言ってんだろうが!」次の瞬間、乾いたマシンガンの発砲音が、三発、立て続けにスタジアムに鳴り響いた。
悲鳴が、会場を埋め尽くす。これは、もうゲームじゃない。パッと、非常用の赤いランプが点灯し、薄暗い闇の中に、僕たちのブースと、巨大なメインスクリーンがぼんやりと浮かび上がった。そして、そのスクリーンに映し出されたのは、不気味に笑う、ピエロのような仮面だった。
『いやぁ~、まさか君たちが勝つとはね』その声は、甲高く、どこかふざけているようだった。『ランスロット、手を抜いたんじゃ無いだろうね? 君、弱者に同情するとこあるじゃない? そう言うの、本当に失礼だからね?』
「何をバカな!」ブースから飛び出したランスロットが、スクリーンに向かって叫んだ。「我々は全力で戦った! ただ、彼らの戦略と執念が、我々を上回っただけだ!」 『ん~~、良いことを言うね。“執念”、そう“執念”だ。僕にも、執念って奴があってね、そのために今、こんな事をしてる』「アンタなんなの!? 決勝戦を滅茶苦茶にして、何が楽しいの!?」
目に涙を浮かべたミミ先輩が、ブースから飛び出していきそうなのを、リョウガ先輩が、その巨体で必死に抑えつけている。『あ~~、ゴメン、ゴメン。ほら、コッチにも都合って物があってさ。今この瞬間なら、コロニー中の人間が、この放送を見てるだろ? なんたって、この試合の一番良い所だったんだからな』
「お前は一体、何をしたいんだ!」 リョウガスタジアムの非常用ランプが消え、やがて、メインの照明が一つ、また一つと、温かい光を取り戻していく。スクリーンに映し出されたアップタウンの街並みにも、再び命の灯が宿っていた。 誰からともなく上がった歓声は、やがてスタジアム全体を揺るがす、割れんばかりの大歓声へと変わっていった。それは、eスポーツの勝者を称えるものではない。コロニーの危機を救った、名もなき若者たちへの、心からの感謝と賞賛の叫びだった。 僕たちのブースでは、駆けつけた救護班が、ヴィル爺さんの応急処置を行っていた。幸い、骨に異常はなく、打撲だけで済んだらしい。 その喧騒の中、コロニー防衛軍の兵士たちが、壇上へと駆け上がってきた。しかし、彼らが確保に向かったのは僕たちではなく、その場に崩れ落ち、完全に機能停止したモードレッドのアンドロイドだった。 やがて、会場の巨大スクリーンに、ニュース速報のテロップが流れる。『速報:テロの首謀者、モードレッド・ブラックウッドの身柄を確保』 キャスターが、興奮した様子で続ける。『……モードレッド・ブラックウッドは、決勝戦終了直後のブラックアウトの混乱に乗じ、本物の彼と、あらかじめ用意していたアンドロイドを入れ替え、スタジアム近隣に父の会社が借りていたプライベートルームから、テロ行為の指揮を執っていた模様です。CDFの特殊部隊が、先ほど、その部屋に突入し、身柄を確保しました』 画面には、無表情のまま、兵士に連行されるモードレッドの姿が映し出されていた。 ブースの隅では、ランスロットが、CDFの司令官らしき人物と、険しい表情で言葉を交わしていた。彼は、自らの家の醜聞と、チームメイトの凶行の責任を、全て一身に背負う覚悟を決めているようだった。彼のその気高い姿が、僕たちが不当な疑いをかけられることから守ってくれる、最初の盾になってくれていた。 数日後の、『シュミットの工房』。 工房のモニターで、事件の顛末を伝えるニュースを、僕たち全員が見ていた。『……今回の事件で、テロウイルスの鎮圧に貢献したとされる「所属不明の自己進化型AIプログラム」について、
アンドロイドが完全に沈黙し、ひとまずの脅威が去ったことに、会場の観客たちも、安堵のため息をつく。誰もが、これで事件は解決に向かうと、そう思った瞬間——。 スタジアムのメインスクリーンに、再び、あのピエロのような仮面が、今度は大写しで映し出された。その口元は、明らかに嘲笑の形ではなく、激しい怒りに歪んでいた。『やってくれたな、老いぼれ! お前らもだ! もう容赦しない!』 その声は、もはやふざけてはいない。底冷えのするような、純粋な憎悪が込められていた。『クエンティン・ミラー。俺はここまでやるつもりはなかった。だが、ことごとく邪魔をしたお前らが、この決断をさせた。悪いのは、お前らだ!』 モードレッドは、コロニー中に向け告げる。 彼が仕掛けたウイルスの、恐るべき第二段階の存在を。「電力テロは、二段階で実行されるようにプログラムされていた。第一段階は、今お前たちが目にしている、アップタウンのブラックアウト。そして、お前たちが俺の人形を止めた、今この瞬間が、第二段階への引き金だ」 スクリーンに、コロニーの電力供給網の模式図が映し出される。そして、アップタウンを制御する複数の「電力ノード」が、次々と危険を示す赤色に点滅し始めた。「俺が仕掛けたウイルスは、今この瞬間から、各ノードの冷却システムを停止させ、制御不能な熱暴走――超電導クエンチを引き起こす。クエンチが発生すれば、超電導電磁石に蓄えられていた膨大なエネルギーが、一気に熱や衝撃波となって爆発的に放出される。あと10分もすれば、ノードは連鎖的に、物理的に溶け落ち、コロニー全体の電力網は、二度と修復不可能なダメージを受ける!」 絶望的な宣告に、会場全体が本当のパニックに包まれる。もはや、なすすべはない。誰もが、ただ、終末へのカウントダウンを見守ることしかできなかった。 僕は、腕の中のフィグモに、祈るように叫んだ。「ユイ! これをなんとかする方法はない!?」『……今、やってる。でも、ウイルスの進行が速すぎる。私の計算能力だけじゃ、とても足りない……』 ユ
アップタウンから光が消え、一部では火災まで起きている。その地獄のような光景を背景に、モードレッドは恍惚とした表情で、自らの行いを語った。「おい、ちょっと待て!」 最初に我に返ったのは、クエンティンだった。その声は、怒りと、それ以上に焦燥に染まっていた。「停電ってことは、病院にも電力が行かないってことだな!」「もちろんそうだ」 モードレッドは、さも当然というように答える。「ふざけるんじゃないぞ! お前の勝手な復讐に、無関係な人まで巻き込むな!」「おや? クエンティン・ミラー。君たちのことは、少し調べさせてもらったよ。君の父親が、宇宙放射線病なんだって?」「……それがどうした!?」「そこのランスロットの父、ハワード・エインズワースは、コロニーのモノレール会社の、トップだよ」「えっ!」 クエンティンが、息を呑んだ。僕も、耳を疑った。親父さんを苦しめた会社の、トップ。それが、ランスロットの父親……?「そうだ! 良いことを思いついた。取引をしないか?」 モードレッドは、手に持っていたマシンガンを、こともなげにクエンティンへと差し出した。「は?」「なに、簡単なことさ。この銃で、あの来賓席にいるハワード・エインズワースを殺してくれば、ウイルスを止めよう。そうすれば電力は回復するし、僕は自ら手をくださないですむし、君はダウンタウンの英雄になれるかもしれないぞ。一石三鳥じゃないか」「何を馬鹿な! ふざけるな!」「おや? 条件が悪かったかな」「そこまでだ! モードレッド・ブラックウッド。銃を下ろせ!」 その時、僕たちとモードレッドの間に、3名の警備員が割って入った。その銃口は、真っ直ぐにモードレッドに向けられている。だが、彼は、全く意に介していないようだった。「いやいや、給料安いんでしょ? 無理しない方が良いと思うな」「いいから銃を下ろせ!」 警備員たちが、じりじりと包囲を狭めてきた。 すると突然、モードレッドの身体が、ブレた。そう思った瞬
ミミ先輩の手から放たれた爆弾が、美しい放物線を描き、がら空きになった敵のコアの中心に吸い込まれていく——。 勝利を、確信した。 その、瞬間だった。 世界から、全ての光と音が、突然消えた。[CONNECTION LOST] ヘッドセットから音が消え、現実世界に戻った僕の耳に、観客たちの混乱した声が、大きなうねりとなって押し寄せてきた。勝利を祝うはずだったスタジアムが、どよめきと不安に満たされている。 どこか投げやりな、しかしスピーカーを通して増幅された声が、その喧騒を切り裂いた。 「静粛にー、静粛にー、……静粛にって言ってんだろうが!」 次の瞬間、乾いたマシンガンの発砲音が、三発、立て続けにスタジアムに鳴り響いた。 悲鳴が、会場を埋め尽くす。これは、もうゲームじゃない。 パッと、非常用の赤いランプが点灯し、薄暗い闇の中に、僕たちのブースと、巨大なメインスクリーンがぼんやりと浮かび上がった。そして、そのスクリーンに映し出されたのは、不気味に笑う、ピエロのような仮面だった。『いやぁ~、まさか君たちが勝つとはね』その声は、甲高く、どこかふざけているようだった。『ランスロット、手を抜いたんじゃ無いだろうね? 君、弱者に同情するとこあるじゃない? そう言うの、本当に失礼だからね?』 「何をバカな!」ブースから飛び出したランスロットが、スクリーンに向かって叫んだ。「我々は全力で戦った! ただ、彼らの戦略と執念が、我々を上回っただけだ!」 『ん~~、良いことを言うね。“執念”、そう“執念”だ。僕にも、執念って奴があってね、そのために今、こんな事をしてる』「アンタなんなの!? 決勝戦を滅茶苦茶にして、何が楽しいの!?」 目に涙を浮かべたミミ先輩が、ブースから飛び出していきそうなのを、リョウガ先輩が、その巨体で必死に抑えつけている。『あ~~、ゴメン、ゴメン。ほら、コッチにも都合って物があってさ。今この瞬間なら、コロニー中の人間が、この放送を見てるだろ? なんたって、この試合の一番良い所だったんだからな』 「お前は一体、何をしたいんだ!」 リョウガ
がら空きになった、僕たちのコアへと向かう敵のアタッカー。 その光景を、僕は、壊された砦の陰から、ただ見ていることしかできなかった。 この時ほど、ユイとの高速連携を封じられたことに、苛立ちを感じたことはなかった。 リョウガ先輩のリスポーンまで、約9秒。敵のアタッカーが、コアのある場所に辿り着くまで、恐らく12〜13秒。その差、わずか数秒。 そして、僕たちの周囲には、まだ敵のアタッカーが二人もいる。僕たちは、装備の性能差もあって、一対一の戦闘では勝ち目が薄い。それを補ってきたのが、僕とユイの連携による、常識外れの超高速ビルドだった。 ユイがいれば、どんなピンチからだって、きっと形勢逆転ができた。でも今、それは出来ない——。 ——でも、本当にそれでいいのか? クエンティンと交わした、未来を変えるという約束。 ユイが、これからも安心して暮らせる、僕たちの居場所。 決勝戦の前にぶつけられた、「チート野郎」という不当な汚名。 今、ここで、負けるわけにはいかない——! 覚悟を決めた、その瞬間だった。 僕の世界から、音が消えた。 あれほど激しかった心臓の鼓動が嘘のように鎮まり、時間の流れが緩やかに引き伸ばされる。まるでサードパーソン・シューティングゲームのように、自分自身の姿と戦場全体を冷徹に俯瞰する、不思議な感覚に支配されていた。心なしか、時間の流れも、ゆっくりに感じられた。 これが、いわゆる「ゾーンに入った」って感じなのかもしれない。「みんな、30秒間だけ、耐えてほしい。その間に、逆転のための一手を作る」 僕の声は、自分でも驚くほど、冷静だった。 『おう!』『了解!』『任せろ!』 仲間たちの、信頼に満ちた声が、即座に返ってきた。『リク選手、絶体絶命のこの状況で、一体何を作るというのでしょうか!』「ユイ! 近くにある『ハンドル』と『推進ファン』を探して!」 『了解!』 ユイが、僕の視界の中で、必要なパーツをハイライト表示してくれる。良かった! すぐ近くにあった! 後は、スキ
リョウガ先輩の雄叫びと共に、陸上戦艦『ヤマト』と名付けられた僕たちの城は、その巨体に見合う咆哮を上げて、敵陣へと進撃を開始した。 三門の『大砲』が一斉に火を噴くたび、『アヴァロン・ガーディアンズ』が築いた前線拠点が、いとも簡単に粉砕されていく。「やった! いいぞ、リョウガ先輩!」 「このまま押し切れ!」 クエンティンとミミ先輩の、興奮した声がヘッドセットから響く。『チーム「ジャンク・キャッスル」の陸上戦艦ヤマト、止まりません! アヴァロン・ガーディアンズの拠点を次々と粉砕していく!』 しかし、これだけの巨体と武装だ。重量ゆえに進む速度は、どうしても遅くなる。僕はその時間を無駄にはしなかった。『ヤマト』が敵の拠点を破壊するたび、僕はその後方に残り、まだ使えるパーツを回収していく。『見てください! ジャンク・キャッスルのクラフター、リク選手! 破壊した敵の拠点からパーツを奪い、その場に砲台を設置し直しています! これは……進軍した道がそのまま自軍の支配領域となる、恐るべき戦術だ!』 勝利は、盤石かと思われた。 だけど、僕の心の中の、あの言いようのない不安は、まだ消えてはいなかった。最強の王者である彼らが、このまま無抵抗に、意気消沈するとは到底思えなかった。 敵のプレイヤーたちは、とっくにリスポーンしていた。だが、下手に出てきても各個撃破されるだけだと判断したのだろう。彼らは、フィールドの中央、自陣のコアを守る最後の境界線となっている拠点に立てこもり、僕たちが来るのを待ち構えているようだった。 そして、ついに『ヤマト』が、その最後の拠点への射程距離に近づいた頃。 王者の、本当の反撃が始まった。 『リク、高速接近物体を複数確認!』 ユイの警告と同時に、敵の拠点から、5、6機の小さな影が、一斉にこちらへ向かって飛び出してきた。『ここでアヴァロン・ガーディアンズ、動いた! 自爆ドローンだ! 数は6機か!? 残っていた爆弾ダルを全て投入したか!? 圧倒的な攻撃力を誇るヤマトを止めるには、これしかないと判断したか! チャンピオン、ここで全てを賭けた総攻撃で