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黎華街④

Author: 緋村燐
last update Last Updated: 2025-05-02 20:39:45

「おい、どっちだ?」

 私を抱えている男が倉庫の中にいた大柄な男に聞く。

 そいつは私と日葵を見比べ、「そっちだ」と日葵を指した。

 この大柄な男、見覚えがある。

 さっき日葵とぶつかった男だ。

 ……しまった、そういうことだったの!?

 ここにきて、仕組まれたことを理解する。

 ぶつかっても殴られたり絡まれたりしなくて良かった。

 不幸中の幸いだと思った。

 何が『幸い』よ!

 どうして日葵が狙われたのかは分からないけれど、ぶつかったのはヘアクリップを奪って路地裏に投げ込むため。

 そうして私達をおびき寄せて、こうして捕まえるためだ。

 仕組まれたことに腹が立つ。

 まんまと彼らの思い通りに捕まってしまって悔しい。

 塞がれた口の中で、ギリッと奥歯を噛んだ。

「じゃあ、こっちはどうする?」

 私を捕まえている男が続けて聞いた。

 大柄な男は興味なさげにチラリと私を見ると「好きにしろ」と日葵の方を見る。

「そいつはこっちだ。しっかり利用させてもらわないとな」

「っんんーーーっ!」

 何をされるのか分からない恐怖に、日葵は口を塞がれながらも悲鳴を上げる。

 泣いているのがかろうじて見えた。

 こんな目に合うとは思っていなかっただろう。

 怖い場所だと分かってはいたから、本当に私の言うとおりにして行って帰ってくるだけのはずだったと思う。

 それが、どうしてこんな――。

「――うっ!」

 何とか日葵を助け出せないか、考えながら彼女の方を見ていた顔を無理やり上向かされた。

「お前は好きにしていいんだとよ。なかなか可愛い顔してるし、売り飛ばす前に味見くらいしておくか」

 その言葉には嫌悪しか抱けない。

 何とか、この状況を良くする方法はないか。

 私は頭をフル活動させて考える。

 恐怖が邪魔をするから、本当に必死だった。

 私は記憶力はいい方だ。

 一度見たものは大体忘れない。

 その記憶を片っ端から呼び起こす。

 何か、何か方法は――!?

 いくつかの記憶が脳裏を過よぎる。

 その中の一つをピックアップする。

 男が私を抱えなおすために腕を一度緩めた瞬間に、それを行おこなった。

 重力に任せて、全体重をしゃがみ込むように下に移動させる。

「っぅお!?」

 そうすれば男はバランスを崩した。

 そのまま本当にしゃがみ込む前に足と腰に力を入れ下半身を安定させると、今度は男の顔面に頭突きする勢いで仰け反る。

 実際に頭突きにならなくてもいい。

 不安定な状態から突然仰け反ったため、男の腕はバランスをとる方に力を入れている。

 私を抱えるために力は使われていない状態だ。

 そこですかさずまた腰を落としてお尻を思いきり突き出すと、腰を強く押された男は私から手を離しよろけた。

 その瞬間を見逃さずに私は男の腕から逃れる。

 そのまま日葵を拘束している男に向かって全速力で走った。

 幸い、こっちの様子を気にしていなかった彼等は油断している。

 近くまで来たら流石に気付かれたけれど、私はそのまま男の横から体当たりを食らわせた。

 人は、横からの衝撃に弱い。

 ただでさえ日葵を抱えているんだ。バランスを保つのは難しかっただろう。

 体当たりした男はそのまま横に倒れこむ。

 日葵と私も倒れたけれど、すぐに起き上がった。

 男の方は体当たりをしたときに肘を突き出していたので、それが丁度わき腹の急所に当たってくれたらしい。

 悶絶していてすぐには起き上がれないようだった。

 立ち上がった私達は、もう一人の大柄な男が行動を起こす前に彼等から距離を取る。

「日葵、こっち!」

 日葵の涙で濡れた顔は、恐怖や戸惑い、色んな感情で歪んでいた。

 それでも生きるために、逃げるために必死に私について来る。

 日葵をかばうような立ち位置になり、周囲の状況を確認した。

 日葵を拘束していた男は起き上がってはいたけれど、よほどイイ所に入ったのかすぐには動けそうにない。

 大柄な男は不愛想な顔に僅かな苛立ちを表しながらも、こちらの様子を見ている。

 私を拘束していた男は、私の行動が予想外だったのか今の今までフリーズしていたようだ。

「ってめぇ!? ふざけたことしてんじゃねぇぞ!?」

 状況を把握した彼はそう怒鳴り私達に近付いてくる。

 私は後退りしながら逃げ道を探した。

 確実なのは今近付いて来ている男の方にある入り口。

 今ならこの男一人をかわせばここから逃げ出せる確率は上がる。

「日葵、私が合図したら入り口の方に向かって走って」

「え?」

 日葵だけに聞こえるように、声を潜めて伝える。

「お願い、言うとおりにして」

「わ、分かった」

 どういうことか分からなくても、日葵には私の言うとおりに行動するしか方法が無いんだろう。

 素直に承諾してくれた。

 近付いてくる男は日葵よりも私を気にしているはず。

 してやられたと思っているから、私を注視しているはずだ。

 ゆっくり、入り口側に数歩歩く。

 男はそれを追うように動く。

 そうしたら私は日葵を置いて反対側に勢いよく走り出した。

 男が私を追いかけて走り出したのを確認して、日葵に「行って!」と合図をする。

「っ!」

 日葵はすぐに反応してくれた。

 でも私と反対側に走り出した日葵を見て男は足を止める。

 やっぱり狙っている日葵を逃がすわけにはいかないってことか。

 男は私よりも日葵を追う方を優先した。

 でも、私もそれを予測していなかったわけじゃない。

 私は男が足を止めるより先に方向転換していた。

 おかげで男が日葵に追いつく前に体当たりすることが出来る。

 ――予想外だったのは、男が体当たりをする前に私の方を見たことだ。

 その表情は極悪な笑みを浮かべていた。

「っあ!」

 肩を掴まれて、乱暴に床に叩きつけられる。

 後頭部はかろうじて守ったけれど、背中は強したたかに打ち付けた。

「うっくぅう……」

 痛みに顔が歪む。

「美桜!?」

 日葵の心配そうな叫びが聞こえる。

 いいから、走って逃げて!

 そう叫びたいけれど、痛みに耐えていた私は声を出すどころか目も開けられない。

 やっと目を開けられたときには、私は男に完全に組み敷かれていた。

「っとにふざけたことばかりしてくれやがって!」

 男の手が思い切り振り上げられる。

 かなりの衝撃が来ることを予測して、私はまた目をギュッと閉じた。

「……」

 でも、衝撃はなかなか来ない。

 恐る恐る目を開くと、男を通り越した先に黄金が見えた。

 一体どこから現れたんだろう。

 誰かが近付く音は聞こえなかったと思うのに。

 ライトの光を反射してキラキラ輝く髪が、その人の整った顔を引き立てていた。

 肌は白く、線の細い印象。

 そして寒々しく思えるほどの、青い瞳。

 両耳の赤いピアスが、白い肌にとても良く映えていた。

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