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世界が巡っても、二度と逢わない​

世界が巡っても、二度と逢わない​

By:  ももよう​Completed
Language: Japanese
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父が支援していた苦学生の津戸彰人(つど あきと)が薬を盛られた時、私・豊松純菜(とよまつ じゅんな)は自分の意思で彼に抱かれた。 ​ ただ、十年もの間、彼を愛し続けてきたから。自分を捧げることに、一片の迷いもなかった。 ​ けれど、彼の幼馴染である栗下美々(くりした みみ)が私たちの愛し合う瞬間を目撃してしまい、動揺して外に飛び出した直後、車に跳ねられて命を落とした。 ​ 彰人は私を抱き寄せ、「お前のせいじゃない」と優しくささやき、プロポーズしてくれた。 ​ その言葉を信じた父は、会社のすべてを彰人に譲り渡した。 ​ しかし彼は結婚式の前日に、わざと仕組んだ交通事故で父を死に追いやった。 ​ 私が深い悲しみに沈んでいた時、彰人は私を山奥へ連れ出した。 ​ そして、何度も何度も車で私の体をひき潰した。美々が死の間際に味わった苦痛を、私にも味わわせるためだけに。 ​ 「お前が薬なんて盛らなければ、俺がお前を抱くことなんてなかったんだ!美々があんなことになるはずもなかった!憎い……お前も、お前の父親も、全員死んでしまえ!」 ​ 耐え難い激痛の果てに、私は彰人が薬を盛られたあの日へと戻っていた。 ​

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Chapter 1

第1話 ​

父が支援していた苦学生の津戸彰人(つど あきと)が薬を盛られた時、私・豊松純菜(とよまつ じゅんな)は自分の意思で彼に抱かれた。

ただ、十年もの間、彼を愛し続けてきたから。自分を捧げることに、一片の迷いもなかった。

けれど、彼の幼馴染である栗下美々(くりした みみ)が私たちの愛し合う瞬間を目撃してしまい、動揺して外に飛び出した直後、車に跳ねられて命を落とした。

彰人は私を抱き寄せ、「お前のせいじゃない」と優しくささやき、プロポーズしてくれた。

その言葉を信じた父は、会社のすべてを彰人に譲り渡した。

しかし彼は結婚式の前日に、わざと仕組んだ交通事故で父を死に追いやった。

私が深い悲しみに沈んでいた時、彰人は私を山奥へ連れ出した。

そして、何度も何度も車で私の体をひき潰した。美々が死の間際に味わった苦痛を、私にも味わわせるためだけに。

「お前が薬なんて盛らなければ、俺がお前を抱くことなんてなかったんだ!美々があんなことになるはずもなかった!憎い……お前も、お前の父親も、全員死んでしまえ!」

耐え難い激痛の果てに、私は彰人が薬を盛られたあの日へと戻っていた。

……

彰人は苦しげにシャツの襟元をはだけさせ、鎖骨には細かな汗が滲んでいる。

彼はうわ言のように私の名前を呼びながら、どこか狂気じみた眼差しで私を射抜いている。

「……よくも、俺に薬なんて盛ったな」

彰人は低く唸るように声を絞り出した。

「出ていけ!」

私は一瞬足を止めたが、迷うことなく外へ歩き出した。

「……純菜、どこへ行くんだ?苦しいんだ……」

前世でもそうだった。

明らかに彼の方から私を押し倒したにもかかわらず、美々に不幸が訪れた途端、すべての責任を私に押し付けたのだ。

私はドアのそばに身を寄せ、中から漏れ聞こえる抑えた喘ぎ声を聞きながら、美々が現れるのを待った。

前世と同じように、美々はすぐにやって来た。

彼女は私の姿を見ると一瞬呆然としたが、すぐに警戒の色を浮かべた。

「何企んでるの?まさか、もう中に入ったんじゃないでしょうね?」

私は首を振った。

「彰人が中で待ってるわよ」

彼女は疑わしげに私をまじまじと見た。

「ドアの前に立ってるなんて、誰かに邪魔されたくないからでしょ?社内の誰もが、あなたが彰人にベタ惚れだってことくらい知ってるんだから。秘書を絶対に女にさせないようにしてたのも、あなたの差し金よね」

下心を言い当てられ、胸の奥がチクリと痛んだ。

そう、私は彰人が好きだった。誰もが知るほどに。父でさえ「あまりしつこくするな」と私を諭したくらいだ。

前世の私は、どうして彰人がその気持ちに気づいていないなんて思い込めたのだろう。私の尽くしを、彼は当然のように楽しんでいたというのに。

「これからは、もう好きじゃないから。早く入ってあげて」

美々は明らかに私の言葉を信じていない。

けれど、部屋の中にいる彰人の姿が目に入ると、彼女の瞳に喜びの色が走った。

「そうだといいわね」

彼女は私を脅すように睨みつけると、すぐさま中へと駆け込んでいった。

二人のためにドアを閉める瞬間、彰人の低く満たされたような吐息が聞こえた。

嫌でも中の光景が頭をよぎる。

彰人は前世で私にしたように、彼女の全身に軽く口づけを落とし、「お前が俺の初めての女だ。一生大切にする」なんて言うのだろうか。

――いいえ、私に対してよりもずっと優しく、神を敬うように扱うはずだ。

そんなことを考えていると、指先が無意識にドアの枠を強く掻いている。木のささくれが爪の中に刺さったが、痛みすら感じなかった。

これで、ようやく二人は結ばれた。

――想い合う二人が添い遂げる。それでいい。

そうすれば、少なくとも父が私に巻き込まれて死ぬことはないのだから。

これ以上盗み聞きする気になれず、私は自分の部屋へ戻り、震える手で父に電話をかけた。

七時間の時差があるけれど、父は私の電話を一度も無視したことがなかった。

「もしもし、純菜か?」

父の声には、まだ眠気が混じっている。

その声を聞いた瞬間、私は思わず口を押さえ、涙が溢れ出した。

「パパ……会いたいよ……」

前世で父が亡くなった際、私の結婚式に出席できなかったことを最期まで悔やんでいたのではないだろうか。

私が、父を死なせてしまったのだ。

「バカ。彰人のそばにいたいって言って、国内に残ったのはお前だろう?今さらパパが恋しくなったのかい」

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第1話 ​
父が支援していた苦学生の津戸彰人(つど あきと)が薬を盛られた時、私・豊松純菜(とよまつ じゅんな)は自分の意思で彼に抱かれた。​ただ、十年もの間、彼を愛し続けてきたから。自分を捧げることに、一片の迷いもなかった。​けれど、彼の幼馴染である栗下美々(くりした みみ)が私たちの愛し合う瞬間を目撃してしまい、動揺して外に飛び出した直後、車に跳ねられて命を落とした。​彰人は私を抱き寄せ、「お前のせいじゃない」と優しくささやき、プロポーズしてくれた。​その言葉を信じた父は、会社のすべてを彰人に譲り渡した。​しかし彼は結婚式の前日に、わざと仕組んだ交通事故で父を死に追いやった。​私が深い悲しみに沈んでいた時、彰人は私を山奥へ連れ出した。​そして、何度も何度も車で私の体をひき潰した。美々が死の間際に味わった苦痛を、私にも味わわせるためだけに。​「お前が薬なんて盛らなければ、俺がお前を抱くことなんてなかったんだ!美々があんなことになるはずもなかった!憎い……お前も、お前の父親も、全員死んでしまえ!」​耐え難い激痛の果てに、私は彰人が薬を盛られたあの日へと戻っていた。​……​彰人は苦しげにシャツの襟元をはだけさせ、鎖骨には細かな汗が滲んでいる。​彼はうわ言のように私の名前を呼びながら、どこか狂気じみた眼差しで私を射抜いている。​「……よくも、俺に薬なんて盛ったな」​彰人は低く唸るように声を絞り出した。​「出ていけ!」私は一瞬足を止めたが、迷うことなく外へ歩き出した。​「……純菜、どこへ行くんだ?苦しいんだ……」​前世でもそうだった。​明らかに彼の方から私を押し倒したにもかかわらず、美々に不幸が訪れた途端、すべての責任を私に押し付けたのだ。​私はドアのそばに身を寄せ、中から漏れ聞こえる抑えた喘ぎ声を聞きながら、美々が現れるのを待った。​前世と同じように、美々はすぐにやって来た。​彼女は私の姿を見ると一瞬呆然としたが、すぐに警戒の色を浮かべた。​「何企んでるの?まさか、もう中に入ったんじゃないでしょうね?」​私は首を振った。​「彰人が中で待ってるわよ」​彼女は疑わしげに私をまじまじと見た。​「ドアの前に立ってるなんて、誰かに邪魔されたくないからでしょ?社内の誰もが、あなたが彰人に
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第2話 ​
「でも、今はどうしてもパパのそばにいたいの」​父の声から、一気に眠気が消えた。​「わかった、わかったから。すぐに知り合いの行政書士に連絡して、ビザの手配をしてもらおう」​母は早くに亡くなり、父のそばには私しかいなかった。​それなのに、私はずっと彰人の後ろばかりを追いかけていたのだ。​隣の部屋から聞こえる物音は、朝から夕方まで絶え間なく続き、屋敷中に響き渡っている。​私はダイニングルームに座り、ロボットのように手を動かして食事を口に運んだ。​食べ終わる頃になって、ようやく二人が階下へ降りてきた。​美々は足元がおぼつかない様子だが、その表情は幸せそうな赤らみに包まれている。​私は箸を置き、その場を立ち去ろうとした。​「なんだ、後ろめたいことがあって逃げ出すつもりか?」​彰人が私の腕を掴んだ。​彼は、心の底から私が薬を盛ったと思い込んでいる。​彼の中では、私はそれほど悪い女なのだ。​私は精一杯、取り繕った微笑みを浮かべた。​「そんなことないわ。ただ、お腹がいっぱいになったから、二人の邪魔をしたくないだけよ」​すると、彰人の顔が険しく歪んだ。​「そうやって、思ってもいないことを口にする醜い姿に、自分で気づかないのか?」​隣では、美々も蔑むような視線をこちらに向けている。​私はテーブルクロスを強く握りしめた。彰人は他人の前で私を辱めることを、決してためらわない。​「鈴木、これから食事は一人分増やしてくれ。美々は今日からここに住む」​家政婦の鈴木優子(すずき ゆうこ)は困り果てた様子で私を見た。​ここは私の家であり、彰人がここに住めているのも私のおかげだ。​それなのに彼は、勝手に他人を住まわせようとしている。​「これからは美々の言いなりになれ。敬語を使ってな」​美々は得意げに顎を上げた。​喉の奥がつりそうになった。​「ここの家主は私よ。どうして彼女に住まわせなきゃいけないの?」​彰人の顔色がぱっと変わった。​以前の私は、彼と過ごす時間を増やすために、「ここは自分の家のように使っていいよ」と言ったからだ。​その時、スマホが鳴った。​画面を確認すると、知り合いの行政書士からだ。​私はスマホを手に、そのまま二階へと向かった。​「彰人、純菜ちゃんは私のこと
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第3話 ​
服を畳んでいた手が凍りついた。​――どうして、これほどまでの言葉で私を傷つけようとするのか。​私が彰人を好きなことが、そんなに許されない罪だというのだろうか。​どうして、こんな屈辱に耐えなければならないのか。​「出て行って。今すぐ、私の部屋から出て行って!」​声が震えている。​彰人が立ち去ろうとしなかったので、私は力任せに彼を外へ押し出した。​ドアが閉まる間際、彼の鋭い視線が突き刺さった。​「純菜、これからは美々に優しくしろ。​家族だと思って接しろ。さもなければ、俺はお前を一生許さない」​……​大使館での面接は滞りなく終わり、すぐにビザが下りた。​「明日の朝一番の航空券を予約してもらえますか」​「豊松様、そんなに急がれるのですか?」​「早ければ早いほどいいんです」​帰宅してドアを開けようとしたが、鍵が変えられていた。​「無駄よ。鍵はもう全部取り替えたから」​部屋の中から美々が出てきた。​「誰の許可を得てそんなことをしてるの?」​ここは父が私のために買ってくれた家だ。彼女にそんな権利があるはずがない。​「もちろん、私の未来の旦那であり、この屋敷の家主の許可よ。この部屋だけじゃない、家も中のものも、すべて私のものになるんだから。​まさか、まだここが自分の家だなんて思ってないわよね?」​――彰人は、それほどまでに急いで私を追い出したいのか。​美々は背後からジュエリーボックスを取り出し、蓋を開けた。​「さすがはお嬢様のものね。どれも高そうだわ」​「……返して!」​「それはできないね。彰人が私にくれるって言ったんだもの」​「彰人にそんな資格はない!」​私は必死に彼女の手から奪い返そうとした。​「中のものは全部あげてもいい。でも、そのブレスレットだけはママの……返して!」​そのホタルガラスのブレスレットは、母が亡くなる直前の誕生日に贈ってくれた、私にとって何よりも大切な宝物だ。​「あら、なんだか壊れやすそうね」​美々は、わざとブレスレットを放り投げる仕草を見せた。​「やめて!」​脈が激しく打つほどの恐怖に襲われた。​揉み合ううちに、ブレスレットが階下へと落ちていった。​パリンと、ガラスが砕ける高く鋭い音が響いた。​私は転がるように階
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第4話 ​
「それは、彼女が先に……」​「嘘をつき、暴力を振るい、そして芝居。純菜、お前はいつからこんな風に成り下がったんだ?」​彰人は心の底からがっかりしたような表情で私を見た。​「純菜、お前は本当にひどい女だな。そんな手を使って同情を引き、美々に濡れ衣を着せて追い出そうとするなんて」​「違うの、本当に違うの!」​彼は私の手から、砕けたブレスレットを無理やり奪い取った。​「お母さんの形見まで使って哀れみを乞うとは、まじで最低な女だ」​彰人は破片を握りしめたまま、庭へと向かった。​彼の足は速く、私は追いつくのがやっとだ。​花壇の縁につまずいて転がり、地面に這いつくばりながら彼の後を追いかけた。​「何をするつもり?返して!ママのものよ!」​私は彼の腕に縋りつき、狂ったようにブレスレットを取り上げようとした。​その拍子に、彼の腕を爪で引っ掻き、一筋の血が滲んだ。​彰人は思わず私の頬を張り飛ばした。​「正気か?純菜、お前は一体どこまでふざけるつもりだ!」​――彼が……私を、叩いた?​生まれ変わってからというもの、私はただ彼らから離れたいだけだ。​愛なんていらない。家だって譲っても構わない。​それなのに、どうしてこれ以上私をいじめるのか。​「美々が私のものを奪おうとしたの。彼女がママのブレスレットを壊したのよ!なのに、どうして私を叩くの?どうして事情も聞かずに私を責めるの?」​「まだそんな見え透いた嘘を……昔はこんなに演技が上手いとは思わなかったぞ。​お前にはまじでがっかりだ」​彰人はブレスレットを高く掲げた。​そして、あろうことか、それを庭の噴水の中に投げ捨てたのだ。​「やめて!」​私は迷わず噴水へと飛び込んだ。冬の冷たい水が、一瞬で全身の体温を奪い去っていく。​けれど、噴水の水は流れている。​ブレスレットの破片は瞬く間に流され、どこにあるのかさえ分からなくなってしまった。​「どうして、こんなひどいことをするの?」​私は水の中で膝をつき、唇を震わせた。​「お父さんが不在の間、お前を厳しくしつける必要があるんだ。​美々への償いとして、新しいジュエリーを20個買い揃えてこい。さもなければ、二度と俺の前に顔を出すな」​去っていく彼の背中を見上げた。​頬を伝う雫
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第5話 ​
彰人が私の手首を強く掴み、無理やり自分の方へ向かせた。​「純菜、いつからそんなに平気で嘘をつくようになったんだ?お前がどれほど俺を愛してるか知ってる。他の女が近づくことさえ許さなかったお前が、俺たちを祝うなんてあり得ないだろう」​私は目を赤く腫らしながら、彼の手を力任せに振り払った。​「昔はただ若かっただけ。でも、これからはもう違う。美々だろうと他の誰だろうと、もう気にしないわ」​「そんな強がりを言って。本当に出て行くつもりじゃないかと少し心配したが、確信したぞ。ただ拗ねてるだけなんだな。​お前のような箱入りのお嬢様に、俺に付きまとう以外に何ができる?牙を剥いて周りの人間を追い散らしてきたお前の姿には慣れてるんだ。今さら物分かりのいい振りをしなくていい。​いい子にしてろ。一生、何不自由ない暮らしをさせてやるから。自分にふさわしくないものまで欲しがるのは、もうやめるんだ」​彼は優しく布団をかけ直してくれた。​その動きを見て、私は手足が氷のように冷たくなり、こみ上げる吐き気を感じた。​彰人は不意に、机の上にあった真珠の髪留めを手に取った。​「これでも俺を好きじゃないなんて言うのか。八年前に俺が贈った安物を、まだ持ってるくせに」​なぜその髪留めがここにあるのか、私には分からない。​「きっと美々が、値打ちのない偽物だと思って、私の荷物と一緒に放り出したんでしょうね」​「値打ちのない偽物だ」という言葉で、美々と彰人の両方をなじった。​彼の顔色は瞬時に険しくなった。​「美々はそんなに欲深い女じゃない。お前が気にしてるだけだろう。​四年前、お前はこの髪留めのために、泥棒に刺されそうになっても決して手を離さなかったじゃないか」​当時の恐怖は、今でも思い出すことができる。​けれど、これが彰人からもらった唯一の贈り物だと思えば、命さえ惜しくないほどの勇気が湧いてきた。​かつての私は、彼からもらったものなら、たとえ100円の価値しかなくても宝物のように大切にしていた。​けれど今、彼が美々を連れて高級ブランドショップで湯水のように金を使う姿を見て、ようやく悟った。本当に愛している相手には、世界のすべてを捧げたいと思うものなのだと。​私は髪留めを奪い取ると、迷うことなく窓の外へ投げ捨てた。​彰人は思わず手
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第6話 ​
彰人はソファに座り、美々が次々とドレスを試着する様子を眺めている。​「ねえ、似合ってる?」​彼はロボットのように頷き、ふと純菜のことを思い出した。​幼い頃の純菜は、いつもお姫様のようなドレスを着て彼の後ろをついて回り、「将来は一番綺麗なウェディングドレスを着て、彰人のお嫁さんになるの」と言っていた。​――あの頃の自分は、今ほど彼女を拒絶していなかったはずだ。​一体、いつから変わってしまったのだろう。​おそらく、自分が会社に入り、幹部に就任してからだ。​周囲から社長・豊松健一郎(とよまつ けんいちろう)への恩義を口にされるたび、純菜への嫌悪と反発が強まっていった。​その恩義は枷のように彼を縛り、純菜はその枷そのものに見えたのだ。​急に純菜の様子が見たくなり、彰人は立ち上がった。​「純菜のところへ行ってくる。朝から何も食べてないだろうから」​美々は彼の袖を掴んだ。​「食べないのは拗ねてるだけよ。放っておけばいいの。大丈夫、鈴木がこっそり何か作ってあげるはずだから」​彰人は自分に言い聞かせるように、再び腰を下ろした。​――そうだ、あのわがままなお嬢様には、少しお仕置きが必要だ。​新婚旅行は完璧だ。​すべてが彰人の想像通りに進んでいる。​ただ一つ、無意識にスマホを開くたび、純菜からの連絡が一件も入っていないことだけが違っている。​彰人は眉をひそめ、心の奥底から苛立ちがこみ上げるのを感じた。​ある深夜、彼は幼い頃の純菜が「彰人!」と呼びながら、腕の中に飛び込んでくる夢を見た。​彼は微笑みながら抱きしめようとした。​ハッと目を覚ました時、それが夢だと気づいた。​一ヶ月後、二人が家に戻っても、純菜の姿はない。​「私たちが帰ってきたのに出迎えもしないなんて、本当に失礼ね」​美々がまた純菜への不満を漏らしている。​初めて、彰人は美々の言葉に同調しなかった。​心ここにあらずといった様子で適当に相槌を打ち、純菜の部屋のドアを叩いた。​「彰人!」​後ろで美々が呼び止めるのも無視して、彼は部屋に入った。美々はひどく不機嫌そうな顔をしている。​部屋の中は静まり返っている。​人の生活の気配がまったくない。​クローゼットを開けると、中は空っぽだ。​「鈴木!」​彰人の声
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第7話 ​
かつて彰人を追いかけ回していた頃の私は、どこへも行けなかった。彰人のちっぽけなプライドを傷つけるのが怖かったから。​でも今は、ようやく思いのままに生きることができる。​ヨーロッパのお城、アメリカのグランドキャニオン、アフリカの大草原。​今までこんなにも素晴らしい景色を見逃していたのかと後悔したが、すぐに、やり直す機会を得られたことを幸せに思った。​サーフィンを覚え、ダイビングを学び、アマゾンの熱帯雨林探検にさえ挑戦した。​ただ、隣には思いがけない人物がいる。​私は隣の席に座っている男性に視線を向けた。​国内最年少で映画賞を総なめにし、一昨年ハリウッドへ進出。今年はヨーロッパ三大映画祭で主演男優賞を手にした、我が国の至宝。​舟尾聡(ふなお さとし)だ。​飛行機に乗る直前、父がどこか含みのある笑顔で彼を私の隣に押しやってきたことを思い出した。​「純菜、パパがしっかり見極めた男だ。間違いなく優良物件だぞ」なんて言いながら。​――確かに、非の打ち所がない。​広い肩幅に引き締まった腰、ファーストクラスの座席でさえ持て余すほどの長い足。​ソース顔で、ハーフのように整った顔立ちをしている。​自分が少し浮気性になったのではないかとさえ思うほど、この数ヶ月、彰人のことを一度も思い出さなかった。​もちろん、聡は常にサングラスを欠かせない。​そうでなければ、一瞬で熱狂的なファンに囲まれてしまうからだ。​「ごめんなさい、パパのせいで困らせてしまって。お仕事の方は大丈夫なの?」​ミラノの街角でジェラートを頬張りながら、何気なく尋ねてみた。​「それとも、私の旅の付き添いがパパから依頼されたお仕事だったりするの?」​「僕の出演料はかなり高いから、お父さんでもそう簡単には雇えないぞ。それに、これだけ一緒にいて、まだ僕が誰だか思い出せない?」​私は呆然とした。​聡に紙ナプキンで口元を優しく拭われると、私の顔は瞬く間に熱くなった。​彼が静かに微笑んだ。​「僕が自分から来たいと言ったんだ。本当は撮影中だったんだけど、お父さんと親父が君が旅行に出るって話してるのを小耳に挟んでね。予定を切り上げて、厚かましくもついて来ちゃったんだ」​私は驚いた。​彼の口ぶりは、私だけでなく父とも親しいかのようだが、どうし
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第8話 ​
「謝らなくていい。君が忙しくて返せなくても構わない。僕の方から君の隣に行くから」​聡は穏やかな眼差しで私を見つめた。​「子供の頃、将来の旦那はスーパースターがいいって言ってたでしょ?」​彼はウインクした。​「約束通り、なったぞ」​胸の奥が、不意に温かくなった。​ままごとのような言葉を、彼は今でも覚えていてくれた。​不意に、目の前の日差しが遮られた。​大きな影が私に落ちてきた。​目を真っ赤に腫らした彰人が、今にも私を抱きしめんばかりに手を伸ばしてきた。​「純菜!やっと、やっと見つけた!」​パシッと聡が彰人の手を叩き落とし、私の前に立ちはだかった。​「彼女に触るな」​彰人はそこで初めて聡の存在に気づいたようだ。​けれど聡はサングラスをかけているため、彰人は彼が誰であるか気づくはずがない。​「純菜のボディガードか?どけ。俺を誰だと思ってる?」​人通りの多い街中で騒ぎを起こしたくなかった私は、低い声で彼に尋ねた。​「何の用なの?」​「会いたかったんだ。​狂いそうなほど、お前を想ってた。純菜、どうして番号を変えたんだ?どうして俺から隠れるんだ?」​彼の言葉があまりに滑稽で、笑いがこみ上げてきた。​「自分の奥さんの面倒を見ていればいいじゃない。私に構わないで」​「あの嘘つきとはもう離婚した!」​彰人が怒りを込めて叫んだ。​私が聡と旅に出た後、父は私が国内で受けていた仕打ちをすべて調査させていた。​優子がすべてを父に打ち明けてくれた。​私が彰人にこれほどまでにいじめられていたとは、父も思ってもみなかったのだろう。​父は即座に彰人のすべての役職を解任し、さらに美々の身辺調査を命じた。​彰人が停職の理由を問いただそうと父に電話した際、父は汚い言葉で彼を叱り飛ばしたという。​「俺の娘をいじめるような恩知らずを養うつもりはなかった!」と。​同時に、父は彼に一通のメールを送った。​そこには、美々がわざと私のブレスレットを壊した映像や、媚薬を購入した証拠が含まれている。​以前、彰人に薬を盛った犯人は美々だったのだ。​だからこそ、彼女はあんなにタイミングよく現れたというわけだ。​さらに、美々には離婚歴がある。​学生時代に派手に遊び歩き、三度の中絶を繰り返し
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第9話 ​
彰人の瞳には、希望の色が滲んでいる。​彼は両手を広げ、以前のように、私がその胸に飛び込んでくるのを待っている。​だけど、私は思い出してしまった。前世で、彼に何度も何度も車でひき殺された時の、あの凄まじい痛みを。​無意識に胸元を押さえた。当時の激痛が、今もそこに残っているかのようだ。​「いいえ。もう、あなたを愛してなんていない。​あなたを愛してた豊松純菜は、とっくにあなたの手で殺されたのよ」​背を向けて立ち去ろうとしたその時、彰人が不意に突っ込んできて私の手首を掴んだ。​「純菜、いい加減にしてくれ。一緒に帰ろう」​私は眉をひそめ、力任せにその手を振り払った。​「離して!」​彰人は、捨てられた子犬のように、目元を真っ赤に腫らしている。​「まだ怒ってるんだろ?謝る、全部俺が悪かった。以前はどうかしてたんだ。これからはもう、他の女なんて絶対に見ないから。​純菜、お前がいないと俺は生きていけないんだ。お願いだ、行かないでくれ」​恐怖が込み上げてきた。​聡は彰人の指を強引に引き剥がした。​「離せと言ってるのが聞こえなかったのか?」​彰人は痛みで手を離すと、聡を鋭く睨みつけた。​「お前は何様だ?俺たちのことに口出しする資格なんてあるのか?」​「僕が……純菜の婚約者だ」​一瞬、辺りの空気が凍りついた。​彰人はふと眉を寄せ、私を見た。​「純菜、俺を怒らせたいからって、どこの馬の骨とも分からない奴を連れてくるなんて」​彼は聡を上から下まで値踏みするように眺めた。​「体格だけはいいみたいだが、どうせホストか何かだろ?こういう手合いはお前の金が目当てなだけだ。今日はお前をご機嫌取りしてても、明日はどこの金持ち女のベッドにいるか分かったもんじゃない」​私の顔から、一気に血の気が引いていった。​「口を慎みなさい」​しかし、聡は怒ることもなく、ただ低く笑っただけだ。​「ほう?僕ほどかっこいいホストが、どこにいるのかな?」​彼は、おもむろにサングラスを外した。​彰人の表情が固まった。​無理もない。実業界に身を置く彰人が、聡を知らないはずがないのだ。​彼は国民的な俳優であるだけでなく、豊松グループにとって最大の取引先である会社の後継者なのだから。​彰人の顔から、みるみるうち
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第10話 ​
聡は、私の絡まった指を優しく包み込んだ。​「ファンも大切だけど、僕にとっては君の方がずっと大事なんだ。​もともと俳優になったのも、君のためだったから。それに、僕は世界中の人々から祝われたいと思ってるんだ」​聡はポケットから上品な青いベルベットの箱を取り出した。箱を握る彼の指先が、微かに震えている。​中には、見事な大粒のピンクダイヤモンドの指輪が収められている。​「純菜、僕と結婚してくれないか?お父さんの期待のためでも、誰かから逃げたいっていう焦りからでもなく、ただ、僕という一人の男として見てほしいんだ」​迷ったりためらったりするだろうと思っていたが、実際にはそんなことはなかった。​私ははっきりと自覚している。目の前にいるこの人と、共に歩んでいきたいのだと。​「喜んで」​聡は一瞬、呆然とした。​それから、震える手で何度もやり直しながら、ようやく私の指に指輪を嵌めてくれた。​「この台詞を、このシーンを、心の中で20年近く練習し続けてきたんだ」​……​ホテルに戻った途端、スマホの通知が鳴り止まなくなった。​父からのメッセージだ。​【純菜、トレンド入りしてるぞ】​SNSを開くと、トレンドにはすべて私に関わるハッシュタグが並んでいる。​#トップ俳優、謎の美女とミラノに​#舟尾聡、交際宣言か​クリックすると、先ほどの集合写真や、誰かが撮影した私と聡の後ろ姿の写真が表示された。​コメント欄は完全に炎上状態だ。​【これ誰?どの女優さん?】​【うわぁぁ、聡さまに彼女が……胸が痛いけれど、すごくお似合いに見える】​【どうせ売名行為でしょ】​【この女は運が良すぎる。一体誰だ?】​【じゃあ、私の推しはどうなるの?二人はこっそり付き合ってたんじゃないの?】​【デタラメ言わないで。聡は一度も認めたことなんてないわ。ずっと独身だって言い続けてたもの!】​すぐにゴシップサイトでこのような記事が掲載された。​【舟尾の相手、とあるライブ配信サイトで活躍する女性ライバー。泥酔の末、一夜を共にした】​私は呆れて、言葉も出ない。​この記事の作者の想像力には感心するばかりだ。​そこへ、さらに新しい内容がトレンドに舞い込んだ。​聡本人の投稿だ。​【20年間ずっと追いかけ続けてきた、
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