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15.湖の見える別邸

Author: 月山 歩
last update Last Updated: 2025-05-29 09:53:46

 目が覚めるとアレシアは、湖を見渡せる別邸のベッドに横たわっていた。

 白く可愛らしい寝室には、自分が寝ている大きなベッドがあり、目の前には陽の光に照らされてキラキラ輝く湖が広がっている。

「やあ、目覚めたかい?

 僕の眠り姫。

 何をしても起きないから、驚いたよ。

 眠りが深いのは、相変わらずなんだね。」

 お兄様がベッドサイドの椅子に腰掛けて、微笑んでいる。

「最近、トラヴィス様を想って眠れなかったから、余計に寝てしまったのね。

 でも、眠りが深いのは変わらずなの。

 それに良く寝たから、元気が出て来たわ。

 ここがお兄様の言っていた湖の見える別邸なのね。

 とても綺麗だわ。」

「そうだよ。

 この別邸を初めて見た時から、アレシアをずっとここに連れて来たかったんだ。」

「嬉しいわ。

 ありがとう。」

「ここで二人で暮らそう。」

「よろしくお願いします。

 あれ?

 このベッドの頭の所に掛かっている大きな絵は私?」

 ベッドの頭側の壁に、両手を広げるほどの絵画が飾られていて、そこには椅子に座り微笑んでいる私が、描かれている。

 おそらく、私の結婚前の頃の絵ね。

 どうしてここにあるのかしら。

「そうだよ。

 綺麗だろ?」

「こんな絵をいつ書いてもらったのかしら?

 全然覚えていないわ。」

「邸にいた者で絵の才能があるやつがいたんだ。

 その者に書かせたよ。

 それよりお腹が空いただろう?

 食事にしよう。」

「はい。」

 二人は湖の見える庭で、朝食を食べる。

 テーブルには、パン、スープ、果実水が並ぶが、どこか違和感がある。

 何だろう?

「美味しいかい?」

「ええ、自然の中だと食欲が湧くわ。

 最近、食事が喉を通らなかったから。」

「だったら、もう少し運んで来ようか?」

「いいえ、これだけで十分よ。

 近くで湖を見てもいいかしら?」

「もちろんだよ。

 一緒に行こう。」

 二人は並んで静かな湖の景色を眺めている。

「とっても綺麗、水が透き通っているのね。」

「そうだ。

 湖はとても深いことを知っているかい?」

「そうなの?

 知らなかったわ。」

「湖はね、深いし、広いから泳いで渡ることは不可能なんだ。」

「ふふ、向こうの岸さえ微かに見える程度なのよ。

 ここを泳ごうとする人なんていないわ。」

「そうだね。」

 邸に戻ると、寝室のベッドは乱れたままだった。

「あ
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