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第五話『ピアス』

Author: 揚羽渓名
last update Petsa ng paglalathala: 2026-10-24 06:35:42

 翌朝、カイルはイーサンを部屋に呼びつけると、オークションで目玉のジュエリーを一つ競り落とすよう言いつけた。

 けれどふとある事を思い出してイーサンを呼び止める。

「やはり二つ競り落としてこい」

「お二つですか? 畏まりました」

 イサーンはそれだけ言うと屋敷を後にした。

 エマは朝食の後から続く胸焼けとめまいを堪えながら、久しぶりに仕事場に顔を出していた。

「エマさん、大丈夫ですか? 何だか顔色が悪い気が……」

「大丈夫。少し寝不足なの。ありがとう」

 後輩がふらつくエマに声をかけてくれた事が嬉しくて思わず微笑むと、後輩もはにかむような笑顔を浮かべた。

 体調が悪い時に誰かがこんな風に声をかけてくれる事がこれほど嬉しい事だったのだと身に沁みて感じる。

 それに比べてカイルは今朝もエマの体調になど気付きもしない様子で、朝食が終わるなりさっさと自室に戻ってしまった。

 残されたエマはクロエとザックの何気ない会話を聞きながら居心地の悪さを感じていたのだが、最後まで誰もエマの体調になど気づいてくれはしなかった。

「無理しないでくださいね。それよりも聞きましたよ! エマさん、今季の考査課題に挑戦するって本当ですか⁉」

「だ、誰に聞いたの⁉」

「誰だったかな……忘れちゃったけど、物凄く話題になってますよ! あの天才が帰ってくるぞーって」

「じょ、冗談でしょ⁉ お願い! 嘘って言って!」

 誰にもバレないようにこっそりと物事を進めたかったエマにとってこれは嬉しくない情報だ。

 けれどその後に後輩から聞いた話では、冗談でも誇張でもなく本当にエマの事が話題になっているらしい。

 このままではいつかカイルの耳に入ってしまうのではないかと怯えたエマは、後輩に頼み込んで今回の事は絶対に外部には漏らさないで欲しいと頼み込んだ。

そしてそれを薬学員全員に出来れば周知してほしい、とも。

「危ないとこだった……教授にはちゃんと話しておいた方が良いかも」

 単純に今回の事をエマの復帰だと思っているであろうスターリンが、こんな噂を流すほどエマの復帰を喜んでくれているのだと分かり何だか忘れていた期待されるという気持ちに胸が疼く。

 久しく忘れていた気持ちを一つ取り戻した気がして、少しだけ嬉しかった。

「こんな体調不良に負けてる場合じゃないわ!」

 エマは自分の頬を軽く叩いて決意をした。何をおいてもまずは合格しない事には始まらない。

 そのおかげで吐き気と戦いながらも一日を楽しく過ごしたのだが、仕事を終えて研究所を出たところで、エマは研究所の前に居るその人物に気づいて足を止めた。

「……カイル? どうしてここに……」

「少し外に用事があったんだ。ついでだから拾いに来た」

「そう、ですか」

 別にお前を迎えに来た訳ではないと聞いてもいないのに先に告げられ落ち込んでいると、カイルは近寄ってきてエマに真紅のビロードのような手触りのジュエリーケースを差し出しててくる。

「どうして急にこんな物を?」

「君はグランツ家の、いや、僕の妻だ。他の貴族の女が持っているような物を君も持つべきだ」

「……」

 カイルの言葉はどこまでもぶっきらぼうだし、包装されてすらいないジュエリーケースもそっけないが、この三年間の間でただの一度も、誕生日にすら何もくれなかったカイルからのプレゼントに、エマは素直に喜んだ。

 思わず笑みを浮かべたエマを見て、カイルは何を思ったのかスッと視線を反らしてしまう。

 そんな所は学生時代と少しも変わらなくて懐かしく思いながらもジュエリーケースを開けると、そこに入っていたのは小さなパールがついた控えめで繊細なピアスだった。

 エマはそれを見た瞬間、ほんの少しだけ固まった。エマには、ピアスホールは開いていなかったからだ。

誰かと間違えたのか、それとも単純にカイルがその事を知らなかったのか。

 あれだけの夜を過ごしても、カイルはほんの少しもエマの事を知らなかったのかと、無性に悲しくなる。

 それと同時にさっき研究室で考えていた事がいよいよ現実味を帯びてきたと感じた。

「……ありがとう」

色んな気持ちを飲み込んでエマはどうにかそれだけ呟くと、そのピアスをハンドバックに仕舞った。

 まるでそこに自分の気持ちも一緒に閉じ込めてしまうかのように。

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