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1-2

Author: 海野雫
last update Last Updated: 2025-12-02 19:00:16

 大会議室のドアを開けると、すでに十名ほどが集まっていた。開発部のメンバーだけでなく、営業やマーケティングの顔も見える。みんな少し緊張した面持ちで、配布資料に目を通している。

 颯は空いている席に座った。隣の席には、先輩エンジニアの山田が座っている。彼は颯の入社時からの指導役で、技術的な相談によく乗ってくれる人だ。

「大きなプロジェクトだな」

 山田が小声で話しかけてくる。

「ええ、資料を見る限り、かなり野心的な内容ですね」

「新しいリーダーがどんな人か、楽しみだよ。噂では相当な切れ者らしいが」

 颯は頷きながら、配布された資料を開く。一ページ目にはプロジェクトの概要が書かれている。次世代AIシステムの開発で、顧客の行動を予測し、最適なサービスを提供する革新的なプラットフォームだ。

 ページをめくっていく。技術仕様、システム構成図、開発スケジュール。そして、体制図のページ。

 颯の視線が、一点で止まった。

 開発統括:春海悠斗

 文字が霞んで見える。目を擦り、もう一度見る。間違いない。春海悠斗。その名前が、確かにそこにあった。

 心臓が大きく跳ねた。血液が耳の奥で脈打つ音が聞こえる。周りの話し声が、急に遠くなったような気がした。

 春海悠斗。まさか。同姓同名かもしれない。そんなはずはない。あの春海がここに? なぜ? いつから?

 思考が渦を巻く。記憶が押し寄せる。研究室の蛍光灯、キーボードの音、コーヒーの香り、そして――。

「おはようございます」

 低く落ち着いた声が、会議室の空気を震わせた。

 颯の呼吸が止まる。この声は――間違いない。ゆっくりと顔を上げる。会議室の入り口に立っていたのは、紛れもなく春海悠斗その人だった。

 時間が止まったような感覚に陥る。五年という歳月が、一瞬で消え去った。

 春海は相変わらずだった。スーツの着こなしは完璧で、一分の隙もないように見えた。髪は短く整えられ、清潔感がある。眼鏡の奥の瞳は冷静で、表情からは感情が読み取れない。顔つきが少し大人びたような気もするが、本質的な部分は変わっていないように見えた。

 春海は会議室の前方に向かって歩く。その足取りは自信に満ちていて、迷いがない。颯は息をすることも忘れて、その姿を見つめていた。

 春海が参加者を見渡す。その視線が颯の上を通過する時、一瞬だけ動きが止まったような気がした。春海の瞳が、わずかに見開かれる。唇が、かすかに動く。だがそれも一瞬のことで、次の瞬間には、春海はすでに別の方向を向いていた。

 錯覚だったのかもしれない。颯の願望が見せた幻かもしれない。春海の表情は相変わらず無表情で、何も変わっていないように見えた。

「春海です。本日より、このプロジェクトの開発統括を務めさせていただきます」

 声が会議室に響く。五年前と同じ声。少し低くなったかもしれないが、話し方は変わらない。淡々として、理路整然として、無駄がない。

「簡単に自己紹介をさせていただきます。前職では、AIシステムの研究開発に従事しておりました。専門は機械学習とデータ解析です」

 春海はホワイトボードの前に立ち、マーカーを手に取る。流れるような動きで、システム構成図を描き始める。その手つきは慣れていて、迷いがない。

「このプロジェクトの目的は、単なるAIシステムの構築ではありません。人間の行動パターンを理解し、予測し、最適化する。そのためには、技術だけでなく、人間への深い洞察が必要です」

 颯は必死で平静を装いながら、メモを取る。ペンを持つ手が、かすかに震えている。それを悟られないよう、机の下に手を隠した。

 春海の説明は続く。技術的な要件、クライアントの期待値、開発スケジュール。その全てが論理的で、明確で、説得力がある。参加者たちは真剣な表情で聞き入っている。

「質問はありますか」

 誰かが手を挙げる。データベースの仕様について。春海は的確に答える。別の人が質問する。APIの設計について。これにも春海は即座に回答する。

 颯は何も言えなかった。声を出せば、震えてしまいそうだった。ただ黙って、春海の姿を見つめることしかできない。

 五年という時間は、春海を変えたのだろうか。より洗練され、より完璧になったように見える。でも、本質的な部分は変わっていない。理性的で、感情を表に出さない。まるで精密な機械のような人。

 でも颯は知っている。春海にも感情があることを。深夜の研究室で、ふと見せた疲れた表情。難しい問題を解決した時の、かすかな笑み。そして――。

「他に質問がなければ、これで全体説明を終わります。各チームごとに、詳細な打ち合わせを行ってください」

 春海の言葉で、会議室がざわめき始める。人々が席を立ち、それぞれのグループに分かれていく。颯も立ち上がろうとした、その時――。

「高橋さん」

 名前を呼ばれて振り返る。春海が立っていた。相変わらず感情の読めない顔で、颯を見下ろしている。周りにはまだ数人のメンバーが残っていて、こちらを興味深そうに見ていた。

「久しぶりだな」

 その一言に、颯の心臓が大きく跳ね上がった。やはり覚えていた。当たり前だ。研究室で一年間一緒に過ごしたのだから。忘れるはずがない。でも、こんなにあっさりと認めるとは思わなかった。

「……はい。お久しぶりです、春海さん」

 颯はようやくそれだけを絞り出す。声が震えていないだろうか。表情は自然だろうか。手は震えていないだろうか。右の手首を左手でぎゅっと掴んで必死で平静を装う。

 春海は小さく頷いた。その仕草さえも、計算されているように見えた。

「君がこの会社にいるとは思わなかった」

「春海さんこそ……いつからこちらに?」

「先月からだ。ヘッドハンティングされてね」

 春海の口調は事務的だった。まるで天気の話でもしているような、感情のない声。それが颯の胸を締め付ける。五年前と同じだ。春海は変わらない。颯との間に、見えない壁を作っている。

「大学は無事に卒業したのか」

 春海の質問に、颯は少し驚いた。てっきりもう興味もないと思っていた。

「はい。春海さんが院を修了された翌年に」

「そうか」

 短い返事。それ以上は何も聞いてこない。沈黙が二人の間に流れる。周りの視線が痛い。田中が興味深そうにこちらを見ている。山田も不思議そうな顔をしている。

「よろしく頼む」

 春海はそういって、踵を返した。広い背中が会議室を出ていく。颯はその場に立ち尽くしたまま、消えていく姿を見送った。

「知り合いだったの?」

 田中が近づいてくる。その顔は好奇心で輝いている。

「あ、ええ。大学の先輩で」

「へー! すごい偶然だね。どんな人だった? 怖い人? 優しい人?」

「どんなって……」

 颯は言葉を探した。春海悠斗をどう説明すればいいのか。理性的で、完璧主義で、感情を表に出さない人か? それとも、深夜の研究室で時折見せた孤独な横顔の持ち主か? 誰よりも厳しく、誰よりも優しかった人か?

「とても優秀な人でした」

 結局、それしか言えなかった。田中は物足りなさそうな顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。

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