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黙って聞いてろ-1

Author: よつば 綴
last update Last Updated: 2025-04-28 06:00:00

 約束の夜。全員が俺の部屋に集まった。

「結論から言う。俺は、お前たちの中から1人を選ばん。全員、俺のモノでいろ」

 俺が高らかに言い放つと、ヴァニルとノウェルは予想通りと言った顔で項垂れた。ノーヴァは呆気にとられた顔で口をパクパクしている。餌を待つ魚か。

 そして、黙って聞いていると約束していたイェールが喚き始めた。

「アンタ本当に狂ってんのか!? どれだけ欲張りなんだよ! ふっざけんなよ····ノウェルさんだけは渡さないからな!!」

「イェール、黙って聞いてろ。できないなら追い出すぞ」

 俺の言葉を受けて、ヴァニルがイェールを睨む。

「······クソッ!!」

 なんと説明すれば良いものか、俺だってそれなりに悩んだのだ。しかし、ノウェルに言われて“恋”だと知った時点で、俺の中では結論が出ていたのだと思う。

 結論が出ているものに、思い悩むのは性に合わない。

「お前らが俺を想ってくれている事は、正直嬉しかった。けど、俺はノウェルに言われるまで、恋というものが分からなかったんだ。その····症状に当てはまっていて初めて、お前らに抱いていた感情に“恋”という名がある事に気がついた」

「症状って、ヴェル····病気か何かだと思ってたの?」

 ノーヴァが憐れむような目で俺を見て言った。

「恋なんて病気みたいなものだろう。鼓動が早まったり身体が熱っぽくなったり、息苦しくなったり情緒が不安定になるんだぞ。まともな状態じゃない」

 俺の意見に首を傾げるノーヴァ。俺は、何かおかしな事を言っているのだろうか。

「そう····だね? ねぇ、人間って皆こんなにバカなの? ノウェルは人間の中で生きてきたんでしょ? 人間っ

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     集まった視線に、俺は直観的な苛立ちを覚えた。「な、なんだよ」「お前がそれ言うの? ヘタしたら、ヴェルが誰よりも我儘だし欲深いよ」「そりゃまぁ、俺だしな。それくらいの気概がないと、ヴァールスの名を継ごうなんて思わないだろ」 俺の言葉に、全員が耳を疑ったらしい。揃いも揃って、イイ面がマヌケに口を開けている。「貴方、もしかしてまだ継ぐ気なんですか? てっきり、私たちを選んだ時点で諦めたものとばかり····」「諦めてたまるか。嫁の件は父さんに上手く言って白紙に戻した。子供の事は追々考えるからいいんだよ」「そういえば、よくあのパパさんを言いくるめられたよね。なんて言ったの?」「····内緒だ」 うまい言い訳が思い浮かばず、バカ正直に『好きな人ができたから見合いは無かったことにしたい』と、子供の駄々みたいな理由を告げただなんて言えるか。しかし、あのクソ親父がよくそれで許してくれたなと俺も思う。 正直、もう出家覚悟で言ったのだ。それだけは、絶対にこいつらにはバレないようにしなければ。「貴方が言いたくないのなら聞きません。私達を優先してくれた事実だけで充分です」「そうだね。まぁ、ボクは暇だし、我儘坊やの復讐手伝ってあげてもいいよ」「私も、協力しますよ」「あぁ、頼りにしてるよ。って··おいこらノーヴァ、誰が我儘坊やだ!」 ノーヴァとヴァニルに手伝ってもらえば、いとも容易く父さんを屈服させられるだろう。勿論、物理的に。ヴァニルの場合、まずは容赦なく精神的に殺《ヤ》りそうだ。 協力してもらえるのは助かるし、頼りにしているのも本心だ。けれど、なんだこの漠然とした不安は。 この2人の際限のなさ故だろうか。あまり関わって欲しくないのが正直なところだ。「あの、ちょっといいですか。ヌェーヴェルさんに聞きたいんですけど」「なんだ、イェール」「その復讐ってのを達成したら、アンタは吸

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   黙って聞いてろ-2

     説明を終えるなり、ノーヴァとイェールに笑われた。ノウェルはふんぞり返って鼻を高くしている。「ヌェーヴェルには僕が色々教えてあげるよ。心の機微を、こいつらが教示できるとは思えないからね」「ボクだってできるよ! 人間の事はローズに教えてもらったからね」「こら、人様の母君を呼び捨てにするんじゃない。失礼だろうが」 やはり、ノーヴァはノーヴァだ。まだまだ礼節を弁えきれていない。所詮、余所行き用の付け焼き刃と言ったところか。「ちぇー····人間ってなんでそういうトコ煩いの? 面倒だなぁ」「ノーヴァがガサツ過ぎるんですよ。誤解のないように言っておきますが、吸血鬼が皆、ノーヴァのようにガサツな訳ではありませんから」 知っている。ローズやブレイズ、ヴァニルのように礼儀正しい者が多い事は。 それは人間とて同じ事だ。住む環境や性格によるところだろう。「お前を見てたらわかるよ。ノーヴァのもまぁ、度を越さなきゃ可愛いもんだしな」「えへへ。ねぇヴェル、ひとつ聞いておきたいんだけど」「なんだ?」「ヴェルはさ、子供のボクと大人のボク、どっちが好き?」 究極の選択じゃないか。愛らしい子供の姿で背徳感を感じるか、大人の姿でヴァニルとは違った美形に支配されるか····なんて言うと図に乗るのだろう。とてもじゃないが、正直な気持ちは伝えられない。「子供で充分だ。大人になるのは禁止だしな。お前ら3人に血を吸われる俺の身にもなれよ」「それぞれ遠慮してるじゃありませんか。ちゃんと“不死の吸血”の約束は守っていますよ」「当然だ。俺が死んだら元も子もないだろうが。そうだ。イェールはノウェルの血を飲むのか?」「許した憶えはないんだけどね、興奮すると時々吸われるよ。嫌かい?」「嫌だな。けど、ヤッてる最中だけは許してやる」「随分と寛大なんだな。ノウェルさんがアンタに執心してるからって余裕じゃないか」「あぁ

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   黙って聞いてろ-1

     約束の夜。全員が俺の部屋に集まった。「結論から言う。俺は、お前たちの中から1人を選ばん。全員、俺のモノでいろ」 俺が高らかに言い放つと、ヴァニルとノウェルは予想通りと言った顔で項垂れた。ノーヴァは呆気にとられた顔で口をパクパクしている。餌を待つ魚か。 そして、黙って聞いていると約束していたイェールが喚き始めた。「アンタ本当に狂ってんのか!? どれだけ欲張りなんだよ! ふっざけんなよ····ノウェルさんだけは渡さないからな!!」「イェール、黙って聞いてろ。できないなら追い出すぞ」 俺の言葉を受けて、ヴァニルがイェールを睨む。「······クソッ!!」 なんと説明すれば良いものか、俺だってそれなりに悩んだのだ。しかし、ノウェルに言われて“恋”だと知った時点で、俺の中では結論が出ていたのだと思う。 結論が出ているものに、思い悩むのは性に合わない。「お前らが俺を想ってくれている事は、正直嬉しかった。けど、俺はノウェルに言われるまで、恋というものが分からなかったんだ。その····症状に当てはまっていて初めて、お前らに抱いていた感情に“恋”という名がある事に気がついた」「症状って、ヴェル····病気か何かだと思ってたの?」 ノーヴァが憐れむような目で俺を見て言った。 「恋なんて病気みたいなものだろう。鼓動が早まったり身体が熱っぽくなったり、息苦しくなったり情緒が不安定になるんだぞ。まともな状態じゃない」 俺の意見に首を傾げるノーヴァ。俺は、何かおかしな事を言っているのだろうか。「そう····だね? ねぇ、人間って皆こんなにバカなの? ノウェルは人間の中で生きてきたんでしょ? 人間っ

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