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第二章 第19話 星神の坐す御山へ

Autor: 輪廻
last update Fecha de publicación: 2026-02-08 20:24:06

お風呂場で髪や身体を清めると、私は余所行きの洋服から本来の仕事着である巫女装束へと着替えました。

下着を和装下着に替えて、脱衣場の片隅に置かれた姿見の前で白足袋を履き、襦袢、白の小袖、緋袴の順で丁寧且つ素早く着用します。最後に後ろ髪を白い和紙で一つに結わえたら着替え完了です。

着替えを済ませ、洗濯物を洗濯籠に入れて脱衣場を出ると、完全武装した金剛さんが、無表情のまま佇んでいました。黒を基調とした隊員服の上から防弾ベストを着用し、手には標準装備の自動小銃。その他、拳銃やナイフも装備していました。

「……重ね重ねお尋ねして、真に申し訳ありませんが──その、本気なのですね……奏さま」

「はい、金剛さん」

私と二人で星降山へ行かないか──先刻そう誘われた金剛さんは当初、難色を示しました。【敷島】の手の者と遭遇するリスクは勿論、彼らがブービートラップを星降山の至る所に仕掛けている可能性が否定出来ないからです。

私が死ねば、その時点で任務失敗。金剛さんは責任を取らなければならなくなるので、可能な限り私を【敷島】の脅威から遠ざけたいと思うのは、【敷島】と遭遇しかねない状況を避けたがるのは、至極真っ当な考えと言えました。

しかし、星降山は裏御三家の調査対象に入っています。たとえ【敷島】の精鋭部隊が待ち構えていようと、彼らによって無数の罠が張り巡らされていようと、遅かれ早かれ足を踏み入れなければならない場所。そこに私が行こうと言うのですから、金剛さんは護衛として帯同する義務がどうしても生じます。

金剛さんも、それを理解していました。故に彼は、私の誘いに乗ってくれました。

「全く……最初から、私が断れない前提でお誘いを掛けてくるとは、中々に意地の悪い御方だ」

「ふふっ……そうかもしれませんね? でも、これでも結構譲歩した方なんですよ? 若し、和さんたちも一緒に連れて行くって言ったら……ほぼ間違いなく、金剛さんは私からの誘いを蹴ったでしょう?」

わざとらしく小首を傾げながら私が問うと、金剛さんは白い歯を見せてニヤリと笑いました。どうやら概ね、私の予想は当たっていたようです。

「否定はしません。鈴木二曹は兎も角、和と周防の両名は実戦経験が大いに不足していますから。今、あの二人を星降山へ帯同させるのは、【敷島】に活きの良い餌を与えるに等しい行為でしょうな」

「えぇ……だから私は、金剛さん··にお声掛けさせて頂きました。貴方は場数を踏んでいますし、変に人数が多い状態より、寧ろ少ない時の方が実力を遺憾なく発揮することが出来るタイプだと思いましたから」

「左様で──まぁ概ね、仰る通りではありますが。場数は兎も角、多対一の戦いが得意なのはそうですね」

赤い鼻緒の草履を履き、ミコトから貰った勾玉を首から提げ、これまたミコトから貰った横笛を懐に入れる。これで私の準備は完了です。

「さて──準備は出来ましたか?」

「はい──私は、何時でも行けます。金剛さんこそ、和さんや周防さん……それから鈴木さんには、事情は説明して頂けましたでしょうか?」

「えぇ、まぁ……貴方がお風呂で身を清めている間に。表向きは、全員で社務所を留守にしては良くないので、我々が星降山から戻ってくるまでの間、社務所に留まって周囲の警戒に当たって欲しいと言ってあります。それで構いませんか?」

「はい、OKです。では、行きましょうか──星降山へ」

こくりと頷きながら、私はそっと金剛さんの空いた手を握りました。金剛さんもまた、遠慮がちではありますが、私の手を優しく握り返してくれました。

現地入り初日──ちょっとした冒険の、始まりです。

◇◆◇◆◇

星降山──星を司る神・天津甕星を祀る神域。その入り口は、香々星神社から歩いて二十分と少し──薄暗い木々が周囲を覆い尽くし、鬱蒼とした山林を形成している中にポツンと、まるでそこだけ空間が丸ごと抉り取られたかのように開かれていました。巨大な鳥居が存在をこれでもかと誇示しており、見る者を容赦なく萎縮させます。

──"この先、星神の坐す神域につき、関係者以外の立ち入りを禁ずる"。

入り口の傍らには、何処か禍々しさすら感じさせる力強い字でそう書かれた立て札が設置されており、ご丁寧に立ち入り禁止のテープで以て、入り口そのものも厳重に封鎖されていました。

入り口の先にはどうやら不揃いな石段が組んであるようで、両側は鬱蒼と茂った藪となっているのか、ガサガサと何かが蠢く音が暗闇の向こうより聞こえてきます。金剛さんの言う通り、【敷島】がブービートラップを仕掛けるにはもってこいの場所と言えましょう。

「──見えている石段を道なりに登っていけば、中腹に築かれた天津甕星を祀る神殿、通称"香々星之宮《かがせのみや》"が見えてくる筈です」

「そこが、目的地という訳ですか。それはそうと、本当に宜しいのですね……奏さま? 時刻は午後八時と少し。時間帯的には、立派な夜間参拝です。貴方が香々星之宮から、何か変なモノを連れて帰らないと良いのですがね?」

悪戯っ子のように笑う金剛さん──しかし、彼の言うことは尤もです。夜間参拝は何かと危険を伴うもの……ほんの少しでも気を抜けば、金剛さんの言うように変な·を連れ帰ってしまう可能性を孕んでいます。

況してや、教官だった清治さん曰く、私は遍く神々に魅入られやすい特異体質。·······に魅入られないよう、相手が敵対的であれ友好的であれ、取り敢えず警戒するに越したことはありません。

「大丈夫です。行きましょう」

鳥居の前で丁寧に一礼し、立ち入り禁止のテープを潜ると、私は金剛さんと共に香々星之宮へと続く道を、所々が傾いでいる不揃いな石段を登り始めました。

幸いにも、【敷島】のブービートラップは仕掛けられていませんでした。その代わりに、四方八方から無数の視線が私と金剛さんに突き刺さります。

年端のいかない巫女姿の少女と、完全武装した黒ずくめの男。奇妙な組み合わせの二人組は、星降山に息づく神々にとって珍客と言っても過言ではない、正しく興味の対象となっていました。

木々の隙間から、青白い肌の少女がニタァ……と嗤いながら顔を覗かせていたり、木の枝に留まった巨大な鴉がけたたましく鳴きながら私たちを睥睨していましたが、私は無視を決め込み、黙々と歩を進めます。

彼らは皆、·······でした。駐車場で見かけた山椒魚に似た異形の怪物や、十年前に秋津に殺された私の····と同じ存在、所謂《いわゆる》下級神格と呼ばれる者たちです。

星降山に息づいているということは、或いは天津甕星の眷属なのかもしれません。手を出してくる様子はありませんでしたが、隙を見せたら何をしてくるか全く予想出来ませんから、無視を決め込むのが吉です。

「ふっ──ふっ──」

足場の悪さをものともせず、私は軽い足取りで石段を登ってゆきます。白足袋に草履……悪路を進むには全く以て不向きな履き物であるにも関わらず、です。それも、足元を殆ど汚すことなく。

若し時代が時代なら、その動きの軽やかさ故に、天狗や物の怪の類に間違われたかもしれません。かの有名な九郎判官義経も、牛若丸と呼ばれていた時分はこんな感じだったのでしょうか。そんなことを少し考えながら、私は器用に不揃いな石段を登り続けました。

「────」

それを見て、金剛さんは微笑ましそうに目を細めながら、私が迂闊に先へ先へと進まぬようにそっと手を握り締めてきました。手袋越しに、金剛さんの体温が薄らと伝わってきて……何時もの私だったら、不快に感じて手を振り払うこともあったのでしょうが──今回は不思議と、不快には思いませんでした。

相手が金剛さんという見知った顔なのもありますが、彼が私をあくまで庇護の対象としてしか見ておらず、性的な目では絶対に見てこない安心感というのが、やはり大きかったと思います。

実際、ブービートラップの他にも、死角からの不意打ちが来る危険性がありましたから、金剛さんとしては目の届く範囲に私を留めておきたかったのでしょう。私を見る目は完全に、手のかかる子を見る保護者のそれでした。

或いは、相応に場数をこなしてきたからこそ、相手にとって最も心地好い距離感を掴むのが容易になったのかもしれません。何にせよ、金剛さんの独特な距離感は私の心を和らげる不思議な魅力がありました。

「……あまり遠くへ行かれては困りますよ、奏さま。私とて人間ですから、貴方を護衛出来る範囲にも限度というものがありまして、ね?」

「ふふっ……はい、分かりました。では──」

足並みを揃えるのは確かに大事ですし、金剛さんとの絶妙な距離感を維持するのは存外心地好いもの。私は金剛さんの手を握り返し、彼の隣に立って一緒に石段を登ることにしました。

金剛さんは【敷島】から私を守り、私は·······から金剛さんを守る。互いに互いの不足を補い合い、互いに互いを脅威から守りながら、私たちは香々星之宮へと続く悪路を進みました。

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