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第10話

Auteur: ムショ
五年後。

星璃はまた引っ越しの最中だった。この五年で六カ国目だ。

彼女がこうして引っ越しを繰り返すのは、他でもない。自分と娘が安心して暮らせる場所を見つけるためだった。

「愛夢、こっちに来てママの荷物を持ってちょうだい」

星璃は階下に向かって呼びかけた。 数秒待ったが、返事がない。

「愛夢?愛夢!」

星璃は慌てて階段を駆け下りる。急ぎすぎたせいで、リビングに山積みになった荷物につまずいて転んだ。痛みも気にせず、すぐに立ち上がって娘を探し回る。

しかし、どこにもその小さな姿はない。

ふと顔を上げると、ドアが半開きになっているのが見えた。

「愛夢、時野愛夢(ときの あいむ)!もうかくれんぼは終わりよ。ママの負けだから、早くママのところに戻ってきて!」

星璃は庭に飛び出し、胸が張り裂けそうだった。

娘がいなくなったかもしれない、誰かに連れ去られたかもしれない。そう考えただけで、息が詰まりそうになる。

「この子をお探しですか?」

その時、隣の家から低い声が聞こえた。

星璃が横を向くと、背の高い東洋人の男性が、階段の踊り場で愛夢を抱きかかえて立っていた。

四歳の幼い女の子は、まるで陶器の人形のように愛らしく、彼の腕の中でぐっすりと眠っていた。

「愛夢!」

星璃は駆け寄って娘を抱きしめ、涙がとめどなく溢れた。

男性はティッシュを差し出し、説明した。

「ドアが開いていて、階段を降りた時に、この子がカーペットの上で眠っているのを見つけました。

たぶん、子犬に惹かれてこちらに来たんでしょう。遊んで疲れて、眠ってしまったようです」

男の言葉が終わると同時に、小さなマルチーズ犬が家の中から顔を出した。

星璃は涙を拭い、言った。

「本当に申し訳ありません。今日引っ越してきたばかりで、バタバタしていて。まさか、自分でドアを開けて出ていくとは思っていなくて」

男性は母娘を見下ろし、優しく言った。

「お気になさらないで。これから俺たちは隣人です。何か困ったことがあれば、いつでも俺を頼ってください」

そう言うと、男性は自己紹介をした。

「高橋寧樹(たかはし しずき)です」

高橋寧樹……?

星璃はどこかで聞いたことのある名前だと感じたが、深く考える暇はなく、すぐに返事をした。

「今日は本当にありがとうございました。この子を連れて、もう帰りま
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