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3話 ルンガの村へお邪魔しまーす

last update Last Updated: 2025-10-11 07:00:14

新聖域《しんせいいき》での暮らしに慣れていた二人は、今まで感じた事のないワクワク感を胸に抱きながら小道《こみち》を進んでいく。

ここから一番近いのはルンガの村だ。この村は鍛冶屋《かじや》の集落《しゅうらく》になっている。勿論《もちろん》、全員猫耳族だ。その中でも背丈が低い人達が殆《ほとん》ど。昔からルンガの村で産まれた猫耳族は小さいのが特徴《とくちょう》として語られている。

バリスと暮らしていたルルンは他の街には勿論《もちろん》行った経験がない。首都《しゅと》帝国《ていこく》ミミリアさえも知らないのだ。

外の世界と遮断《しゃだん》していた二人からしたら、全ての景色が新鮮《しんせん》そのもの。周囲からしたら当たり前の景色《けしき》でも、違うように見えている。

まるで他の国に来たような錯覚《さっかく》を感じながら、髪を揺らしていった。ピョンピョンと跳ねる度に、しっぽが高速で回転している。

余程《よほど》嬉しいのだろうーー

そんなルルアを見ていると、ふと和《なご》んでいるロザンがいる。種族《しゅぞく》が違っても、二人は見えない絆で結ばれている。

姉と弟と言う関係性を越えて、別の感情を抱いている事に、お互い気づけない。それ程なくてはならない存在だった。

ルルアはお転婆《てんば》で目の前の光景が楽しくて仕方がない。ロザンはそんな姉の姿を観察しながらも、見守っている。

すぐ目を離すと何を仕出かすか分かったもんじゃないと言わんばかり。新しい戦闘服《せんとうふく》と茶色のブーツ、そしてバリスから渡された秘剣《ひけん》ミツルギ。それらがより彼女を興奮《こうふん》へと高めていく。

「はしゃぐのはいいけど、足元気をつけろよ。ルルアは鈍臭《どんくさ》いんだから」

ロザンは煽《あお》るように忠告をすると、ルルアの頬がみるみる膨《ふく》れ上がっていく。妙に大人ぶっている姿を見ていると、なんだか負けているようで、悔《くや》しい様子。

「ロザンと違って大人ですから! まだ子供の君に言われたくないなぁー」

「誰が子供だって?」

姉弟《きょうだい》喧嘩《けんか》が勃発《ぼっぱつ》しそうな勢いでディスリまくる。こういう所が子供と言われるのだろう。

「ルルアの事だから気を抜くと、自分の靴紐《くつひも》に絡《から》まってコケるだろ? 足元を確認する事も出来ない奴に言われたくないね」

「なんだ、とぉおおおお」

図星《ずぼし》を突かれた彼女はポカポカとロザンの胸を叩き始めた。痛くも痒くもない。大人になり切れない姉の姿にため息を零《こぼ》すしかなかった。

「なんでため息、吐《つ》くのよ」

「あー吐きそう」

「ローザーンー」

じゃれ合いながらも歩く事を止めない二人はいつの間にかルンガの村に辿《たど》り着いていた。入口は岩で埋め尽くされており、入口には石戸《いしど》が使われている。

呪文《じゅもん》を唱《とな》えると開きそうだ。

「ねぇねぇ、なんかいい呪文ないの?」

「そうだな……開けゴマとか?」

初めて聞く呪文に首を傾げながら、表情を歪《ゆが》ませているルルン。何か言いたげな目で言葉の代わりに伝えようとしている。

「なんだよ、その目」

「あのさ……どうして」

「どうして?」

ロザンはルルアに続けて復唱《ふくしょう》すると、続きの言葉を待っている。急に深刻《しんこく》そうな雰囲気が体を貫《つらぬ》いて、離れる事はなかった。

「……どうしてゴマなの? 誰が決めたの?意味が分からない」

「そんな事、俺が知るかよ。昔の人が言ってたんだろ」

「ばあやから色々な事を教えてもらったけど、そんな言葉、聞いた事ないよ。誰に教えてもらったの?」

以前からこういう瞬間はあった。自分の世界では使われる事のない表現を、言葉を使うロザンを不思議に感じていた。

きっと自分の知らない事もあるのだろうと、バリスが冒険者を引退した時に作った亜空間の中の図書館で過去の逸話《いつわ》を調べてきたからこそ、どうしても納得出来ずにいたのだ。

彼の当たり前だと感じている複数の風習《ふうしゅう》も、この世界では使われない独特《どくとく》なもの。ロザンが何を見て、何を聞いて生きてきたのかを理解したかった彼女からしたら、聞く以外、方法を見つける事が出来なかった。

ロザンは困ったように頭を掻《か》くと、どう説明したらいいのか分からず、無言の中で考えていた。今までルルアが急にフリーズする理由を初めて理解した。

「俺にも分からない。なんとなく記憶にあるような気がする。それが何なのか知らないんだ」

これ以上の説明をする事が出来ない。そんなロザンの様子を伺《うかが》っていると、嘘を吐《つ》いているようには思えない。

「そうなのね。もしかしたら赤ん坊の時に聞いていたのかもしれないわね」

「もしかしたら、そうなのかもな」

彼が何を背負っているのかを知らないルルアはそれ以上追求《ついきゅう》する事はない。それが答えなら、ありのままの弟を受け入れるのも、姉の務《つと》めと感じているようだった。

「そんな事はどうでもいいわ。とりあえず合言葉を言うわよ」

「お……う」

自分から話を降っておいて、後は放置。それはないだろうと思いながらも、いつもの事だと割り切ろうとしている彼がいた。

気持ちを切り替えると、二人はさっきの呪文を重ねながら唱えた。

こんなんで開くはずがない、そう考えていた二人だが、予想を簡単に裏切ってくれる。ロザンが教えた合言葉に石戸《いしど》が反応し、入口を見せてくれる。

「「マジで?」」

ズズズズと石が引きずられる音が響きながら、村へと繋《つな》がる道を示《しめ》してくれる。ゴクリと唾《つば》を飲み込みながら、我先《われさき》にと飛び込んで行った。

「待てよ、ルルア」

呆気《あっけ》に囚《とら》われていたロザンは我に返ると、急いでルルアの後を追っていく。

□□

「そろそろ着く頃じゃな。さて迎《むか》えに行くかの」

この村の村長でバリスの友人のミミロウは、老体に負担が掛《か》からないように、ゆっくりと起き上がった。村長と言っても、ルンガの村は隔離《かくり》されていて、外界《がいかい》との繋がりは殆どない。

久しぶりに昔の友人から連絡を貰《もら》って、二人を受け入れる準備をしていた。外界《がいかい》と遮断《しゃだん》されている村なのに、二人には切っても切れない縁があるよう。

必要な時しか連絡をする事はない。昔の約束を果たす為に、ミミロウは最低限の力になる事を約束した。

「念話受願《ねんわじゅがん》を使うとはなぁ……バリスもまだまだイけるの」

ふぉっふぉっと高らかに笑いながら、ヨタヨタと石戸へ向かって歩いていく。年齢を重ねているせいか、思った以上に時間がかかる。ふうと息を吐くと、口から色い煙を出し、包まれて行った。

煙に巻かれて姿を消したミミロウは瞬間移動をしたように石戸の前にゆらりと揺れている。体が煙の一部となっているように見える。何かの術を発動したのかもしれない。

「コレを使わないと移動するのも大変じゃの」

ミミロウは自分が思っている以上に老いてしまった事実を目の当たりにしながら、笑い続けている。

「こんにちわー」

「なぬっ?」

タイミングがいいのか悪いのか、ミミロウ目掛《めが》けてダイブをしてくるルルア。どうやら彼が術を発動したせいで、人がいると認識《にんしき》出来ずに、右足で彼の溝落《みぞおち》に思いっきり蹴《け》りを食らわせていく。

「ぐはああああ」

「え?」

「む……すめ、よ」

その言葉を最後に奥底にある倉庫へと吹っ飛んでいった。

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