LOGIN箱庭の様な世界に突如召喚されてしまったイレイラ。自分を召喚した、羊の角を持った獣人みたいな神子・カイルに「君の前世は僕の猫だったんだ」といきなり言われても意味がわからない。 『猫』発言のせいで彼は『飼い主』だったのかと思ったら、まさかの『夫』であった事が発覚。距離感ゼロで愛情を注がれ戸惑うも嬉しい乙女心と、少しずつ知っていく過去の自分。——あれ?もしかして、異世界での生活も悪くないかも。 【全48話】 【イラスト・くない瓜様】
View More『輪廻の輪』
遊び好きの神々が戯れに作った箱庭の様なこの世界に住まう人々は、その箱庭の中で転生を繰り返す運命に囚われている。『囚われている』とは言っても、彼等にはその自覚はなく、広過ぎるとも言える恵豊かな世界の中で生まれ変わりを繰り返している事実を不幸だと感じる事も無かった。たまに前世の記憶を持った子供が生まれ、『転生』というものが確かに存在しているんだなと認識している程度のものだ。
その輪廻の輪から外れた存在が、一握りいる。
ごく稀に、箱庭を作りし神が人間を愛し、子をなす事があった。その間に生まれた子供、
その神子のうちが一人。『カイル』と名付けられた男は、内から溢れ出る嬉しさと期待を隠す事なく、整った顔をニヤニヤと崩しながら薄暗いホールの中で床に這いつくばって、手にした白いチョークを使ってガリガリと文字や図形を綴っている。
父神から譲り受けた羊の様な大きな巻き角に、首にかかる長さのサラッとした黒髪が触れる。黒曜石にも似た瞳は隠しきれない嬉しさに溢れ、目元が少し赤みを帯びているのは、これから起こる事への期待によるものだった。
「……よし、出来た!なかなかの仕上がりなんじゃないか?久しぶりにしては」
満足気に頷き、一人呟く。 間違えない様にと時間をたっぷりかけて描いた魔法陣を眺めながら、カイルは笑みを浮かべた。
神々が今よりもこの世界に干渉していた時代に書かれた古代魔術の本に載っていた魔法陣に、二十日かけて組んだオリジナルの術式を織り交ぜた円形のそれは、手描きとは思えない仕上がりで大理石の床を美しく飾っている。
五十人程度を簡単に受け入れられそうな広さをしたこの部屋の中はとても簡素で、窓が少ない為、昼間でも薄暗い。休憩用にと用意してある二人掛けのソファーと小さなサイドテーブルが隅の方にある以外には何も置いていない。此処はカイルが室内で魔法を使う時の為に用意された部屋なので、装飾や家具の類はかえって邪魔だったからだ。ドーム型をした天井は三階分を吹き抜けてあるのでとても高く、多少失敗したとしても部屋を破壊する事の少ない造りになっている。もちろん部屋全体に防護魔法を掛けてあるので破壊してしまう心配は無いのだが、念には念を、といった所だ。
鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気のまま、カイルは自室から持ってきた魔法具を順番に、間違える事無く術式が描かれた辺りに置いていく。
手鏡にも似たそれは、魔法陣に重なると、淡い光を放ち始めた。
一つ、二つと……全部で七つの魔法具を慎重に置いていく。多少置き場に誤差があっても正直問題は無いのだが、カイルはこれからおこなおうとしている儀式が彼にとってとても大事だったので準備自体が楽しみでしょうがない。
「……完成だ」
感無量といった表情でカイルが頷く。
チョークを使うせいで消えやすい魔法陣を誤って踏みつけて消してしまうことのない様慎重に避けながら、中から出る。
六芒星を中心とし、その周囲を囲む円の中には古代文字で複雑な術式が描かれている。しっかりと計算され、精密に組まれた術式にはそれぞれ様々な効果が組み込まれている。その殆どが、これから呼び出す存在が、この世界で困る事の無いようにとの願いを込めたものだ。
魔法具が置かれた事により、魔法陣は淡く光を帯びてそれ自体が芸術品の様な美しさを誇っていた。
腰に手を当て、誇らしげな顔のまま無駄に何度も頷く。
以前この魔法陣と似たものを描いた事がつい最近の出来事の様に思い出せたが、もう九年も前になる。その時には織り交ぜなかった術式が今回はある為、瓜二つだとは言えなかったが、それでも懐かしさを感じた。
退屈な気持ちを抱え、やりたい事をやり尽くし、生き甲斐も無くなりダラダラと続く長い生に苛立ちを感じ、『癒しが欲しい』とやさぐれた気持ちでこの場に立っていた過去を思い出し、切なさを帯びた笑みがフッと溢れる。
「——さあ、帰っておいで。僕のイレイラ」
小声で呟き、魔力を魔法陣へ向けて送ると、カイルの髪がフワッと軽く浮いた。
聴き取り不能な音がカイルの口から紡がれ始める。その美しい音色を持つ音に呼応して、魔法陣は七色に光り出し、小さな光を無数に散らす。すると 魔法具はガタガタと震え始め、今にも割れてしまうのではと心配になる程に鳴った。
六芒星の中心に周囲以上の光源が現れる。 ソレを目視すると、カイルは抑えきれない喜びを表情に浮かべながら音を紡ぎ続けた。
両手を伸ばし、強い光源の方へ『ここへおいで』と言うように差し出す。 早く触れたい、抱きしめたい。そんな気持ちが抑えきれない。
「——召喚!」
カイルが叫んだ瞬間、魔法陣の光は最高潮に達し、弾けて消えた。
床に描かれていたはずの魔法陣は跡形も無く消え、魔法具は砕けて元の姿を失っている。
霧の様な白いモヤだけが魔法陣のあった場所から発せられ、濃度の濃い中心には大きな塊が一つ。
カイルはそれを見て思考が止まるのを感じた。
術は成功した。人では本来操る事の出来ぬ程の有り余る魔力が、己の内側から半分も消えているのが何よりの証拠だ。
モヤが薄れ、大きな塊が姿を現わす。
「…… え?」
カイルは呟くと、眉をひそめた。 全ては、彼にとって予想外の事が起きたからだった。
「……?」 乱れる息のまま状況がわからず体がフリーズする。何が起きたのか理解出来ない。今のはなんだったのだろうか? ベッドの上で倒れるカイルの様子をそっと伺うと、どうやら彼は気絶しているみたいだった。「何……が、起きたの?」 乱された夜着を整えながら状況を振り返って考える。手から発せられた眩しい光と不思議な音。そして倒れるカイルの体。「もしかして、魔法ってやつ?今のも」 自分の髪を束で掴み、それを見る。「私の髪と目って、『黒』だよね」 生まれてからずっとそうだ。でも、当然の事を改めて再確認した。 残留思念で見た記憶の中で『濃い色は魔力の高い証だ』とカイルが言っていた。お猫様だって、魔法を使ってはいなかったが、潜在能力は高いと言われていた。——という事は、私もやろうと思えば、魔法を使えるって事なのかもしれない。「あれが、魔法か。——ははっ、すごい……の、かな?」 実感があまりなかったが、貞操の危機を回避出来た事は確かだ。あまりの快楽にすっかり流されかねない状況だったから、本当に助かった。これで会ったばかりじゃなかったら、こんなに好きだとアピールしてくる相手を拒否など出来ずに、最後までいたしていたと思う。本当に……助かった。 ショーツが濡れて気持ち悪かったので履き替えたかったのだが、新しい物が何処にあるのか探してもわからない。思い当たる場所は一箇所だけあったのだが、その部屋は鍵がかかっていて開かない。魔法を操って開ける事が出来れば良かったのだが、ダメ元で試してみても、残念ながら開ける事が出来なかった。 さっきは必死で運良く使えたというだけで、まだ自在に何かを出来る程、私では魔法を使えないみたいだ。もしかすると、スポーツを徐々に習得するみたいに、魔法というものは練習が必要なのかもしれない。 諦めて、ショーツだけ脱ぎ、バスタオルに包んで置いておく。夜着の中には何も穿いていないのがひどく心許なかったが、私は諦めて休む事にした。 さて、残りの問題は何処で寝るか、だ。 ソファーで寝ては休めそうにないが、ベッドにはさっきまで野獣と化していたカイルが倒れている。普段の自分だったら迷わずソファーを選ぶのだが、今は色々あったせいで酷く疲れていた。そうなると、やはりベッドで体を伸ばして休みたいという気持ちが捨てきれない。「……起きない、よね?」 そっ
(——『カイルは相当追い詰められている!』) 残留思念から意識が戻り、目前に迫る状況を再度理解した頭で、私はゲームのナレーションみたいにそう叫びそうになった。 これ、回避出来ないやつだ! いったい彼は、今この瞬間を何年待ちわびたんだろう? どのくらいお預けをくらっていたのだろうか? |黒猫時代《初めて》は『発情期じゃないから』と断られて行為が出来ず、今回は見た目で『まだ子供なのか』と思って諦めていたのに、『実は大人ですよ』とか言われたら、プツンと我慢の糸が切れるのは当然か。(だからって、受け入れられる話じゃ無いんだけどね!)「イレイラ……ねぇ、僕を受け入れて?触れさせて?いい加減にもう、君を抱きたいんだ」 甘い色のある声音で囁く声が耳に近い。意識が飛んでいたうちに距離はほぼ無くなっていて、ヘッドボードを使って壁ドンされているみたいになっていた。 カイルの吐息でキュッのお腹の中が疼く感じがして頰が熱を持つ。ヤバイ、体が勝手に受け入れ態勢に入っている気がする。そんな中、耳を甘噛みされ、体が快楽に震えた。「気持ちいい?こんなに震えて、可愛いねイレイラ」 カイルはクスクスと笑い、私の耳を撫でる。頰をぺろっと舐められ、小さなキスをそこに何度もしてきた。「好きだよ、どんな姿だって君が愛おしい……」 指で顎を軽く持ち上げられ、カイルの口が近づく。このままでは私のファーストキスが奪われてしまうと思うのに、近過ぎる距離に抵抗が出来ない。「あ、ま……——」 『待って!』の言葉がカイルの口の中へ消えていった。完全に私達の唇は一つとなり、彼の少しザラついた舌が私の中へ入ってくる。ニュルッと舌を他者に絡め取られる感じに、腰のあたりがざわつく。歯茎を丁寧に舐め、“人間”よりも長い舌が上顎まで届いてそこを愛撫しだした。 その行為のせいで思考が停止し、もっとと強請るようにカイルの白いシャツにしがみついてしまう。そんな私にカイルは、ご褒美をくれるみたいに全身を撫でてきた。 マッサージするみたいな撫で方じゃない。相手に快楽を感じさせるための愛撫をされていると、ハッキリわかるいやらしさがその手にはある。何処を撫でれば私がどう反応するのか、調べるみたいに上から下へと全身を丁寧に丹念に。年季の入った手の動きに私の体はアッサリ陥落してしまい、ビクビクと震える事で彼に自分の弱い
『——ねぇ、お願い。イレイラ、コレ飲んで?』 ベッドの上で一人と一匹。カイルは“私”の前でお行儀よく正座をして座っている。その手にはガラス製の小さな瓶があって、キラキラと光って不思議な色をしていた。ベッドの側にあるスタンドライトの魔法光が発する灯りが瓶にあたると、それは青にも黄色にも見える。(何でだろう?——というか、コレは何だろうか?) 首を傾げていると、カイルが少し視線を逸らした。頰が赤い。まさか風邪でもひいたのだろうか?『きょ、今日は僕達の初夜だから……その、ね?“番”だったらする事が、あるよね?』 カイルの声がうわずっていて少し震えている。やっぱり風邪なんじゃないのだろうか?よくわからない事を言っていないでサッサと寝るべきだ。風邪はひき始めが肝心だというし。 “私”は枕の方へ進み、ポフポフと前足で叩いてみた。『さぁ寝ましょう』と言うつもりで。『え?あの、今日はこのまま寝るんじゃ無くてね?あのね、イレイラ、コレ飲んで?』 クイッと目の前に先程の小瓶を差し出される。さっきから見せてくるコレは何なんだろうか?パクパク口を動かして、“私”はカイルに説明を求めた。なのに、いつもならちゃんと直ぐに察して答えをくれるカイルが、今日は言葉を詰まらせて困った顔をする。 これは、“私”には言いにくいような物を飲ませようとしているなと直感的にわかった。その事に少しイラッとして、“私”はカイルの膝をペシペシと叩いた。『ゴ、ゴメン!だって、言葉にして言ったら、まるで“今のイレイラ”を否定しているみたいな気がして。僕はちゃんと君の、ありのままの姿が好きなのに!』 説明になっていない。“私”は瓶の中身が何かを知りたいのに。 会話での意思疎通が出来ないのは、やっぱり時々不便だと思う。カイルが“私”を召喚する時に、投げやりに描いた魔法陣の術式の弊害かもとも思うのだが、普段は困らないのでそのままに過ごしていたが……やはり、どうにかしてもらうべきだったろうかと少し後悔した。『えっと、あのね、実はこれ……人の姿に一定時間だけ変身出来る薬なんだ。その……お互いにこのままじゃ、で、できないでしょ?えっと、あの……体格の、違いで。その……い、挿れられ、ないよね?君に』(人に?“私”が?“私”はこのままの姿が好きなのに。しかも、いれる?何をだろうか?)『僕が猫の姿になってもい
意識が戻った後も私は浴槽の中でしばらく動けず、呆然としていた。まさか、自分の胸にある“痣”からも“お猫様”の“残留思念”を見てしまうとは思ってもいなかったからだ。 これは私が生まれた時にはもうあったものだ。そんなものに“記憶”が残っていたとあってはもう、自分の前世が『黒猫のイレイラ』である事を認め無い訳にはいかないなと思った。(でも、今までにだって何度も触れる機会はあったのに、それまでは一度も、何も起きなかったのは何で?) 何かきっかけが—— あ、『異世界召喚』か。 『召喚』され、『この世界に連れて来られた』のと『指輪』に『痣』が重なったのがトリガーになって、“残留思念”を読み取れたに違いない。(きっとそうだ) その事に気が付くと、今までの私の人生すら、決まった流れだったように思えてきた。 両親との早い別れ。 一人っ子である事。 親戚や親友のいない希薄な人間関係。 全て、いつか此処に戻るために用意されたみたいだ。 戻してもらえる事を願っていたみたいな……。 コンコンッ。ドアをノックする音で、私は思考の波から引き戻された。「イレイラ?大丈夫?」「あ……。——えっと、大丈夫ですよ?」 ドア越しのカイルに何を心配されたのか、一瞬わからなかった。 お湯がぬるい。もう随分長い事湯船に浸かったままだったみたいだ。いくら待っても出て来ない私をカイルは心配したのか。「お湯、温め直す?それともあがる?」「えっと、あがります」「そう、わかった」 湯船からあがり、用意してくれていたバスタオルで体を拭く。夜着や下着、化粧品の類が全て用意してあったのでホッとした。こういったところも『元の世界』と類似しているというのは本当に有り難い。 眠る準備を整え、髪の毛をタオルで拭きながら居間に移動すると、窓際に置かれたソファーでカイルがくつろいでいるのが見えた。どうやら本を読んで時間を潰していたみたいだ。「スッキリ出来た?」「はい、おかげさまで」「不自由な事があったら遠慮なく言ってね、直ぐに用意してもらうから」「大丈夫ですよ。——あ、でも、髪を乾かすのが大変ですね。何かこう、簡単に乾かせるような、便利な物とかあったりします?」 元の世界では風呂上がりの必須アイテムであった『ドライヤー』なんて単語を言ったって通じるはずがなく、身振り手振りで何をしたい