第12話

やって来たのは、林夫人の親友である徳貴妃だった。

林華を諫める人物が現れたのを見て、池の中の下女たちは皆、泣き喚き始めた。「貴妃様......」

「ううっ、貴妃様......どうかお裁きを！」

十数人の下女たちが一斉に泣き喚く声は、耳をつんざくようだった。

徳貴妃は眉を顰め、傍らの女官に目配せした。

女官は貴妃の意図を汲み取り、すぐさま大声で言った。「さっさと着替えい！もし病に伏して貴人方の御用を疎かにすれば、首が幾つあっても足りぬぞ！」

その言葉に、下女たちは泣き止み、池から這い上がり、それぞれの部屋へと帰って行った。

皆が去った後、徳貴妃は林華の手にある洗濯棒に目をやり、眉をひそめ、冷然と申した。「如何に？若様は妾にも手を上げるおつもりか？」

林華は洗濯棒を捨て、拱手して礼をした。「滅相もございません......」

「宮中へまで乗り込んできて、まだ滅相もないとは？」徳貴妃は明らかに立腹しておられた。

林華の行動はあまりにも軽率だと感じたのだ。

この洗濯番は宮中においては身分の低い場所であるが、それでも宮中であることに変わりはない。

もしこの一件が世間に知れ渡り、悪意ある者が事を大きくすれば、林華のみならず、一族郎党が災難に見舞われるやもしれない。

林華自身も、ここへ来るべきではなかったと分かっていた。

あの時、念々があのような厳しい罰を受けたのは、あの琉璃の器が姫君の一番大切にしておられた物であったからばかりではない。御上様が林侯爵を牽制する御意図もあったのだ。

その為、この三年間、侯爵邸の者たちは念々に会うことすら叶わず、ましてや使いを遣わして様子を伺うことなど一切しなかった。

御上様に対し、林侯爵は常に臣下であり、忠誠を誓い、いかなる仰せにも従う所存であるということを示すためであった。

しかしながら、今日はどうしても怒りが鎮まらなかった。

下女たちが念々を水中に突き落としている様を思い出すだけで、胸の内に抑えきれない程の怒りが込み上げてきたのだ。

そこで、林華は深呼吸をし、地に膝をついた。「わたくしが軽率であったことを恥じ入り、貴妃様のお裁きを仰ぎます」

貴妃は立腹しておられたが、林華は幼き頃より見守ってきた子供であり、林夫人の面子を潰すこともできぬゆえ、罰することはおできにならなかった。

しかしながら、今日の騒動を収拾せねば、御上様に御聞き及びになった時、申し開きができぬ。

貴妃は軽く手を振り、「まずはお戻りなさい。この件は妾が片付ける。肝に銘じておきなさい。今後、洗濯番へは二度と足を踏み入れてはならぬ」と仰せられた。

こうなっては、林華は貴妃の仰せに従うほかなかった。

しかし、今日、下女たちを懲らしめたとはいえ、林華の怒りは少しも収まらなかった。

侯爵邸へ戻る馬車の中、林華の視線は傍らに置かれた手炉に注がれた。

それは昨日、念々を迎えに行く前に彼が用意した物であった。そこには念々の好む紅梅の刺繍が施されていた。

昨日、念々は馬車には乗らなかったので、この手炉を見ることはなかった。故に、手炉は冷え切っており、まるで誰かに捨てられたかのように、寂しげにそこに置かれていた。

だが、仮に馬車に乗っていたとしても、この手炉を受け取ってくれたであろうか？

林華は章衡の言葉を思い出した。章衡は、馬車の中に用意した手炉と菓子に、念々は手を触れさえしなかったと言った。

念々は章衡が用意した物にさえ触れなかったのだ。ましてや、自分の物が受け入れられるはずもなかろう。

念々は、三年前よりも頑固になっている。鳶とはまるで違う。

もし昨日、念々が鳶のように「兄上」と呼んでくれておれば、いや、鳶と同じように呼ぶ必要もなく、ただ「兄上」と一声掛けてくれれば、自分は彼女を馬車から突き落とすようなことはしなかったであろうに。

昨日、喬念が足をくじいたことを思い出し、林華の苛立ちは募り、目の前の手炉がなぜか目障りに思えてきた。

次の瞬間、車簾が上がり、紅梅の刺繍が施された手炉は道の端に投げ捨てられた。

やはり、見ぬ方が良い物もあるのだ。

林華は直接に侯爵邸に帰らなかった。心が乱れていたため、酒場で盃を傾けた。侯爵邸に着いたのは、日も暮れかかった頃であった。

まさか、家族全員が自分を待っているとは思ってもみなかった。

侯爵邸の広間では、林侯爵が険しい顔で上座に座っており、林夫人は心配そうな面持ちで傍らに立っていた。時折、林侯爵の顔色を窺う様子が見られた。

喬念も呼ばれて共に待っていた。

しかしながら、林鳶の姿はなかった。林鳶は水を飲んでしまい、侍医より安静にするように言われた。

喬念が到着した時、林侯爵は既に広間にいらっしゃった。三年ぶりの父娘の再会であったが、林侯爵は喬念を一瞥しただけで何も仰せにならず、喬念もまた丁重に挨拶をしただけで、それ以上の言葉を交わすことも、視線を合わせることもなかった。

しばらくの時が過ぎ、林華がようやく帰ってきた。

林華は大股で広間へ入ってきて、顔には酔いが見て取れた。

林華は普段お酒に強い方だが、今日は相当飲んだのだろう。顔が赤く染まっていた。

なぜここに呼ばれたのかを理解している様子で、広間に入るなり地に膝をついた。「今日、軽率な行動で騒動を起こしたことを恥じ入っております。父上、お叱り下さい。どんな罰でも受け入れます」

言葉が終わったとたん、盃が彼の額に投げつけられた。

鮮血が林華の眉間から流れ落ち、林夫人は悲鳴を上げて駆け寄った。「まあ！何をするのです！？華を殺すおつもりですか！」

「あやつが何をしたか聞いてみよ！宮中へまで乗り込んで！一体何を考えている！わしは侯爵邸の暮らしが安泰すぎると思っているのか？わざわざ災いを招こうとしているのか！」林侯爵は怒り心頭に発し、胸が激しく上下していた。

林侯爵は昼間、御上様からこの件を伝え聞いた時、息を呑むことしかできなかった。御上様が激怒され、一族郎党を捕縛するよう命じられるのではないかと恐れていた。

林華は額の傷を手で押さえ、少しばかり反抗的な顔で言った。「間違ってたことは分かっております。しかし、どうしても我慢できなかったのでございます。それに、洗濯番の下女たちを懲らしめただけで、誰も殺してはおりませぬ。もし御上様がお怒りなら、この命を以て償います！」

洗濯番の下女たち？

喬念は傍らに立ち、鼓動が速くなり、ようやく、林侯爵がなぜ彼女を此処に呼びつけたのか理解できた。

喬念は小さく眉をひそめた。

林侯爵が怒鳴りつけた。「愚か者！お前の命一つでこの一件が片付くのならまだしも、母上は高齢なのだぞ！一族郎党に災いが降りかかることを恐れないのか？！」

「そこまで大袈裟な......」林夫人は慌てて林華をかばった。「貴妃様のお計らいでございましょう。御上様もご賢明な御方。さほど大事には至らぬかと存じます」

そう言うと、林夫人の視線は喬念に向けられた。

まるで何かを感じ取ったかのように、喬念は顔を上げた。しかし、林夫人はまるで彼女と目を合わせたくないかのように、慌てて視線をそらした。それでも、喬念はその目に濃い後悔の念が浮かんでいるのを見た。

喬念はそのような視線が嫌いだった。

直感的に、徳貴妃が考えついた解決策は、彼女と関係があると感じた。