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甘い血-4

Author: よつば 綴
last update Last Updated: 2025-03-21 06:00:00

 寂しさを紛らわせる為、ローズは薔薇を育て始めた。結婚前、ウィルが会う度に贈っていた思い出の花。名と瞳の色と同じ、紅い薔薇《ローズ》を。

 そして、ローズが丹精込めて育てた薔薇には、他とは決定的な違いがあった。それが原因で、この薔薇は特有の匂いを放っていたのだ。その匂いは、吸血鬼にしか嗅ぎ取れないもので、人間の俺やウィルには知り得ないものだった。

「彼の血液をね、薔薇に吸わせてみたの。なんとなく、本当にただ、なんとなく····」

 どちらかの血液だとは思ったが、やはりウィルのものだったのか。なるほど、俺にも嗅ぎ取れたわけだ。

 それは、ある可能性を秘めていると証明することになる。認めたくはないけれど、現に俺にも嗅ぎ取れてしまったのだから。まぁ、それは追々考えるとしよう。

「主人から採取していた血液を飲んで、グラスに残った数滴を水に混ぜたの。薔薇《はな》に想いを馳せてしまったのかしらね。薔薇を彼だと思って、大切に育てたかったのかもしれないわ」

 と、ローズは言った。どういう原理なのかはわからないが、水やりの時にウィルの血液を少し垂らした水をやると、甘い“恋の成分”の匂いがするのだそうだ。

 何はともあれ、これで研究が飛躍的に進展する筈だ。

 ローズのそれは病と言っても、吸血を我慢しすぎた所為で摂食障害を起こしているだけなのだ。彼女が、ウィルを守る為に食事を拒んだ結果だ。

 分家の人間の血液生成能力は、本家に比べればかなり劣る。食事として吸血を続ければ、ウィルの体には相当な負担がかかるだろう。

 従来ならば、本家の血筋の者を充てがうのだが、ローズが頑なにウィル以外の血は吸わないと言い張ったのだ。それならば作ろうと相成ったわけだ。ローズの病は、血液を充分に摂れば治るものらしい。

 ウィルの血は、血液過多になるのを防ぐため採血したものしか飲まない。ローズが、ウィルを危険に晒さないため、固く心に決めた事なのだ。

 そもそも、吸血鬼といえど普通の食事を食べられないわけではない。ただ、味を感じず栄養にもならないので必要がないのだとか。まったく、厄
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    「そうかそうか、なら話は早い。ヴァニル、お前だろ? ヴェルの相手してんの」「はぁ····そうですが」「俺にも喰わせろ」 タユエルはニタッと笑い、圧《プレッシャー》を掛けて言った。一瞬たじろいだヴァニルだったが、すぐに毅然とした姿勢で断る。「いくらタユエルさんの頼みでも、それは承服致しかねます」「ハッ····頼んでんじゃねぇだろ。喰わせろつってんだよ、なぁ?」 タユエルは、ヴァニルの肩を壁に押さえつけると、もう片方の手で俺の首を掴み牙を見せた。「なっ!? タユエル····どうしたんだ!? 来た時から様子がおかしいとは思っていたが、何かあったのか」「や~、別にこれと言ってねぇけどな。お前がイイ匂いふり撒きながらウチに来る度によぉ、溜まるんだよ、色々とな」「はぁ!? 甘い血の匂いか? 俺にはわからんのだから仕方ないだろ! 溜まるって何が····あぁ!! 今まで誘ってたのって本気だったのか」 タユエルとヴァニルの溜め息が地下にこだました。「ヌェーヴェル、タユエルさんにも狙われてたんですか。この人、昔は手当り次第好みの人間を食い散らかしていたんですよ。よく無事でいられましたね」「俺だって理性くらいあるわ。流石に、ヴァールスに手を出すと厄介な事くらいわかってるっつぅの」 脳筋なのだと思っていたタユエル。意外と冷静にものを考えられるのだと感心してしまう。「だと思ってたから、ずっと揶揄われているだけだと思ってた。まぁ、タユエルも吸血鬼だからな。いつ理性が飛んで襲われるかわからんから、常に警戒はしていたが」「そっちの警戒だったのかよ。お前、鈍感だとか言われねぇか?」「言われた事はない。俺は鈍感じゃないからな」 自慢じゃないが、母さんには気が利くとよく褒められた。それに常日頃、細事にも気を配っているつもりだ。

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     ほとんど眠れずに、俺はタユエルの店へ赴く。人使いの荒い父さんから、先日の銃を仕入れてこいと仰せつかったのだ。「ヴァニル、相手が俺に何を言おうと、たとえ何をしようと、絶対に口も手も出すなよ」「事と次第によりますよ。それより貴方、あんな事の後でよく私を護衛につけましたね」「これは仕事だ。私情は挟まん。だから、馬車《ここ》でシようとか考えるなよ。約束は今夜だろ」 俺は書類に目を通しながら言った。チラッとヴァニルを見ると、むくれた顔で窓から外を眺めている。「キ、キスくらいならいいぞ。軽いヤツな」「····子供じゃあるまいに」 気を遣って言ってやったのに、無下にするとは腹立たしい。「そうか、ならもういい。指一本触れるな」「わかりましたよ。······ヌェーヴェル」「なんだよ」 やらしい声で呼ばれたので、鬱々とヴァニルを見る。ヴァニルは恍惚な表情で俺を見て、滾らせたイチモツを見せつけてくる。「バ、バカか!! こんな所でナニおっ勃ててるんだ!」「シィー····声が大きいですよ。御者に聞こえてもいいんですか?」 唇に人差し指を当てて言う。無駄にエロい所為で、こっちまでその気にさせられてしまうじゃないか。「夕べ、途中で終えてしまいましたからね。で、どっちの口に欲しいですか? 今なら優しくしてあげますよ?」 俺の話を聞いていなかったのだろうか。いや、聞いた上での愚行か。 これに逆らったら、きっと御者に気づかれてしまう程度には激しく犯されるのだろう。そうなれば厄介だ。「······くそっ。資料に目を通さにゃならんから、し、下の口にしろ」 おずおずとヴァニルにケツを差し出す。到着まで1時間足らず。間に合うのだろうか。

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