キィィと重い木の扉を開ける。
「いらっしゃ····ヴェルか。なんだ、犯されに来たのか」
「違うわ阿呆。様子を見に来ただけだ。クソ親父から賜った仕事なんでな。じゃなかったらお前のトコになんか来ねぇよ」「ははっ、口の減らねぇガキだな。商品のほうは要らねぇのか? 新しいのが入ってるぞ」タユエルはそう言って、俺に銃を一丁見せた。俺は、それを手に取って見定める。
「重いな。試し撃ちはできるのか?」
「あぁ、地下でなら」「······やめておく。お前の目にかなったのなら間違いはないだろう。それに、本当に襲われちゃかなわん」「つれねぇな。けどお前、その匂い····相手ができたのか」あぁ、厄介だ。阿呆2人の所為で、吸血鬼からこの手の質問が増えた。
「相手····まぁ」
「嫡男が吸血鬼の相手してんのかよ。はぁ~····親父さんも気苦労が絶えねぇだろうなぁ」「クソ親父は知らない。片方が洗脳を使えるらしくて、家のヤツ皆を騙してる」「片方ってお前、2人居んのか」しまった。口が滑った。これは面倒になりそうだ。
「いや、違····お前に関係ないだろ」
「あるね。俺ぁずっとお前にフラれ続けてんだぞ」「求愛された覚えはないがな」「何言ってん「で、俺に血を吸わせろと?」「いや、人工血液を少し分けてもらえないだろうか。僕が自覚している事は、ヌェーヴェルとあの2人以外知らないだろう。だから、君にしか頼めなくてね。それに、君に負担をかけるのは嫌なんだ」 こいつらは揃いも揃って····。「バカかお前は。ほら、飲め」 俺は襟を開き、首筋を差し出した。「なっ、何をしているんだい!? やっ、ダメだよ。君の血は吸わない。際限なく吸ってしまいそうだから」「限界だと思ったら、殴ってでも止めてやるよ。お前がお母上のように摂食障害にでもなってみろ。隠し通せないだろう」「ヌェーヴェル····本当にいいのかい?」「俺が吸えと言ったんだぞ。俺だって、お前を大切に思っているんだ。愛だの恋だのではないがな!」 頬が熱くなった。我ながらアホらしいと思う。 ノウェルはおずおずと俺の肩を押さえ、首筋にそっと牙をあてがう。そして、グッと食い込ませると、ノウェルは初めて人間の血を啜った。 泣きながら、美味そうに吸い続ける。こいつの心情は計り知れんが、少し憐れに思ってしまったのは失礼だっただろうか。「んっ、ノウェル、もういいだろう····そろそろ、やめ····んぁっ」「んくっ、んっ、んっ、ぷはぁ····ごめんよ、ヌェーヴェル。もう少しだけ····喉の乾きが癒えないんだ」「待て、も、無理だって····はぁ··ん····」 ダメだ。目が回ってきた。殴って止めないと。だが、力が入らない。「ノウェル、その辺でやめておきなさい。まったく貴方は&middo
「ノウェル、ヌェーヴェルの血は美味しいですか?」 ヴァニルは、ノウェルに打ちつける腰を強めながら聞いた。「んっ··美味い······」「喉は大丈夫ですか?」「大丈夫だ。ヌェーヴェルの血を、飲めるのなら····こんな痛みなど、へでもない」 ノウェルは、喋る事もままならないほど夢中で俺の首筋に吸いついている。擽ったさもあるが、じんわりと馴染んだ痛みが気持ちいい。「ヴェルは結局、ボクらの事だ〜い好きなんだよね」 こいつらの喉が焼けている事がそれを証明していようとも、絶対に認めてやらない。「すっ、好きじゃ··ない」「強情だなぁ····いいよ、また言わせてあげるから」 ノーヴァは俺の奥を突き上げると、折檻するように言った。「ほら、正直に言わないと、吐いても奥やめてあげないよ。なんならボク、このまま大人になってみようか?」「んぶっ····馬鹿ヤロォ··んえ゙ぇ゙ぇぇっ····わがっだ、言うから゙、奥やめっ··ゔぇ゙ぇ゙ぇぇ」「ヌェーヴェル、あぁ可愛い····んぅっ····ヴァニル、もう、奥を突くな! 僕まで、ぇゔっ····吐いてしまう。せっかくヌェーヴェルの血をもらったのに····」「勿体ないのはわかりますが、吐けばいいでしょう。締まって気持ち良いですから」「馬鹿な事を言うな! ヌェーヴェルが、汚れてしまうでは、ない
ノーヴァも、この乱れた関係が存外気に入っているようだ。ノウェルを犯すのだって、実は楽しいらしい。ノーヴァの残虐性を目の当たりにする度、俺は少し玉が縮こまってしまうが。 さらに、今のノーヴァには没頭するものがあった。約束通りローズへ紹介し、共に薔薇を育てるようになったのだ。 この間、視察へ行った時も──「ノーヴァ、この薔薇の香りはどうかしら? 先週の物より上品な気がするのだけれど」「確かに、甘ったるいのにすっきりする感じだね」「そうでしょ? うふふ、貴方とこうして楽しめるなんて、すごく素敵だわ」「ボクも··すごく楽しい。何も考えないでローズと薔薇を愛でている時間は心が安らぐよ」「ノーヴァ、こちらへ来て」 ノーヴァの生い立ちを不憫に思うローズは、ノーヴァを我が子のようにそっと抱きしめた。ノーヴァもまた、そんなローズを母のように慕った。 まるで別人のように穏やかで、見たこともないほどしおらしいノーヴァを見て目を疑った。 ノーヴァにとって、ローズの話は興味深いものばかりだった。ヴァニルから学んだものと言えば、戦術や格闘術などが多く、まさに吸血鬼たる生き様そのもの。人間の真似事をして生きる為のものは少なかった。 それに反しローズは、礼節や人間と上手く付き合う為の、人間らしい心の在り方を多く教えた。 数ヶ月で、ノーヴァは見違えるほど心身共に成長していた。無作法で女王様のような面影はなく、立ち振る舞いから言葉遣いに至るまでが完璧な紳士だった。 これには、俺もヴァニルも驚いてた。 さらに驚いたのはノウェルの事。 本家主催のパーティーで、ノウェルは吸血鬼が流れる少年と出会った。名はイェールといい、ノウェルに一目惚れして猛アタックを続けている。イェールは2つ年下だが、単純なノウェルにいとも容易く上手く取り入った。 彼に流れる吸血鬼の血は、何代も経てとうに薄まっており大した力などない。だが、恋を覚えたイェールもまた、血に秘められた本能が少しずつ強まっている。 ノウェルが想いを寄せる俺に、イェールはいい印象を持っていな
今日も今日とて、夜も更けた月明かりの下。散歩と称しやってきた廃城で、俺はヴァニルに迫られている。 時々、2人で楽しみたいと連れ出されるのだ。毎度、後でノーヴァにブチ切れられるのだが。「なぁ、ここちょっと綺麗にしないか?」「そうやってまた時間稼ぎを······いや、まぁ、そうですねぇ」 ヴァニルは、周囲を見回して言った。「些か気にはなっていたのですが、貴方とここに来るとそれどころではなくなってしまって」 何がニコッだ。いつもそうやって誤魔化す。俺と出会った思い出の場所だから昂るとか吐かしてやがったが、このカビ臭さも石の冷たさと毛布の薄さも、いい加減うんざりだ。「此処を綺麗にするまでシない」「····なんですって?」 突如ヴァニルの雰囲気が恐ろしくなる。しかし、ここで負けてはいつもと同じだ。「絶対にシない! 汚いし硬いし冷たいし、嫌だ」「はぁ······子供ですか、貴方は。雰囲気《ムード》もへったくれも無いですね」「なんとでも言え。だいたい、この汚さでムードもへったくれもあるか! あのなぁ、俺だってちょっとは大事にされたりとか、その、良い雰囲気でシたかったりとか····恋人じゃなくても、甘い雰囲気を味わってみたりとかだなぁ····」 一体俺は、ごにょごにょと何をほざいているんだ。こんな事を言いたかったわけではないのだが····。「わかりました。少し待ってください」 そう言って俺を抱え、廃城の上空へと飛び上がったヴァニル。何をするのかと思えば、城に手を翳して呪文のようなものを唱え始めた。「おい、何する気だ」 俺の質問など
俺とノウェルは今、向かい合いながら手を繋ぎ、それぞれケツを掘られている。俺はヴァニルに、ノウェルはイェールに。 俺が願った心地よい関係なんて、刹那の夢物語だったのだ。イェールが混じったことで、上手く混じり合っていた澱みが掻き乱された。「ヌェーヴェル··んんっ····こんなかたちでも、僕はね、君とこうして、愛を交える事ができて、とても幸せだよ。君はっ、んぁ····どうだい?」 嬌声混じりに幸福を語ったノウェル。そして、聞くまでもないほどバカな事を聞いてくる。「最悪だ! こんなの、どう考えても狂ってるだろ! ちょっ、ヴァニル待て!! 奥挿れるな、ぅぶっ、お゙っ、ん゙え゙ぇ゙ぇぇ」「あぁ、苦しそうに吐くヌェーヴェルも愛らしい。僕の事を少しでも好いてくれれば、僕は幸せなのだけど──ひぁっ····イェール、もう少し優しくシてくれないか。ヌェーヴェルに愛を囁けない」「ノウェルさん····貴方、今誰に突っ込まれてるかわかってます? オレですよっ!」「んあ゙ぁ゙ぁぁっ!! ダメだイェール。奥を抉らないでぇっ──」 どうしてこうなっているかって? 全部ノーヴァが悪いんだ。 遡ること数時間前。 今日も今日とて、退屈したノーヴァが俺をからかって遊んでいた。激務に追われているこの俺を、だ。本当に迷惑な奴。 ローズの教育で紳士的になったと思っていたが、それはただの余所行き用だった。俺たちの前では、依然として我儘で女王様の様な振る舞いを見せる。 書類に目を通している時だって、お構いなしに話し掛けてくるノーヴァ。何度言っても、これをやめる気はないらしい。「ボク、ヴェルの事諦めたわけじゃないからね」「は? ンな事知ってるよ。あー、待て。この書類で最後だから、あと少し黙ってろ」「やだよ。だって、ヴェルとヴァニルがずっ
戯言ばかり言うヴァニルをはっ倒してやりたいが、力の差は歴然。俺に反抗や抵抗をする術はない。 けれど、黙って受け入れるのも癪だ。「挿れねぇって! 俺は女で童貞捨てる予定なんだよ! 何が悲しくて男で卒業せにゃならんのだ」「はは。女より、ココのほうが具合がいいですよ。格段に」 ヴァニルがガチガチに滾ったそれを、俺のケツに押し当てて言う。そして、ゆっくりと俺のナカを拡げて入ってきやがった。「んぁ····知らねぇよ。とりあえず、ノーヴァで卒業なんて、絶対に嫌だっ」「強情だなぁ。ほ〜ら、ボクのナカ、ヴェルが初めてだよ? 挿れてくれないのぉ?」 ケツを開いて誘ってきやがる。まったく、どこでこんな破廉恥な言動を覚えてくるんだ。 ····200年も生きてりゃ知ってるもんなのか?「い、挿れない····絶対挿れないからなっ!!」「残念。そもそもねぇ、ヴェルが女を抱くの許した憶えないから。はーい、いただきま~す」 後ろから俺に突っ込んでいるヴァニルが両脇を抱え、腰が引けているのに無理やり上体を起こす。「や、やめろ····ふざけるのも大概に──んぁ····」 バカみたいに元気いっぱい滾っている俺のちんこを、ノーヴァのケツがぐぷぷっと飲み込んだ。「ふっ、あぁっ····んぅっ、キツ··ちんこ痛ぇ····」「初めてなんだからしょうがないでしょ」「ヌェーヴェルの初めても、喰い千切られそうなくらいキツかったですよ」「うるせ··待て、動くな。もう出ちまう! あぁぁっ、ヴァニルも動くなぁぁ!! ひあぁぁぁっ!!
快楽にしか興味のない吸血鬼共。奴らとの乱れた関係に休止符を打つべく、俺は嫁探しに本腰を入れようと決意した。 翌日、早速父さんに嫁を探すと言ったら、既に見繕っていたのだと候補のリストを渡された。どれも、名家の令嬢ばかり。名と権力にしか興味がないような女ばかりなのだろう。 そう思うとウンザリするが、1人くらい俺自身を好いてくれる女がいるかもしれない。理想は捨てきれん。できれば、相思相愛となりたいのが本音だ。けれどこの際、高望みなどしていられない。 俺は、リストの中から数人にチェックをつけて返却した。それを見て鼻で笑われたのは癪に触ったが、跡を継ぐ準備の為だと思いグッと堪えた。 見合い当日。 ダメだと言ったのに、朝方まで機嫌の悪いヴァニルに犯されていた。その所為で腰がめちゃくちゃ痛いのだが、これしきの事で倒れているわけにはいかんのだ。 俺は腰とケツの痛みに耐え、長々と喋る父さんと相手方の母親に愛想笑いを返す。互いの紹介を終えると、俺は見合い相手と2人きりにされた。 1人目の候補者は、お偉い政治家《オッサン》の娘。名は確か、ジョジュリーン。見た目はかなり美しいが、どうにも所作が気に入らない。きっと、普段はステーキも自分で切らないのだろう。そういう感じだ。 当たり障りのない話をしてくるので、適当に返事を返す。よく喋るこの女は、家の自慢話とヴァールス家の話ばかり。俺に興味が無いことなど、話し始めて数分で悟った。「ヌェーヴェル様は、ご兄妹とは仲がよろしいのですか?」「ええまぁ、それなりに。すぐ下の弟と末の妹は、僕に懐いていて可愛いですよ。だから、つい甘やかしてしまって」「そうなのですね。是非一度、お会いしてみたいですわ」「はは。そうですね、是非一度····」 最後は兄妹仲の確認。結局、俺個人についての質問などひとつも無かった。 きっと、残りの候補たちも似たり寄ったりなのだろう。そう思うと流石に心が折れそうだ。 俺だって、人並みに夢を見ていた。いつかフワフワした愛らしい女性に愛されたいと願っていたは
「貴方は本当に女運がないというか····。めげずに希望を探すのは勝手ですけど、そんなに焦らなくてもいいんじゃないですか? まだ若いんですし」 しれっと隣に座り、さりげなく腰を抱く。こんなところ、人に見られたら言い訳のしようがない。 なのに、今はこいつに触れられているのが心地良いと思ってしまう。「人間が若いのなんて一瞬なんだよ。それと、お前に若いなんて言われると子供扱いされているようで腹が立つ」「まぁ、私からすれば人間なんて、老人と言えど子供のようなものですからね。ヌェーヴェルなんてまだまだひよっ子ですよ」 俺を気遣っているのか、いつもより軽い口調で話すヴァニル。今は、その優しさに絆されていたい。「そのひよっ子相手に変態かましてんじゃねぇよ。はぁ····流石、300超えてるジジイは年季が違うな」「喧嘩売ってます? あ、そうだ。こんなしょうもない話をする為に来たんじゃないんですよ」「どうした、何か問題でもあったのか?」 ヴァニルは深刻そうな顔をして、振り出しにもどるような事を聞いてきた。「いえ、確認しておきたくて。ヌェーヴェルは嫁を迎えたら、私達との関係を終わらせるつもりですか?」「あぁ····その事か。一時的に中断って感じだな」「終了ではなく中断··ですか。ご希望の期間は?」 終了ではないとわかりホッとしたのか、中断と聞いて腹を立てたのか。あるいはその両方か。なんとも複雑そうな表情をしている。「これは俺の我儘だ。俺が吸血鬼になるって話も併せてな」 はて、と顔に書いている。キョトンとした間抜けな顔も美しいのが、実に腹立たしい。 だからと言うわけではないが、俺は堂々たる態度で俺の希望を伝える。「俺の子供が独り立ちしてから··とかでもいいか? 子供ができたら、それに対しての責任は果たさにゃならんだ
俺はすぐさまヴァニルを連れタユエルの店へ向かう。 最悪の事態──それはきっと、タユエルが食料としてではなく無作為に人間を殺めた、という事なのだろう。「ヌェーヴェル、大丈夫ですか?」「あぁ。こういう事態に備えて最低限の訓練はされている。お前に説明するまでもないだろうが、ヤツが暴走していればその時は····」「それは私が。貴方が太刀打ちできる相手ではありません。それに、彼を手に掛けるのは辛いでしょう」 俺とタユエルが長い付き合いだと知って、ヴァニルなりに配慮してくれたのだろう。しかしそれを言うならば、ヴァニルのほうが関係としては深い。「お前の方がやりにくいんじゃないのか。師匠みたいなものだったんだろう? ましてや、同胞を手にかけるなんて気持ちの良いものではないだろ」 ヴァニルは俺に口付けて、それ以上言うなと黙らせる。仕事だと割り切っている····そういう事なのだろう。 俺は気の利いた言葉を見つけられず、黙って銃の確認をした。あくまで念の為だ。 タユエルの店の前に立ち、腰に忍ばせた銃へ手を添える。息を殺し、ゆっくりと扉を開く。 隙間から中を覗くが、真っ暗で何も見えない。しかし気配はある。耳を澄ませると荒い息遣いが聞こえた。 思いきって一歩踏み入れた瞬間、耳を劈くような怒声が響く。「来るな!! ヴェルなんだろ? 絶対に入ってくるなよ!」 明らかに様子がおかしい。手遅れだったのだろうか。「····そうだ、俺だ。タユエル、何があった。何故、立ち入るのを拒む」 タユエルからの返答がないので、ゆっくりと扉を開ききる。陽の光が差し込み、その奥にタユエルの姿を目視した。「入るぞ」 俺はまた一歩踏み込む。タユエルの出方を窺いながら、一歩一歩慎重にカウンターへ向かう。 古い木造の匂い。その中に、血の様な鉄っぽいにおいを感じる。 胸騒ぎ
「ヴェル、起きて。ねぇ大丈夫?」 いつの間にか子どもの姿に戻っていたノーヴァに、柔らかく頬を抓られて目が覚めた。「ん····大丈夫··だ。ぁ、は、腹····」 腹の痛みが消えている。けれど、あの熱さだけは残っている感じがしてズクンと疼く。きっとこれは腹じゃなく、脳にこびりついた感覚なのだろう。 そして、熱さの理由はもうひとつ。ヴァニルが申し訳なさそうに俺の腹をさすっているのだ。こいつの手は冷たいのだが、気持ちは伝わってくる。「ヴァニル、大丈夫だ。もう痛くない」「いえ、そういう事では····。優しくするという約束だったのに、すみません」 ヴァニルは眉間に皺を寄せ、なんとも苦しそうな表情《かお》をしている。 まだ身体を起こせないが、俺はそっとヴァニルの頬に手を添えて微笑んだ。「ヌェーヴェルが私に優しい顔を向けてくれるなんて、出会って随分経ちますが初めてですね」「俺だって、こんなに穏やかな気持ちになったのは初めてだ」 ノーヴァが俺の額を撫で、啄むようにキスを落とす。「ノーヴァ、くすぐったい。なんだ?」「気絶する前に言ったこと、憶えてる?」 そう言えば、とんでもない事を口走った記憶がある。「······憶えてない」 俺は、ふいと目を逸らして言った。耳まで熱い。「嘘だ。憶えてるでしょ」「憶えてねぇよ。あの時は頭の中が真っ白だったからな」 必死に誤魔化したが、下手な嘘など通用しなかったようだ。 ノーヴァにじっと見つめられ、俺は観念して白状する。跡を継いで、全て終わらせてからにしようと思っていたのだが、あんな事を口走った後なのだから仕方がない。「俺は、お前たちを大切に想ってる。ずっと身
ほんの数秒で唇を離し、ノーヴァの目を見ながらそっと離れる。ノーヴァの唇へ視線を落とすと、自分でわかるほど瞬時に頬が紅潮した。「次は舌、絡めて」 そう言って、ノーヴァはベッと舌を出して見せた。触れるだけのキスで心臓がイカれてしまいそうなのに、そんな破廉恥な事を自分からできるのだろうか。 このヤワな心臓が根性を見せてくれることを期待して、少し開けて待っているノーヴァの小さな口に、ええいままよと舌先を差し込んだ。 いつもはされるがまま舌を絡めていたが、自分で絡めにいくとなると想像以上に難しい。「ヌェーベル····ソレ、後で私にもシてくださいね」 振り返ることができないので確証はないけれど、きっと嫉妬に歪んだ顔で言っているのだろう。 「ん、んぅ····」 俺のたどたどしい舌遣いに焦れたのだろう。ノーヴァは俺の両頬を手で抱え、こうやるのだと言わんばかりに激しいキスをしてきた。 いつも通りの、息ができなくなるやつだ。酸欠で意識が朦朧としてくる。「ふ、ぅ····ノー、ヴァ····待へ、ぅふ、は、ぁっ····ふぇ゙····」「アナタたちのキスを見てるだけで、なんだか苛つきますね····もう動きますよ」 突くのを待ってくれていたヴァニルだが、堪らずに動き始めた。 突かれるリズムに合わせ身体が前後する。けれど、頭が固定されている所為で衝撃を逃がしきれず、腹の奥に快感となって留まって苦しい。 ヴァニルが結腸口を叩く度に噴いてしまうので、ノーヴァとベッドがびしょ濡れだ。いつもなら、ぶっ掛けてしまうと嫌味の一つや二つ言うくせに、今日はお構いなしにキスを続ける。「ノ
ノーヴァは優しいキスを繰り返す。徐々に激しさを増し、早速約束を破って大人の姿になった。 そして、大きくなった手で俺の頬を包み口内を隈無く舐めまわす。「んっ、おま····大人になるなって··んんっ」「ん······ふぅ。こっちだと、ずっと奥まで犯せるもん。それと、血···もうガブ飲みはしない。これからは、ヴェルを危険な目に合わせるのは控えるよ」 優しさを見せているつもりなのだろう。俺に譲歩すると言いたげなノーヴァを愛らしいと思う。「控えるという事は、やるときゃやるんだな」「だってヴェル、好きでしょ? 死ぬほど犯されるの」「······嫌いじゃない」「あははっ。素直じゃないなぁ」 ノーヴァは再び俺の口を塞ぐ。ケツを弄っていたヴァニルは、潤滑油《ローション》が乾かぬうちに滾って反り勃ったモノをねじ込んだ。「んぅ゙っ、ん゙ん゙ん゙っ!!! んはぁっ、デカ····待っ、デカ過ぎんだろ······」「デカいの好きでしょう? ほら、もうイきそうじゃないですか。まだ挿れただけですよ」 確実にいつもより大きい。圧迫感が凄いのだ。なのに、容赦なく奥へ進んでくる。「ひぅっ、あぁっ!! ふっゔぁん····アッ、やだ、奥待って」「大丈夫。まだ奥は抜きませんよ。もう少し、ここを解してからです」 ヴァニルは下腹部を揉みながら、期待を持たせるような事を言う。そして、ぱちゅぱちゅと音を立てて俺を煽る。「ヴァニル····
集まった視線に、俺は直観的な苛立ちを覚えた。「な、なんだよ」「お前がそれ言うの? ヘタしたら、ヴェルが誰よりも我儘だし欲深いよ」「そりゃまぁ、俺だしな。それくらいの気概がないと、ヴァールスの名を継ごうなんて思わないだろ」 俺の言葉に、全員が耳を疑ったらしい。揃いも揃って、イイ面がマヌケに口を開けている。「貴方、もしかしてまだ継ぐ気なんですか? てっきり、私たちを選んだ時点で諦めたものとばかり····」「諦めてたまるか。嫁の件は父さんに上手く言って白紙に戻した。子供の事は追々考えるからいいんだよ」「そういえば、よくあのパパさんを言いくるめられたよね。なんて言ったの?」「····内緒だ」 うまい言い訳が思い浮かばず、バカ正直に『好きな人ができたから見合いは無かったことにしたい』と、子供の駄々みたいな理由を告げただなんて言えるか。しかし、あのクソ親父がよくそれで許してくれたなと俺も思う。 正直、もう出家覚悟で言ったのだ。それだけは、絶対にこいつらにはバレないようにしなければ。「貴方が言いたくないのなら聞きません。私達を優先してくれた事実だけで充分です」「そうだね。まぁ、ボクは暇だし、我儘坊やの復讐手伝ってあげてもいいよ」「私も、協力しますよ」「あぁ、頼りにしてるよ。って··おいこらノーヴァ、誰が我儘坊やだ!」 ノーヴァとヴァニルに手伝ってもらえば、いとも容易く父さんを屈服させられるだろう。勿論、物理的に。ヴァニルの場合、まずは容赦なく精神的に殺《ヤ》りそうだ。 協力してもらえるのは助かるし、頼りにしているのも本心だ。けれど、なんだこの漠然とした不安は。 この2人の際限のなさ故だろうか。あまり関わって欲しくないのが正直なところだ。「あの、ちょっといいですか。ヌェーヴェルさんに聞きたいんですけど」「なんだ、イェール」「その復讐ってのを達成したら、アンタは吸
説明を終えるなり、ノーヴァとイェールに笑われた。ノウェルはふんぞり返って鼻を高くしている。「ヌェーヴェルには僕が色々教えてあげるよ。心の機微を、こいつらが教示できるとは思えないからね」「ボクだってできるよ! 人間の事はローズに教えてもらったからね」「こら、人様の母君を呼び捨てにするんじゃない。失礼だろうが」 やはり、ノーヴァはノーヴァだ。まだまだ礼節を弁えきれていない。所詮、余所行き用の付け焼き刃と言ったところか。「ちぇー····人間ってなんでそういうトコ煩いの? 面倒だなぁ」「ノーヴァがガサツ過ぎるんですよ。誤解のないように言っておきますが、吸血鬼が皆、ノーヴァのようにガサツな訳ではありませんから」 知っている。ローズやブレイズ、ヴァニルのように礼儀正しい者が多い事は。 それは人間とて同じ事だ。住む環境や性格によるところだろう。「お前を見てたらわかるよ。ノーヴァのもまぁ、度を越さなきゃ可愛いもんだしな」「えへへ。ねぇヴェル、ひとつ聞いておきたいんだけど」「なんだ?」「ヴェルはさ、子供のボクと大人のボク、どっちが好き?」 究極の選択じゃないか。愛らしい子供の姿で背徳感を感じるか、大人の姿でヴァニルとは違った美形に支配されるか····なんて言うと図に乗るのだろう。とてもじゃないが、正直な気持ちは伝えられない。「子供で充分だ。大人になるのは禁止だしな。お前ら3人に血を吸われる俺の身にもなれよ」「それぞれ遠慮してるじゃありませんか。ちゃんと“不死の吸血”の約束は守っていますよ」「当然だ。俺が死んだら元も子もないだろうが。そうだ。イェールはノウェルの血を飲むのか?」「許した憶えはないんだけどね、興奮すると時々吸われるよ。嫌かい?」「嫌だな。けど、ヤッてる最中だけは許してやる」「随分と寛大なんだな。ノウェルさんがアンタに執心してるからって余裕じゃないか」「あぁ
約束の夜。全員が俺の部屋に集まった。「結論から言う。俺は、お前たちの中から1人を選ばん。全員、俺のモノでいろ」 俺が高らかに言い放つと、ヴァニルとノウェルは予想通りと言った顔で項垂れた。ノーヴァは呆気にとられた顔で口をパクパクしている。餌を待つ魚か。 そして、黙って聞いていると約束していたイェールが喚き始めた。「アンタ本当に狂ってんのか!? どれだけ欲張りなんだよ! ふっざけんなよ····ノウェルさんだけは渡さないからな!!」「イェール、黙って聞いてろ。できないなら追い出すぞ」 俺の言葉を受けて、ヴァニルがイェールを睨む。「······クソッ!!」 なんと説明すれば良いものか、俺だってそれなりに悩んだのだ。しかし、ノウェルに言われて“恋”だと知った時点で、俺の中では結論が出ていたのだと思う。 結論が出ているものに、思い悩むのは性に合わない。「お前らが俺を想ってくれている事は、正直嬉しかった。けど、俺はノウェルに言われるまで、恋というものが分からなかったんだ。その····症状に当てはまっていて初めて、お前らに抱いていた感情に“恋”という名がある事に気がついた」「症状って、ヴェル····病気か何かだと思ってたの?」 ノーヴァが憐れむような目で俺を見て言った。 「恋なんて病気みたいなものだろう。鼓動が早まったり身体が熱っぽくなったり、息苦しくなったり情緒が不安定になるんだぞ。まともな状態じゃない」 俺の意見に首を傾げるノーヴァ。俺は、何かおかしな事を言っているのだろうか。「そう····だね? ねぇ、人間って皆こんなにバカなの? ノウェルは人間の中で生きてきたんでしょ? 人間っ
「そうかそうか、なら話は早い。ヴァニル、お前だろ? ヴェルの相手してんの」「はぁ····そうですが」「俺にも喰わせろ」 タユエルはニタッと笑い、圧《プレッシャー》を掛けて言った。一瞬たじろいだヴァニルだったが、すぐに毅然とした姿勢で断る。「いくらタユエルさんの頼みでも、それは承服致しかねます」「ハッ····頼んでんじゃねぇだろ。喰わせろつってんだよ、なぁ?」 タユエルは、ヴァニルの肩を壁に押さえつけると、もう片方の手で俺の首を掴み牙を見せた。「なっ!? タユエル····どうしたんだ!? 来た時から様子がおかしいとは思っていたが、何かあったのか」「や~、別にこれと言ってねぇけどな。お前がイイ匂いふり撒きながらウチに来る度によぉ、溜まるんだよ、色々とな」「はぁ!? 甘い血の匂いか? 俺にはわからんのだから仕方ないだろ! 溜まるって何が····あぁ!! 今まで誘ってたのって本気だったのか」 タユエルとヴァニルの溜め息が地下にこだました。「ヌェーヴェル、タユエルさんにも狙われてたんですか。この人、昔は手当り次第好みの人間を食い散らかしていたんですよ。よく無事でいられましたね」「俺だって理性くらいあるわ。流石に、ヴァールスに手を出すと厄介な事くらいわかってるっつぅの」 脳筋なのだと思っていたタユエル。意外と冷静にものを考えられるのだと感心してしまう。「だと思ってたから、ずっと揶揄われているだけだと思ってた。まぁ、タユエルも吸血鬼だからな。いつ理性が飛んで襲われるかわからんから、常に警戒はしていたが」「そっちの警戒だったのかよ。お前、鈍感だとか言われねぇか?」「言われた事はない。俺は鈍感じゃないからな」 自慢じゃないが、母さんには気が利くとよく褒められた。それに常日頃、細事にも気を配っているつもりだ。
ほとんど眠れずに、俺はタユエルの店へ赴く。人使いの荒い父さんから、先日の銃を仕入れてこいと仰せつかったのだ。「ヴァニル、相手が俺に何を言おうと、たとえ何をしようと、絶対に口も手も出すなよ」「事と次第によりますよ。それより貴方、あんな事の後でよく私を護衛につけましたね」「これは仕事だ。私情は挟まん。だから、馬車《ここ》でシようとか考えるなよ。約束は今夜だろ」 俺は書類に目を通しながら言った。チラッとヴァニルを見ると、むくれた顔で窓から外を眺めている。「キ、キスくらいならいいぞ。軽いヤツな」「····子供じゃあるまいに」 気を遣って言ってやったのに、無下にするとは腹立たしい。「そうか、ならもういい。指一本触れるな」「わかりましたよ。······ヌェーヴェル」「なんだよ」 やらしい声で呼ばれたので、鬱々とヴァニルを見る。ヴァニルは恍惚な表情で俺を見て、滾らせたイチモツを見せつけてくる。「バ、バカか!! こんな所でナニおっ勃ててるんだ!」「シィー····声が大きいですよ。御者に聞こえてもいいんですか?」 唇に人差し指を当てて言う。無駄にエロい所為で、こっちまでその気にさせられてしまうじゃないか。「夕べ、途中で終えてしまいましたからね。で、どっちの口に欲しいですか? 今なら優しくしてあげますよ?」 俺の話を聞いていなかったのだろうか。いや、聞いた上での愚行か。 これに逆らったら、きっと御者に気づかれてしまう程度には激しく犯されるのだろう。そうなれば厄介だ。「······くそっ。資料に目を通さにゃならんから、し、下の口にしろ」 おずおずとヴァニルにケツを差し出す。到着まで1時間足らず。間に合うのだろうか。