共有

2-39.ヘドロゼリー(2/3)

last update 最終更新日: 2025-08-15 11:00:24

「まだか?!」

 辻川ひまわりが、黒い水の中から顔を出してせっついて来た。

「闇雲にやってもダメだから、タイミングを合わせましょう」

 冬凪が提案すると、

「10秒後、波を大きく動かす。よろ」

 1、2、3、4、5、6、7、8、9。ゼリーの水位がぐっと下がったかと思うと、波が中央に寄せ集まって、一気に波頭が空につき上がっていった。

「波が落ちたら、底が出る!」

 冬凪が叫ぶ。あたしは波の斜面を螺旋に駆け上がり、波頭が崩れるのに合わせて一気に駆け下りる。波がコンクリ壁を遡り底が晒される。ほの明るいその中心に調由香里の首が見えた。

「貰った!」

 あたしが底に転がる光る物体を抱えると、だれかがあたしの腰のベルトを掴んで一気に水門の外に放り出した。着地もままならず、首を抱えて地面を転がり立ち上がる。水門を見返ると、黒い水が縁より高く沸き立ち、そこにたくさん出来た波頭が朝方のような生首に変化する。それらが蛇のように伸びてあたしに、いや、調由香里の首に向かって襲いかかって来た。あたしは反撃のしかたもわからないから調由香里の首を抱えたまま、その場でうずくまり身構えることしかできない。そこへ黒子を一蹴した豆蔵くんと定吉くんがシャムシールを振るって駆けつけ、襲い来る生首の喉元を切りまくってくれた。それでも生首の数は黒子同様減ることなく次々と調由香里の首に伸びてくる。

「夏波。本体はどこだ!?」

 上空から辻川ひまわりが叫んだ。ヘドロゼリーから解放されたようだった。言われてあたしは辺りに目を凝らす。仲間はずれにされていじけてた奴。そのことにいつまでも囚われてた奴。どこかに隠れているそいつを探す。すると嫌な視線を感じた。ここからすぐ側の松の梢にどんよりとした黄色い目があった。

「いた! その松の梢に蓑笠が!」

 辻川ひまわりは松の梢に飛びつき蓑笠を捉えると、頭と胴とを掴み一瞬でひしぎ切った。あたしに迫る生首がボトボトと音を立てて地面に落下し次々と黒い煙を発して消えてゆく。そして最後の一つが霧消してなくなると、雄蛇ヶ池に静けさが戻り、北岸に打ち寄せるさざ波の音だけが聞こえるようになった。

「夏波。よくやった」

 上から猛烈なニセアカシ
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-113.真六道園の庭師(2/3)

    「いつのまに?」 伊礼社長も全体が完成するには20年はかかると言っていた。あたしたちはそんなに長い間、銀河宇宙を航行していたんだろうか。「今浦島ってこと?」 ならここだけじゃなく他の箇所も辻沢町が移植されているはずだ。プランでは六道園が完成したら西山を借景することになっていた。アクセスポイントの石橋まで行ってみた。そこから植栽を抜ければ西の景色が見える。石橋に辿りついたところで、「これはこれは、匠の御方」 築山から聞き覚えのある声がした。築山の須弥山の裏から人影があらわれた。懐かしい小柄なシルエット。丸い背中を曲げて頭をチョコンと下げる。ゼンアミさんだった。やっぱりゼンアミさんがここのプロマネなんだ。「素晴らしい景観ですね」「全て辻沢女子高等学校園芸部の皆さんのお力です」「あたしたちの力、とはよ」 あたしたちが関わった六道園は開発環境までで運用環境にディストリビュートはしていなかった。「姫様と匠の御方の六道園を私ども庭師AIがこちらに移殖いたしました。多少のバージョンアップはございますが、これこそ真の六道園でございます」つまりこれはあたしらの六道園てこと?植栽の隙間に潜って下草を刈った。遊歩道に這いつくばって敷石の粒を揃えた。池水に潜って余計な水藻を刈り尽くした。景観に合わせて石の陰影をマージした。それを全部十六夜と並んでやった。ロックイン制限を忘れて、何回電痛アラームにお尻を刺されたか。 十六夜とあたしが思い描いた真の六道園がここにあった。万物流転が再現されていた。十六夜と一緒にこの景色を観たかった。でももう叶わないと思うと涙が込み上げて来た。 ゼンアミさんが池の水面を歩いて来る。「少し一緒に歩きましょう」 手をう

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-113.真六道園の庭師(1/3)

     白砂の海底で、あたし、冬凪、鈴風の順に石舟にまたがってみた。以前あたしがここに来た時、十六夜は長竿で移動してきたけど、そもそもそれは理屈で動いていたのではなさそうだった。「足で漕いでみようか」 三人して足で海底を蹴ってみることにした。「「「せーの」」」 蹴立てた白砂を舞い上がらせながら石舟がずるずると動き出した。「結構簡単でしたね」 鈴風が言った。でも、どうすれば六道園プロジェクトにロックインするか全然分からなかった。「どっか、ROCK・INのアイコンとかない?」 水中にそれらしいのがないか探してみた。ぐるっと見回したが全然なかった。「十六夜はどうやったの?」 あの時あたしは、助けられて安心しきっていたから何も見ていなかった。気が付いたら暗転して横ずれしてて……。 突然体がすっと横に引っ張られる感じがした。目の前が真っ暗になった。「冬凪、何した?」「なんもしてないよ」「じゃあ、鈴風」「何もしてないです」 目の前が明るくなったと思った次の一瞬、見覚えのある池の上空に浮かんでいて、すぐ落水した。「わたし泳げないんです」しょーわはいいからそのバタバタやめろ。「立てるし水じゃないから」 池の水を両手でかき混ぜる鈴風の二の腕を持って立たせる。「ありがとうございます」 あたしたちは池から池の中にある島にあがった。見回すとそこは日本庭園だった。美しく切り整えられた植栽にf値のアンジュレーションが効いた緑の絨毯と州浜。清浄な水をたたえる池の築山が際立っていた。「六道園だよね」 たしかにそうだった。でも十六夜の「元祖」六道園でもあった。州浜が十六夜が提案した白黒の波紋を描いていたから。どちらなのか。庭園の周りを歩いてみる。中島の北にある木橋を渡り遊歩道を歩く。植栽を観ると汀の草まで手入れが行き届いている。敷石の流れが整って見える。ここの庭師は腕がいい。「夏波、あれ見て」 冬凪に呼ばれて庭園の北西を見ると、銀色の円盤を屋上に載せた三角形のビルがそそり立っていた。20年前に倒壊した辻沢町役場だ。「ここって六道園プロジェクトじゃなくて」「辻沢町景メタバース移植プロジェクトだ」 もともと六道園を再生するプロジェクトは、ゴリゴリバース内に失われた辻沢町を移植する大きなプロジェクトの一部だった。それがいまここ

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-112.水底の人たち(2/3)

     あたしはの説明を聞いた凪が、「でも、十六夜はもう」 やばい。そうだった。また助けに来てくれる気になってた。どうすれば?白砂の底を見渡してみた。すこし離れたところに岩陰が見えた。歩いて近づくと原初の海に沈んだはずの石舟が舳先を上にして白砂に突き刺さっていた。「トリマ、あれを使ってみよう」 石舟に取り付いて、横倒しにしようとしたが力が足りない。なんでかやっているのは冬凪とあたしだけだった。鈴風を探す。いた。最初にいたあたりで突っ伏したまま両手を掻いて白砂を巻き上げていた。「ちょっと行ってくる」 鈴風の元に戻ると、目を固く瞑り頬を膨らませてもがいていた。「鈴風。何してる?」「泳いでます」「あーね。でもいらなくね?」「だって泳がないと溺れますからー」 あたしは振り回している鈴風の腕を掴んで、「歩いてみ」 と立たせた。すると反対の腕をさらに激しくブン回しながら、「泳げました。介助ありがとうございます」 あたしは瞑っている鈴風の目を指でこじ開けて、「歩いてるから。息できてるから」 鈴風はしばらく目にしている景色と体感とをくらべてるみたいだったけど、「あっ」 あっ、じゃねーのよ。VRネーティブって設定どうした?ここに来て「しょーわ」に戻んの何なん? 鈴風を石舟のところまで連れて来て、3人で石舟を起こす作業に取り掛かったのだった。 石舟が倒れて白砂が水中に舞い上がった。それが海底に落ち着くのを待って、改めて自分たちの格好を確認した。みんな水に洗われたせいで光のマライヤ・キャリー状態は全盛期を過ぎてしまっていたけれど、ギリR指定には引っかからない程度には残っていた。つまり大事なところは見えてなさそうだった。3人の格好を見比べてみて、冬凪とあた

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-112.水底の人たち(2/3)

     志野婦の光は石舟を置きざりにして暗雲の中をまっすぐに進みやがて地の果てに消えた。それにつれて石舟に繋がった極彩色の尾も消えてなくなっていった。「落ちてない?」 重力を感じた。すっと鼻に抜ける感じも懐かしかった。下がこんなにはっきりわかるのは久しぶりな気がした。「海?」 眼下に地表が黒々と見えていて、そこに白い波がいくつも立っていた。そこから見張らせる世界は黒い海と真っ赤な溶岩が覆う大地。まるで原初の地球のような。「ここ知ってる」 言ってる間に落水した。高度から落水したらコンクリと一緒って聞いたことがあったけど、案外25メートルプールで飛び込んだくらいの衝撃しかなかった。それでも水に濡れた感覚はあった。水はちょっと酸っぱくて塩味があった。「助けてください」 水面でジタバタしなが鈴風が言った。「石舟に掴まって!」 言ってすぐ冬凪は自分の言葉の矛盾に気がついたらしかった。石舟は自然の法則に従ってずっと前に沈んでしまっていた。「立ち泳ぎだよ!」 急いで別解を提示する。「私泳げないんです」 ツンでるじゃん! そこで、思い出した。「このまま沈もう」「溺れちゃうしょ」 ここが以前来た原初の海だったら。 あたしは全身の力を抜いて沈むことにした。「夏波! 何する気?!」 いったん顔をだして、「ワンチャン、あるかも」(死語構文)「何がよ?!」 冬凪が本ギレで答えたのだった。 夕霧物語を思い出す。夕霧太夫と伊左衛門は最後、青墓のエリクサー湛える伝説の池に沈んだ。その時夕霧は、「またすぐ会える」 と言ったのだ。そして実際に二人は再会している。紫子さんと鞠野フスキとして。だから鬼子は

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-112.水底の人たち(1/3)

     気づくとあたしは石舟の上で後ろを向いてみんなと向かい合っていた。なんでか冬凪と鈴風も真っ裸だ。あたしは猛烈な光の暴力に晒されて死んだかと思ったけれど、生きてみんなの無事を確認することができたのはよかった。「大丈夫?」「う、うん」 冬凪は生まれたばかりの赤ちゃんのように全身ツヤツヤで光に包まれ輝いて見えた。その崇高さに目が離せないでいると、「ちょっと見つめすぎ」 目を伏せて胸を隠した冬凪を見て我に帰る。冬凪とは小さい頃に一緒にお風呂入った仲とはいえ、この状態でいるのはあたしだって気恥ずかしい。まずは前に向きかえる。「じゃ、じゃあ、また後で」 照れ隠しに何を言ってるあたし。 見上げるトンネルの中は光に満ち溢れていた。ずっと上で志野婦の爆光が、光の境界を穿って突き進み光のチップを撒き散らしているのが見える。それがキラキラ輝きながらこっちに降り注いでくる。光の粉があたしの体を包み込む。あったかい。まるでおくるみのよう。 あたしが気を失っていた間、何があったのか鈴風が教えてくれた。「十六夜が?」「鬼子の姿で。でもいつのまにか夏波先輩だったので確かなことは」 あたしが銀製のフォークをブッ刺すのだって、何も瀉血したくてやってるわけではない。それは魂に危機を知らせて身中に鬼子を呼ぶためだ。だから光の衝撃で死にかけたあたしが鬼子になったというのはわかった。でも、それってもともと十六夜が鬼子の魂を分け与えてくれたからではなかったの?十六夜が死んでしまって鬼子の魂が彷徨ってるってこと?それとも、まだ十六夜が生きてるとでも?ありえるんだろうか?あんなシワシワになったのに。 ブラックホールに落ちた十六夜の抜け殻が気になって振り向いた。けれど目に入って来たのは胸を隠そうとする冬凪の姿だった。あたしそんな変態な目で見

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-111.死せる者と目覚める者と(3/3)

     頭上に迫る光のトンネル。微かに奥行きが見て取れる。「つっこむよ」「5」「4」「3」「「「!!!!!!!!!」」」 カウント間違えたった。 ゴリゴリーン! ゴリゴリーン! 呼び鈴? バスのアナウンス? どっちにしても場違いな音だった。 いや、ちがう。これは光の衝撃に体が擦り潰される音だ。あたし死んだな。 意識が遠くなって世界が暗転。 ―――そして、再びボクは目覚めたのだった。誰か状況を説明してくれないか?ボクの体が刹那ごとに死と再生を繰り返してるのはいい。光が満ち溢れてるのもいい。硬い石のベンチに跨ってるのも許す。でも、なんで後ろのあの子が死にそうなんだ?つまりボクはあの子を、冬凪を守らなきゃなんないってことか。ボクは死にかけ生き直しながら後ろを振り向いた。背中からゴリゴリーンって音がしている。真後ろに向き直ると、全身が溶けて肉塊になりつつあるあの子を抱き寄せる。まだ命は残っていた。 よくがんばったね。さすがボクの鬼子使いだ。 ボクの魂を半分与えてやる。こうすれば鬼子の再生力が移行して体が溶け切らないで済むはずだ。光の中にもう一人いるのが見えた。体が形を保っているってことは、鬼子か、ヴァンパイアか。 大丈夫か? 助けがいるか?「なんとかいけそうです」 それでも相当の負荷がかかっていそうだった。しばらくして光の圧力が小さくなった。あの子の再生に勢いがつきだした。あとちょっとすれば元に戻るだろう。それまではそばにいてあげたい。 光が悪さをしなくなって少しの間そこに止まっていた。あの子が元の姿を取りもどしたので与えた魂を撤収する。あの子が目を覚ます。その目がボクを見つめ

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status