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第5話

Author: みそ煮
last update publish date: 2026-02-24 18:01:03

瀬奈はその日一日中泣き続けた。部屋からは彼女の嗚咽が漏れており、邸の者は誰一人として近づけなかった。

彼にとっては幸せだったかもしれないが、彼女にとっては辛く苦しい二十年だった。毎日のように愛人の元へ向かう夫の帰りを待ち続け、眠れない夜を過ごした。

きっといつかは帰ってきてくれる、そしたらまた昔のように仲の良い二人に戻れるのではないか。そんな僅かな希望を胸に抱きながら。

そんな彼はとうとう最後まで瀬奈を顧みることはなかった。彼女の気持ちは無残にも粉々に打ち砕かれた。

彼から深く愛された沙織と会うと、より一層自分の惨めさがひしひしと感じられた。沙織は自分と違って湊斗と温かい家庭を築いている。今この瞬間も、彼は沙織と一緒にいるのだ。

考えれば考えるほど涙が溢れて止まらなかった。

ベッドシーツを濡らしながら泣き続けた瀬奈を猛烈な眠気が襲い、彼女はそっと目を閉じた。

***

翌日。

瀬奈は朝の八時頃に目を覚ました。目覚めた途端に、一筋の涙が彼女の頬を伝った。

瀬奈は涙を拭い、一人呟いた。

「……もう、泣くのはやめよう」

それを最後に、彼女は涙をこらえた。

ベッドから起き上がった瀬奈は、着替えを始めた。

カーテンを開けると、窓から陽の光が差し込んだ。外では小鳥の鳴く声が聞こえる。ずいぶんと気持ちのいい朝だった。

そのせいか、彼女の気持ちも落ち着きを取り戻した。

いつまでもくよくよしていられない。瀬奈は前に進まなければならなかった。

彼女は部屋の引き出しの奥深くに大事に保管してあったあるものを取り出した。

それは離婚届だった。紙にはすでに湊斗の名前が書かれている。決して瀬奈が偽造したわけではない。本物の神宮司湊斗のサインだ。

彼のサインが書かれた離婚届を手に、瀬奈は昔を思い出していた。

『これを持っておけ』

『湊斗……?これは一体……?』

湊斗が久々に本邸へ帰ってきたかと思えば、突然呼び出された瀬奈は一枚の紙を手渡された。

それがまさに、彼の名が書かれた離婚届だった。

『どういうこと……?湊斗、説明してよ』

『……離婚届だ、見ればわかるだろう。俺の名はすでに書いてある』

『私に名前を書けというの……?』

彼は何も言わなかったが、それがまさに肯定を意味していた。両親の死後、彼は以前にも増して瀬奈を嫌い、彼女との離婚を望むようになった。

『私、あなたと離婚はしないわ!大体不倫したのは湊斗のほうでしょう!あなたから離婚なんてできるわけがないわ!』

『……お前はどこまで俺を不幸にすれば気が済むんだ』

彼の言葉に、瀬奈は胸が締め付けられるようだった。湊斗が未だに両親のことを根に持っているのは彼女も知っていた。

『待って、湊斗!きちんと話し合いましょう!』

湊斗は瀬奈が呼び止めるのも無視し、離婚届を置いたまま部屋を出て行った。

それからは何かと離婚を催促する彼と、離婚するつもりはない瀬奈の長い戦いが始まった。彼女は離婚だけはしてやるものかと強く心を保った。

瀬奈が湊斗と離婚したところで、彼は愛する沙織と再婚するだけだろう。瀬奈は寵愛は奪われても、幼い頃から守り抜いてきたその座だけは他の誰にも渡したくなかったのだ。

「……これにサインする日が来るなんてね」

瀬奈は思わず笑みを漏らした。結局は自分が折れることになってしまうとは、思ってもみなかった。

彼女は机の上に置いてあったペンを手に取り、迷うことなく神宮司瀬奈と書いた。彼女が神宮司を名乗るのはこれが最後となるだろう。

二十年の結婚生活の終わりにしては呆気なかった。この一枚の紙きれで、二人は他人となる。

ペンを置いた彼女は、先に書かれていた”神宮司湊斗”のサインに向かって呟いた。

「……さようなら、湊斗」

――今日、私はあなたの元から消えます。

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Comments (1)
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長谷川順子
20年本当に長い月日を耐え抜いたのね。 我慢しすぎだと思う。 それ程愛していたのですね、、、
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