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それからしばらくして、地方裁判所で一審の判決が下された。真梨乃は、不同意性交等未遂の教唆、傷害、証拠隠滅などの罪により、懲役5年の判決を受けた。美也子は共犯として、懲役3年の判決を受けた。買収されていた警備員や担当医らも、それぞれ処分を受けた。判決が下されたその日、真梨乃はついにあの哀れっぽい仮面をかなぐり捨て、被告人席から私に向かって叫び声を上げた。「佳乃!あなたが私を壊したのよ!死んでも呪ってやるから!」美也子は最後に一度だけ私を見て、唇を動かしかけたが、謝罪の言葉らしきものは、結局最後まで出てこなかった。裁判所の正面玄関を出ると、日差しがまぶしかった。手をかざして目を庇いながら、ふと、この7年間がひどく長く、そして悪い夢だったように思えた。拓朗が外で待っていた。黒いスーツに身を包み、目の下には濃いくまができていて、何日もろくに眠れていない様子だった。「株価が40パーも暴落してさ、大口の株主も何人か手を引いた」彼は自嘲するように笑った。「これも、報いなんだろうな」私は無表情のまま彼を見た。彼は探るように尋ねてきた。「佳乃、もし最初からお前を騙していなかったら、俺たちは……」「もしも、なんてない」私は彼の言葉を遮った。「拓朗、7年前、あなたが私を騙すと決めたその瞬間に、私たちの結末はもう決まっていたの」その後のことは、人づてに聞いた。拓朗の会社は、さらに大きな不祥事に見舞われたらしい。警察が真梨乃の事件を調べる過程で、拓朗が起業したばかりの頃の一件をきっかけに、別の不正まで次々と浮かび上がった。不正入札、贈収賄、競合他社への脅迫。積み重なった不正が、ドミノ倒しのように明るみに出ていった。拓朗が任意同行を求められ、事情聴取を受けることになった日、私はそのニュースをたまたま目にした。けれどその頃にはもう、私は遠く離れた小さな町に移り住んでいた。真梨乃は服役3年目に末期がんが見つかり、刑の執行停止を申し立てた。母はあちこちから金を借りて彼女の治療費に充てていたが、結局助からず、ある冬の日に息を引き取った。美也子は出所後、私を訪ねてきた。私のマンションの下で、丸一日立ち尽くしていたらしい。顔を合わせた美也子は、しばらく何も言わず、ただ1冊の通帳を私の手に押しつけてき
取調室で向かい合った美也子には、あの日の落ち着きなど微塵もなかった。化粧が崩れるほど泣きじゃくっていた。「私は何も知らないの!真梨乃の言葉を伝えただけで、彼女が何をするつもりだったかなんて知らなかった!あの男たちだって真梨乃が連絡を取った人たちで、私はただの仲介役よ!」彼女は私に向かって、鼻水と涙でぐしゃぐしゃの顔のまま訴えた。「よしのちゃん、私たち十数年来の親友じゃない!こんな冷たい真似、しないでよ!昔あなたが私を助けてくれたこと、ちゃんと覚えてる。感謝してるし、あなたを陥れたかったわけじゃない。でも真梨乃が、協力すれば副社長にしてくれるって約束したの。私、何年もずっと頑張ってきて」言葉はどんどん支離滅裂になっていった。彼女を見つめながら、目の前にいるこの人が、急にひどく見知らぬ他人のように思えた。十数年の友情も、副社長という肩書きの前では、こんなにもあっけなく崩れるものなのか。真梨乃の件はもう少し複雑だった。彼女のうつ病の診断書は偽造されたもので、薬物混入と不同意性交等未遂の教唆の証拠は完全に揃っていた。そして、病院の防犯カメラ映像に残された空白も、重要な裏付けのひとつとなった。警察が捜査を進めると、映像を改ざんした警備員が突き止められ、彼の口から真梨乃の指示があったことが明らかになった。事件の捜査が本格的に進み始めた頃、拓朗が私を訪ねてきた。数日会わなかっただけなのに、彼の目は落ちくぼみ、顎には無精髭が伸びていた。「佳乃、話せないか」私は答えなかった。拓朗の目に、一瞬悲しみのようなものが過ぎった。「お前を騙して、利用したことは認める。でも、傷つけようと思ったことは一度もない。郊外の別荘に住まわせたのは、確かに俺を狙う人間がいたからだ。だが、それも含めて多くのことは真梨乃が仕組んでいた。後で調べて事情が分かった頃には、彼女はうつ病だと言い出していて、うちの両親も真梨乃の両親のことでずっと負い目を感じていて、彼女と結婚するよう俺に迫ったんだ。あの頃は、うまく演じ続ければ、お前には一生知られずに済むと思ってた」しばらく沈黙が続いたあと、私は口を開いた。「つまりあなたは、真梨乃が何をしているか、ずっと前から知っていて、見て見ぬふりをしていたのね」拓朗の喉が動いたが、否定はし
1週間後、拓朗の会社では毎年恒例の謝恩パーティーが予定されていた。会場は都心のインターコンチネンタルホテルで、シャンデリアがまばゆい光を放っていた。私は招待客に紛れて会場に足を踏み入れた。遠目に、拓朗が真梨乃の腕を取ってメインテーブルのそばに立ち、取引先の何人かと談笑しているのが見えた。真梨乃は今日、シャンパンゴールドのドレスに身を包み、まるで拓朗の妻であるかのような佇まいだった。うつ病を患っているようには、とても見えなかった。美也子がグラスを手にその傍らに寄り添い、時折真梨乃の耳元で何かを囁いては、ふたりで顔を見合わせて笑っていた。母もそこにいた。隅のテーブルで親戚たちと談笑しながら、どん底に突き落とされた娘がいることなど、すっかり忘れてしまったかのようだった。私は深く息を吸い、人混みをかき分けてメインテーブルの方へ進んだ。周囲の人々が私に気づき、一様に信じられないという表情を浮かべた。「佳乃?」真っ先に口を開いたのは美也子だった。「どうやって入ってきたの?」私は微笑んだ。「あら、この会場に入っちゃいけない決まりでもあるの?」周囲でざわめきが広がり、取引先の何人かが興味深そうにこちらへ視線を向けた。拓朗の顔色が曇り、低い声で言った。「佳乃、話があるなら後にしてくれ。今日は会社にとって大事な場だ……」真梨乃がすかさず拓朗の腕にすがりつき、優しい声で言う。「佳乃、あなたの気持ちは分かるけど、今日はさすがに場違いよ。あの1億円のことなら、明日改めて時間を取りましょう?」その声はどこまでも柔らかく、周りの人には、駄々をこねる妹を優しくなだめる姉のようにしか見えなかっただろう。私はそれを聞き流し、バッグから小さなブルートゥーススピーカーを取り出して、再生ボタンを押した。会場が一瞬で静まり返る。あの日、拓朗と真梨乃が交わしていた会話が、何の前触れもなく、その場にいた全員の前で流れ始めた。美也子が飛びついてスピーカーを奪おうとしたが、私はさっと身をかわした。「音源はバックアップも取ってあるから。奪っても無駄よ」拓朗が私を見つめる。「あの男たちは、本当にお前を……」私はゆっくりと、ドレスの左肩を少しだけずらした。鎖骨の下には、まだ完全には消えていない痣と引っかき傷が残っ
警察はすぐに廊下の防犯映像を確認した。けれど画面に映っていたのは、私がひとりで倉庫のドアを開けて中に入っていく姿だけだった。女性警察官が眉をひそめる。「本当に……金川美也子があなたを閉じ込めたというのですか?」全身が凍りつくような感覚に襲われながら、私は画面を睨みつけた。「そんなはずない。映像が改ざんされてる」警察は病院の防犯カメラの記録を調べたが、事件が起きた時間帯にちょうど15分間の空白があり、システムエラーとして処理されていた。血液検査の結果もすぐに出た。私の血液からは、薬物の成分は一切検出されなかった。まるで、私が自分で仕組んだ狂言のようだった。警察はやむを得ず、あの酔った男たちだけをひとまず署に連行した。拓朗の顔つきが底知れぬほど険しいものになった。彼は打ちひしがれた様子の真梨乃をしっかりと抱き寄せ、心底失望したような目で私を見た。「佳乃、いったいいつまで騒ぎ続けるつもりだ。真梨乃はうつ病なんだぞ。お前まで精神的におかしいふりをするつもりか?どうしてこんな人間になったんだ」彼は私を見ようともせず、真梨乃を抱いて病室へと戻っていった。周囲に集まった人々は皆、私を指差しながら、私が従姉を陥れようとしたのだと決めつけていた。野次馬が少し引いた頃、美也子がわざとらしく人だかりを追い払い、私を助け起こした。「ごめんね、よしのちゃん。真梨乃のほうが拓朗さんを喜ばせるのが上手なんだもの、仕方ないでしょ。私は拓朗さんの秘書。奥様として認められているのは真梨乃なんだから、彼女に従うしかないの。まさか、私のこと恨んだりしないよね?」私は軽く笑ってみせた。「……恨まないよ」美也子が立ち去った後、私はボイスレコーダーをそっとしまい込み、警察署へ向かおうとした。だがその途中、角を曲がったところで、真梨乃と拓朗が抱き合っている姿を目にしてしまった。込み上げる嫌悪感に、一刻も早くその場を離れたくなった。「拓朗、まさか今さら情が移ったんじゃないでしょうね?最初の約束通り、あの人を囮にするだけだったはずよ。あなただって、ちゃんとやり遂げてきたじゃない。これで佳乃が真相を知ったのなら、むしろ好都合ね。ずっと芝居を続けなくて済むもの」私は足を止め、こっそり物陰に隠れた。真梨乃が拓
頭の中で、ぶんと鈍い音が響き、何かが完全に砕け散ったような気がした。母が警察に説明する。「私はこの子の母親です。娘は今、精神的に少し不安定で、記憶が混乱しているんです」美也子はすぐさま俯き、いかにも傷ついたように装った。「おばさん、私のことはいいんです。よしのちゃんが私を信じてくれないなら、何を言っても信じてもらえませんから……」母は彼女の手を握った。「美也子ちゃん、気にしないで。佳乃は今、正気じゃないの。落ち着けばきっとわかってくれるから」その光景を目の当たりにして、胸の奥を鋭い刃物でえぐられるような痛みに襲われた。この人は、私を産んだ実の母親のはずだ。事の真相を知っていながら、平然と手のひらを返し、罪をすべて私に押しつけている。女性警察官は眉をひそめ、その場にいる人々を順に見回すと、最後に私に視線を止めた。「あなた、本当にこのまま被害届を出すということでよろしいですか?」私が口を開きかけたその時、母が先に叫んだ。「出しません!全部身内のことですから!大事にしないでください!」私は毛布をきつく握りしめ、一言一句、はっきりと告げた。「私は届け出ます。真梨乃が私の飲み物に薬を入れたことと、男たちをけしかけて私に性的暴行を加えさせようとしたこと。それに、美也子も傷害の共犯として届け出ます」美也子の顔から一瞬で血の気が引いた。母は焦って私の腕を掴んだ。「佳乃!あんた、頭がおかしくなったの?真梨乃はまだ病床にいるのよ。あの子を死に追いやるつもり?」私は聞く耳を持たなかった。「真梨乃が私に飲ませた水には、薬が入ってたんです。血液検査をすれば分かります」女性警察官の表情が引き締まり、後ろにいた同僚に頷いてみせた。「病院の廊下の防犯カメラ映像を確保して。通信記録も保全して。被害者を血液検査へ案内して」ちょうどその時、病室の方から弱々しい女の声が聞こえた。「佳乃……っ」その場にいた全員が振り返った。真梨乃が病衣姿で、今にも倒れそうな様子で立っていた。拓朗はほとんど反射的に駆け寄り、彼女を支えた。「なんで出てきたんだ?医者からは安静にしてろと言われてただろう」「大丈夫」真梨乃は私に目を向けた。「私を恨んでるのは分かってる。でも、どうしてここまでするの?」その声は小さ
倉庫のドアが蹴破られた瞬間、刺すような光が目に飛び込んできた。私は隅にうずくまり、破れた布を必死にかき集めて身を覆ったが、震えが止まらなかった。入ってきたのは警察だけではなかった。拓朗もそこにいた。彼の視線が私に落ちたとき、いつも冷静さを崩さないあの顔に、初めて明白な動揺が走った。「佳乃!」私はさらに壁際へと身を縮め、伸ばされた手を反射的に避けた。拓朗の手が、宙で止まった。警察官は眉をひそめながら室内を見回し、施錠されていたドアに目を留めると、低い声で尋ねた。「誰が、この鍵をかけたんですか」廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。母と美也子だった。母は室内の様子を目にした途端、目を赤くして駆け寄り、私を引き寄せようとした。「佳乃!これ、一体どういうことなの?」私は激しくその手を振り払った。「触らないで!」もうひとりの女性警察官がしゃがみ込み、毛布をそっと私の肩にかけてくれた。「怖がらなくて大丈夫です。もう安全ですから」毛布を強く握りしめると、身体には少しずつ力が戻ってきたが、身体の奥から込み上げてくる震えだけは、どうしても消えてくれなかった。拓朗は険しい表情で美也子へ視線を向けた。「これは、いったいどういうことだ」美也子の表情がわずかに揺らいだが、すぐに取り繕うような笑みを浮かべた。「ええと、よしのちゃんったら……さっきひどく取り乱していたから、何か衝動的なことをしないか心配で、ここで少し頭を冷やしてもらおうと思っただけなの。あの男の人たちのことは……私も知らないわ。他の患者さんのご家族か何かが、間違って入ってきたんじゃない?」言葉の端々から、言い逃れようとしているのがありありと見て取れた。私ははっと顔を上げ、怒りに燃える目で彼女を見据えた。「あの人たちを呼んだのは美也子よ。鍵をかけたのもあなた。それに、真梨乃が私に飲ませた水には薬が入ってたの……」「よしのちゃん!」美也子が甲高い声で私を遮った。顔には一瞬、動揺の色がよぎった。「あなた、ショックで混乱してるのよ。言ってることを真に受けないで。私がそんなことするわけないでしょう。十数年来の親友じゃない!」十数年来の親友。その言葉は、鈍い刃で最後に残っていた理性をゆっくり切り裂くようだった。思わず、乾い