「おい、どっちだ?」
私を抱えている男が倉庫の中にいた大柄な男に聞く。
そいつは私と日葵を見比べ、「そっちだ」と日葵を指した。 この大柄な男、見覚えがある。 さっき日葵とぶつかった男だ。……しまった、そういうことだったの!?
ここにきて、仕組まれたことを理解する。
ぶつかっても殴られたり絡まれたりしなくて良かった。 不幸中の幸いだと思った。何が『幸い』よ!
どうして日葵が狙われたのかは分からないけれど、ぶつかったのはヘアクリップを奪って路地裏に投げ込むため。
そうして私達をおびき寄せて、こうして捕まえるためだ。 仕組まれたことに腹が立つ。 まんまと彼らの思い通りに捕まってしまって悔しい。 塞がれた口の中で、ギリッと奥歯を噛んだ。「じゃあ、こっちはどうする?」
私を捕まえている男が続けて聞いた。
大柄な男は興味なさげにチラリと私を見ると「好きにしろ」と日葵の方を見る。「そいつはこっちだ。しっかり利用させてもらわないとな」
「っんんーーーっ!」何をされるのか分からない恐怖に、日葵は口を塞がれながらも悲鳴を上げる。
泣いているのがかろうじて見えた。 こんな目に合うとは思っていなかっただろう。 怖い場所だと分かってはいたから、本当に私の言うとおりにして行って帰ってくるだけのはずだったと思う。それが、どうしてこんな――。
「――うっ!」
何とか日葵を助け出せないか、考えながら彼女の方を見ていた顔を無理やり上向かされた。
「お前は好きにしていいんだとよ。なかなか可愛い顔してるし、売り飛ばす前に味見くらいしておくか」
その言葉には嫌悪しか抱けない。
何とか、この状況を良くする方法はないか。 私は頭をフル活動させて考える。 恐怖が邪魔をするから、本当に必死だった。私は記憶力はいい方だ。
一度見たものは大体忘れない。 その記憶を片っ端から呼び起こす。何か、何か方法は――!?
いくつかの記憶が脳裏を過よぎる。
その中の一つをピックアップする。 男が私を抱えなおすために腕を一度緩めた瞬間に、それを行おこなった。 重力に任せて、全体重をしゃがみ込むように下に移動させる。「っぅお!?」
そうすれば男はバランスを崩した。
そのまま本当にしゃがみ込む前に足と腰に力を入れ下半身を安定させると、今度は男の顔面に頭突きする勢いで仰け反る。 実際に頭突きにならなくてもいい。 不安定な状態から突然仰け反ったため、男の腕はバランスをとる方に力を入れている。 私を抱えるために力は使われていない状態だ。そこですかさずまた腰を落としてお尻を思いきり突き出すと、腰を強く押された男は私から手を離しよろけた。
その瞬間を見逃さずに私は男の腕から逃れる。 そのまま日葵を拘束している男に向かって全速力で走った。 幸い、こっちの様子を気にしていなかった彼等は油断している。 近くまで来たら流石に気付かれたけれど、私はそのまま男の横から体当たりを食らわせた。人は、横からの衝撃に弱い。
ただでさえ日葵を抱えているんだ。バランスを保つのは難しかっただろう。 体当たりした男はそのまま横に倒れこむ。 日葵と私も倒れたけれど、すぐに起き上がった。 男の方は体当たりをしたときに肘を突き出していたので、それが丁度わき腹の急所に当たってくれたらしい。 悶絶していてすぐには起き上がれないようだった。 立ち上がった私達は、もう一人の大柄な男が行動を起こす前に彼等から距離を取る。「日葵、こっち!」
日葵の涙で濡れた顔は、恐怖や戸惑い、色んな感情で歪んでいた。
それでも生きるために、逃げるために必死に私について来る。 日葵をかばうような立ち位置になり、周囲の状況を確認した。 日葵を拘束していた男は起き上がってはいたけれど、よほどイイ所に入ったのかすぐには動けそうにない。 大柄な男は不愛想な顔に僅かな苛立ちを表しながらも、こちらの様子を見ている。 私を拘束していた男は、私の行動が予想外だったのか今の今までフリーズしていたようだ。「ってめぇ!? ふざけたことしてんじゃねぇぞ!?」
状況を把握した彼はそう怒鳴り私達に近付いてくる。
私は後退りしながら逃げ道を探した。 確実なのは今近付いて来ている男の方にある入り口。 今ならこの男一人をかわせばここから逃げ出せる確率は上がる。「日葵、私が合図したら入り口の方に向かって走って」
「え?」日葵だけに聞こえるように、声を潜めて伝える。
「お願い、言うとおりにして」
「わ、分かった」どういうことか分からなくても、日葵には私の言うとおりに行動するしか方法が無いんだろう。
素直に承諾してくれた。 近付いてくる男は日葵よりも私を気にしているはず。 してやられたと思っているから、私を注視しているはずだ。ゆっくり、入り口側に数歩歩く。
男はそれを追うように動く。 そうしたら私は日葵を置いて反対側に勢いよく走り出した。 男が私を追いかけて走り出したのを確認して、日葵に「行って!」と合図をする。「っ!」
日葵はすぐに反応してくれた。
でも私と反対側に走り出した日葵を見て男は足を止める。 やっぱり狙っている日葵を逃がすわけにはいかないってことか。 男は私よりも日葵を追う方を優先した。でも、私もそれを予測していなかったわけじゃない。
私は男が足を止めるより先に方向転換していた。 おかげで男が日葵に追いつく前に体当たりすることが出来る。 ――予想外だったのは、男が体当たりをする前に私の方を見たことだ。 その表情は極悪な笑みを浮かべていた。「っあ!」
肩を掴まれて、乱暴に床に叩きつけられる。
後頭部はかろうじて守ったけれど、背中は強したたかに打ち付けた。「うっくぅう……」
痛みに顔が歪む。
「美桜!?」
日葵の心配そうな叫びが聞こえる。
いいから、走って逃げて!
そう叫びたいけれど、痛みに耐えていた私は声を出すどころか目も開けられない。
やっと目を開けられたときには、私は男に完全に組み敷かれていた。「っとにふざけたことばかりしてくれやがって!」
男の手が思い切り振り上げられる。
かなりの衝撃が来ることを予測して、私はまた目をギュッと閉じた。「……」
でも、衝撃はなかなか来ない。
恐る恐る目を開くと、男を通り越した先に黄金が見えた。 一体どこから現れたんだろう。 誰かが近付く音は聞こえなかったと思うのに。ライトの光を反射してキラキラ輝く髪が、その人の整った顔を引き立てていた。
肌は白く、線の細い印象。 そして寒々しく思えるほどの、青い瞳。両耳の赤いピアスが、白い肌にとても良く映えていた。
「デートのラストと言ったらあれでしょ!」 と日葵が指さしたのは敷地内でひと際目立つ大きな観覧車。 確かに、二人きりで夜景を見ながらゆっくり過ごすとなると丁度いいと思った。 なんだかんだで疲れもあったし、最後は落ち着いたものが良いと私も思う。 男性陣からも反対意見はなかったので、私たちは二人一組でそれぞれゴンドラに乗った。 とりあえず向かい合わせで座り、私はふと思ったことを口にする。「この観覧車、かなり大きいけど……高いところは大丈夫なんだよね?」 ジェットコースターの二の舞にはならないといいなと思って言った言葉に、紅夜も察したのか少しムッとなって答えた。「俺の部屋の高さ知ってるだろ? 高いだけなら大丈夫だよ」「そうだよね。ごめん」 そうして笑いながら謝っているうちに、ゴンドラはどんどん暗さを増した空へと上っていく。 私たち以外の人の気配が遠ざかって行って、二人きりなんだなと実感した。 そうなってからおもむろに紅夜が真剣な様子で口を開く。「で? 何を気にしてんの?」「え?」 突然の質問に、何を聞かれているのか最初分からなかった。「さっきのふざけた女たちのこと。あのとき美桜様子おかしかっただろ?」「え!?」 確かに、彼女たちの言葉そのものは気にしていなくても少し思う所はあった。 でもそれは言っても仕方のないことだし、結局は私の気の持ちようだと思うから表に出したつもりはなかったんだけれど……。「俺はお前のことちゃんと見てんの。誤魔化すなよ?」 人差し指で額をトンと押され、私は少し押し黙る。 ちゃんと見てると言われて……気づいてくれて嬉しかった。 でも、言うつもりなんてなかったのに……。
「次はあれに乗ろう!」 私たち以上にはしゃいでいるんじゃないかと思うくらいハイテンションな日葵がジェットコースターを指さして言った。 あれだけ怖がっていた紅夜のことを気にしないくらいキラキラした目をして、愁一さんを見ている。 対する愁一さんは、ずっと愛しいものを見るような目で日葵を見守っていた。 でも日葵のハイテンションっぷりに流石に心配になったのか、頭をポンポンと軽くたたいて落ち着かせようとする。「突っ走りすぎだ日葵。あれ乗ったら一回休憩するぞ?」「っ! うん……分かった」 幸せそうに眼を細めた日葵は、愁一さんと手をつないで先を歩いた。 私たちは別行動をとっても良かったのかもしれないけれど、どれに乗ろうかと迷ってしまうのでつい一緒に行動してしまっていた。 だって、最初から楽しみにしていた日葵は色々調べていて、初めてのデートにはココ! というような場所とルートを押さえていたから。 だから日葵の誘導は私たちにとっても丁度良かったんだ。「ジェットコースターかぁ。夜なら夜景とか見えるのかな?」 取れてしまいそうだからと犬耳のカチューシャを外しながら、初めての暗い中でのジェットコースターにドキドキする。 そしてふと思いつく。「紅夜は絶叫系大丈夫?」 暗い中以前に、ジェットコースター自体初めてな紅夜は大丈夫なんだろうかと少し心配になる。「高いところとかは平気だし、まあ大丈夫なんじゃないか?」 怖がっている様子もなく普通にそう言うので、私も安心していたんだけれど……。 ……。 …………。「……うっ」 ベンチにうなだれて座る紅夜は本当に辛
「……まさか泊まるホテルもあそこだとは」 そうつぶやいたのは愁一さんだったけれど、みんな思っていることでもあった。 まずは荷物を置くためとチェックインのためホテルへ先に行ったのだけど……。「でもなかなか泊まれるところじゃないし、良かったんじゃない?」 と、日葵は嬉しそうだった。 私も実は嬉しかったりする。 今日泊まるホテルはデイズパークランド内にある提携ホテルだった。 ホテル自体がデイズパークランドの一部になっていて、それぞれの部屋が色んなお話をモチーフにして作られていた。 私と紅夜の部屋が赤ずきんだったのは紅夜が狙ったのかと思ったけれど、今回は本当に偶然だったらしい。 ちなみに日葵たちは雪の女王だったとか。「美桜は? 嬉しいか?」 寝起きでまだ少し眠そうな紅夜が聞いてくる。「もちろん嬉しいよ。あそこには一度泊まってみたかったもの」「ってことは、あそこに泊まるのは美桜も初めてってことだな」 素直に気持ちを伝えると紅夜はご機嫌な様子になった。「そりゃあ、日帰り出来る場所なのにわざわざ泊まろうとは思わないでしょ。……ただでさえあそこの宿泊費って高いし」 確か、ランドの外にあるホテルと比べると倍以上だったはずだ。 日帰り出来るならなおさら選ばないホテルでもある。 でもテレビやネットで見るホテルの施設や客室は憧れるものがあり、一度は泊まってみたいと思う人は多い。 もちろん私も。「じゃあ初めて同士、あとでしっかり楽しもうな」「……」 楽しもうという紅夜に『うん』と言えなかったのは、彼の目に妖しさが見え隠れしていたからかもしれない。「あ! あれ買ってつけようよ!」 だから入り口付近にある売店前でそう声を上げた日葵に食いついてしまう。「いいね!」 なんて言って選び出し、結果4人そろって犬耳のカ
そして一週間経った次の金曜日。『先週言ったWデートをするから、着替えたら一泊する荷物を用意して黎華街の入り口に集合な?』 と紅夜に言われて日葵と向かったんだけれど……。「一泊ってどういうこと?」「さあ? 紅夜何か忙しそうで、その辺りの説明ちゃんとしてくれなくて……」 日葵の疑問は最もだったけれど、その答えを私は持ち合わせていなかった。 それにしても、あんなに忙しそうだったのに遊びに出かけて大丈夫なのかな? 以前は花を育てるのがメインの仕事だった紅夜。 あの花がなくなって、育てる必要がなくなった今は黎華街の支配者としてあの街を色々管理しているらしい。 そう、支配人ではなく支配者。 梶原さんが本当の父親だと分かったこともあって、今度こそ完全に譲り受けたらしい。 紅夜は一応跡取り息子ということになるけれど、紅夜本人が梶原さんの表向きの仕事を継ぐことを拒否した。「俺はどっちかっていうと、母親や美鈴みたいな研究者が性に合ってるんだよな」 だそうだ。 それに昼間は外出れないし、とも言っていた。 紅夜に負い目もある梶原さんも無理に跡目にはしたくないようで、そのためいずれはまた別の研究施設として使えそうな黎華街の管理を任せたといういきさつみたい。 で、今はいずれ研究施設として使えるように色々と街の改革を進めているんだとか。 再来年には私と同じ大学を受験できるようにするとも言っていたから、本気で色々忙しいんだと思う。 ……本当に遊びに出かけて大丈夫なのかな? 色んな意味で不安になりながら黎華街の入り口で待っていると、黒塗りの高級車が目の前に停まる。「お、丁度良かったな」 そして街の中から丁度聞き覚えのある声が聞こえた。「愁一兄さん!」 嬉しそうに振り返る日葵に続いて
「Wデート?」 いつもの週末。 いつものように紅夜の部屋に泊まりに来ていた私の言葉に、彼は目を丸くして聞き返してくる。「うん。なんか日葵がやってみたかったって言ってて……デイズパークランドに行かない? って聞かれたの」 後ろから紅夜の腕の中に閉じ込められる形で一緒に座っていた私は、今日学校で日葵に渡されたパンフレットを手に持ちながら説明した。「……デイズパークランド、ね」 私の手からパンフレットを引き抜いた紅夜は考えるようにつぶやく。 デイズパークランドとはここから電車で一時間ほど行った場所にあるアミューズメントパークだ。《毎日を楽しく》がテーマで、世界各国の楽しそうなお話をモチーフにしたアトラクションがたくさんある。 ちなみにテーマカラーが赤だから、スタッフの制服はみんな赤が基準。 イメージキャラクターは犬のロルフとヘルディンだ。「私も二回くらいしか行ったことないけど結構有名なところだよ? 知ってる?」 黎華街から出たことがない紅夜は行ったことはないだろう。 でも、テレビを見ていればCMなどで何度か見たことくらいはあるはずだと思って聞く。「知ってる……けど」 答えた紅夜は何故かスッと目を細める。 冷たい印象を与える青い瞳は、そうすると少し怖かった。「紅夜?」 でも私はその瞳が熱を持つ瞬間を知っている。 冷ややかな青い瞳の奥には、とても深い情があるのをもう知っていた。 だから必要以上に怖がらず、問い返す。「その二回って、誰と行ったんだ?」「へ? えっと、最初は小学生のころに家族で行って。二回目は中学の時友達とかな?」 怖そうな目をして、何が聞きたいんだろうと不思議に思いながらも聞かれたことに答える。
紅夜と婚約をしてから、あとふた月で一年になる。 相変わらず出張続きのお父さんは不貞腐れながらも私が幸せなら、と紅夜との付き合いを許してくれている。 黎華街に出入りしていることも、安全に配慮しているならいい、と。 どうやらお父さんは黎華街の怖さをよく知らないみたい。 危ない街ではあるけれど、他の繁華街とそう変わりないだろうという認識みたいだった。 まあ、そうじゃないとお使い自体を許してくれなかっただろう。 ちなみにお使いの理由が私の後遺症把握のためだったということも知らないみたい。 私が記憶を取り戻したことを知ったお母さんに、「心配を掛けたくないから内緒ね?」と言われてしまった。 お父さんには申し訳ないと思ったけれど、本当のことを知ったら紅夜に会うために黎華街へ行くことを許してくれなくなりそうだったから、黙っていることにする。 ある程度事情を知っているお母さんは、「あらあら」と微笑ましげに――というか少しニヤつきながら送り出してくれている。 ……あの顔、やめて欲しいんだけど……。 まあとにかく、そういうわけで今日も紅夜の部屋に泊まりに来ていた。 お風呂から上がった私は用意してきた衣装に着替えて、リビングにいる紅夜の様子をこっそり覗き見る。 ソファーに座って教科書を開いているのが見えた。 紅夜は一年遅れて私と一緒に大学へ行こうとしてくれている。 去年だと色々な準備が間に合わなかったってのもあるけれど……。「逆に間に合わなくて良かったかな? 美桜と4年間同じ所で学べるし」 そう言って髪を撫でてくれた紅夜。 勿論全部がずっと一緒な訳はないけれど、一緒にキャンパスライフを送れるのは私も願ったり叶ったりだ。 そんなわけで今は私も紅夜も受験生とい