LOGINどれくらい時間がたったかはわからない。
その間ずっと周囲は暗黒の世界のままだった。
ーーー静かだった。
暗闇のなかで波間を
あたしは石舟に
冬凪は、鈴風はどうしたろうか。あの激突で振り落とされてないだろうか?
「冬凪」
呼んでみた。すると、すぐ後ろで返事があった。
「いるよ」
声は普通だった。
「ケガは?」
「してなさそう」
大丈夫そうだった。
「鈴風さんいる?」
冬凪が聞いた。
「はい。すぐ近くに」
鈴風も普通の声だった。
暗闇がずっとこのままか心配だったので、
「この後どうなると思う?」
と聞くと、
「わからないよぅ。そんなことぉ」
冬凪がぬるぬるで半ギレした。
暗闇が続く間に何度かうとうとしたらしかった。
暗いから目をつぶっているかも分からないけれど、夢を見たから多分そう。
その夢にユウさんが出てきた。
あたしは六畳とキッチンだけの古いアパートにユウさんと同居していた。
あたしはキッチンで得意料理のラザニアを作っていて、ユウさんは六畳でお笑い番組を観て笑っていた。
やっと一緒に住める。
あたしは夕陽が差すこの小さなアパートの幸せを噛み締めていた。
突然、六畳で食器が壊れる音がした。振り返ると鬼子に発現したユウさん立っていた。
あたしに殺意を剥き出しにしてジリジリと近づいて来ていた。
目が覚めてから、
「会いたい。会ってユウさんを慰めてあげたい」
と思ったら涙が出てきた。声を押しころして泣いていると、
「きっと、会えるよ」
冬凪の声が聞こえた。こんな時まであたしの心に寄り添ってくれる冬凪だった。
やがてあたりが揺れだした。
暗闇は相変わらず続い
どれくらい時間がたったかはわからない。その間ずっと周囲は暗黒の世界のままだった。ーーー静かだった。暗闇のなかで波間を揺蕩っている感じがした。あたしは石舟に跨ったままのようだった。 冬凪は、鈴風はどうしたろうか。あの激突で振り落とされてないだろうか?「冬凪」 呼んでみた。すると、すぐ後ろで返事があった。「いるよ」 声は普通だった。「ケガは?」「してなさそう」 大丈夫そうだった。「鈴風さんいる?」 冬凪が聞いた。「はい。すぐ近くに」 鈴風も普通の声だった。暗闇がずっとこのままか心配だったので、「この後どうなると思う?」 と聞くと、「わからないよぅ。そんなことぉ」 冬凪がぬるぬるで半ギレした。 暗闇が続く間に何度かうとうとしたらしかった。暗いから目をつぶっているかも分からないけれど、夢を見たから多分そう。 その夢にユウさんが出てきた。 あたしは六畳とキッチンだけの古いアパートにユウさんと同居していた。あたしはキッチンで得意料理のラザニアを作っていて、ユウさんは六畳でお笑い番組を観て笑っていた。やっと一緒に住める。あたしは夕陽が差すこの小さなアパートの幸せを噛み締めていた。 突然、六畳で食器が壊れる音がした。振り返ると鬼子に発現したユウさん立っていた。あたしに殺意を剥き出しにしてジリジリと近づいて来ていた。 目が覚めてから、「会いたい。会ってユウさんを慰めてあげたい」 と思ったら涙が出てきた。声を押しころして泣いていると、「きっと、会えるよ」 冬凪の声が聞こえた。こんな時まであたしの心に寄り添ってくれる冬凪だった。 やがてあたりが揺れだした。暗闇は相変わらず続い
それから、あたしと冬凪と鈴風とが乗った石舟はエニシの月に向かって、どんどんスピードを上げ突進して行く。螺旋が視界の後方に押しやられた途端直線になる。でも真球があまりに巨大なせいで近づいてる感じがしない。 ゼノンのパラドクス。いやな考えが浮かんで来た。 どんなに足が速い人でも半分ずつ進んだら決して着けないってやつ。このまま真球に届かず永遠に螺旋の渦の中を飛び続けるんじゃないか?「冬凪、どうしたらいい?」 あたしは冬凪に助けを求めた。冬凪も同じことを考えたらしい。すぐにあたしの言いたいことを理解して言った。「夏波、クロエちゃんが言ってたじゃん。こういう時は想うんだよ」 さすが冬凪。やっぱり答えを持ってた。「いいね」しとこう。「鈴風も一緒に想おう」「分かりました」 こんな時こそエニシの絆が役に立つ。冬凪、鈴風、あたしはみんなで意識を集中して想いを一つにした。少し前のめりが良さげだった。「エニシの月、超巨大化した真球にたどり着く」 それだけを想った。それが想いの芯だった。 急に勢いがついて何かに投げ飛ばされたようになった。そしてブレーキ。それまで感じていたぞわぞわがなくなった。鼻にツンも消えてホッと息がつけた。気づくと目の前に純白の壁が広がっていた。「失敗した!」「何を?」「何をですか?」 後ろから二人の声がした。「中に入ること想えばよかった」 石舟は大理石の壁にぶつかる寸前だったのだ。「「あーね」」 石舟の舳先が大理石の壁にぶつかって弾け飛ぶのが見えた。そこから先はスローモーションだった。石舟の本体が大理石にぶつかり粉々にすり潰されてゆく。あたしは少しでも衝突を遅らせようと体をのけぞらせたけど、無理ゲーだった。走馬灯とか見てる暇な
上空の物体が瓦礫の真球と分かったものの、それがどうしただった。あたしたちには何も情報がなかったからだ。リング端末でミユキ母さんに連絡しようとしたけれど圏外でホロ画面はザラついた映像しか映し出さなかった。途方に暮れつつも冬凪が何か知ってるかもと思って聞いてみた。「あれが目的地? あの世なの?」「そんなの、わかんないよ」 冬凪がぬる気味にキレて答えた。 冬凪、鈴風それとあたしの間に沈黙の時が流れる。派手目な制服を着た三人が跨がった石舟はゆらゆらと揺れながら空中にとどまったままだ。あたしたちは真球からの乳白色の光の中で、滴り上がる雨をぼうっと眺めるしかすることがない。「八方塞がりですね」 鈴風が肩を落としてつぶやく。「トリマ、何か他に方法がないか考えよう」 この感じ、一度どっかであったような。デェジャヴ? いや、そうじゃない。これってば、「ユウさんの指だ」「なに?」「クロエちゃんの想いだよ!」 冬凪もあたしが言いたいことが分かったようだった。「ミユキ母さんのビジョン!」「そうそれ!」 鈴風の顔がパッと明るくなって、「スピスピしてきましたね!」 みんな、枯れ葉の海脱出後、途方に暮れた時を思い出したのだ。 あたしはあの時と同じように、ユウさんの薬指が付いた左手を満天を覆い尽くす純白の真球に向けて差し上げた。ガチャ! そんな音はしなかったかも知れない。でもあたしはにユウさんの薬指が真球の中の何かとがっつりシンクロした音が聞こえたのだった。 下界の臙脂色の海から大量の雫が螺旋を描きながらゆっくりと滴り上がっていた。その螺旋の回転が速度を上げだしたのが目に見えて分かる。やがてあたしが生きてきた全ての経験を、全ての知識を、全ての関係を、全ての感情を巻き込みつつ、真球の中心に向かい大きな渦巻きを作りだした。
臙脂色の海から滴り上がる雫は真っ直ぐにエニシの月へ向かっているのではなかった。鬼子神社のすり鉢をなぞるように螺旋を描きながら上昇していた。その螺旋の逆さ雨の中、冬凪と鈴風とあたしが乗る石舟はバモスくんに曳かれて突き進む。運転席のブクロ親方は後ろから分かるほどアクセルを踏み込んでいて、バモスくんの360ccエンジンはもう限界どころか、断末魔の叫びを上げ始めていた。ブクロ親方が童顔の髭面を向け泣きそうな声で、「もう無理かも知れません」 そんなこと言われてもまだ何も起こってないし。 バツン! 突然舳先に見えていた月が石舟の下で、小さくなった鬼子神社のすり鉢が頭上になっていてた。今の衝撃で石舟がひっくり返ったのだった。さらにそのすり鉢に向ってバモスくんが落ちてゆくのが見えた。切れた荒縄をなびかせ回転しながらどんどん小さくなっていく。「マジか!」 鈴風がらしくないリアクションをした。 その後石舟は慣性による縦回転を続けていて、しばらくするとゆっくりと止まった。そこは西山全体が見渡せるくらいで一定の高度はあったけれど、周囲にあの世への入り口があるようには見えなかった。良かったのはバモスくんのように落下しなかっただけで、動力を失って完全に、「ツンだ(死語構文)」 と冬凪。いや、「ツンだ」は死語じゃないだろ。ギリ生きてないか?「マジそれな(死語構文)」 高級スキル死語構文返し。「それな」はもう誰も使わないから生存確認の必要なし。「どうします?」 鈴風があきれ顔で上空の月を見上げながら言った。ここから見えるエニシの月は全天を覆い尽くすほどに巨大だった。満天を占める様子はまるで白天井のドームの中にいるようだった。月ってこんなデカかったか?そういえばなんか変だ。うさぎどこ行った?月の表面はクレーターとかの複雑な地形が模様に見えて、古来よりウサギだカニだ本を読む女性だって言われてるはずだった。でも真上にある月の表面はスベスベでまるで大理石のオブジェのよう。「ねえ。この月、変くない?」「あたしもそう思う。鈴風さんは?」「わたしも思います。これって」 月を見上げていた三人が一斉に、「「「真球!」」」 新爆心地にあった瓦礫で出来た真球だった。こいつがエニシの月なの?何でこんなところに?
定吉くんが豆蔵くんの声に応えて腰を落とし身構える。冬凪も鈴風もあたしも、何が来るか分からないから、定吉くんに倣って体を固くして待った。そして聞こえてきたのは、 プップッピーピー。「「「あーね」」」 漲っていた緊張感を見事に裏切るバモスくんの警笛だった。 でもバモスくんの現れ方はそんなことある? ってくらい斜め上だった。臙脂色の水面の上スレスレを飛んできたのだ。その運転席でブクロ親方が手を振っている。「お待たせしました」 待ってねーし。てか、何しに来た感しかないんだが。 バモスくんは取りすがるひだるさまの鎌爪を避けながら石舟の舳先前に着地した。豆蔵くんが臙脂色の中からもう一本の荒縄を引き出し、バモスくんの牽引フックに結びつける。「発車!」 ブクロ親方が余計なかけ声を口にする。あたしも「ロックイン!」って言っちゃうからその気持ちわかるけども。 石舟とバモスくんとで引き絞った荒縄から大量の水滴が飛沫く。バモスくんの360ccエンジンが悲鳴を上げる。その間もターン待ち知らずのひだるさまが襲いかかってくる。豆蔵くんと定吉くんが片手でシャムシールを振い迎撃する。「う!」 姿勢を低く!豆蔵くんのかけ声で、冬凪、鈴風、あたしは石舟にしがみ付く。体中がメガぞわぞわに襲われる。髪の毛が逆立ち鼻のツンがマックスになる。そして舳先のバモスくんがウイリーして運転席の天井がこっちになった。さらにあたしが全ての感覚から解放されると、ついに十六夜の石舟は空に舞い上がったのだった。 石舟は銀色に乳白色に輝く満月へ螺旋を描きながら上昇してゆく。下を見下ろすと臙脂色の海の中で豆蔵くんと定吉くんがこちらを見上げながらシャムシールを振いまくっていた。その後すぐに大量のひだるさまが押し寄せて二人の姿が見えなくなってしまった。その時、参道
石舟が動き出すと同時に気温が戻って、凍結ひだるさまも動き出す。 豆蔵くんと定吉くんが肩と腕に荒縄を食い込ませ石舟を曵く。豆蔵くんと定吉くんにひだるさまが容赦なく襲いかかってくる。シャムシールを見切った赤黒い襦袢の鎌爪が豆蔵くんの肉を裂く。月光の乳白色に血飛沫が上がる。定吉くんが青灰色の半纏の銀牙を腕で受ける。骨が砕ける音がして臙脂色にシャムシールが沈む。「二人が死んじゃう!」 あたしは銀製フォークを振り上げ、自分の太もも目掛けてブッ刺した。銀製フォークが弾かれて態勢が流される。見ると豆蔵くんがシャムシールをこちらに差し出していた。それで銀製フォークを払ったのだ。「う」 必要ない。豆蔵くんが言った。「う」 これくらいなんともない。定吉くんが肘から先がなくなった二の腕をあげた。そして逆の手で臙脂色の中からシャムシールを掴み出し、自分の腕を咥えた青灰色の半纏の素っ首を刎ねて、笑って見せたのだった。「わたしも闘います」 鈴風が瞳を金色にして石舟を降りようとすると、「う」 お前たちが降りたら神事は終わる。 豆蔵くんに引き止められた。 豆蔵くんと定吉くんはひだるさまの猛攻に耐え、決して荒縄を離さなかった。片腕のない定吉くんなどは荒縄を口に咥えシャムシールを降るっている。それでも限りなく襲い来るひだるさまは少しづつ二人の美しい身体を削って行く。それをみかねた鈴風が舳先に立って二人に降りかかる災忌を防ぎ始めた。あたしは石舟から鈴風の腰に、冬凪はあたしの体にしがみついて落ちないようにするので精一杯だ。鈴風は素手だ。武器を持たない手でひだるさまの銀牙や鎌爪を防ぐので鈴風の手先はすぐにザクザクになってしまう。それでも手先がなくなることはないのはヴァンパイアの再生力のおかげだろう。 でももう限界