Share

プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~
プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~
Auteur: 魚ちゃん

第1話

Auteur: 魚ちゃん
村田明里(むらた あかり)は不思議でたまらなかった。昨夜、夫である二宮潤(にのみや じゅん)はベッドの上で自分を激しく翻弄した。一体どうしたっていうんだ。

そして今朝、明里は理由を知った。

潤の弟・二宮隼人(にのみや はやと)が婚約するのだ。

しかも、その女性は潤の初恋の相手だった。

つまり、潤が長年想いを寄せていた女性が、彼の弟と結婚することになるのだ。

なんとも皮肉な話だ。

昨夜、潤が自分の腰を掴み、赤い目で、まるで狂ったように何度も激しく抱いてきたことを思い出し、明里は言いようのない虚しさに襲われた。

明里が階下に降りると、既に身支度を整えた潤が出かけるところだった。

190cm近い長身は、それだけで威圧感を与えていた。

長年、高い地位にいるせいか、彼の整った顔立ちよりも、その強いオーラに目が行きがちだった。

しかし、実際は、潤の顔立ちは端正で、どんなに冷徹な表情をしていても、美男子であることは隠しきれない。

さらに、広い肩幅に細い腰、スラリと伸びた長い脚は、高級スーツに包まれ、力強さと自信を醸し出している。

二宮家の御曹司である夫は、落ち着き払っていて、常に冷静沈着であることを、明里はとっくに知っていた。

まるでこの世に、彼の感情を揺さぶるものは何もないかのようだった。

ただ一人、あの女性を除いては……

明里は胸に込み上げる苦しさを押し込め、潤を見ないようにして、ダイニングへと向かった。

潤は明里を一瞥すると、カフスボタンを直し、そのまま出て行った。

二人は一言も言葉を交わさなかった。

ドアが閉まる音を聞き、明里は苦笑いした。胸に、じんわりと痛みが広がる。

こんな冷え切った結婚生活を受け入れられると思っていたのに……

自分の気持ちはどうすることもできなかった。この男に、少しずつ心を奪われていく。

明里は朝食を食べるものの、味も分からず、ぼんやりとしていた。

スマホが鳴り、明里は出ると、席を立った。「すぐ行きます」

午後になり、明里は研究所で疲れ切っていた。

これまで息の合った岩崎凪(いわさき なぎ)と組んでいたのに、彼は突然異動になり、新しく来た田中俊介(たなか しゅんすけ)はデータ分析が苦手だった。

一人で二人の仕事を抱え、さらに心のモヤモヤも重なり、余計に疲れていた。

仕事を終え、スマホを見ると、潤からメッセージが届いていた。【今夜、屋敷へ戻れ】冷淡な短い文字だった。

隼人と清水陽菜(しみず ひな)の婚約発表だろうと明里は思った。

隼人は、潤の異母兄弟だ。

そして陽菜は、潤が忘れられない女性だった。

兄弟が同じ女性を好きになるなんて。

今夜の夕食は……きっと一触即発の空気になるだろう。

二宮家の屋敷に着いた明里は、玄関を入ろうとしたところで、角に佇む潤と陽菜を見つけた。

少し離れていたため、何を話しているのかは聞こえなかった。

しかし、潤がプレゼントの入った袋を陽菜に渡すのが見えた。

陽菜の顔は、幸せそうな笑みに満ちていた。

彼女は、守ってあげたくなるような顔を上げていた。その表情は、明里が見慣れた、か弱い乙女の表情そのものだった。

一方、潤は、この角度からは横顔しか見えないものの、高い鼻筋と引き締まった顎、そして少しだけ上がった口角が印象的だった。

明里と一緒にいる時には決して見せない笑顔だった。

明里の心は、締め付けられるような痛みを感じた。

明里は爪を手のひらに食い込ませ、視線を逸らし、階段を上った。

ヒールが石段に当たる小さな音が響いた。

その音に気づいた潤は、こちらを振り返った。先ほどの笑顔は消え、冷たい視線で、表情も硬かった。

明里は潤を見ずに、ドアを開けた。

そして、潤は立ち去ろうとした。

その時、陽菜が潤に声をかけた。「潤さん、明日の午後は時間ある?隼人は彼の先生のとこに行くから、一緒に動物病院付き合ってくれない?」

潤は低い声で答えた。「明日の午後は会議があるんだが……ちょっと確認してみる。とにかく、早く中へ入るんだ。寒いだろ」

陽菜は微笑んで言った。「潤さん、先に入ってね。隼人に電話する」

潤が去るのを見届けると、陽菜の口元に笑みが浮かんだ。それは、自信に満ちた、勝ち誇ったような笑みだった。

リビングに入った明里の耳に、嫌味な声が飛び込んできた。

「食事に来るのに、何度も催促させるなんて、どういうつもり?二宮家の嫁なら、もっと自覚を持つべきでしょう。結婚したら、家で夫を支え、子供を育て、家事をするのが当たり前なのに、外で仕事をするなんて、みっともないわ!」

明里が視線を向けると、潤の継母である九条真奈美(くじょう まなみ)がソファに座っていた。いかにも裕福な貴婦人といった雰囲気だ。

しかし、言葉は辛辣で、傲慢だった。

二宮家は大きな家業を抱えており、潤の祖父である二宮和夫(にのみや かずお)が亡くなってからは、潤が中心となって切り盛りしていた。

真奈美は継母であり、潤とは折り合いが悪く、当然、二宮家の財産は全て自分の息子に相続させたいと思っていた。

彼女は潤が嫌いだったし、明里も嫌いだった。

当時、和夫の指示で潤と明里が結婚することになった時、誰もが村田家は二宮家には釣り合わないと思っていた。

ただ一人、真奈美だけは、この結婚を喜んでいた。

潤が身分の低い女性と結婚すればするほど、隼人が釣り合う相手と結婚して家業を継ぐのに有利になるからだ。

今の息子の婚約者には、真奈美はとても満足していた。

清水家には息子が二人いるが、娘は陽菜一人だけなので、とても大切にされていた。

陽菜の上には二人の兄がおり、二人とも彼女をとても可愛がっていた。そして、将来は隼人の助けとなるだろう。

こうして比べてみると、明里は何の取り柄もない女に見えた。だから、誰もいない時は、真奈美は遠慮なく明里に辛く当たった。

しかし、真奈美が言い終わるか終わらないかのうちに、潤が明里の背後に現れた。

彼は手を伸ばし、明里の背中に手を当て、冷たく言った。「ここで何をしている?入れ」

明里は潤の手を避け、中へ入った。

潤は握り拳を作り、指の関節が白くなった。

真奈美は立ち上がり、上品な笑みを浮かべて言った。「潤、いらっしゃい。もうすぐ食事よ」

潤は真奈美に向かって冷たく言った。「なぜリビングにいるんだ?キッチンにいるべきだろ?二宮家に嫁いできたなら、夫を支え、子育てをし、家事をするのが当たり前だろ!」
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Latest chapter

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第862話

    あの頃の裕之は、今よりもずっと多忙だった。現在は一定の高みに立ち、多くのことを自分の裁量で動かせるようになっているが、当時はまだ長く険しい坂の途中にいたのだ。上層部との人間関係を慎重に維持しながら、同時に部下たちをまとめていかなければならない。それでも裕之にとっては、そういった仕事のすべては難なくこなせる範囲だった。この人生で唯一、心底手こずると思ったのは朱美だけだった。周囲の目から見れば、裕之は子供の頃から文武に秀でた模範的な学生であり、親たちが「我が子もあんな風に」と望むような理想的な人物だった。政界に入ってからも、確かな実力に少しばかりの運が味方し、着実に自らの道を切り開いてきた。誰もが口を揃えて「将来が楽しみだ」と高く評した。誠に勝手ながら、そんな自分の優秀さも、朱美の前ではすっかり霞んでしまうような気がしていた。家柄や能力といった条件を抜きにしても、朱美という人間そのものが、男を強く惹きつける魅力を持っていたのだ。外見の美しさ以上に、際立っていたのは、頭の回転の速さ、人に対するさりげない優しさ、そして絶妙なユーモアのセンス。一緒に仕事をした人々は皆、その魅力的な人柄に自然と惹きつけられていった。裕之が初めて朱美を見たのは、ある格式ある料亭でのことだった。朱美は個室へ向かう途中だったようで、廊下では小さな子どもが走り回っていた。急ぎ足の仲居が料理を乗せたお盆を持って角を曲がってきたとき、飛び出してきた子どもをとっさに身を挺して抱き止めたのが朱美だった。子どもは無事だったが、仲居の持っていた料理が朱美の服にこぼれてしまった。最初は朱美と子どもが親子なのかと思ったが、慌てて駆けつけてきた両親が朱美に平謝りしているのを見て、そうではないとわかった。こぼれたのが冷たい料理で本当によかった。もし熱い汁物などだったら、考えるだけでぞっとする。裕之はその場で、この女性は心の美しい人だと思った。だからといって、美しい女性を見るたびにすぐに心を奪われるわけではない。ただ、ちょうど近くにいたから、自分のハンカチを無言で差し出した。朱美はちらりと顔を上げて短く礼を言うと、その場を後にした。その後、互いの素性を知る機会があり、朱美が独身だとわかって、初めて彼女を一人の女性として強く意識するようになった。正確には、そ

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第861話

    「でも、君は『気持ちが傾いた』と言ったじゃないか」「だから言葉の綾で違うって言ってるでしょ!」朱美は思わず彼を軽く叩いた。「本気で傾いたんじゃなくて、悪くないと思っただけよ!」それでも、裕之の不機嫌の虫は収まらなかった。「傾いた」というその言葉が、頭の中にこびりついて離れないのだ。朱美がそんな甘美な言葉を自分に向けてくれたことは、ただの一度もなかった。なぜその美しい言葉を、他の男に平然と使うのか。「それでもダメだ」「もう、あなたって人は本当に……」朱美は呆れて力が抜けた。「わかったわ。あなたがどうしても行きたくないって言うなら、私ひとりで会ってくるから」「君も行っちゃダメだ!」「もう会うと言ってしまったのよ」「本当は、君自身が彼に会いたいんだろう。あの頃気持ちが揺れた相手が、今どんな顔をして帰ってきたか、気になるんだろう」朱美は静かに裕之を見つめた。「それは、ただの言いがかりよ」裕之は黙り込み、むっとしたままだ。朱美はため息をつき、両手で彼の顔を掴んでこちらを向かせた。「おかしな嫉妬はもうやめてちょうだい。ふたりで一緒に行けばいいじゃない。先方は奥さんとお子さんも一緒に連れてくるんだから、単なる家族ぐるみの食事会よ」「何年も会っていないなら、それぞれ自分の生活を続けていればいいだろう。わざわざ会う意味がどこにある」「一度だけ会って、それでおしまいにするから」朱美は宥めるように言った。「ラインの交換はしたのか?」「してないわ。電話だけ」「連絡がきても返さないでくれ」「わかったわ、しないから」朱美は笑いながら彼を見つめた。「……まだ怒ってる?」「食事は一度きりだ」裕之は強い口調で断言した。「連絡は一切なしだ」「はいはい」朱美はもともとそのつもりだった。これだけ長く音信不通だったのだから、昔の縁などとっくに薄れている。ましてその縁は、友情以上のものになったことはないのだ。「傾いた」というあの言葉は、本当にただの言葉の綾であり、言い間違いだった。口からとっさに出てしまっただけなのだ。だが、その一言に裕之がどれほど深く嫉妬していたかに気づいたのは、夜半を過ぎてからのことだった。求める勢いは、いつもと変わらず激しかった。思わず朱美は息も絶え絶えに口に出した。「明日、朝から……

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第860話

    シャワーを浴びて浴室から出てきた裕之に、朱美は切り出した。「昔の知り合いが外国から戻ってきたんですって。久しぶりに食事でもどうかって誘われたの」裕之はタオルで髪を拭きながら、短く「行っておいで」とあっさり答えた。「あなたも一緒に行くのよ」それを聞いて、裕之は手を止めて、朱美の顔を見た。「俺もか?」結婚して以来、朱美の大切な友人たちとは一通り顔を合わせて挨拶を済ませていた。でも朱美の交友関係は広く、裕之がまだ会っていない人のほうが多い。「そんなに仲がよかったのか?」「若い頃はね。でも、向こうが外国に行ってからは、それきり会ってなかったのよ」「それなら」裕之はスケジュールを確認した。「明後日の夜なら、なんとか時間が作れそうだ」「じゃあ、そう伝えておくわね」「ところで」裕之はようやく、一番気になっていたことを尋ねた。「そんなに長く会っていなかったのに、なんで今になって急に?」朱美は隠すつもりなどなく、事実をそのまま話した。「実は昔、その人にかなり熱心にアプローチされてた時期があったの。もう少しで気持ちが傾きかけたこともあって。でも、向こうに事情ができて外国に行ってしまって、それきりになったのよ」「……気持ちが傾いた?」裕之の声のトーンが、露骨に低く硬くなった。朱美の気持ちを動かしかけた男のことを聞き、警戒心を抱いたのだ。「熱心だったし、いい人そうだったから、少し考えてもいいかなって思っただけよ。本気で『傾いた』っていうより、まあ悪くないかなって感じ」裕之は朱美の目の高さを誰より知っている。長い間、自分が苦労して追いかけてきたのだから。「悪くない」と言わせるほどの男なら、相当な人物に違いない。潤が言っていた「脅かされるような気持ち」というものが、今になって少しわかった気がした。「でも、なんで今さら連絡がきたんだ?ずっと音信不通だったんだろ。番号はどこで手に入れたんだ?」言葉の端々に、かすかな嫉妬の棘が混じっていることに朱美は気づき、くすりとした。「変に勘繰らないでよ。私も知らない番号だったし、共通の知り合いが多いから、そっちから調べたんじゃないかな。おかしくないでしょ」「共通の知り合いがいるなら、もっと早く連絡がきてもおかしくないだろう。これだけ長い間、お互いの近況も知らずにいたのか?」「昔の出

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第859話

    リビングに誰もいないのをいいことに、彼は気兼ねなく甘えてきた。孫世代と同居している以上、家の中でもやはり人目は気になってしまう。朱美も誰かに見られたら気恥ずかしいと思い、足早に寝室へ向かった。裕之がすぐ後ろをぴたりとついてくる。ドアを閉めるなり、彼は待ってましたとばかりにキスを迫ってきた。「もう、焦らないでよ」朱美は手でやんわりと制した。「まだ早いし、もしアキに呼ばれでもしたら困るじゃない」「あの子はそこまで空気が読めない子じゃないさ。ふたりとも部屋に戻ったのに、わざわざ来ないって」「もしものことがあるでしょ」朱美は窘めるように言った。「先にお風呂に入ってちょうだい。十時を過ぎたら話は別だけど」「じゃあそれまで、俺はどうしていればいいんだ」裕之は手を取り、自分の体へと強引に引き寄せようとする。「あなたねえ、その歳でよくそんなに元気が余ってるわよね。少しは自重できないの?」「君を目の前にして、どうやって自重しろって言うんだ」裕之は悪びれずに言った。「これまでの空白を取り戻さないといけないんだから」「もう本当に……」「ねえ」裕之は朱美の耳元に顔を寄せ、低く囁いた。「来週、出張に一緒についてきてくれないか?」「また出張?」「向こうで会議があるんだ。会議の時間以外は、ずっと一緒にいられるから」「嫌よ」朱美はきっぱりと断った。「行ったら行ったで他にすることもないし、一日中あなたに振り回されるだけじゃない」「夜は思いきり甘やかしてあげるし、昼間はゆっくり眠れる。悪くないだろ」「もう、いい加減にして!」朱美は呆れて彼を睨んだ。「どうして二人きりだとこんなにだらしないのよ」「妻と一緒にいて、妻を欲しいと思う。それのどこがいけないんだ」「こんなことなら……」「こんなことなら、何だ?」「こんなことなら結婚なんてしなければよかったわ、なんてね。普通、歳を取るほど枯れていくものじゃないの?男は二十五を過ぎたら下り坂だって言うじゃない。あなたはなんで逆に上り坂なのよ」「それは人によるんだよ」裕之は事もなげに言った。「何しろ俺には、二十年近くの空白期間があったんだからな。それ以前のことはチャラだ」裕之が前の妻を亡くしたのは、まだ三十に満たない若い頃だった。それからずっと、彼は独り身を貫いてきたのだ。今さ

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第858話

    明里はそっと手を伸ばし、潤の柔らかな髪を撫でた。「私の方こそ、あなたの気持ちをちゃんと考えてなかった。後で大輔に電話して、ゆうちっちに会いたいなら、連れて行ってもらうから」「いいんだ」潤は顔を上げて言った。「明里ちゃん、俺はお前を信じてる。食事に行ってきていいよ。誰と友達になるか、その権利はお前にあるんだから。……正直に言うと、あいつと会うって聞いて胸がざわつくのは本当だけど、お前が俺を裏切るはずないってことも、俺は誰よりもわかってるんだ」「あなたが嫌な思いをするのは、私だって嫌なの」潤は立ち上がり、明里をその温かい腕の中へと力強く引き寄せた。「大丈夫、本当に。一人でちゃんと考えたら、俺のほうがただ器が小さかっただけなんだって気づいたよ」病院で大輔の姿を突然見たとき、潤は本当に驚いていた。その一瞬、頭の隅で「もしかして、明里と示し合わせて病院に来たんじゃないか」という黒い疑念さえよぎってしまったのだ。でも、今こうして冷静になって考えれば、それが自分の完全な考え過ぎだとわかる。明里という人間の誠実さは、そんな疑いを挟む余地もないほど信頼に値する。彼女は絶対にそんな器用な真似ができる人じゃない。自分が、ただ心の狭い振る舞いをしていただけなのだ。「私も、あなたの立場になって考えてなかった。ごめんね」この言葉を聞いて、潤は胸が温かくなると同時に、ひどく切なくなった。こんな優しい明里に謝らせるなんて、俺はどうかしている。潤は彼女の頬にそっと口づけて囁いた。「俺が悪かったんだ。もう二度としない」明里は嬉しそうに潤を見上げた。「俺たち三人――いや、お腹の子も入れて四人で、一緒に食事に行こう。それでいいだろ?」「うん」潤はふと思い出した。病院で、自分がどれだけ幸せかを見せつけたくて、大輔に余計な期待を抱かせたくなくて、明里の妊娠をあんな形で口にしてしまったことを。今となっては、その浅はかな行動を本当に後悔している。俺はいつから、こんなに器が小さく、こせこせした人間になっていたのだろう。あのマウントを取るような行動には、少しも大人の余裕がなく、少しの品さえなかった。明里ちゃんとここまで数え切れないほどの試練を乗り越えてきて、ようやくこうして一緒になれた。二人目の子どもまで授かろ

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第857話

    それだけ長い付き合いになって初めて、朱美は知ったのだ。あの寡黙な裕之が、これほど情熱的な人だったのかと。朱美は、怒ったからといって子どものように連絡先を消したり、着信を遮断したりするようなタイプではない。裕之からのメッセージに返信しないことはあっても、送られてきた言葉には必ずすべて目を通していた。正直なところ、朱美は裕之に強く惹かれていた。正式な恋人として世間に認めていなかったとはいえ、こうして何度も体の関係を持った以上、それはもう「彼を選んだ」という揺るぎない事実なのだ。それなのに、そんな相手が見当違いな嫉妬で心を乱し、あんな心ない一言までぶつけてきた。もうこんな面倒ごとにはうんざりしていたし、いっそのこと別れてしまえばいいとも思った。ひとりのほうが、こんなに心をすり減らすこともなく、ずっと気楽に生きていける。でも、裕之は決して引き下がらなかった。少しでも時間ができるたびに朱美のもとへ足を運び、真剣に向き合おうとした。徹底的に話し合うことで、裕之もようやく自分が間違っていたのだと気づいた。そうして半年ほど経って、ようやくふたりは元の関係に戻ることができたのだ。腹を割って話し合ったとき、朱美ははっきりと彼に伝えた。「もし他の誰かを好きになったなら、きちんとあなたと別れてから動く。二股をかけるような卑怯な真似は絶対にしない」と。そもそも、もし他の人に少しでも気持ちが向いていたなら、とっくに彼とは別れていたはずだ。これだけ長い間ずっと誰とも付き合わずひとりでいたのは、そういうことなのだ。自分の条件が特別いいと自惚れるつもりはない。ただ、裕之は仕事が忙しすぎて、彼女のそばにいられる時間が圧倒的に少ない。もしそれを不満に思っていたなら、最初から裕之を選ぶはずがなかった。話し合いを経て、裕之は深く頭を下げて謝った。自分の嫉妬が見当違いだったと、素直に認めたのだ。でも同時に、彼はこうも言った。「嫉妬するのは、自分でもどうにも止められないんだ」と。朱美を追う男性の中には、二十代や三十代の野心に満ちた若い男もいた。朱美と一緒にいれば将来は楽ができると打算があるのか、一回り以上の年の差などまったく気にしない。しかも、朱美には四十代とは思えないほどの若々しい美しさがある。朱美はそれでも、

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第209話

    「潤!」明里は怒りを堪えて声を震わせた。「今は患者でしょう、少しは大人しくできないの?」「じゃあ、怪我が治ったら、キスさせてくれるのか?」思いがけず、潤が子供のような駄々をこねる。だが明里は即座に拒絶した。「ありえないわ!もうすぐ離婚するのよ!」「だから言っているだろう、離婚はしない」潤の薄い唇が、再び彼女の首筋に触れる。まるで執着と依存の塊のようだ。けれど、そんなはずがない。潤はきっと、彼女をただの都合のいい「所有物」としか見ていないのだ。キスしたい時にキスをして、抱きたい時に抱く。しかも金もかからない。ふん、笑わせる。明里は再び彼を強く押しのけた。

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第180話

    彼女は言った。「私の発表は以上です」副学部長は明里を見つめ、さっきまでの激しい気性が嘘のように消えた。「君は高田の学生か?」今日のような場では、公平性を保つため、健太は避けるべき立場で出席できない。明里は頷いた。「はい、高田先生が今年受け入れた博士課程の学生です」「よろしい」副学部長が頷く。「高田の目に狂いはないな」だがすぐに彩花を一瞥した。「しかし、ある種の風潮は、早急に正すべきだ!」彼は立ち上がり、全員に向かって口を開いた。「我々は研究者だ。国家のため、人類のためなどという大げさなことは言わない。だが少なくとも、自分の良心に恥じない仕事をすべきだ!ところが一部の学生

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第193話

    おそらくさらに高い地位の人だけが来られる場所なのだろう。明里は初めてこんな場所に来て、好奇心を込めた目で見回した。大輔が振り返って彼女を一瞥した。彼女は簡素なお団子頭で、ダウンジャケットを脱いで腕に掛けている。食事を終えたばかりだからか、頬にはほんのり桃色がさしている。彼女は行儀よく自分についてきて、視線をあちこちにやったりしない。外見だけ見れば、どこかの世間知らずのお嬢様が、無邪気で純真に彼についてきているようだ。彼がどこへ連れて行こうと。大輔は突然小さく笑った。明里が彼を見る。「何笑ってるの?」「何でもない」大輔が軽く彼女の肩に手を回した。「こっちだ」二人が

  • プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~   第106話

    潤は返事がないことに気づき、寝顔を覗き込んで額に口づけた。次に明里が目を開けた時、辺りはすっかり暗くなっていた。携帯を手に取って驚愕する。もう夜の八時を過ぎているではないか。画面には何件もの着信履歴。全て潤からだ。慌ててかけ直すと、呼び出し音は鳴るが誰も出ない。代わりに、リビングの方から足音が近づいてくるのが聞こえた。驚いてベッドから飛び降りるが、体勢が整わないうちに寝室のドアが開いた。「どうしてここにいるの?」明里は目を丸くした。潤は彼女を見下ろして言う。「俺がドアを叩いて、お前が開けたんだ。それからまた寝た」「……忘れてた」明里はぺちんと自分の額を叩いた。「

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status