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第1129話

作者: 北野 艾
詩織は首を横に振り、それから縦に頷いた。何も言わず、ただ彼の腰に回した腕の力をさらに強める。

夜風がまだ冷たく吹き付けていたが、彼の腕の中だけが、世界で唯一の安全な場所だった。

柊也の大きなコートが彼女を隙間なく包み込んでいる。

「こんな夜更けに、俺に会いたくなったのか?」

詩織は彼の胸に顔を埋めたまま頷き、またもどかしそうに首を振った。

彼が低く笑うと、胸の震えが彼女の額に直に伝わってくる。

「で、会いたかったのか? それとも会いたくなかったのか?」

彼女は答えず、彼のシャツに顔をすり寄せた。

しばらくして、子猫の甘えた鳴き声のような、か細い声が漏れた。

「……会いたかった」

柊也は掌で彼女の腰のくぼみを絶妙な力加減で揉みしだき、さらに深く自分の腕の中へと引き寄せた。

「じゃあ、車に入るか? ん?」

詩織は慌てて、悪戯をしようとする彼の手を強く押さえた。

「……そういう意味じゃないの」

頭上から降ってくる笑い声はさらに深みを増し、どこまでも甘やかそうとする響きを帯びていた。

「なら、どういう意味だ?」

吹き荒れていた風の音が、ふっと弱まった。

詩織は
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  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1124話

    「ちょっ、母さん!人に見られたら恥ずかしいだろ、勘弁してくれ!」譲が情けなく命乞いをすると、悦子はしぶしぶ手を止めたものの、腹の虫はまだ治まらない様子だった。「……あんた、昨日の夜、汐莉ちゃんと喧嘩したわね?」探るような母親の問いに、譲の顔からすっと笑みが消えた。「ああ」とだけ短く肯定する。「ここ数日、ずっと考えていたのよ。この縁談、いくらなんでも急ぎすぎたんじゃないかって」二人が出会ってから婚約に至るまで、わずか半年しか経っていない。その間も、向こうの家族がやたらと結納を急かしてくることに、悦子は内心不信感を抱いていた。さらにこの数日で、悦子の耳には少しばかり気になる情報も入ってきていた。だからこそ、この機会に息子の意思をはっきりと確認しておきたかったのだ。「それにね、あの子の生い立ちや実家のこと、ちゃんと調べた上で決めたの?」「……いや」譲は包み隠さず認めた。そもそも最初、汐莉に目を留めた理由――それは単に、容姿が詩織に似ていたから、というだけだったのだから。悦子は周囲を気にしながら、ぐっと声を潜めた。「……噂で聞いたのだけれど。汐莉ちゃんは、愛人の子らしいわね。私がそういう出自の人間をどれほど憎んでいるか、あんたも知っているでしょう?」悦子は何も、汐莉という個人を目の敵にしているわけではない。「愛人の子」という存在そのものに、生理的な嫌悪感を抱いているのだ。それは、悦子自身が過去にどれほど深い傷を負わされたかに起因している。悦子の父親は、元々は母方の実家である名家・一条家に婿入りした身だった。一条家の莫大な資金と人脈を利用して会社のトップにのし上がった後、恩を仇で返すように外に愛人を作り、隠し子まで設けたのだ。母の一条澄子(いちじょう すみこ)は悦子を出産した際、大出血を起こして子宮を摘出しており、二度と子供が産めない身体になっていた。そのため、一条家の跡取りは一人娘の悦子だけだった。結婚前、父親は「生まれてくる子供には一条の姓を継がせる」と固く約束していた。しかし、権力を握った途端にその約束を反故にし、外で作った腹違いの姉弟を勝手に認知したばかりか、愛人やその息子を一条家のグループ企業に次々とねじ込み、実家の財産や経営権を丸ごと乗っ取ろうと企んだのだ。最終的に、母の澄子は一条の家と会

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