LOGIN私たちは、夕闇が迫る中、庭園を一望できる静かな個室で夕食をとっていた。
向かいに座るトラヴィス様は、所作一つひとつが美しく、それでいて多くの料理を次々と平らげる。
フォークを扱う指先や手の形すら好きだと思ってしまう。
穏やかに会話をしながらも、私は彼から目を離せないでいた。
美味しい料理を食べることよりも、彼を眺めれるのが幸せだと言ったら、彼はどんな反応をするかしら。
「トラヴィス様、こんな素敵な場所に連れてきてくれてありがとうございます。」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。
君と過ごす時間を、もっと増やしたいと思っているんだ。」「ええ、約束通り最近は早く帰って来てくれているのね、気づいていたわ。
でも、お仕事の方は大丈夫?」「今回のことをきっかけに色々と考えてね。
僕がやった方が早く仕事が終わるからと、何でもやってやるのをやめたんだ。
時間がかかっても、それぞれ自分達でやればいいと思ってね。君と結婚した後も、以前と変わらず遅くまで仕事を続けていたのは、間違いだった。
今更だけど、考えを改めたよ。君は邸の執務をやってみたいかい?
やっと時間がとれそうだから、興味があるなら教える時間を作るよ。」「えっ、いいのですか?」
「もちろん。
君の気持ち次第だ。 現に姉は子供の頃から、一切関わっていなかったから、君も好きに選んでいい。」「でしたら、私は少しずつやってみたいわ。
もっと、オフリー公爵家のことを知りたいの。」「わかった。
だったら、いくらでも教えるからね。」そう言いながら、トラヴィス様は私の手をそっと取って、指を優しく絡めてきた。
繋がった手から、彼のぬくもりが伝わり、嬉しさが込み上げる。「ありがとうございます。」
私は邸の中でお飾りである自分が嫌だったし、無能だから大切な邸の管理は任せられないと思われていると思っていた。
彼が「邸の執務の仕方を教える」と言ってくれたことは、私をオフリー公爵家の女主人として認めてくれた証のように思えた。
そして何より、教えてもらっている間は、彼と一緒に過ごせる時間が増えるということ。
それが、私にとっては何よりも嬉しかった。 夕食を済ますと、二人は自然と寄り添いながら馬車に乗り、オフリー邸に戻る。こんなにも長く、こうしてトラヴィス様と二人きりで過ごすのは、本当に久しぶり。
彼が見つめる視線も寄り添う時に感じるぬくもりも、私の心を舞い上がらせる。
どうして私はこんなにトラヴィス様が好きなのかしら。
「今夜は休む前に二人でワインでも飲もうか?
その前に湯あみをしておいで。」「わかりました。」
私はトラヴィス様にエスコートされた腕から離れ、侍女と共に、寝室の横にある浴室へと向かう。
彼は先に執務室へと足を向けたようだ。
寝室に入ると、浴室に向かう前に、ベッドの横の引き出しを開け、お兄様から受け取ったお薬に手を伸ばす。
今日はトラヴィス様とゆっくり過ごせそうだから、その後触れ合うかもしれないわ。
その前に、忘れずに肌が美しくなるお薬を飲まなくちゃ。そう思って、お兄様にいただいている肌が美しくなるお薬を飲んで振り返ると、執務室に向かったはずの彼が、強い眼差しをむけて寝室の入り口に立っていた。
先ほどまでの甘さは姿を消し、呼吸さえも苦しくなるような張り詰めた空気がこの場を支配する。
私はまさかお薬を飲んでいる姿を、トラヴィス様に見られているとは思っておらず、驚きで咄嗟に動けずに、固まりながら彼を見つめることしかできない。
お兄様に「男性に知られないように。」と、あれほど念を押されていたのに、よりにもよって彼に見られてしまうなんて。
トラヴィス様は一瞬の沈黙の後、冷めた固い表情で吐き捨てた。
「アレシアはまだ、それを飲んでいたんだね。」
「…知っていたの?」
「ああ、新婚当初からね。
あの頃はまだ、結婚して間もなかったし、新しい生活に戸惑いや不安もあるだろうと自分に言い聞かせていた。 それも、仕方がないことだと。でも、僕達はもう三年も夫婦なんだ。
なのにまだ君が、それを手放せないなんて、自分を否定されているようで、たまらない。どうして君は、僕に隠して、その薬を飲み続けようとするんだ?
僕を欺けるとでも、本気で思っていたのか。」結婚して初めて、こんなに憤っているトラヴィスに直面した。
どんな言い訳も嘘も許さない、そう瞳が語っている。「内緒にしていてごめんなさい、トラヴィス様。
男性はこれを飲むのを嫌がると聞いたから、話せなかったの。でも、どうしてこれを飲むのがそんなに悪いことなの?
私は少しでもあなたの前で、美しくいたいと思っているだけなのに。」
「君は何よりも自分が美しくいることを優先させるんだね。
どんな君でも、僕には十分美しいと思えるのに。 とにかく、僕には耐えられない。」そう話すと、トラヴィス様は私に背を向け、去ろうとする。
「待って、トラヴィス様がそう言うのなら、もう飲まないわ、約束する。」
「本当にそうか。
三年もの間、僕に隠して飲み続けてきたんだろう?この前の夜会の夜は、飲んでいなかったから、もうやめたと思っていたのに。
もうこれ以上、君に振り回されたくないんだ。」そう言い切ると、トラヴィス様は荒い足取りで二人の寝室を後にした。
あれほど、彼に知られないようにと、隠していたつもりなのに、最初から気づかれていたなんて。
「薬を飲んでまでも、美に執着しようとする女なんて、受け入れられない。」
そう言われているような気がした。でも私は、トラヴィス様に少しでも綺麗だと思われたかった。
だって、彼に褒められたのは、肌の美しさだけだったのよ。だから、少しでも長く綺麗な肌でいたいと思うことがそんなにいけないことなの?
こうなる可能性があったから、お兄様に散々内緒にするように言われていたのに、私は嘘が下手すぎる。
ことの重大さに打ちひしがれ、その場にうずくまる。
私はなんてことをしてしまったの。あれほどの怒りを向けるトラヴィス様に、どうしたら許してもらうことができるのだろうか?
…わかっている。
答えなんて、あるはずがない。もう…。
なんと言葉を尽くしても、彼が再び私を見てくれることはないだろう。唯一の美しい肌さえも、偽物だったと知られてしまったのに。
その夜から、私が起きているうちに、トラヴィス様が私達の寝室に現れることはなくなった。
それでも、私が眠っている間に、ほんの少しだけ身体を休めているのか、翌朝にシーツに残る微かな窪みだけがかろうじて彼の存在を感じさせた。
今日もアレシアは静かに湖を眺めていた。 水面に降り注ぐ陽の光が反射して、とても綺麗ね。 空も澄み渡って、どこまでも青い。 すべてを失っても、陽の光と青い空、この湖の美しさ、澄んだ空気は変わらないわ。 お兄様が選んだこの場所が、閉ざされた地下ような狭く息苦しい所でないだけ救いかもしれない。 その時、ふと湖に目をやると、湖に浮かぶ小さな船が何隻も見えた。 ここに来てから、船なんて一度も見たことが無かったわ。 その船達はどんどん島に近づいて来るように見える。 もしかしたら、私を助けてくれる船かもしれない。 けれど、同じぐらいの確率で悪意のある人達が襲おうとしているのかも。 怖いわ。 でも、どこにも逃げ場なんて、この島にはないのだ。 考えただけで、体が震えるほどの恐怖に襲われる。 とりあえず、…お兄様。 必死に別邸の中を走り回って探しても、どこにも姿が見えない。 こんな時にお兄様は、一体どこに行ってしまったの? 自分から彼を探すことがないから、どこをどう探せばいいのかすらわからない。 焦りだけが募る中、湖岸に船が着き、剣を手にした男達が、まっすぐ邸へ向かって駆けてくるのが見えた。 不安と焦燥が胸をかき乱す。 玄関の方から、誰かが扉を叩くような音が響いた。 続けざまに、強く、激しく。 ドンドン、ドンドンドン。 私は思わず息を呑み、急いで寝室に入り、ベッドの横に身を潜める。 息を殺して、なるべく小さくなるようにしゃがんだ。 でも、寝室に人が入って来たら、すぐに見つかってしまうだろう。 これではとても隠れたうちに入らない。 バキ、バキバキッ。 ドアが破られる音が聞こえる。 もし、見つかってしまったら、今日が人生最後の日になるかもしれない。 そう思って、寝室で小さくなり震えていると、走る足音がいくつも響き、その一つが近づき、後ろから優しい声が聞こえる。「アレシア、ここにいたんだね。 もう大丈夫だよ。 一緒に帰ろう。」「トラヴィス様なの?」 久しぶりに聞くトラヴィス様の声に、咄嗟に上を向くと、彼が微笑んで、私を見つめている。「そうだよ。 君の夫のトラヴィスだ。 無事で良かった…本当に。 一緒に帰ろう。」「私、お邸に戻ってもいいの?」「もちろん、そのために迎えに来たんだから。」 私は躊躇いがちにトラヴ
アレシアは今日も変わらず、湖のほとりをどうすることもできずに歩いていた。 泳いで渡るには大き過ぎるし、いかだを作ったこともなければ、そのための技術もない。 それなら、小さな空き瓶にお手紙を入れて流してみるのはどうかしら? いつか誰かがそれに気づいて、手紙を読んで、この湖を渡って助けに来てくれるかもしれない…。 わかっている。 その可能性はほぼないに等しい。 けれど、このまま何もしないよりは、できる事を試してみよう。 そうして、お手紙をしたためる。 「私がこの島に閉じ込められていること。」 「オフリー公爵へこのお手紙を渡してほしいこと。 私は彼を心から想っていて、きっと彼はこの手紙を読んだら、届けてくれたあなたを邪険にすることはないこと。」 トラヴィス様は、私のことを過去だと思っても、私の救出のために動いてくれる。 そんな優しさは、短い結婚生活で感じていた。 だから、嫌われているとわかっていても最後に頼りたいのは、やはりトラヴィス様だったし、想い浮かべるのもやはり彼だった。 離縁したいと一方的に姿を消すことで、彼の人生に傷をつけ、失望させたのもわかっている。 それでも、変わらず彼のことが好きだった。 「もし、彼が無理ならばせめて、モナンジュにお願いしたいこと。」 「願いが叶ったならば、報酬もお渡ししたいこと。」 それらを丁寧にしたため、署名した。 そのお手紙の入った瓶を十ほど流してみたけれど、時間をかけてそのほとんどが波に押し戻され、再び湖畔に戻って来てしまった。 私は落胆しながら、再びその瓶を湖に流し、穏やかな湖を見つめる。 お兄様の計画は完璧で、どんなに私が足掻こうとしても、湖を渡る方法は見つかりそうにない。 そんな私とは対照的に、彼はいつもと変わりなく、湖へ行くという私を優しく送り出し、成果がなく、夕方になりしょんぼりと帰る私に、食事を作ってくれている。 一見すれば、穏やかな兄妹の生活だけど、私はお兄様の内に潜む狂気が怖い。 今だトラヴィス様から、離縁状のサインがもらえず、私達はかろうじて兄妹のままだ。 でも、もしトラヴィス様がサインをしてしまったら、きっとお兄様は私と無理矢理結婚するだろう。 その時、ここに囚われたままの私に逃げ場などないし、助けを求めれる相手すら誰もいない。 けれど私は、どんな理由があ
「夜遅くにすまない。 入れてもらえないだろうか?」 トラヴィス達がモナンジュを訪れると、困惑した顔のレオニーと言う店の女性と、あまり会いたくないと思っていたカーライルが、僕らを迎え入れた。「オフリー公爵様、お久しぶりです。 どうかなさいましたか?」「こちらにアレシアが来ているかい?」「いえ、オフリー公爵様と離縁することになったと言って、一度顔を出したきりです。」「やはり、こちらにもいないか。」「公爵様、アレシア様は落ち着いたら、また来ると言っていました。 でも、こんなに長く来ないなんて、何かあったのではないかと心配しているところでした。 ところで、そちらの方は?」 「こちらは私の友人のリベロと言う男です。 彼はアレシアの兄が気にかかると、一緒に来てくれたのです。」 リベルト王子は軽く会釈するが、カツラを被っているため、レオニー達は彼が王子だと気づかない。 彼は時々、こうして王都の街を自由に歩き回っている。 その時、ずっと黙っていたカーライルが重い口を開ける。「オフリー公爵様、僕のことを快く思っておられないのは承知しておりますが、お話してもよろしいでしょうか?」「ああ。」「では奥にいらしてください。」 アレシアがカーライルのところにいないのなら、彼よりホリック卿が中心となっている可能性が高い。 だが、それは彼とじっくり話をしてみないとわからない。 本来であれば、彼に助けを求めるなど絶対にしたくなかったが、今はそうも言っていられない。 彼女を取り戻すためには、どんな手段も惜しまない。 その中には嫌いなこの男と協力することも含まれている。 屈辱ではあるが、その覚悟はすでにできていた。 僕達四人は店を閉めて、奥の部屋で腰を据えて話をすることにした。「アレシア様が最後にここに来た時、とても沈んだ様子でした。 オフリー公爵様に、肌を美しくする薬を飲んでいたことを咎められたと。 そして、嫌われたまま邸にいるのはつらいから、もう離縁するつもりだと。 けれど、その時ふと思ったのです。 肌が綺麗になる程度の薬を飲むだけで、両家やその親族、さらには貴族社会全体の力関係にすら影響を与えるような結婚を、それだけで蔑ろにする男などいない。 きっと根本的な何か、別の重要な理由があるはずに違いないと思いました。 だから僕は、このまま
「まだいたのか? 浮かない顔をしているな。 夫人と何かあったのか?」 トラヴィスが王宮で急ぎもしない執務を片付けていると、リベルト王子が現れて、早速触れてほしくない話題を口にする。「リベルト様、お耳汚しになりますので気になさらず。」「そんなことを言っても、私にも関わることだから、ちゃんと話してもらうぞ。」 観念した僕は、リベルト王子に従い、彼の私室で、強めの酒を酌み交わしながら口を開く。「ここに僕を連れて来た時は、どんな尋問よりも隠しごとを許さないですよね?」 ここは完全な私室で、近衛兵が入り口を警備し、限られた者しか近づくことさえできない。 だから、ごく個人的な話でも人に聞かれることなく話せるのだ。「で、何があったんだ?」「妻が再び出て行きました。 僕はアレシアには好きに生きていいなんて言いながら、実は隠しごとをせず、僕に本当の気持ちを話して欲しかったんです。 そして、彼女は今でも心を開くつもりがないと知った時、気持ちを抑えきれず、ついに彼女を突き放してしまいました。 それからは、彼女と向き合うことができず、顔を見るのを避けていたんです。 それでも朝方になると彼女のいるベッドに入り、彼女を抱きしめてわずかに眠りつく、そんな日々を送っていました。 けれども、彼女は僕を許せなかったのでしょう。 ついに使用人達の静止を振り切って、邸を出て行ったそうです。」「でも、いつものモナンジュというドレス工房にいるんじゃないのか?」「おそらく、そちらにはいないでしょう。 今回はアレシアの兄のホリック卿と出て行ったと、邸の者が話していたので。 それに、アレシアからの代理で、そのホリック卿から離縁状が送られてきております。 つまり、アレシアは本気で僕と別れたいと思ったのでしょう。 今はもう後悔しかありません。 どうして僕はあの時、子供は諦めるから、そばにいてほしいと言わなかったのかと。」「その話は、初めて聞いたよ。 夫人は子供が欲しくなかったのかい?」「はい、アレシアは僕が気づいていないと思って、最初から避妊薬を飲んでいました。 結婚したばかりの頃はまだ、彼女の妊娠したくないと言う気持ちを尊重して、深く詮索するつもりはありませんでした。 けれども、一年が経っても全くやめようとしないその姿に絶望したのです。 アレシアは、一生僕
目が覚めるとアレシアは、湖を見渡せる別邸のベッドに横たわっていた。 白く可愛らしい寝室には、自分が寝ている大きなベッドがあり、目の前には陽の光に照らされてキラキラ輝く湖が広がっている。「やあ、目覚めたかい? 僕の眠り姫。 何をしても起きないから、驚いたよ。 眠りが深いのは、相変わらずなんだね。」 お兄様がベッドサイドの椅子に腰掛けて、微笑んでいる。「最近、トラヴィス様を想って眠れなかったから、余計に寝てしまったのね。 でも、眠りが深いのは変わらずなの。 それに良く寝たから、元気が出て来たわ。 ここがお兄様の言っていた湖の見える別邸なのね。 とても綺麗だわ。」「そうだよ。 この別邸を初めて見た時から、アレシアをずっとここに連れて来たかったんだ。」「嬉しいわ。 ありがとう。」「ここで二人で暮らそう。」「よろしくお願いします。 あれ? このベッドの頭の所に掛かっている大きな絵は私?」 ベッドの頭側の壁に、両手を広げるほどの絵画が飾られていて、そこには椅子に座り微笑んでいる私が、描かれている。 おそらく、私の結婚前の頃の絵ね。 どうしてここにあるのかしら。「そうだよ。 綺麗だろ?」「こんな絵をいつ書いてもらったのかしら? 全然覚えていないわ。」「邸にいた者で絵の才能があるやつがいたんだ。 その者に書かせたよ。 それよりお腹が空いただろう? 食事にしよう。」「はい。」 二人は湖の見える庭で、朝食を食べる。 テーブルには、パン、スープ、果実水が並ぶが、どこか違和感がある。 何だろう?「美味しいかい?」「ええ、自然の中だと食欲が湧くわ。 最近、食事が喉を通らなかったから。」「だったら、もう少し運んで来ようか?」「いいえ、これだけで十分よ。 近くで湖を見てもいいかしら?」「もちろんだよ。 一緒に行こう。」 二人は並んで静かな湖の景色を眺めている。「とっても綺麗、水が透き通っているのね。」「そうだ。 湖はとても深いことを知っているかい?」「そうなの? 知らなかったわ。」「湖はね、深いし、広いから泳いで渡ることは不可能なんだ。」「ふふ、向こうの岸さえ微かに見える程度なのよ。 ここを泳ごうとする人なんていないわ。」「そうだね。」 邸に戻ると、寝室のベッドは乱れたままだった。「あ
もうどれくらいの間、トラヴィス様のお顔を見ていないかしら。 アレシアは、昼間はモナンジュで仕事に集中し気を紛らわせていたが、夜一人になると静まりかえる寝室で、ただトラヴィス様の帰りを待つ日々が続いている。 もしかしたら、今日こそ彼が寝室を訪れ、もう一度やり直す機会を与えてくれるかもしれないと淡い期待を捨てきれずにいた。 私が元々美人で、肌の美しさにこだわったりしなければ、トラヴィス様は私を嫌わずにいてくれたのかしら? それとも、二人の間に秘密を持たずに、お薬のことを打ち明けていれば、許してくれたのかもしれない。 反対に、もっと早くトラヴィス様が、「薬を飲む私が嫌だ。」と言ってくれたなら、どれほど肌が荒れようとやめたのに。 いいえ、違うわ。 私は嫌だと言われるのがわかっていたから、内緒で続けていたんだわ。 だから、どこまでも私が悪い。 結果的に私は、彼の思いを裏切ってしまい、今となってはもう手遅れね。 きっと彼は二度と私に微笑んでくれることはないだろう。 昨日、お兄様にお手紙を書いた。 もう、トラヴィス様を諦める潮時なのだろうと思ったから。 彼には、私を避けるのではなく、もっと身体を休めるために寝室を使ってほしい。 私達がこうなる前のトラヴィス様は、以前より元気そうで溌剌としていた。 きっと彼は、私を避けないで生活すれば、いくら忙しいとはいえ、もう少し健やかに暮らせるのだろう。 私がここに居座ると、トラヴィス様の穏やかな生活の妨げになってしまう。 それも、避けたかった。 でも、一番は私に再び心を向けてくれたトラヴィス様が、また背を向けてしまったことに、もう耐えられなくなったからだと思う。 結婚三年目のお祝いの時も苦しかったけれど、今の苦しみは重くて、深い。 彼の口から、私を拒絶する言葉を聞いてしまったのだから。 あれから何度も思い返し、そのたびに悲しみに沈む。 まるで身体から全ての血が失われたように、抜け殻で、考えることも、感じることも息を奪う。 なんとか浅く息を繰り返すだけで、精一杯だった。-------------------------------------------------------------------------------------「やあ、アレシア、随分と塞いでいるじゃないか?」「お兄