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第4話

Author: みそ煮
last update Petsa ng paglalathala: 2026-02-23 21:58:58

湊斗との思い出を振り返っていた瀬奈は、ある大きな木の前で足を止めた。

「……昔と何も変わっていないわね」

瀬奈は子供の頃、湊斗とよくこの木に登って遊んでいた。昔から運動神経が良かった湊斗に、瀬奈はまるで追いつくことができなかった。

そのとき、彼はいつも瀬奈が来るまで待ってくれていて――

そんな優しい湊斗はもうどこにもいなかった。

この木は何も変わっていないのに、どうして私たちはこんなにも変わってしまったのだろう。瀬奈はそう思いながら、木を見上げた。

夏には見事なまでに花を咲かせているが、冬である今は枯れ果て、葉一つ見当たらない。

それがまるで、今の瀬奈の心を表しているようだった。最初から、花を咲かせたことなんて一度もなかったが。

「奥様……」

背後に控えていた一馬が心配そうに声をかけた。

「ここはね、私と湊斗がよく遊んでいた場所なの」

「ええ、存じております……私は昔から社長についておりましたから」

一馬は湊斗の七つ年上で、彼の幼馴染でもあった。湊斗にとっては最も信頼のおける相手で、兄のような存在だった。当然、瀬奈も昔から彼のことを知っていた。

「付き合わせて悪かったわね。もう帰りましょう」

瀬奈は一馬と共に来た道を戻った。二人でたくさん遊んだこの公園を歩いていると、走馬灯のように彼との思い出が頭に流れた。

転んで膝を擦りむいたときに手を差し伸べてくれた彼、足の遅い瀬奈を気遣って少し先で待ってくれていた彼、父親に叱られて泣いたときに優しく慰めてくれた彼の姿が鮮明に浮かんだ。

しかし、今ではどれも何の意味もないものだった。

彼は変わってしまった。理由はわからないが、瀬奈を酷く嫌うようになったのだ。あまりにも突然のことだった。

「長かったなぁ……」

今年で結婚生活も二十年を迎えようとしている。長いようで短い二十年だった。瀬奈も湊斗ももう三十八歳だ。

そんな彼は歳をとってもなお美貌は健在で、今でも多くの女性を惑わせていた。神宮司財閥のトップという地位もあり、湊斗の元には未だに美しい女性たちが寄ってくる。

本邸から夫の女性関係の噂を聞くのは何よりも辛いことだった。

瀬奈は家までの道のりを一馬と共に歩いている最中、前から見知った顔が歩いてきたことに気が付いた。

「誰かと思ったら、湊斗の奥さんではありませんか」

「……沙織さん」

両親が亡くなったときからずっと湊斗の傍を守り続けた、彼の最愛の嶋田沙織(しまださおり)だった。

「久しぶりですね、奥様」

「……ええ、そうですね」

沙織は朗らかな笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。神宮司財閥では、お飾りの瀬奈ではなくもはや彼女が湊斗の妻として幅を利かせているようだ。

そして沙織と湊斗との間には二人の子供がいた。湊斗は最も愛する沙織との子を後継者として育てているようだ。

「どちらへ行かれていたんですか?」

「散歩をしていました」

「そうだったんですね。奥様は子供もいないので普段何をしているのかずっと気になっていたんです」

「……」

瀬奈は何も言うことができなかった。いくら彼の正式な妻であるとはいえ、子供がいない時点で私の勝ちだと言われているようだった。

しかし、ここで沙織と争ったところで意味がない。湊斗の気持ちが沙織にある時点で、瀬奈の負けは確定しているようなものだったから。

「奥様は自分の立場を理解しているようですね、湊斗の妻が出来た方で私も助かりました」

瀬奈は湊斗の女性関係にこれまで口を出したことがなかった。彼の妻である以上、苦言を呈してもいいはずなのに。彼女はあえてそれをしなかった。

初日に言われた約束を破って彼に嫌われることを恐れていたからだろう。彼女はいつだって湊斗をどうにかして振り向かせようとしていた。しかし、今はそうする必要もなかった。

彼女は湊斗の最愛を前に、ゆっくりと口を開いた。

「――私、湊斗とは離婚するつもりなんです」

「お、奥様……!?」

驚いた一馬が声を上げ、沙織は目を見開いた。

「沙織さんにすべてお譲りしようと思っているんです……」

「……驚きました、奥様が湊斗から離れる決意をするだなんて」

沙織の表情は変わらなかった。

「私も人間ですから。手に入らないものをいつまでも欲しているわけにはいきません」

「……よく決断しましたね」

そう言うと、彼女は瀬奈に一歩近づいた。

「――二十年間、ご苦労様でした」

「……」

その言葉に瀬奈は何だか泣きそうになった。やっと解放されるのだという嬉しさか、それとも最後まで彼に相手にしてもらえなかった惨めさからくるものなのかわからない。

「……どうか、湊斗をよろしくお願いしますね。沙織さん」

「……」

瀬奈はそれだけ言うと、急いで邸宅の中へ入って行った。

そして部屋に入って扉を閉めると、彼女は嗚咽を上げて泣いた。

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