LOGIN「まだか?!」
辻川ひまわりが、黒い水の中から顔を出してせっついて来た。「闇雲にやってもダメだから、タイミングを合わせましょう」 冬凪が提案すると、「10秒後、波を大きく動かす。よろ」 1、2、3、4、5、6、7、8、9。ゼリーの水位がぐっと下がったかと思うと、波が中央に寄せ集まって、一気に波頭が空につき上がっていった。「波が落ちたら、底が出る!」 冬凪が叫ぶ。あたしは波の斜面を螺旋に駆け上がり、波頭が崩れるのに合わせて一気に駆け下りる。波がコンクリ壁を遡り底が晒される。ほの明るいその中心に調由香里の首が見えた。「貰った!」 あたしが底に転がる光る物体を抱えると、だれかがあたしの腰のベルトを掴んで一気に水門の外に放り出した。着地もままならず、首を抱えて地面を転がり立ち上がる。水門を見返ると、黒い水が縁より高く沸き立ち、そこにたくさん出来た波頭が朝方のような生首に変化する。それらが蛇のように伸びてあたしに、いや、調由香里の首に向かって襲いかかって来た。あたしは反撃のしかたもわからないから調由香里の首を抱えたまま、その場でうずくまり身構えることしかできない。そこへ黒子を一蹴した豆蔵くんと定吉くんがシャムシールを振るって駆けつけ、襲い来る生首の喉元を切りまくってくれた。それでも生首の数は黒子同様減ることなく次々と調由香里の首に伸びてくる。「夏波。本体はどこだ!?」 上空から辻川ひまわりが叫んだ。ヘドロゼリーから解放されたようだった。言われてあたしは辺りに目を凝らす。仲間はずれにされていじけてた奴。そのことにいつまでも囚われてた奴。どこかに隠れているそいつを探す。すると嫌な視線を感じた。ここからすぐ側の松の梢にどんよりとした黄色い目があった。「いた! その松の梢に蓑笠が!」 辻川ひまわりは松の梢に飛びつき蓑笠を捉えると、頭と胴とを掴み一瞬でひしぎ切った。あたしに迫る生首がボトボトと音を立てて地面に落下し次々と黒い煙を発して消えてゆく。そして最後の一つが霧消してなくなると、雄蛇ヶ池に静けさが戻り、北岸に打ち寄せるさざ波の音だけが聞こえるようになった。「夏波。よくやった」 上から猛烈なニセアカシ部活動棟の屋上は日本庭園になっていた。枯山水というのだろうか、水はなくて緑の芝生と黒い岩、波紋がついた白い砂利のコントラストがとても綺麗だった。「ここは、あたしが潰したリアル園芸部が作ったらしい。荒れ放題だったけれど、今は業者を入れて管理させてる。創業家の権力を行使してね」 明るく笑った。その表情とは逆に潰した責任を感じているのが分かった。いい人みたい。「でさ、頼みなんだけど」「何でしょう」 この時あたしはクチナシ衆の立場を忘れて話を聞く気になっていた。それはこの前園十六夜という人の人を惹きつけてやまない魅力の虜になったからだと思う。ひよりさんがこの人のことを鬼って言うのも分かる気がした。こんな強いオーラ、普通の人なら魅了されるに決まっているから。「鈴風さん? それとも風鈴って呼べばいい?」 咄嗟に思ったのはこの人には本名で呼んでもらいたい、だった。「鈴風でお願いします。呼び捨てで」「じゃあ、鈴風。あんたの妖術をあたしにかけて」 あたしがとぼけていると、この前園十六夜の体を使って志野婦を再爆誕させる「身中蛹化」のことだと言った。「死にますよ」「知ってる。それを死なないようにかけて欲しい」 「身中蛹化」をかけて母子を入れ替えろ。つまり志野婦でなく前園十六夜を再爆誕させろということだった。それが前園十六夜の頼みだった。「そんなことしたら、十六夜さんが神様になっちゃいます」 それはそれで人としての死を意味していた。「分かってる。でもそうでもしないとこの街のカルマは解消しないから」 前園十六夜は枯山水の白砂の中に踏み入って立ち止まると、空に両手を突き挙げ背伸びをしながら言った。「神様なら新しい世界が作れるだろ?」 とても簡単そうに言ったけれどそんなことどう考えても無理に思えた。でも、前園十六夜ならそれができそうな気がした。「わかりました。やってみます」 それは当然、わたしが拠って立つ人たちを裏切ることだ。赤さんたち、大殿、志野婦様をだ。でもわたしはなぜだかそれが今選べる一番の方法のような気がしたのだった。 部活動棟の非常階段を降りながら前園十六夜が、「神様になったらこの風景も眺めるしかできないのかな?」 辻沢ヴァンパイアの始祖、宮木野の遺訓、「人為は須くこれに従うべし」 これは辻沢の人たちとの融和を促すために
5限は古文。退屈過ぎ。「お弁当後に小野ジーは反則だろ」 授業が終わって目覚めたひよりさんがよだれを拭きながら言った。わたしもそう思うけど、あなたは食べ過ぎなのよ。で、6限はなくてホームルームの後、ゲーム部へ。 前園記念部活動棟は今年出来たばかり。カフェテラスあったり、柱廊下に窓には緞帳カーテン下がってたり、ゴージャス過ぎて目が眩む。「ここのデザイン、ヤオマン屋敷デザインした人と一緒なんだって」 ひよりさんは色々知ってて時々何者? って思う時ある。「セークン先生の弟子の弟子の弟子の人」 誰? セークン先生。ひ孫弟子とかもう関係なくない?「そうなんだ」 ゲーム部は人気があるから、部室に入りきれないほどの一年生が集まっていた。「どうする?」 ひよりさんもあきらめ口調になってる。「他見に行こうか」 ということで二人で部活棟を歩き回ったけれどどこもパッとしない。そろそろ帰ろうかってなった時、廊下の突き当たりの部室のドアが空いていたので覗いてみた。VRブースが二機置いてある。それも最新のでグレードも最上級機種のようだった。正面の柱にきったない字で『えんげー部』と大書されていた。花とか植えるのにVR必要か?「ここ見ていかない?」 振り返るとひよりさんが遠くから首を振っていた。「どした?」「そこ、鬼が住んでるから。誰も入りたがらないから」 鬼て。聞けばこの学校を経営するヤオマンHD創業家のお嬢様が部長を勤めてるらしい。部員も三年が一人で、一年なんて入り込む余地もないという。「ちょっとだけ」「あたしはいいから。一人でどぞ」 逃げてった。どうしよ。ちょっとVRブースだけでも、抜き足差し足(死語構文)「ゴラ!」 ヒーーーッヒ!「ごめんなさーい」 一瞬身構えた。
|妾《あたし》、いやいや今はわたしだ。わたしは女学生になった。志野婦様の真っ青な制服と違って辻女のはデザインが古臭いけど嬉しい。女学校の制服に袖を通す日が来るなんて思ってもいなかったから。 小学校を出てすぐに千福楼に売られたから制服を着るのは初めてのことだ。|印《しるし》を見て遊女になる前は楼で下働きばかり、女学生なんて昼に使いに出された時チラッと見るだけだった。同い年くらいの制服姿の子たちが繁華街で色付き水を飲みながら楽しそうにお喋りしてたけど、自分とは関係ない世界だと思っていた。 今年の春前、赤さんに呼ばれて拠点に行くと突然言われた。「風鈴太夫。JKになってくだちゃい」「JKになれとはよ」「知らないのでちゅか? 女子、高生のことですよ。そんなことでは時代に置いてきぼりを食らいまちゅよ」 語尾の「ちゅ」はスルー、わざわざ「ジョシ」J、「コウセイ」Kって指で書いたのウザかった。赤さんは若いつもりかもだけど、あなたがとっくに置いてきぼり(死語構文)だから。 JKになった目的は二つ。一つは志野婦様の魅力を女子高生の間に広めること。もう一つは志野婦様復活のための形代を探すこと。これまで別の人間が凌奪していたけれど、そういう子たちはみな形代にする前に死んでしまった。それで形代にするにふさわしい人間が分るのは「|身中蛹化《しんちゅうようか》」の使い手であるわたしだということになって、お役が回って来たのだった。どうやって探せばいい? 鬼子。あたしは昭和33年の暮れに|柊《ひいらぎ》と|田鶴《たづ》さんと分かれて以来、鬼子と出会ったことはない。前任者は情報を持っているようだけれど、クチナシ衆のわたしに教えるつもりはなさそうだし。 それで、まず魅力の伝播からすることにした。これはゴリゴリバースを使う。VR空間なら志野婦様の蠱惑的なイメージを潜在意識に刷り込めるからだ。 オリエンテーションとか身体検査とか、JK通過儀礼が一息ついて
あたしは後ろから腰を抱かれて加速した。それは冬凪も同じだった。あたしを小脇に抱えているのは鈴風ではなく志野婦だった。 振り返ると、鈴風、ユウさん、高倉さんが螺旋の外から手を振っていた。あたしたちの目の先には新しい螺旋の渦巻きが出来ていた。「どこへ?」「新しい世界を作るんだろ? 夏波」 その声は十六夜だった。志野婦の中身は十六夜なのだった。微妙にさじ加減を変えて羽化するのを志野婦でなく十六夜にする。鈴風の謀反は完成していたのだった。あたしはようやく十六夜に会えた気がした。「そうだけど、どうやって?」「三人で作るんだよ」「あたしも入れてくれるの?」 冬凪がうれしそうに言った。「ボクと夏波と冬凪の三人で」 螺旋の中心に十六夜と冬凪とあたしが長棹を大地にぶっさすビジョンが見えていた。それはまるで、「そうだよ。国作りだよ」 でも、あたしみたいな女子高生が国なんて作れるとは思えなかった。「自信ない」 十六夜が冬凪とあたしを解放した。三人のスピードが爆上がりになって、ビジョンの中心に驀進しはじめる。どんどん近づくビジョン。「大丈夫。ボクら三人ってさ」 十六夜が自分を指さして、「イザ」 冬凪を指さして、「ナギ」 もう一度自分を指さして、「イザ」 そしてあたしを指さして、「ナミ」「イザナギとイザナミだから」(死語構文) と言って笑った。十六夜と冬凪とあたしは螺旋の中心に激突した。長い暗転の後、目が覚めるとそこは十六夜が最初にギューンした純白の世界だった。何もない世界の中心に長棹が浮いていた。「これが世界樹の苗」 十六夜が教えてくれた。
孟宗竹の道をしばらく行くと、爆心地があったらちょうど端のあたりに瓦葺きの古そうなお屋敷があった。腰くらいの高さの垣根に白い花がビッシリと咲いていて甘いクチナシの香りがただよっている。「旧千福家だよ」 冬凪が言った。 水が打たれた石畳を歩いて玄関前まで行くと格子の扉が開いた。玄関の板の間に和服の女性が正座して頭を下げていた。「千福楼へようこそいらっしゃいました」 頭を上げた顔を見たら千福ミワさんだった。「あの千福ミワさんですよね」「はい、私が千福楼の女将、ミワでございます。さ、遠くからお疲れでしょう? お上がりになって我が宿でおくつろぎください」 いそいそとスリッパを並べるミワさんを見ながら、「千福家って旅館だったの?」 冬凪に聞くと、「違うはずだけど」 なんか様子が変だけどノリで付き合うことにする。「みんなあがろう」 それぞれスリッパに履き替えてミワさんに先導されながら長い廊下をすすむ。「辻沢女子高のみなさまには、毎年修学旅行で使っていただいてますんですよ。はい、みなさまのお召し物で分りました」 ミワさんすっかり旅館の女将だ。「京都は人が多いですね」「この時期は特に混雑しておりまして、お客様にはほんとうにご苦労おかけしまして」 と恐縮して言うけれど、思いつきで言った京都がミワさんのツボに嵌まったらしく、それからずっと京都観光案内をしてくれた。「ここ京都?」「辻沢だから」 それからずいぶん歩いたけれど全然部屋に案内されない。どこまでも続く長い廊下をずっと歩いている。その先を見ると点になるほど廊下が続いていた。「ミワさん。まゆまゆさんに会いたいですよね」 本題を切り出してみた。すると周りの音がなくなって色が褪せ始めた。別世界にズレ込み始めたのだ。ミワさんもカチッとした女将姿ではなく、黒髪を垂
愛した人には誰もがきっとまた会える、だよね。ユウさん。背中のユウさんの重さを感じながら、前世でも現世でも来世でも、きっとユウさんとあたしは会い続けるんだろうと思った。「夏波、もう歩く」 ユウさんが背中で目を覚ましたようだった。「なんだ、この格好。辻女の制服じゃないか」 あたしの背中から降りたユウさんが自分の服装を見て言った。「いやだった?」「そんなことない。何年ぶりかって思って」「え、ユウさん辻女生だったの。じゃあ、あたしたちの先輩?」 冬凪も知らなかったらしい。「そうだよ。悪いか?」「ううん。学校行ってたんだって」「あれを行ってたといえればだが」 「ユウさんは優等生でしたよ」 今度は冬凪の背中の高倉さんが目を覚ましたようだった。「盗んだバイクで走り出したと思ったら猛スピードで壁に激突して無傷だったんです」 あ、軽いデジャヴュが。それなんか覚えてるっぽい。「あら、私まで女学生にしていただいて」 高倉さんが自分の服装に気づいたよう。「和服のほうが良かったですか?」「いいえ。一度着てみたかったんです。私がデザインしたものなのに着られてなかったものですから」 辻女の制服デザインしたの宮木野だった。それでちょっと古くさ(ry。(死語構文) 冬凪、鈴風、ユウさん、高倉さん、あたしの5人は、古き良き辻沢の街を歩きながら目的地に向った。途中は高倉さんの止まらない面白話でまったく退屈しなかった。やがてあたしたちは辻沢の南に位置する辻沢発祥の地、六道辻に着いたのだった。六道辻のバス停から孟宗竹の中を真っ直ぐに伸びる道の先に、大事な人たちはいる。「行こう。千福|母子《おやこ》の元へ」 冬凪とあたしは、千福みわさん。千福まゆまゆ、茉優奈《まゆな》ちゃんと茉優乃《まゆの》の双子の姉妹。三人を会わせる約束を果たすためにここに戻ってきた。







