Inicio / ホラー / 万有禊ぐ天津甕星 / 第二章 第18話 逢魔が刻に神は鳴き

Compartir

第二章 第18話 逢魔が刻に神は鳴き

Autor: 輪廻
last update Última actualización: 2026-02-04 22:16:11

その後、二、三度のトイレ休憩を挟み、私たちは鳴神山地の東端に位置する、海と山とに面した町……此岸町の香々星神社《かがせじんじゃ》に到着しました。

香々星神社は、依頼人の平坂さんが宮司をしていらっしゃる神社で、此岸町の中で二番目に大きな神社とのことです。御祭神は言わずもがな星を司る神・天津甕星。香々星とは天津甕星の·としての名前だと、平坂さんからそう伺っています。

日本書紀に於ける天津甕星は、"香々背男《カガセオ》"の名を持つ男神なのですが、鳴神山地では男神とは扱っていないようで、明らかに当て字であろう·の字を本来の·に戻し、名を呼ぶ際は"香々星《カガセ》"さまと呼称しているのだとか。

「────」

ワゴンから降り立つと、私は風に靡く自身の長い黒髪を右手で抑えながら、溜め息混じりに空を仰ぎ見ます。轟く雷鳴、慟哭する強風。渦を巻く巨大な暗雲が町全体の上空を覆い尽くし、遠目に見える雄大なる太平洋の水面には白波が立っているのが確認出来ます。

「……陰鬱って言葉が良く似合うわね、この町」

私に倣って空を見上げながら、和さんが何処か不安そうな様子でそう呟きます。周防さんや鈴木さんも似たような感想を抱いたのでしょう。依頼人の平坂さんがいる前で、ある意味失礼極まりない彼女の発言を、二人とも特に咎めようとはしませんでした。

左手首にはめた腕時計を、私はちらりと見やります。午後五時十五分……まだ、日の入り前です。にも関わらず、香々星神社は既に宵の口かと錯覚する程に暗く、周囲の光源と言えば精々、社務所内の電気の明かりか、雲の隙間より漏れ出る雷の煌めきくらいのものでした。

「────」

ふと……獣の唸り声が耳に届き、私は空を見上げることを止めて、声の聞こえた駐車場の出入り口へと流れるように視線を向けました。

そこに居たのは──山椒魚《サンショウウオ》を彷彿とさせる四足歩行の異形。黒みがかった身体のあちこちから人間の顔や手足を生やし、血を思わせる真っ赤な体液を滴らせながら、私たちの様子を窺っています。

彼の異形は·······の下級神格。上位神格ほどの強い力を持たぬが故、常に飢えた状態で更なる力を欲して彷徨い歩く哀れなる子。秋津に殺された····と、ほぼほぼ同じ存在です。

何か一つ、····との相違点があるとするならば、私や清さんに対し友好的だった····とは異なり、彼の異形は目につく全てを捕食対象として認識していることでしょうか。身体の表面に浮かび上がる人間の顔や手足……それらは全て、彼の異形に捕食されし犠牲者の成れの果て。彼は虎視眈々と、私たちを捕食する機会を窺っているのでした。

しかしながら、私たちが居るのは星を司る神・天津甕星を祀る香々星神社の敷地内。天津甕星とは敵対関係にあるのか、それとも天津甕星を本能的に恐れているのか。真相は不明ですが、どうやら彼の異形は神社の敷地内に足を踏み入れることが出来ぬ様子でした。

「──金剛さん」

私の目線から、駐車場の出入り口に··居ることを察したのでしょう。一声掛けただけで、彼は私の意図を汲んで即座に頷いてくれました。

「──分かりました。直ちに」

阿吽の呼吸とは、正しくこのことを言うのかもしれません。金剛さんは和さんたちに、手荷物を持って直ぐに社務所の中へと入るよう指示を出し、私たちに声を掛けるタイミングを逸して佇んでいた平坂さんに対し、今直面している生命の危機について説明しました。

最初は困惑していた平坂さんでしたが、私がずっと駐車場の出入り口に陣取る彼の異形の動きを注視しているのを見て、どうやら私の視線の先に本当に··が居るらしいと理解したようで、青ざめた顔で小さく頷きながら、私と金剛さんを社務所へと案内してくれました。

下級神格とは言え、彼らは八百万の神々の一柱。並の人間程度なら、容易く息の根を止められるだけの力は普通にあります。不可解な事故死や病死などは基本的に彼らの仕業です。安全圏に逃れるに越したことはありません。あのまま駐車場に留まっていれば、何らかの攻撃行動を取ったかもしれません。あの外見でも飛び道具を有する可能性はある。こと·······に関しては、見た目に騙されぬが吉なのです。

私たちが駐車場を離れて社務所の前まで逃れると、異形は何処か諦めたように顔を背けました。ひとまず、身の安全は確保されたと言って良いでしょう。

私は異形への警戒を解いて、敷地内をぐるりと見回します。御神体を祀る拝殿も、社務所も立派な造りの建物で、敷地内にはその他にも神楽殿まであります。見た限りでは、設備はかなり充実していました。

「奏さんや皆さんにはこれから、調査が終わるまでの間は社務所で寝食を共にして頂くことになります。私の家が皆さんに提供出来るだけの大きさがあれば、斯様なご不便をお掛けすることもなかったのですが……」

申し訳なさそうに頭を下げる平坂さん……それを見て私は、彼の言葉をやんわりと否定しながら、より深く頭を下げて感謝の意を伝えました。

「いえ、平坂さま。寧ろ、斯様な素晴らしい環境を用意して頂きましたこと……私たちの方こそ、平坂さまに感謝しなければなりません。有り難う御座います」

社務所を活動拠点として丸々貸し出してくれるだけでも有り難いのに、表向きは私や和さんを巫女として雇用し、住み込みの私たちのために光熱費負担までしてくれるのですから、感謝するなと言う方が無理な話です。せめて食費だけでも、自費出費にさせて欲しいくらいです。

そもそも……裏御三家に支払う依頼料だけでも、かなりの高額なのですから。平坂さんの生活が成り立たなくなってしまっては、本末転倒です。

私がそう言うと、平坂さんは私の手をそっと握りながら、優しく微笑みつつ首を横に振りました。

「……そう仰って頂けた。それだけで十分です。そのお気持ちだけ、有り難く受け取りましょう──奏さん。十五歳とまだまだ幼い貴方が、命を賭して危険なお役目に臨もうとしているのです。ですからどうか、私にも少しは無理をさせて下さい」

それでも、正直気が引けるのですが……金剛さんが平坂さん側に立って説得してきたこともあり、結局は光熱費に加えて食費まで、平坂さんに負担して貰う運びとなってしまいました。

「……調査任務を完遂した後、ご当主──宗一さまに頼み込んで、依頼料から食費と光熱費をそれぞれ、差し引いて貰えば宜しいかと。個人的には、ここで押し問答する時間ほど無駄で勿体ないものはないと思うのですが、奏さまは如何思われます?」

「…………」

金剛さんの言うことは尤もです。宗一さんなら、私の多少の我儘くらいならば、嫌な顔一つせずに聞いてくれるでしょう。それに日が照っていないので、季節は梅雨明け直後にも関わらず心做しか肌寒く、清さんのお下がりのカーディガンを羽織っていましたが、このままでは風邪を引いてしまいそうです。

「──では、また明日お会いしましょう。お疲れでしょうから、今日はゆっくりとお休み下さい」

「はい──平坂さんも、お気を付けてお帰り下さい」

私が手を振ると平坂さんも微笑ましそうに手を振り返し、私と金剛さんが見送る中、愛車のクラウンに乗り込んで帰宅しました。

駐車場前に陣取っていた異形に襲われないか心配でしたが、異形は平坂さんの運転するクラウンにはこれと言った興味関心を示さなかったので、取り敢えずは一安心と言ったところでしょうか。

「では、奏さま──」

金剛さんに促され、私が社務所に入ろうとした──その時でした。

「──っ!?」

突如として地面が激しく揺れ動き、私は大きくバランスを崩しました。異変に気付いた金剛さんが、咄嗟に手を引いて私を抱き寄せてくれなかったら、私はきっと石畳に後頭部を強く打ち付け、何らかの後遺症が遺る程の酷い怪我を負ったことでしょう。

その直後──

「────」

金剛さんの腕の中で震える私の耳に、鯨の歌を思わせる物悲しい鳴き声が届きました。此岸町は疎か、鳴神山地全体に響き渡る程の大きな鳴き声。だと言うのに、私を抱きしめている金剛さんや、社務所の中で揺れに狼狽えている和さん、周防さんたちには、天地を揺るがす程のその鳴き声が聞こえていないようでした。

しかしそれは、私にだけ聴こえる幻聴の類などではありません。揺れが始まり、鳴き声が耳に届いた際……私にははっきりと見えていました。

まるで何かに怯えたように、陣取っていた駐車場前から脱兎の如く逃げ出す、山椒魚に似た例の異形の後ろ姿が。

揺れは体感にして、凡そ十数秒程だったでしょうか。一際大きな鳴き声が、鳴神山地全体に響き渡ると同時……揺れはピタリと収まりました。

間違いない。今のは単なる地震などではなく、この地に眠る·······……その上位神格の顕現が近いことを報せる前兆に他ならない。鯨の歌のような鳴き声が揺れている間ずっと響いていたこと、鳴き声を聞いた下級神格が逃げ出したこと……それらを踏まえて、私はそう確信していました。

「……何処かお怪我は御座いませんか、奏さま?」

「……はい。私なら、大丈夫です。金剛さんのお陰で、ご覧の通り全くの無傷です。それよりも──」

先程揺れた際、鯨の歌を思わせる鳴き声が鳴神山地全体に響き渡ったことを金剛さんに伝えると、金剛さんはほんの少しだけ眉をひそめました。

「鯨の歌のような、物悲しい鳴き声……ですか。生憎と、そのようなものは、私の耳には届きませんでしたが……」

「そう、ですか……」

「……だからと言って、貴方が嘘を仰っているようには見えないし、幻聴の類とも思えない。果てさて、これから一体どうしたものか……」

ふむ、と金剛さんは右の親指を顎に軽く当て、何やら思案している様子でした。何時になく真剣な面持ちです。

そんな彼に、私は一つの提案を持ち掛けてみることにしました。彼ならば多分、乗ってくれると信じて。

「あの、金剛さん」

「……何か?」

一旦言葉を区切り、大きく深呼吸を一つすると、私は彼の顔を真っ直ぐ見据えながらこう言いました。

「──今夜、二人で星降山に登ってみませんか? 若しかしたら、何か得られるものがあるかもしれません」

Continúa leyendo este libro gratis
Escanea el código para descargar la App

Último capítulo

  • 万有禊ぐ天津甕星   第二章 第18話 逢魔が刻に神は鳴き

    その後、二、三度のトイレ休憩を挟み、私たちは鳴神山地の東端に位置する、海と山とに面した町……此岸町の香々星神社《かがせじんじゃ》に到着しました。 香々星神社は、依頼人の平坂さんが宮司をしていらっしゃる神社で、此岸町の中で二番目に大きな神社とのことです。御祭神は言わずもがな星を司る神・天津甕星。香々星とは天津甕星の個としての名前だと、平坂さんからそう伺っています。 日本書紀に於ける天津甕星は、"香々背男《カガセオ》"の名を持つ男神なのですが、鳴神山地では男神とは扱っていないようで、明らかに当て字であろう背の字を本来の星に戻し、名を呼ぶ際は"香々星《カガセ》"さまと呼称しているのだとか。「────」 ワゴンから降り立つと、私は風に靡く自身の長い黒髪を右手で抑えながら、溜め息混じりに空を仰ぎ見ます。轟く雷鳴、慟哭する強風。渦を巻く巨大な暗雲が町全体の上空を覆い尽くし、遠目に見える雄大なる太平洋の水面には白波が立っているのが確認出来ます。「……陰鬱って言葉が良く似合うわね、この町」 私に倣って空を見上げながら、和さんが何処か不安そうな様子でそう呟きます。周防さんや鈴木さんも似たような感想を抱いたのでしょう。依頼人の平坂さんがいる前で、ある意味失礼極まりない彼女の発言を、二人とも特に咎めようとはしませんでした。 左手首にはめた腕時計を、私はちらりと見やります。午後五時十五分……まだ、日の入り前です。にも関わらず、香々星神社は既に宵の口かと錯覚する程に暗く、周囲の光源と言えば精々、社務所内の電気の明かりか、雲の隙間より漏れ出る雷の煌めきくらいのものでした。「────」 ふと……獣の唸り声が耳に届き、私は空を見上げることを止めて、声の聞こえた駐車場の出入り口へと流れるように視線を向けました。 そこに居たのは──山椒魚《サンショウウオ》を彷彿とさせる四足歩行の異形。黒みがかった身体のあちこちから人間の顔や手足を生やし、血を思わせる真っ赤な体液を滴らせながら、私たちの様子を窺っています。 彼の異形はまつろわぬ神々の下級神格。上位神格ほどの強い力を持たぬが故、常に飢えた状態で更なる力を欲して彷徨い歩く哀れなる子。秋津に殺されたお友だちと、ほぼほぼ同じ存在です。 何か一つ、お友だちとの相違点が

  • 万有禊ぐ天津甕星   第二章 第17話 其は神話に非ず、其は史実なり

    「──では、粗方《あらかた》自己紹介も終わったことですし……今一度、調査対象である鳴神山地について概要や仔細を共有しましょうか。ねぇ……奏さま?」 金剛さんの一声で、和やかな雰囲気だった車内は一瞬にしてしん、と静まり返りました。車窓から望む景色も、目的地である鳴神山地が近付くにつれて、心做しかじわじわと薄暗くなってきているような……そんな気がします。 「そう、ですね……では、何から話しましょう?」 「……ふむ。我々には生憎、まつろわぬ神々を認識する術がありませんので……そうですな、歴史的視点と神話的視点から、鳴神山地がどのような場所なのか。それを、奏さまの口からお話頂ければと。鈴木二曹は兎も角、貴方をサンドイッチしている二人は、彼の地が如何に忌々しい場所なのか……それをまだ、理解していないようなので」 「分かりました。では、そのようにしましょう」 私はすうっと大きく深呼吸を一つすると、皆さんが聞き取りやすいように、努めてはきはきと喋ることを心掛けながら口を開きます。 「鳴神山地は嘗て、大和朝廷と蝦夷《えみし》とが相争う最前線に位置していました。蝦夷は大和朝廷に屈服しなかった現地民のことで、言語や文化も大和朝廷とは異なっていたと考えられています。中央集権を目指す大和朝廷にとっては正しく、自らに従わぬ異民族、言葉の通じぬ蛮族と言っても過言ではなかったでしょう」 「あー、聞いたことある。以前ドラマの主人公に抜擢されていたアテルイだっけ。あれも確か、蝦夷よね?」 和さんが食いつくのを見て、周防さんが人の説明を遮るなと聞こえよがしに彼女に苦言を呈します。ですが、興味を持って頂ける方が、話半分で聞き流されるよりもずっとずっと有り難いことです。 和さんの問いに対し、私は笑顔で頷きながら、 「はい。彼もまた、蝦夷の中の一部族を率いる長で、近年までは歴史上の悪役として有名でした。今は、アテルイ復権運動などで再評価が進んでいますが、反対に大和朝廷を悪逆非道な侵略者とする見方が生じてきたのは、少々行き過ぎているような気もします」 「ん、一部族? 蝦夷って、一つの民族じゃないの?」 「はい、難しいところですね……あくまで、大和朝廷側が敵対する現地民を蝦夷と呼称していただけですから。蝦夷側が統一されたアイデンティティや独自の民族意識を持っていたかどうか

  • 万有禊ぐ天津甕星   第二章 第16話 各々、ほぼ初対面につき

    ブラックホークで米軍の横田基地へと直行した私たちは、そこで依頼人の平坂さんと合流し、平坂さん先導の元、鳴神山地の東端──星降山の麓にある此岸町へと続く道を車で進み始めました。 平坂さんの愛車の後に、付かず離れずの車間距離を維持しながら五人乗りのワゴン車が続く。用意されたワゴン車が黒色でなかったことを、天に感謝するべきでしょうか。若し用意されていたのが、横田基地まで乗ってきたブラックホークと同じ、真っ黒なワゴン車だったら……平坂さんの愛車が白色のクラウンなこともあり、変に目立ってしまった可能性がありますから。 車窓から望む景色──それが急激に変化し始めたことを確認すると、それまで黙々と運転に集中していた運転手の金剛さんが、護衛の方々に挟まれる形で後部座席に座っている私に声を掛けてきました。 「……首都圏を抜けました、奏さま。この辺りで一度、今回の調査任務の趣旨……及び任務の詳細を今一度、皆で共有しておこうと思うのですが、如何でしょう?」 「そう、ですね。それでは──」 「待って下さい、小隊長。まずはお互い自己紹介からした方が良いのではないでしょうか。小隊長は兎も角、私たちは奏ちゃんのことを良く知りませんし。どんな人と一緒に仕事をするのか知っておいた方が、奏ちゃんも安心出来るのではないでしょうか」 横田基地を発った時からずっと私の隣に座っている、セミロングの黒髪が特徴的な若い女性の方が、何故か私を大事そうに抱きしめながら金剛さんに異を唱えます。 「えっと……その……私は、どうすれば……」 「……何方でも構いませんよ。和《なごみ》の言う通り、私と奏さまは面識がありますが──他は初対面です。奏さまも正直なところ、不安なのではないでしょうか」 途方に暮れていると苦笑混じりに、金剛さんが助け舟を出してくれました。 「えっと……では、私から……」 私の両隣に座る二人が、興味津々といった様子で一斉に私の顔を見てきます。二人とも、私よりは歳上で金剛さんより歳下の若い人たちです。 首から提げた勾玉……ミコトから貰った御守りをそっと握りしめ、緊張で浅くなりそうな呼吸を整えると、私は努めて笑顔を維持しながら自分のことを紹介しました。 「……今回、鳴神山地周辺の調査任務を担当することになりました、巫女の御陵 奏と申します。若輩者ゆえ、皆さまにご迷惑を何度

  • 万有禊ぐ天津甕星   幕間 第15話 秋津 日向

    血溜まりの中で力なく横たわる二人の少女……軽く手首を掴んでそれぞれの脈の有無を確認し、完全に事切れたのを確認すると、青年は──否、特務機関【敷島】の実働部隊の一つを率いる稀代の怪物・秋津 日向は淡々と部下たちに労いの言葉を掛ける。 「──阿呆を殺すのにも流石に、諸君もそろそろ慣れてきたとは思うが。強いストレスを感じた者は、遠慮なく名乗り出ると良い」 手を挙げる者は、誰一人としていない。皆、秋津に絶対の忠誠を誓い……そして、秋津の主君である"御上"こと神代 大和を信仰している。彼らなら、腐敗した日本国を在るべき形に戻してくれる、そのためならどれほど手を汚そうとも構わない。そんな、狂気とも言える忠義の心が表情から垣間見えた。 鳴神山にある旧軍施設に立ち入った者を失神させて星降山へと拉致・拘束……場合によっては殺害し、社に祀られているソレに捕食させる。鳴神山地に眠るまつろわぬ神々の上位神格……それを現世へと顕現させるために、彼らは幾度となくそれを実行に移してきた。 捕食させた数、殺した数は最早覚えていない。兎に角一人でも多く捕食させ、ソレが在りし日の力を取り戻すことに手を貸す……それに尽力しなければ。彼らはそれしか、考えていなかった。 犠牲者の多くは好奇心から、或いは自らの行動を動画などに挙げて自己顕示欲を満たしたいという、頭の足りない若者たち。腐敗せし日本国を形成するモノ。秋津たちからすれば彼らは塵以下の存在である。生かす価値も、生かしておく理由もない。 「──各々、持ち場に戻れ。供物の末路は、この私が見届けておく。諸君らは少しでも疲れを癒し、そして再び日常へと溶け込むのだ。良いな?」 「はっ──お疲れ様です」 秋津に敬礼をすると一人、また一人と闇に溶け込むように姿を消してゆく。数分もしないうちに、社の敷地内に残っているのは秋津と、事切れた少女二人のみとなった。 「────」 ナイフでズタズタに切り裂かれた少女たちの遺体は見るも無惨で、遺体の傍らには切除された舌や切断された手の指などが散らばっている。顔を狙わなかったのは、部下たちのせめてもの慈悲だろうか。それとも加虐心を増幅させるために敢えて顔は狙わなかったのか。 「…………」 どちらでも構わない、自分には何ら関係のないことだと考えるのを止めると、秋津は徐ろ

  • 万有禊ぐ天津甕星   幕間 第14話 星降る山にて血は舞い踊る

    鳴神山地──星降山。 空には暗雲が渦を巻き、時折閃く雷光が荘厳なる造りの社を照らす。昼間でさえ、本能的に死を連想してしまうその場所に、時刻が真夜中であるにも関わらず、中学生……或いは高校生くらいに見える、二人の少女の姿があった。 二人とも気を失っており、両の手首は後ろ手の状態で手錠により、両の足首は革製の丈夫なベルトによって念入りに拘束され、自力で立ち上がることが出来ぬようにされている。そんな状態で少女たちは丁度、社の目の前に横たえられていた。 何度目かの雷鳴が轟き、少女の一人が目を覚ます。 「ううっ……うぅん……」 寝惚けた様子で呑気な声を上げた彼女であったが、直ぐに自らの手足が拘束されていることに気付き、目に見えて慌て始める。 「えっ……? ええっ……!? 何、これ……?」 ポニーテールにした長い黒髪を振り乱しながら、困惑を隠せぬ様子で少女が取り乱していると、その声で目が覚めたか、気を失っていたもう一人の少女も呻き声を発した。 「うーん……えっ? 何これ……どうなってるの……?」 「その、声……葵《あおい》……? ねぇ、葵なの……?」 「……真由《まゆ》、ちゃん? 真由ちゃんだよね?」 互いに、自分の傍に居るのが親友だと気付き安堵したのも束の間、同時にそれだけでは自分たちの身に起きている異変が何ら改善されないことを認めたようで、少女たちは程なくして戸惑いと怯えから大きな声を出し、狂ったように身を捩る。 「い、いや……いやぁ……! 助けて、葵! 私、手足を縛られて動けないの!」 「無理だよ……! 私だって、両手両足を縛られてるし……そもそも、自分の身に何が起こっているのか、さっぱり分かんないんだから……!」 「そもそも……此処は何処なのよ! 私たち、鳴神山の旧軍施設跡地に肝試しに来た筈でしょ!? こんな場所、探索した時にはなかったのに……!」 「そんなの、知らないよ! 旧軍施設跡地の中を探索していたら、突然目の前に黒い影が──」 黒い影──そう、黒い影だ。それに頭を強く殴打されて以降の記憶が一切ない。黒い影が目の前に現れると同時、相手が何かを振りかぶり、激しい痛みと共に視界が暗転したのを少女たちは思い出した。 「黒い、影……あれって、人間なの……?」 「……分かんないよ。ほんとに、一瞬しか見えなかっ

  • 万有禊ぐ天津甕星   幕間 第13話 過日の栄光を求める者

    時は少々遡る── 日本国内某所──荘厳なる和洋折衷の大豪邸、そのある一室。士官服を纏った若い男が、机の上に並べられた写真をじっと見つめながら煙草を吹かしていた。 男の傍らには、黒いビジネススーツをぴったりと着こなした若い女性秘書が分厚い書物を携えて佇んでおり、強ばった表情で男の顔色をちらちらと窺っている。 よく見るとベージュ色のストッキングに包まれた細い脚は、まるで生まれたての仔鹿が如く震えている。部屋の中が寒い訳ではない。部屋の中は弱冷房……ほんの少しだけ涼しいと思える、程よい塩梅となっていた。 では何故、震えが止まらないのか。彼女はその答えを既に持っていた。自らの仕える主君が……彼があまりにも恐ろしい存在だから、恐怖で震えが止まらないのだと。 そう──彼女が仕える主君は、青年将校の姿をした何者か。人であって人でない、そんな歪な存在だった。 「────」 怯える秘書には目もくれず、男は優雅に煙草を嗜みながら、写真の一枚一枚に目を通してゆく。 ふと、何者かの視線を感じ、女性秘書は一際大きく身を震わせた。この部屋には今、自分と主君の二人しか存在していない。主君は写真に目を向けており、自分には一瞥すらしていない。 では、この視線の主は誰だと言うのか。女性秘書は恐る恐る、視線を感じる場所へと目を動かした。 そこにあったのは、一枚の姿見だった。しかしながら、何かが可笑しい。 違和感の正体に気づいた時……女性秘書は戦慄した。 部屋の片隅に置かれたその姿見……男は全くと言って良い程そちらへは顔を向けていないのだが、何と姿見の中に映し出された彼はしっかりと、姿見の方へと顔を向けていたのである。 感情の籠っていない虚ろな目──それが、自分を入念に観察していると気付き、まだ二十代半ばの若々しさに溢れる可愛らしい容姿を持つその女性秘書は、思わず悲鳴を上げそうになるのを懸命に堪える。瞬きをしてもう一度姿見を確認してみると、彼は姿見には顔を向けておらず、粛々と写真の一枚一枚に目を通していた。 ──今見たものは気の所為だ、タチの悪い幻覚だ。 心の中で何度も自分自身にそう言い聞かせ、何時でも主君からの要望に応えられるよう気を落ち着かせながら、彼女は姿見から目を逸らし、主君の動きを注視した。 写真に写っているのは全て、現内閣を

Más capítulos
Explora y lee buenas novelas gratis
Acceso gratuito a una gran cantidad de buenas novelas en la app GoodNovel. Descarga los libros que te gusten y léelos donde y cuando quieras.
Lee libros gratis en la app
ESCANEA EL CÓDIGO PARA LEER EN LA APP
DMCA.com Protection Status