Mag-log in夫の新井要(あらい かなめ)の子供を妊娠したと分かったその日、彼は外で囲っていた浮気相手と別れた。 子供のためにと、彼は自ら家庭に戻ることを提案した。 平穏で静かな結婚生活の日々、私はそれで十分に満足し、このまま一生を終えるのも悪くないと思っていた。 しかし、ある日、彼の浮気相手が事故で亡くなった。 要は彼女の日記から、当時彼女が私の妊娠を知って、深く傷つき、身を引いたのだという事実を知った。 そして、その日記に挟まれていた私のエコー写真のコピーを、彼も見てしまったのだ。 要は私が手段を選ばず彼女を追い出したのだと決めつけ、私を深く恨んだ。 無理やり離婚を突きつけられ、慰謝料も財産分与もなしに家を追い出され、子供に会うことすら許されなかった。 それどころかあらゆる手段で私を潰そうとし、生きる道さえ奪った。 死ぬ間際、彼が私に残した最後の言葉はこうだった。 「お前のその薄汚い愛と一緒に、地獄へ落ちろ」 再び目を開けると、私は病院の廊下に立っていた。手にあるエコー写真を迷わずビリビリに破り捨てた。
view more私はスマホを置き、軽く息を吐き出した。これが彼の報いだ。結婚を裏切り、私を傷つけた代償だ。あっという間に凪は1歳になり、よちよち歩きができ、甘い声で「ママ」と呼べるようになった。私は凪を連れて公園に日向ぼっこに出かけた。凪はシャボン玉のスティックを握りしめ、シャボン玉を追いかけて走り回り、その笑い声は澄んで心地よかった。私はベンチに腰掛け、彼の元気な後ろ姿を見守りながら、温かい微笑みを浮かべていた。少し離れた大きな木の下に、要が立っていた。シンプルなカジュアル服を着て、その姿はひどく寂しげだった。凪を見る彼の目には、優しさと名残惜しさが満ちており、それは彼の骨の髄まで刻まれた未練だった。私はうたた寝を装い、彼が凪をそっと抱き上げ、壊れ物を扱うかのように優しくその額に口づけをした様子を、ただ見て見ぬふりをした。私は彼と違って、そこまで冷酷にはなれない。でも、私にできるのはこれだけだ。凪が戻ってきた時、その小さなポケットの中に、一枚の折り畳まれた手紙が入っていた。私はゆっくりとその手紙を広げた。その内容に、思わず手が力んだ。【凛へ:よく考えるんだ。どうしてお前は突然変わってしまったのか。いつから変わってしまったのかと。そして思い出した。お前の変化は、あの結婚記念日から始まったんだと。最初は、何が起きたのか理解できなかった。でも凪が生まれてから、俺は頻繁に悪夢を見るようになった。夢の中で、俺はお前を傷つける数々のひどいことをしていた。浮気なんかよりもずっと、残酷なことを。俺はお前の変化を理解し、なぜお前が俺を見限ったのかを悟った。もちろん、分からないこともある。なぜ自分が、あんなふうになってしまったのかが分からない。俺は近づくことすら叶わぬ夢となり、ましてやお前に許しを請う資格もない。神様が俺に前世を思い出させたのは、前世の記憶を抱えたまま、夜な夜な後悔に苛まれ続けろということなのだろう。この一生、俺はお前の視界に入らない場所に立ち、果てしない後悔を守り続けるしかない。お前を愛しているのに手に入れることはできず、想っているのに近づくことはできない】手紙は短く、その文字は彼の涙の跡で滲んでいた。しかし、私は遅れてきた謝罪を受け取ったというだけで、彼を許すつもりは毛頭なかっ
妊娠期間は穏やかで充実していた。美優がずっと付き添ってくれ、妊婦健診にも、ベビー部屋の準備や服、おもちゃの買い出しにも一緒に行ってくれた。私たちは子供が生まれた後の生活を夢見ながら、平凡だが幸せに満ちた日々を過ごした。時折、遠くに要が立っているのを見かけた。私と美優が楽しそうに笑い合い、私が大切にされている様子を見つめる彼の目には羨望と、深い自責の念が宿っていた。自分が手にするはずだった幸せを、自らの手で壊してしまったことを、彼はようやく理解したのだろう。出産予定日通りに、美優の付き添いで病院に入院した。彼女は一時も離れずにいてくれた。出産はとても順調で、数時間後には健康な男の子を産んだ。泣き声が大きく、顔立ちは私によく似ていた。看護師が赤ちゃんを私のそばに寝かせてくれた。柔らかくて小さな赤ちゃんが、私の胸に寄り添う。私の心は優しさと感動で満たされた。名前は日向凪(ひゅうが なぎ)と名付けた。私の旧姓である「日向」を継がせ、その名の通り、波風の立たない「凪」のように一生平穏で、憂いなく過ごしてほしいという願いを込めた。私は子供が生まれたことを誰にも知らせなかった。要にも、もちろん。ただ静かに子供に寄り添い、この優しく穏やかな時間を過ごしたかった。しかし、要はどこからか聞きつけ、狂ったように病院へ駆けつけてきた。病室に入る勇気もなく、ただ廊下のガラス越しに私が抱く凪を見つめ、静かに涙を流し続けていた。彼は昼から夜まで、飲まず食わずで、その視線はずっと子供に釘付けだった。それは彼の人生で唯一の子供だというのに、一度抱く資格すらないのだ。看護師が帰るように促しても、彼は動かなかった。病室の外で、まるで過ちを犯した子供のように、心に満ちる後悔を抱えたまま立ち尽くしていた。退院の日も、彼は病院の前に立っていた。私が凪を抱いて車に乗り込む姿を、近づくこともできずにただ見送るししかかった。去りゆく車を目で追いながら、彼はいつまでも立ち尽くしていた。それが彼にとって最後の一線であり、私と子供への遅すぎた償いだった。産後、美優がプロのベビーシッターを雇ってくれ、私と凪の世話をしてくれた。彼女も毎日顔を出し、店の面白い話を教えてくれたり、凪をあやしたりしてくれた。凪はとてもいい子で、飲んでは寝て、寝ては飲み、白くて丸々
私はその惨めな姿を見下ろし、ただ滑稽で哀れだとしか思えなかった。「要、遅すぎるわ」私はソファに座り、お腹を優しく撫でた。「かつて絢香のために私を冷酷に見捨て、私の妊娠中も彼女を繋ぎ止めることしか考えていなかった。離婚を告げた時も鼻で笑っていたあなたが、子供を作れない体になった途端にこの子を求めるなんて、あまりに虫が良すぎると思わない?」「俺が自分勝手なクソ野郎だってことは分かってる!」彼はドンッと私の前に土下座し、涙をせき止めることなく流した。彼が泣く姿を見たのは、これが初めてだった。あまりにもみすぼらしく、卑屈な泣き顔だった。「復縁してくれとは言わない。ただ、子供に会わせてほしいだけなんだ。子供が生まれたら、少しでも父親としての責任を果たさせてくれ。お前の言うことは何でも聞く。絶対にお前の生活の邪魔はしない。お願いだ」美優がそばに立ち、冷ややかに言い放った。「今更土下座?遅すぎるのよ。凛が妊娠して辛い思いをしている時、あんたは浮気相手とイチャイチャしてたじゃない。子供が作れなくなってから子供を奪いに来るなんて、そんな虫のいい話があるわけないでしょ。とっとと立ちなさい、みっともないから」彼は地面にひざまずいたまま立ち上がろうとせず、何度も何度も頭を下げた。「凛、本当に悪かった。俺を哀れだと思って、一度だけ許してくれ。俺はもう一生子供を持てない。お腹の子が俺の唯一の子どもなんだ……」私は静かに立ち上がった。「これは、誰を哀れむかといった問題じゃないわ。この子は、最初からあなたとは何の関係もない。あなたの子供として認めさせるつもりはない。立ちなさい。そして二度と来ないで。これ以上来るなら、警察にストーカーとして通報するわよ」そう言い残して、私は奥の部屋に入り、二度と彼を見なかった。それ以来、要は相変わらず諦めきれず、毎日店の前にやってきた。だか、もう無理に近づくことはなく、ただ遠くから私と、そして徐々に膨らんでいく私のお腹を、深い後悔の念に満ちた瞳で見つめ続けた。彼は黙って店の前に朝食を置き、雨の日は店先の花材を軒下に運び、私が妊婦健診に行く時はこっそり後ろからついてきた。近づく勇気もなく、ただ遠くから見守り、私が事故に遭わないか心配しているだけだった。絢香は退院後、要が毎日私に会いに来ていると
彼の声はかすれていた。「俺は変わる。これからはお前と子供のことだけを考える。二度と過ちは犯さない」「結構よ」私は片付けを終え、帰る準備をした。「帰りなさい。もう二度と来ないで」私は彼を避け、美優の車に乗り込み、彼の視界から完全に姿を消した。それでも要は諦めず、毎日店に通ってきた。時には花材を運ぶのを手伝い、時には黙って掃除をした。お客様の邪魔をすることはなく、ただ私と一言でも言葉を交わせることを願っていた。私は終始彼を無視した。彼が何をしようと目もくれず、時間が経つにつれ、彼もどうすることもできなくなった。だが、そんな彼に大きな災厄が静かに忍び寄っていることなど、知る由もなかった。その日は週末で、私と美優はベビー服を買いに出かけていた。その時、スマホに「郊外のバイパスで交通事故、男女2人が重傷。男女間のトラブルが原因か」という、生々しいローカルニュースの速報が飛び込んできた。ニュースに添付されていた事故車両の写真を見て、私はそれが要の車であることにすぐに気づいた。美優もそれに気づき、一瞬呆然とした後、鼻で笑った。「因果応報ね。浮気相手と出かけて事故に遭うなんて、自業自得だわ」私の心には何の波風も立たなかった。詳細を読むことすらしなかった。彼が生きようが死のうが、私には関係のないことだ。夕方になり、弁護士から突然連絡が入った。要の家族から連絡があり、要が私に話したいことがあるから病院に来てくれないかと言っているらしい。私はきっぱりと断り、弁護士もそれ以上は何も言わなかった。その後、美優が友人から事情を仕入れてきて、胸がすくような口調で教えてくれた。「凛、聞いた?二人とも事故でかなりの重傷だって。その女は足の骨を折って後遺症が残るし、要はもっと悲惨よ。医師の診断で、もう二度と子供を作れない体になったんだって」私の手が一瞬止まったが、心には微塵の同情も湧かず、ただ見えざる因果応報だと感じただけだった。前世で彼は絢香のために私の人生を台無しにし、子供に会うことすら許さなかった。今世で、彼は父親になる権利を完全に失ったのだ。要は丸1ヶ月間病院のベッドに横たわっており、絢香も同じ病院で療養していた。事故を境に、絢香は人が変わったように毎日要を責め立て、運転不注意で自分を障害者にし、人生を台無