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第598話

Auteur: 北野 艾
追い打ちをかけるように、『エイジア・キャピタル』の海外事業でトラブルが発生したという。

柊也がサミットを中座して海外へ飛んだのは、その対応のためだった。

つまり、今の国内に残された問題は、すべて志帆ひとりで背負わなければならない。

帰国してからというもの、何をやっても裏目に出る。

順調なのは柊也との愛だけ。それ以外はすべてが泥沼だ。

だからこそ、『パース・テック』の上場だけは絶対に成功させなければならない。

これが最後の砦なのだから。

コール音が虚しく響き続ける。

呼び出し音の回数だけ、志帆の心が冷えていく。

もう切れるかと思ったその時、ようやく通話が繋がった。

「……はい」

「二階堂さん! やっと出てくれた……」沈みかけた心に、パッと明かりが灯る。

「ああ、悪い。寝てたんだ。どうした?」寝起き特有の気だるげな声だ。

「あの、お会いできませんか?出資のことで、少しお話がしたくて」

澪士は少し間を置いてから、短く答えた。

「いいよ」

送られてきた住所は、彼が滞在しているホテルのスイートルーム。

志帆の瞳に、暗い決意の色が宿る。

クローゼットの奥から、以
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