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ライトの下の光と影

ライトの下の光と影

By:  ムショCompleted
Language: Japanese
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「今年の最優秀主演女優賞は誰の手に渡るのでしょうか?さあ、発表します……」 客席の最前列に座る時野星璃(ときの せいり) はドレスの裾を整え、立ち上がる準備をしていた。隣に座る人々も、すでに先走って彼女に祝福の言葉をかけ始めている。 「――春川美々(はるかわ みみ)さんです!おめでとうございます!」 司会者の声が響いた。 半ば立ち上がったところで、星璃の顔色は一瞬にして真っ白になった。 割れんばかりの拍手とざわめきの中、彼女はぎこちなく、気まずそうに席に着いた。爪先は深く掌に食い込み、痛みを覚えるほどだった。 ゆっくりと振り返った彼女の視線は、観客席の奥へと向かう。 一番隅の暗がりに、ひときわ存在感のある男が身を潜めていた。星璃には、その姿が一目で分かった。 彼女の婚約者――篠宮承司(しのみや しょうじ)。 しかし、彼がここにいるのは彼女のためではなく、舞台の上の美々のためだった。

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Chapter 1

第1話

「今年の最優秀主演女優賞は誰の手に渡るのでしょうか?さあ、発表します……」

客席の最前列に座る時野星璃(ときの せいり) はドレスの裾を整え、立ち上がる準備をしていた。隣に座る人々も、すでに先走って彼女に祝福の言葉をかけ始めている。

「――春川美々(はるかわ みみ)さんです!おめでとうございます!」

司会者の声が響いた。

半ば立ち上がったところで、星璃の顔色は一瞬にして真っ白になった。

割れんばかりの拍手とざわめきの中、彼女はぎこちなく、気まずそうに席に着いた。爪先は深く掌に食い込み、痛みを覚えるほどだった。

ゆっくりと振り返った彼女の視線は、観客席の奥へと向かう。

一番隅の暗がりに、ひときわ存在感のある男が身を潜めていた。星璃には、その姿が一目で分かった。

彼女の婚約者――篠宮承司(しのみや しょうじ)。

しかし、彼がここにいるのは彼女のためではなく、舞台の上の美々のためだった。

耳元には、あちこちから不満げな声が飛び込んでくる。

「ちょっと待って、この春川美々ってどこの無名新人?なんで最優秀賞なんか取れるの?」

「本来なら時野星璃さんに決まってただろ!今回の受賞は誰もが納得するはずだったのに!」

「一体どうなってんの?」

……理由を知らない者も多い。

だが星璃には分かっていた。これは承司の仕業だ。

なぜなら、彼は授賞式の最大スポンサーであり、そして美々は、彼の義姉であり、かつての初恋相手だったからだ。

昔、誤解がもとで二人は別れ、再会した時には彼女はすでに彼の兄と結婚していた。

その兄が三か月前に病で亡くなり、承司は義姉を守ることを当然の責務のように引き受けていた。

昨日、美々は彼に何気なく言った。

「この賞が取れたらいいなあ。なんかすごそうじゃない?」

そして今日、承司は彼女の願いを叶えた。

星璃が七年間も努力して手にできなかった賞を、デビューしたばかりの美々があっさりと持ち去ったのだ。

これほど皮肉なことがあろうか。

授賞式が終わり、星璃は魂の抜けたように控え室へ戻った。しばらく立ち直ることもできなかった。

そんな彼女に、すらりとした長身の男が近づいてくる。

星璃は顔を上げ、承司を見つめ、理解できない気持ちをぶつけた。

「どうしてこんなことをしたの?」

だが承司は平然と、罪悪感など微塵もなく答えた。

「君はもう散々賞を取ってきただろ。ひとつくらい譲っても問題ない。美々に渡したっていいじゃないか?

兄は生前、彼女に申し訳ないことをたくさんした。もう、埋め合わせをする時間も残されていない。だから、弟である俺が、代わりにやってあげるのは当然だ」

その口ぶりはあくまで淡々とし、当然の理屈のように聞こえた。

しかし、星璃の心は真逆だった。彼女の瞳は一瞬で潤み、ほとんど叫び声のような声で問い詰めた。

「お兄さんが彼女に負い目があるからって、どうして私のものを犠牲にして償うのよ!

この賞が私にとってどれほど大事か分かってる?どれだけ努力してきたか知ってるの? どうして……どうして勝手に……」

どうして、他人のために勝手に内定するなんてことができるの?

星璃は嗚咽で、言葉を紡ぐことができない。

承司は、彼女が本気でここまでこだわっていると気づいたとき、珍しく表情をわずかに変えた。

数秒のためらいの後、手を伸ばして涙を拭い取り、声を少し柔らかくした。

「もういい。たかがトロフィーひとつで泣くなんて。来年は、必ず君の手に渡るようにしてやるから。それでいいだろ?」

だが星璃は「パチン」と彼の手をはねのけた。

「私を侮辱しないで!」

ここまで上り詰めた彼女が持っている全ての賞は、男の施しではなく、自分の実力で勝ち取ったものだ。

そのとき承司の顔に険しさが浮かんだ。だがその直後、別の影が勢いよく彼の胸に飛び込んできた。

「承司!私、本当に賞を取っちゃったよ!」

美々がトロフィーを掲げ、彼の前で嬉しそうに振ってみせた。

「デビューして間もないのに最優秀賞だなんて、私ってすごくない?ね、そうでしょ?」

承司は思わず笑い、惜しみない賛辞を口にした。

「すごいよ。努力が報われたんだ。これは、君がもらうべき賞だよ」

もらうべき賞……?

なんて馬鹿げているのだろう。

美々はほんの数か月前に業界に入ったばかり。出演作はマイナーな文芸映画一本だけで、公開後もほとんど話題にならなかった。それが「もらうべき賞」だと言うのか?

それでは、星璃のように何年も全身全霊で努力してきた俳優はどこに置けばいいのだ。

もう聞いていられず、星璃は背を向けてその場を後にした。

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Comments

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長義
クズ男が運命の人を別人と誤解して暴走…といういつものパターンだけれど、きつい内容では無かったのでリラックスして読めた。 最後はビターエンド。切ないけれど納得できました。この終わりでよかった。 美々へのしっかりとしたざまぁがあったら更に良かった。
2025-10-21 01:08:40
1
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松坂 美枝
クズのしたことはクズだったが最後は切なかった
2025-09-18 13:22:38
5
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