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寄り道をした赤ずきんは①

Author: 緋村燐
last update Last Updated: 2025-05-07 20:27:14

「なっ!? お、前!?」

その人は振り上げていた男の腕を掴んでいる。

助けて、くれたの?

希望的観測でそう思うけれど、彼の青い瞳はあまり感情が読み取れない。

何を思って男の腕を止めてくれたのかが分からなかった。

「ぐっあ、がぁ!」

男の苦し気な声を聞き、ハッとする。

金色の彼は掴んでいた手にかなりの力を込めた様だった。

黒いフード付きのミリタリージャケットを着ているのでちゃんとは分からないけれど、結構な細身に見える。

それなのにどこからそんな力が出てくるんだろうか。

圧し掛かっていた男が私の上からどくと、彼は腕を離した。

男は掴まれていた腕を抑え、その場に転がり痛みに悶えている。

青い瞳が、真っ直ぐに私を見下ろした。

ドクンッ

彼の眼差しの冷たさが、心の奥まで入ってきたような感覚に心臓が反応する。

そのまま凍らされたかのように目が離せなかった。

感情の読み取れない目が少し楽し気に細められたかと思うと、彼の方から視線を外される。

「さて、俺の睡眠を邪魔したお前らをどうしてやろうかな?」

大柄な男を見ながら、彼は透き通るような声で言の葉を紡いだ。

「……」

睡眠?

え? 寝てたの? この近くで?

ひとまずの危険が去ったからだろうか。

私は助けてくれた彼の“睡眠”という言葉に反応してしまった。

いや、今はそれどころじゃないんだけれど。

思い直し、起き上がると日葵が駆け寄ってくる。

「美桜! だ、だいじょっぶ、なの?」

震える声で私の無事を確認してくる。

「大丈夫だよ」

――一応ね。

安心させるために続く言葉は口にしなかったのに、日葵は結局泣き出してしまう。

それを宥めながら、私は冷たい瞳を持つ彼と大柄な男の様子をうかがっていた。

「……睡眠? ここで寝てたのか?」

大柄な男はさっきまでの淡々とした余裕は無くなっている様に見える。

緊張しているのを誤魔化すかのように聞き返していた。

「この黎華街を取り仕切る総長とも言えるお前が?」

「え?」

総長?

黎華街を取り仕切る?

この人が?

この、花のような人が?

男の言葉にキラキラ輝く彼を見る。

その横顔も、鼻のラインから耳の形まで綺麗だった。

雰囲気は冷たく、静か。

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