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四の蝶〜黒猫の憂鬱〜

Penulis: 士狼かずさ
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-22 22:14:17

 「ほう、人の中にも面白いモノがいるものだ」

 涼やかに口の端をあげると、夕月夜はスルリと術をかわした。

 ドンッッッッッッ!!

 かわされた術式が、寝所の壁に傷跡を残す。

 それは獣の爪で引っかいたようなカタチに刻まれていた。ちょ、千年さまも相当の実力ある陰陽師か何かなのかしら? 煙がモウモウと舞い上がる部屋の奥で、水鏡さまが夕月夜に駆け寄っていく姿があった。

 「夕月夜さま、危のうございましたわ」

 「大丈夫だよ水鏡。今宵はね、君に『冬に咲く藤の花』を見せたくて此処ここに来たんだ」

 「冬に咲く、藤の花?」

 こんな戦いの最中なのに、花の話題!?

 夕月夜はまるで、この世に二人きりのような風情だわ。

 憂いを帯びた笑みを浮かべ、水鏡さまの肩を抱いている。え……なんか余裕なんですけど! 怖いよ……この少年。あたしの水鏡さまの肩、抱かないでほしい! 

 当の本人は、煌めくような星の瞳で、夕月夜を見つめている。

 水鏡さま、ほんと正気に戻って!!!

 「冬に咲く藤の花……! それは、さぞや美しゅうございましょう」

 「ああ、雪の華と藤の花びらが……浅葱の空で、はらはらと散りゆくさまをそなたにも……見せてあげたい」

 そう呟きながら、ゆっくりと夕月夜は視線を千年さまに向けた。

 「君は邪魔だね」

 あ、危ない────

 ゾクリと肌が泡立つ。その刹那、右手で水鏡さまを抱きしめたまま、銀髪の美少年は左手をまっすぐに、コチラに向けた。いけない、いけない気がする……!

 冷たい月のような紫紺の瞳。

 それがカッと見開いた……!

 「さあ、今宵のお客人。『寡黙かもくの糸』に絡めとられよ」

 それは、視えない蜘蛛の糸。

 夕月夜の妖術だわ! 

 水鏡さま以外のその場にいた全員が、目に視えぬ糸に絡めとられた。まるで透明な蜘蛛の巣が、この部屋いちめんに張りめぐらされたようだわ。

 「何これ、一体なんの呪いよ!」

 あたしは、蜘蛛の巣に囚われた虫のように。

 透明の糸で、体をグルグル巻きにされた。

 なすすべもなく畳の上に転がるしかない。めっちゃ困るっっ!

 立ったままの姿勢で安倍晴明さま、千年さまも寡黙の糸に絡めとられ抵抗できずにいた。

 そんな……! 

 みんな動きを封じられてピクリとも動けない。

 あたしは声をふり絞り、ギリギリと視えない糸にあらがってみる。

 「ちょっとこれ、ほどきなさいよーーーーー!」

 「まさか、これほどまでに強き妖とはな……!

 目に視えぬ糸で体を縛られながら、晴明さまが2本の指先をまっすぐに立てた。

 「オンアビラウンケン

 晴明さまが呪詛を唱える。

 瞬時に虚無の空間から風が生まれた。まるで透明な日本刀が、振り下ろされたかのように

 スパッと、透明な糸を断ち切ったの!

 「ありがとうございます、晴明さま!」

 よっしゃ、体は自由になったわ!

 「ああ、じゃが手強いぞ。行けるか、千年!」

 「無論です! 夏妃なつひの仇を討つために、俺はここまで来たんだーーーー!」

 千年さまは己の日本刀をブン……ッ! と、横一閃に斬る。

 それを軽々とかわすと、廊下へ踊りでた。タンタンと弾んだ音を響かせて、中庭の大木の上に跳躍した。そうして振り返った瞬間、何かに気付いたように、じっと千年さまのお顔を見つめてる。何なのかしら?

 「千年……。ああ、どこかで会ったな」

 「思い出したのか、これは夏妃の弔い合戦だ!」

 「夏妃? あのお主に惚れていた女か」

 夕月夜の銀の髪が風を孕み、サラサラとたなびいている。

 この二人、過去に何かあったのかしら?

 「死化粧師しけわいしだったかな。人が死ぬ時に、最期の声を聞くという異能を持つ者。己が死んでしまっては、元も子もあるまい。弱き命とは……哀しきものですね」

 その声に千年の肩がわななく。

 「今、何といった……?」

 「弱き命とは、悲しいものですね。と言ったのですよ。もしもあの日、貴方がもっと強ければ……彼女は死んでいなかった」

 歌うように残酷な言葉を紡ぐ。

 その声を聞いて、雷に打たれたように千年様は、呆然と立ち尽くしていた。

 「俺が……もっと強ければ……?」

 いけない、そんな言葉に囚われては……!

 「千年さま、何があったか知らないけど、あの男の言葉を聞いてはダメ!」

 ただただ動けないでいる千年さまを、何とかしたくて、あたしはその腕を掴んで壁際に引き寄せた。それを見ていた安倍晴明さまが、印を切る……!

 「オンアビラウンケン!」

 指を二本立てると、袈裟懸けに斬るように、右上から斜め下へと一気に振り下ろす

 ブン……!

 月のような弧を描き、半月の光が

 夕月夜が立っている大木の枝を、バッサリ切り落とした!

 「次はその体を砕く! どうじゃ夕月夜。今宵は帰陣いたせ」

 晴明さまが険しさの宿る瞳で、彼を睨む。

 枝を切り落とされた夕月夜はクルンと宙返りをして、猫のような身軽さでスタン! と地上に降りた。すっごい俊敏な体ですこと。このまま諦めてくれるといいけど。

 「そうさな。興が冷めた。また出直して参ろうか」

 サラリと長い銀髪をかき上げると、冷たく微笑んだ。

 「次は水鏡を連れていく。その時は晴明、たとえお主であろうと手加減はすまい」

 その言葉を耳にした水鏡さまは、廊下へと走り出したの。

 駆けていくその右手を、あたしは掴んだ!

 「させない」

 だって育ての親なんだよ……!

 他に大事な人ができたって

 誰も代わりになんかならないよ!

 あたしは強い想いを抱いて、彼女の瞳をみつめていた────

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