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2-62.襲い来る者(3/3)

last update Last Updated: 2025-09-07 18:00:13

 黒漆喰の土蔵の屋根を見た。そこに月を背にして何かが蹲っていた。その背に光るものを担いでいた。その銀色に輝く放物形に見え覚えがあった。刹那、そいつが夜空に跳ね上がった。月を背にしたまま猛烈なスピードでこちらに落ちてくる。あたしは咄嗟に辻川ひまわりの腕を取り白漆喰の土蔵の扉の前に放り投げた。同時に背後に衝撃を感じ吹き飛ばされた。太ももが焼き切られたように熱い。見るとそこがぱっくりと割れ肉の色が見えていた。上から飛び降りてきたそいつは地面に突き立ったものを引き抜こうとしていた。その武器を引き抜くと先に着いた土を足でこそげ落としながら言った。

「女子高生がこんな時間にうろちょろしてたらいかんな」

 そいつの声に聞き覚えがあった。何度か聞いたことがあるくぐもった声をしていた。でも、どこでなのか咄嗟には思い出せなかった。

「さあ、こっちに来なさい。私がお仕置きをしてあげよう」

 そいつが地面から引き抜いたのは先端が銀色に光るシャベルだった。こいつの武器はエンピだ。つまり、

「あんたエンピマン?」

「そう呼ぶヤツもいる」

 唾を吐き出して言った。そいつの体は痩せ、神経質そうな顔つきをしていて決して強そうには見えなかった。でも、その全身から噴出する怒気には猛烈な圧力を感じた。あたしは、辻川ひまわりと冬凪のところまで下がった。冬凪を見た。逃げる力もなさそうだった。辻川ひまわりは羽をもがれた大きな傷の他にも、全身に切り傷や打撲傷を負っていた。相当長い間エンピマンと闘っていたのだろう疲労が見えていた。回復が早いというヴァンパイアと言っても、これではしばらく闘えそうになかった。

「冬凪、十六夜は強い?」

 と聞いてみた。

「強いよ」

「すごく?」

「すごく強い。伝説の夕霧並みに強い」

 あたしはそれを聞いて覚悟した。このままあたしがエンピマンに殺られるわけには行かなかった。辻川ひまわりがこんな状態であたしが殺られたら冬凪だって危ない。ならば、あたしがきっとこいつを滅殺する。それがあたしの因縁生起。

「ひまわり、やって!」

 あたしは腕をまくり辻川ひまわりの目の前に差し出した。辻川ひまわりはあたしの意図を知って、鋭い爪をあたしの腕に突き
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     ただその十六夜は、何といえばいいのか分からないのだけれど、あたしが螺旋の中心に見た人ではなかった。 言えば、螺旋の中で見た十六夜は世界樹に磔にされて悲惨な様子をしていたけれど、あの十六夜はあたしと園芸部で10円アイスを食べたJKだった。でも今目の前に見えている十六夜は、同じように世界樹にまとわりつかれているけれど、あの十六夜とは違っていた。何が違うのか。よくは分からないけど聖母に見えたり、巨大すぎたりということとは関係ないような気がした。「「なんか違う」」 冬凪と同時だった。冬凪にもあたしと同じ違和感があったみたいだった。「十六夜、だよね?」 思わず口をついていた。 その違和感の正体が何なのか分からなかったけれど、ビジョンに異変が起こったのは分かった。つまり、あたしが螺旋の中に見た時と何かが変わったために、その中心である十六夜に違いができてしまったのだ。「産まれてしまったのかも」 志野婦がだ。そうだとするとここにいる十六夜は何者なんだろう。「鈴風には分かるの? 産まれたかどうか」 最後尾の鈴風がおずおずと答える。「本当ならわかります。私がかけた術ですので。でもこれまでとは感じが違う気がします」 十六夜に志野婦を植え付けたのはクチナシ衆だというのは宮木野線で聞いていた。でもそれが鈴風のしたことだということはここで初めて知った。いや、そうではない。エニシの切り替えの時、そして石舟のアクティベートの時、あたしは鈴風の全てを知った。だから鈴風がしたことが当たり前すぎて、取り沙汰しなかっただけだ。そんなこと気にする必要はないと思っていただけだった。トリマ、鬼子のエニシに聞けばわかることだけど、鈴風に言って欲しかった。「どういうこと?」 語気がつよくなってしまった。「ごめん。説明してくれる?」 鈴風の説明はこうだった。この幻術は志野婦が宿主と入れ替わることで劣化した体を再生するためのものだ。志野婦が身中にいる間は、母体から十分な養分を吸い取れるように赤子に擬態する。そして機が熟すと、つまり出産になると志野婦は再生された元の姿で出てくる。「母体は?」 語気なんて気にしていられなかった。十六夜の体はどうなる?「身体の中心線で二つに割れて、中から志野婦が出て来た後は、着物を脱いだように皮一枚になってしまい

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     冬凪、鈴風、あたしはできうる限り想いの芯に迫るため鬼子のエニシで心を一つにする。さっきみたいな失敗は許されない。今度間違えたらブラックホールに呑み込まれてしまうからだ。それだけは絶対に避けなければいけない。「「「世界樹へ」」十六夜の元へ」 宇宙がそれに応えたのか、それまで見えていた銀河の星々が一斉に眩い光を発散しだした。視野に光が満ちて目から入った光が後頭部に届き思考を真っ白にする。光の爆風があたしのことを石舟から引き剥がしにかかる。必死にしがみつくけど圧力で上体が仰け反ってしまう。石舟に掛かる指先も光の弄りで一本一本外されてゆく。ついにユウさんの薬指だけになった時、真っ白だった視界に変化が起きた。光の爆発は変わらず溢れていたけれど、白一色でなく、ところどころ濃淡が感じられ、ものの形が分かるぐらいの光度に落ち着いたようだった。「光の壁」 冬凪の声がした。冬凪は壁と言ったけど、あたしは目の前にあるものをそう言っていいか分からなかった。上はのけぞっても光で、下は見下ろし尽くしても光だった。左も果てしなく光で、右も永遠に光だった。あたしの前方全てが光だった。それは壁というより、「世界の果て?」「認識の境界ってこと?」 と冬凪。鈴風が落ち着いた声で、「これが宇宙ジェットなんでは?」 言われてみると前方に溢れる極彩色の光はゆっくりと上へ上へと移動していたのだった。「これからどうすれば」「そんなの分かんないよお」 もうヌルい返事しかしない冬凪だった。「この石舟動いてんのかな?」 前方の光があまりに広大なせいで、石舟が動いているかどうかも分からなかった。舳先からこちらの何もない平面を見る。「計器とかあればいいのに」 ふと思いつく。そうか、想ったらなんでも叶うんだった。

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-109.世界の果て?(1/3)

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