「さっき食べ終わったところよ」牧野明凛は急いで食器を片付け始めた。神崎姫華は興味津々で尋ねた。「四人分みたいだけど、他に誰かいるの?」牧野明凛は片付けながら言った。「唯花の旦那さんのおばあさんが来てて、今トイレに行ってるんです」神崎姫華は「そっか」と言い、それ以上は尋ねてこなかった。内海唯花が結婚していることを神崎姫華は知っていた。あのネット炎上事件に関して、彼女が兄に頼んで内海智文をクビにしようとしたこともある。内海家と唯花の親族争いを神崎姫華は他の人よりも多く知っていた。だから、唯花が結婚していることも自然と知ることになったのだった。無関係な人は、もちろんこのことを知っている人はほとんどいない。神崎姫華は他人のプライベートに踏み込むのが好きではない。内海唯花の結婚生活に関しては何も聞かないのだ。牧野明凛がテーブルを片付け終わってから、内海唯花は神崎姫華にお茶を出した。「神崎さん、バカンスに行ってこんなに早く帰ってきたの?」「私って好きな人のこといっつも考えちゃうでしょ、両親に付き合って海で二日遊んで昨日の夜ここへ帰ってきたの。唯花、あのね、今朝あなたが教えてくれた方法を使って結城社長の車を遮って来たの。ホントにできちゃったわ」神崎姫華は内海唯花に早く自分の戦績を伝えたくてたまらなかった。内海唯花は笑って言った。「本当に?あなた達話ができた?結城社長は助けてくれたの?」「助けてくれはしたけど、助けてくれなかったとも言えるわね」神崎姫華は瞬時に悲しそうになって言った。「彼とはお話できなかったわ。まるで私に食べられるのを怖がってるみたいに車から降りてもくれなかったの。私の車が故障したでしょ、本当は彼の車に乗りたかったんだけど、拒否されて、彼の車には乗れなかったのよ。幸い彼がボディーガードたちに指示して、わざと故障させた車を端のほうに移動させたの。他の車の邪魔にならないようにって。これは私を助けてくれたことになるでしょ。でも、その助けも半分ってところね、教えてもらった方法だと、半分成功、半分失敗って感じ」そう言い終わると、神崎姫華はまたすぐに元気を取り戻した。少なくとも結城理仁は彼女の車をあの場に放置するようなことはせず、ボディーガードに車を端まで移動させたのだから、彼女に全くの無関心というわけではないのだ。
内海唯花は彼こそが結城家の御曹司で神崎姫華の片思い相手なのだということはまったく知らない。神崎姫華はいつも結城社長と言っていて、理仁という名前を口にしたことがなかった。だからこの二人は話しているのが同一人物だとは気づいていなかった。「これぞ、ざまあね!」おばあさんはトイレの中でこっそり笑っていた。「これはなかかな面白くなってきたじゃないの」高みの見物をしているおばあさんは、耳を立てて、引き続き外にいる二人の女子の会話を聞いていた。内海唯花はおばあさんのことを気にかけていて、神崎姫華と一通り話した後、親友に言った。「明凛、おばあちゃんの様子見てきて、トイレに入ってから結構経つでしょ」牧野明凛は了解して、トイレの方に向かっていった。佐々木陽はすぐそばにいて、おもちゃで遊んでいた。彼に構ってくれる人がいない時は、店の中で大人しく遊んでいて、外に出たりはしないのだ。とても利口な子供だ。神崎姫華は自分の今回の作戦が失敗したと思っていたが、内海唯花の話を聞いた後、目から鱗が落ち、笑ながら唯花に言った。「唯花って本当に素晴らしい策士だわ。ありがとう。今すぐ結城社長に会いに行ってご飯に誘うわ。また拒否しようものなら、会社のゲートで待っているわ。彼がデリバリーでも頼まない限り、私からは絶対逃れられないわよ。そうだ、唯花、あなたっていつも旦那さんにどんな贈り物をするの?」内海唯花は正直に答えた。「彼には数セットの洋服とか、私が作った招き猫や鶴とか、あと、亀もね。これくらいだわ。特に高価なものは贈ったことないよ」それに、彼女が贈った服も結城理仁が着たかどうかわからない。ネクタイなら彼がつけてくれているのを一度だけ見た。結城理仁は自分の奥様がこのように考えていることを知ったら、きっと憤慨するだろう。あの日、彼はわざわざ彼女からプレゼントされた新しい服を着て、ネクタイまで締めていた。そして、会社に行って一日中その格好で回っていたのだ。その日、幹部役員でさえも彼のその姿を見てブランドを換えたのだとすぐにわかった。噂好きの九条悟だけがその理由を知っているが、他の者は何も知らない。しかし、どっちみち、みんな理仁がブランドを換えたことに気づいていたじゃないか。なのに内海唯花は一日中まったく気づかなかった。今でも彼女が贈った服
「白鳥のオスとメス一体ずつなんだけど」内海唯花は立ち上がってビーズ細工を入れている大きな箱のところまで行った。そして、とても綺麗なプレゼントボックスを持って神崎姫華の前に置き、言った。「この中に入ってるよ」神崎姫華はその箱を開けて、中から白鳥二体を取り出すと、褒めて言った。「本当にキレイね。唯花、あなた本当に手先が器用だわ。いくらかしら?買うわ」「私たち仲良くなったし、あなたは友達だから、材料費だけくれればいいよ」神崎姫華はその白鳥を箱の中に戻して言った。「友達だからこそ、お金のことはちゃんとしなくちゃダメ。これはこれ、それはそれよ。この商品の売値で買い取るわ。材料費だけじゃいけないわよ。あなたのネットショップの商品、値段を見たことあるわ。この白鳥二体は確か数千円はするわよね、具体的な値段は覚えてないけど」彼女はエルメスの鞄の中から財布を取り出し、その財布から何枚かお札を取り出した。いくら分なのか彼女は数えず、それをそのまま内海唯花の手に押し込んだ。「おつりはいらないし、いくらあるかも数えなくていいわよ。そのまま受け取って。もし結城社長がこのプレゼントを受け取ってくれたら、またお店の宣伝をしてあげるね。必ず売り上げが何十倍にもなるわよ。じゃ、先にお礼言っておくわね」神崎姫華がこんなに気前が良いので、内海唯花も遠慮しないことにした。本当におつりも返さないし、もらったのがいくらなのかも数えず、そのままお札をレジの引き出しに入れた。「唯花、それじゃ、私はプレゼントしに行って来るわね。私が結城社長を手に入れたら、必ず厚く策士さんにお礼するわ」内海唯花はニコニコ笑って言った。「いってらっしゃい、成功するといいね、がんばって!」神崎姫華が内海唯花に車いっぱいの魚介類をあげた後、惜しまずお金を使い手に入れたカップルの白鳥を引っさげ、結城理仁に求愛アピールをしに向かった。ふふ、対の白鳥なんてこれには大きな意味がある。神崎姫華はそう思うと、内海唯花のことがもっと好きになった。彼女は内海唯花を本当に自分の愛の策略家だととらえていた。おばあさんは神崎姫華が去ってから、ようやくトイレから出てきた。牧野明凛は言った。「結城おばあさん、これ以上出て来なかったら、唯花と一緒にドアをこじ開けるところでしたよ」おばあさんは年を取って
星城総合病院からそう遠くないホテルで、内海陸の両親は内海家の長男である兄の部屋のドアを叩いた。彼がドアを開けると、一番下の弟夫婦が焦った様子でそこに立っていて、彼は心配して尋ねた。「どうしたんだ?なんだか顔色が悪いけど」「兄さん、陸が昨日出かけてから帰って来てないんだ。何かあったんじゃないかって心配で」内海陸の父親は内海家の兄弟姉妹の中で一番年下だ。あの内海家のじいさんとばあさんが溺愛しているのが彼で、名前を瑛慈とつけた。慈しむという漢字を使い、一番愛される大切な子供だという気持ちを込めている。「陸はどこに何しに行くとか言ってなかった?」内海民雄は内海家の長男だ。一番年上だから冷静で落ち着いている。内海瑛慈は少しためらった後言った。「陸は内海唯花のところにケリつけに行くとか言って出てったんだ。あの女にばあちゃんの医療費出させるんだとかなんとか言ってた。昨日それっきり、今まで帰ってこないんだよ。携帯にかけても電源が切れてるし」内海陸は今勾留されている身だ。このことを家族はまだ知らない。彼の携帯はちょうど電池がなくなり自動的に切れてしまったのだ。内海民雄はそれを聞きすぐに顔を暗くし、弟夫妻を怒鳴りつけた。「お前らなんで陸を内海唯花のところに行かせたんだ。この間あいつらがあの女の所に行った時、あの女、一歩も譲らなかったろ。なのに、陸が一人で行ってあの女に頭下げさせられるとでも思うか?」姪っ子と話してみて、内海民雄は三番目の弟が残していった二人の姉妹はただ者ではないとそこではじめて知ったのだ。姉のほうは置いておいて、内海唯花とかいう姪っ子は本当に目の上のたん瘤だ。彼ら一族全員が大損したのだから。彼女から金を巻き上げられなかったのはいいとして、名声も底まで叩き落されてしまった。一族の子供たちはあのせいで停職処分にまでなり、商売にも影響が及んだ。元々、彼ら兄妹たち数人で内海唯花にもう一度直談判に行こうと思っていたが、二人の妹が時間がなく、日を改める必要があり、週末になってようやく皆時間が持てるから、それから一緒に内海唯花のところに話に行くことにした。どう言っても、彼らは全員内海唯花と比べて年長者だ。もしかしたら、彼女は彼らの面子を考慮してくれるかもしれない。「陸がどうしても唯花のところに行くって言うもんだから、止めたくて
「じゃあ、あいつらも呼ぼう」内海民雄も人数は多いほうが良いだろうと思っていて、弟が民雄の息子と甥を呼ぶのに賛成した。内海瑛慈が甥に電話をかけた時、内海智明に「おじさん、ちょうどおじさんに電話をしようと思ってたんです。陸が大変みたいですよ」と言われるとは思っていなかった。それを聞いて内海瑛慈の顔から血の気が引き、慌てて尋ねた。「陸はどうしたんだ?あの子、内海唯花のところに金を取りに行くとか言ってたから、もしかしてあの女に殴られたのか?あのクソ女めが、うちの陸に指一本でも触れてみろ、絶対に許さねえからな。故郷に帰って、あの女の母親の墓でも荒らしてやる!」内海唯花の父親は彼の兄だ。だから内海瑛慈はその兄の墓を荒らすことはない。兄嫁と彼は血縁関係にないからどうでもいいのだ。もし内海唯花が彼を怒らせようものなら、彼は本気で兄嫁の墓を荒らして平地にしてしまうつもりだ。「陸が不良数人引き連れて、夜中に唯花の車を妨害したらしいです。彼らが鉄の棒を持って、唯花の車を叩き壊そうとしたらしいですが、唯花がそれに抵抗したんだって。今彼はその不良たちと一緒に留置所にいます。俺もさっき知ったばかりなんですよ」「勾留されてるって?従姉弟同士の喧嘩に、警察に通報したのか?内海唯花、あのくそアマめが、本当に意地汚い女だ。警察呼んでうちの陸を捕まえるなんて!智明、あの子を留置所からどうにか出すことはできんか?あの子はまだ若いんだ、子供なんだよ。こんなことになって驚いているはずだ」内海瑛慈は姪が自分の息子を通報したと聞いて、まず、内海唯花が全く情けをかけなかったことに、すごく腹を立てていた。そして、息子が捕まって驚いているのではないかと心配し、どうにかして早く彼を留置所から出してあげたかったのだ。「この間、唯花のところに行った時、陸は感情的になって突っ走ってましたから。俺たちは今、分が悪いです。唯花とはやり合っちゃだめですよ。陸が唯花に迷惑かけに行って、あの女の後ろ盾も誰なのか俺たちはまだ把握していないですから、軽率な行動は避けるべきです」内海智明は叔父に言った。「おじさん、陸をしっかり説得するべきでした。俺たちはあの姉妹とは摩擦があるだけで、何の恩もありません。彼女は俺たち一族にはかなりの恨みがあります。親戚のよしみを語っても、無駄なんです」一族はみんな内海唯花
内海智明はおばの罵声は聞かなかったことにして、おじとの電話を切った。そして電話を切ると、長い溜息をついた。彼は最近、疫病神に憑かれたのではないかと疑うほどついていないと思っていた。あれほどの人数がいて、内海唯花の髪の毛一本にも触れられないとは。内海唯花には確かに力を持った後ろ盾がいるようだが、それは一体誰なのか全く見当がつかなかった。テレビ番組制作に携わる誰もが手を出せない相手ということは、その後ろ盾は星城で大きな権力を持つ者に違いないが、内海姉妹を調べたところで、そういう大物は出てこなかった。内海唯花の夫はある大企業で部長だか何だかしているらしいが、ただのホワイトカラーに過ぎない。具体的に何をやっているのかも知らないが、村の人が言うには、彼は安いホンダ車を愛用しているらしい。内海家の若者の使っている車のどれも内海唯花の夫のよりいい車だというのに。相手は大した人物ではないらしい。本当に後ろ盾になれる者といえば、内海唯花の親友である牧野明凛しかいない。その牧野は星城で生まれ育ち、家もお金持ちで、彼女の伯母さんは玉の輿に乗っている。まさか、この牧野お嬢さんがずっと内海唯花を助けているのか?通報して警察に内海陸をつき出し、クズの親戚が必ず彼女のところに来ると内海唯花は予想してずっと待っていたのだが、昼になっても、そういう気配は全くなかった。結城おばあさんは内海唯花に結城理仁へ電話するようには言わず、自ら電話をかけた。祖母からの電話を受けた時、結城理仁は専用車に乗り、会社を出てスカイロイヤルホテルへ食事に行くところだった。一緒にご飯を食べると約束したから、九条悟の車が後ろについていた。「ばあちゃん」結城理仁は祖母の電話に出て、彼女の言葉を待たず、低い声で尋ねた。「ばあちゃんに頼んだこと、聞いてくれた?」「何だったかしら?頼まれたっけ?」おばあさんはすっかり忘れていたのだ。突然、車が急ブレーキをかけた。結城理仁は顔色も変えず、祖母との通話を続けていたが、暫く黙ってから口を開けた。「昨夜、何時に帰ったか聞いてくれって、ばあちゃんに頼んだだろう。もう昼だよ、返事をくれないのか」七瀬は振り向くと、主人が老夫人と電話をしているのを見て、隙を見て口を挟んだ。「若旦那様、また神崎さんです」神崎姫華は午前中結城
佐々木唯月はもう店に帰ってきていた。就職活動はまだうまくいっていなかった。結城理仁はますます顔色が悪くなった。おばあさんは一体何を考えているんだ。結構楽しんでいるじゃないか。「もう無駄話はしないわ、早く来なさい。来ないとあなたが一体誰なのか唯花さんに真実をばらしちゃうわよ。本当に、和解のチャンスを作ってあげたのに全く感謝してくれないんだから、バカな子だね。もう一つ教えてあげるよ。神崎のお嬢さんがあなたにあげようとしてるプレゼントは唯花さんから受け取ったのよ。それが何なのか、受け取ったらわかるわよ」結城理仁の顔色が一段と暗くなった。おばあさんは彼と内海唯花のことに干渉しないと約束したはずだ。そのくせに彼の正体をばらすと脅してくるのだ。彼にそのまま通話を切られても、おばあさんは全く気にしなかった。もともと切るつもりでいたからだ。「若旦那様、神崎さんが道を譲らないのですが」運転手は結城理仁に振り向いて言った。一分くらい黙っていて、結城理仁はドアを開けて車を降りた。彼が降りて来るのを見て、神崎姫華は嬉しそうに、二つの白鳥を入れた箱を持って近づいていった。綺麗で大きな瞳が結城理仁の整った顔に釘付けになった。こわばった顔に冷たさしか感じ取れなくても、そのカッコよさは相変わらずだった。イケメン!かっこいい!彼女は本当にこのような結城理仁が好きなのだ。「理仁、これあげる。今朝助けてくれてありがとう。貸し借りはなしにしたいし、一緒にご飯を食べに行かない?私が奢るから、これでその借りを返すわ」神崎姫華は両手で箱を結城理仁の前に出し、わくわくしながら彼を見つめた。心の中で、唯花のアドバイスが本当に役に立ったと思っていた。内海唯花のアドバイス通りにしたら、結城理仁が車を降りてくれて、目の前に立ってくれた。結城理仁はその箱を見つめた。それは内海唯花のところから来たものだとおばあさんは言った。きっと内海唯花のハンドメイドだろう。前に彼女が彼にプレゼントする予定の鶴を神崎姫華にあげた時、彼は怒ったから、彼女が鶴のおまけに亀も作ってくれると約束したが、今になってもまだもらえていない。また神崎姫華にあげたのか?その疑問に気を取られて、彼は神崎姫華が差し出した箱を受け取った。彼女の前でそのまま箱を開けて
結城理仁の車は結城グループを離れた。七瀬は主人の車が離れていくのを見て、ようやく神崎姫華を解放した。解放された神崎姫華は振り向き、七瀬にビンタをお見舞いした。七瀬は素早く彼女の手首をつかみ「神崎さん、私は女性だからといって甘く見る人間ではありませんよ」と冷たい顔で警告した。「放して!私を殴ってみなさいよ!できるもんですか!」七瀬は彼女の手を振りほどいて、そのまま冷たい声で言った。「目には目を歯には歯を。神崎さんが私に暴力をふるまうなら、こちらも遠慮しないつもりです」彼は確かにただのボディーガードに違いないが、自分の身分に対して決して卑屈ではなかった。主人も彼らをきちんと尊重してくれている。神崎姫華がもし本当に身分を笠に着て彼に手を出したら、七瀬も黙ってはいない。「あんたね!」神崎姫華は七瀬の冷たい態度に怯えた。彼女は内海唯花のように腕が立つ人間ではなく、ただ自分の身分に頼り、星城で思うままにやってきただけなのだ。今まで、彼女より身分の高いお嬢様にも会ったことがない。七瀬はこれ以上神崎姫華に何かを言うつもりはなく、冷たい一言を残した。「これ以上若旦那様に付きまとわないでください。若旦那様は神崎さんを好きにならないと保証します」言い終わると、七瀬は大股で彼を待っていた車のほうへ歩いていった。彼にそう言われた神崎姫華は怒りで顔が赤くなってきた。暫くしてやっと我に返り、走っていった車に叫んだ。「何様のつもりなの!言葉を謹んでちょうだい!私を誰だと思ってるの?」警備室の中にいた当直の警備員達は、神崎姫華の怒りの罵声を聞き、心の中でぶつぶつと言った。「あなたが誰なのかを知っているからこそ、そのような行動を取ったんですよ」神崎姫華は神崎グループの社長の妹で、今まで家族にちやほや甘やかされてきたのだ。一般人から見ると、彼女の身分は結構高いが、結城グループの人から見ると、神崎グループはただのライバル会社でしかないので、わざわざ彼女の機嫌を取る必要がどこにあるのか。結城社長が神崎姫華を追いかけることなどありえないことだ。だから、結城グループの人は、誰一人として神崎姫華を恐れる人はいない。結城理仁の車はある信号の前で止まっていた。結城理仁は九条悟に電話をかけた。九条悟は前の車を見て、思わず笑みをこぼし電話に出て言
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら