結城理仁と内海唯花は急いで家を出て行った。理仁は歩きながら結城辰巳に電話をかけた。朝早い時間で、結城辰巳はまだ夢の中だった。電話がしばらく鳴り響き、結城辰巳はようやく電話に出た。「兄さん、何か用?」結城辰巳は目を開けて着信表示を見て電話に出ると、また目を閉じた。週末は何もないから、彼は昼まで寝てからようやく起きてくるのだ。「辰巳、一番下の奴以外、全員に連絡しろ。みんな……内海さん、お姉さんの夫の家のほうへは高速に乗る必要があるかな?どこから乗ったらいい?」「ええ、乗るわ。高速で四十分くらいの道のりよ。XXインターチェンジから乗って」結城理仁はまた電話の向こうの弟に言った。「お前ら全員XXインターの入り口で俺と内海さんが来るのを待っていてくれ。ちょっと厄介なことが起きた。お前たちの助けが必要なんだ」兄弟、従兄弟九人が必要だと聞いて、いや、一番年下の奴は未成年だから、その中には含まれないな。結城辰巳は心配して尋ねた。「兄さん、何があったんだよ?」兄弟、従兄弟たちが勢揃いする必要があるなんて一体どういうことだ。「内海さんの甥っ子が連れ去られた。内海さんの姉さんは旦那と離婚途中で、まだ成立していない。夫側が離婚前に子供を連れ去ったんだ。この状況だから、警察に通報してもほとんど意味がないだろう。俺らは自分で陽君を取り返すしかない」結城家と唯月一家三人は家で集まり一緒に食事をしたことがある。結城辰巳は陽への印象が深かった。その陽が連れ去られたと聞いて、彼の眠きは一気に吹き飛び、ベッドから起き上がると、下りながら言った。「兄さん、奥さんに心配しないでって伝えてくれよ。俺、すぐにあいつらに連絡するからさ」「あいつらに急いでXXインターに来るように伝えてくれ。一緒に佐々木俊介の実家に行くぞ。陽君はきっと奴の実家のほうに連れて行かれているはずだ」「わかったよ」通話を終えた後、結城辰巳は家族のグループチャットで弟たちに連絡しようと思ったが、この時間はまだ朝早く、みんながグループチャットには気づかないと思ったので、直接一人一人に電話をすることにした。週末だから、結城家の坊ちゃんたちは、みんな星城にいた。兄嫁の甥が連れ去られたと聞いて、電話で連絡を受けた彼は全くためらわず、どれも急いで家を出て、XXインターの入り口に走り
おばあさんと清水の二人は久光崎に着くと、すぐに唯月の家へと向かった。エレベーターを降りた瞬間、喧嘩している怒声が聞こえてきた。それに驚いた隣近所の多くの人たちが家の玄関前に来て野次馬になっていた。「俊介、このクソ野郎、息子を返しなさい。佐々木家一家はみんなクズ揃いね!普段は陽のことをおもちゃの人形かなにかと思ってるくせに、自分らが陽と遊びたい時だけちょっと遊んで、いつも陽を泣かせたら、さっさと立ち去るくせに。陽はもう2歳5か月よ。あんたら祖父母として彼に洋服を買ってくれたことがある?おもちゃすら買ってくれたことないでしょ?それなのに、今になって陽のことが恋しくなったって?陽のことを思っているなら、今まであんたらが陽に会うのを私が邪魔したことなんかあった?」唯月は佐々木俊介の両親と姉に、彼女が俊介に殴りかからないようしっかりと掴まれていた。彼女はまるで狂ったかのように、力いっぱいもがき、泣きながら罵声を上げていた。おそらくおばあさん達が到着する前に、彼女は彼らとひと悶着あったようで、彼女はこの時、髪の毛が乱れ、声は枯れていた。それでもまだ懸命に彼らの制止を振り切ろうともがいていた。「パンパンッ――」佐々木英子は手を大きく振り上げ、唯月に二発のビンタを食らわせた。そして彼女は罵った。「陽ちゃんはうち佐々木家の孫なのよ。あんたと弟はもうすぐ離婚するだろ。離婚したら陽ちゃんは当然うちら佐々木家のものよ。うちらが佐々木家の孫を連れて行くのはうちらの勝手だろうが。それ以上泣き叫ぶってんなら、あんたの舌を切り落としてやろうか」唯月は義姉に二回ビンタをされて、さらに激しさを増し、必死に彼らの制止を振り切ろうともがいた。それで佐々木家の父と母は彼女を押さえ込むことができなくなった。佐々木英子はそれに気づいて急いで両親を加勢した。おばあさんと清水は人込みをかき分け、玄関先へとやって来た時、ちょうどこのシーンを目撃してしまった。おばあさんの血圧は最高潮に達して血が噴き出るほどだった。そして、おばあさんは何も考えずに突っ込んで行き、清水はその後に続いた。神崎怜凰の言葉を借りて言えば、結城家のおばあさんは若かりし頃、かなりの情報通で、彼女に知らないことなどないくらい、とてもすごい人だったらしい。退職してからは誰かに手を出したことはなかったが
佐々木父と母も娘を手助けすることができなかった。彼らが助けに行こうとしたが、おばあさんにまた蹴りを入れられてしまったのだ。佐々木家の面々は驚き呆然としていた。80近いおばあさんだというのに、まさかこんなに勇ましいなんて。おばあさんが勇敢に立ち向かってくれている中、唯月と佐々木英子の二人は激しく殴り合いの喧嘩を繰り広げていた。佐々木英子は普段口は悪いが、本気で喧嘩しようとしたら、彼女はまったく唯月の足元にも及ばなかった。唯月のあの体重は有利になるし、彼女に覆いかぶさられてしまえば、英子はまったく身動きが取れなかった。唯月が手を休めた時、佐々木英子はまるで獣から逃げ惑う小さな野ネズミのように相当に狼狽えていた。「俊介、こんなクソ女とまだ一緒にいてどうするのよ。さっさと離婚よ、離婚して追い出してしまいな。これはあなたの家だから、こんな女、さっさと追い出すのよ、出て行け!」佐々木英子は今までにこのような侮辱を受けたことがなかった。こんなに多くの人が見ている中、彼女は唯月に殴られ、同じように髪は乱れ顔には青あざもでき、鼻は腫れていた。唯月に力いっぱい押さえ込まれ、全身が死にそうなほど痛んだ。「英子」佐々木父と母は急いで娘を助け起こしに行き、彼女の有り様を見てとても心を痛めた。おばあさんは清水に言いつけた。「清水さん、あなた周りのご近所の方たちにこの佐々木家の悪行を話してちょうだい。私たちのほうがいじめていると思われないようにね。私たちはまだ劣勢だわ。彼らは男二人、女二人、私たちはか弱い三人の女性だし、私に関しては年寄りのおばあさんよ。歩くのも杖をつかないといけないくらいなのに、彼らのほうこそ、私たちをいじめているのよ」野次馬「……」おばあさん、あなたは一人で一家四人をやっつけていましたよね。自分がお年寄りであることを利用して、自分でわざと地面に倒れ込み、佐々木家を陥れ、責任を持ってもらうぞと佐々木俊介をさっき脅していたではないか。清水は内海唯花の傍で数日過ごし、唯月夫婦の件に関してはよく知っていた。唯月が浮気現場を押さえに行く時は、彼女が唯月に代わって陽の面倒を見たのだ。それで、彼女は知っていることを全て話した。佐々木俊介の家庭内暴力に関して、この付近に住む人はみんな知っていた。佐々木俊介が唯月に暴力を振るった時
佐々木英子は体が自由になり、おばあさんに対して相当な恨みを持っていた。もしこのクソばあさんが突然ここに現れなければ、唯月に殴られることはなかったというのに。おばあさんは唯月の手を引いて、ソファに座り、上から目線で相手を見下すように佐々木英子をちらりと見て、冷ややかに言った。「まったくこの世にあんたみたいなクズがいるなんて、この年になって新たに気づかされたわ。私に話しかけないでくれるかしら、誰かが見たら、私が豚とでも喧嘩してると勘違いされちゃうわ」佐々木英子は怒りでまた喧嘩を始めたい衝動に駆られた。「姉ちゃん」佐々木俊介は姉を引き留めた。さっきおばあさんが言っていた言葉は姉の耳に入っていないのかもしれない。「姉ちゃん、この人はあの結城理仁の祖母だぞ」佐々木俊介はそれを聞いた瞬間、すぐに結城理仁のあのいつも氷のように冷たく、まるで獲物を狙う鷹のような鋭い目つきを思い出し、萎縮してしまい、怒りが少し収まった。「結城おばあさん……」佐々木母は言った。「これはうちの俊介と唯月二人の問題です。私たちは手を出さないことにするというのはどうですか?」「私はまだ手を出していませんよ。私が手を出すところなんか見ましたか?」おばあさんはそう聞き返した。おばあさんはここに来てから、ただ足を出しただけで、実際に手は出していない。佐々木母はおばあさんからこう言い返されて、何も言えなかった。「義母であるあなたは、余計なことに首を突っ込みすぎだと思うわよ。それからあんたのあの娘もね。もうお嫁に行って実家を出てるっているのに、弟夫婦のことにまで口を出すだなんて。普段から裏でこそこそと悪口を言ってるんじゃないの?あのね、佐々木家のご夫人、あなたはどう娘に教育をしてきたわけ?あなた、娘が結婚して新しく親戚関係になった相手に恨みでもあったんじゃない?だからこんな娘を彼らのもとに嫁がせたんでしょ」佐々木母「……」「私たちは陽ちゃんの祖父母です。私たちは陽ちゃんと一緒にいたくて、彼を迎えに行ってしばらく一緒に暮らそうと思っただけですよ。それなのに唯月ときたら、まるで私たちが人攫いかなにかのように騒ぎ立てて、警察に通報までしたんですよ」佐々木父は口を開いた。唯月が通報した後、警察がやって来て事情を尋ねた。彼らは家庭内のいざこざだとわかり、少しア
唯月は車を持っていない。妹と電話をした後、妹夫婦は陽を探しに行き、彼女のほうは佐々木俊介と決着をつけに来たのだ。ただ彼女はたった一人で、佐々木俊介のほうは一家総出で来ていたので、彼女のほうが劣勢だった。幸いにもおばあさんと清水が駆けつけてくれて、彼女の危機をなんとか回避できた。佐々木俊介はタイミングを見計らい、彼が昨晩作成した離婚協議書を取り出して、唯月に言った。「唯月、俺がお前にやっちゃいけないことをしたってのは認める。お前が許してくれるとは思ってねえよ。俺ら二人はお互いに何の感情もなくなってしまったんだ。この結婚生活もこれ以上続けていくことはできない、スッキリ別れようじゃないか。これは俺が作った離婚協議書だ。見てくれ、問題がなければ、そこにサインをしよう。来週の月曜日、市役所に行って離婚手続きをするんだ」唯月は冷たい顔でその離婚協議書を手に取った。一目見て、彼女はまた佐々木俊介を殺したいほど怒りが込み上げてきた。おばあさんも佐々木俊介が作ったその離婚協議書を手に取り目を通した後、彼女は何度も深呼吸をして自分の怒りを抑えようとした。佐々木家は本当に一家揃ってクズばかりだ!佐々木俊介は唯月が怒りに満ちた顔になっているのを見て、図々しく言った。「この家は俺が結婚前に個人で買った財産だし、不動産権利書には俺一人の名前しか記載されていない。だから、家は俺のものだ。車も俺が買ったもんだから、当然俺のもんだろ。お前は今働いているが、働き始めてまだ数日しか経っていない。試用期間ですらまで終わっていないから、お前の収入が安定してるって証明はできない。だから、俺がちょっと損してもいいぜ。陽の親権は俺がもらうから、お前は離婚した後は毎月四万の養育費を出すだけで勘弁してやる。陽はまだ2歳ちょっとだから、まだミルクを飲まないといけないし、夜寝る時だって、まだオムツが必要だ。3歳になって幼稚園に通い出したら、幼稚園の費用はだんだん負担が増えてるし、小学校、中学校は授業料はタダだけど、高校、大学に上がったら金がかかるだろ。大人になったら、結婚して家を買ったりするだろうし、俺が一部分は負担してやらないといけないから、一生金がかかるんだよな。俺は陽の親権をもらうから、お前には毎月四万の養育費だけでいいって言ってるんだ。もうかなりお前には譲歩してやってる
唯月は冷ややかに笑った。「私が出したリフォーム代を返してもらえば、私のほうから勝手に出て行くわ。別にあんたらに追い出していただく必要はないわよ」「リフォーム代は一円たりとも返さないよ!」佐々木英子は大声で叫んだ。そうすると顔にもっと痛みが走った。唯月は顔を氷で冷やしているが、彼女の分はないので、余計に痛かった。彼女の両頬はヒリヒリと火照って痛かった。鏡を見るまでもなく、この時の彼女の顔がまるで豚のようにぶくぶくと腫れあがっているのがわかった。唯月の奴!絶対に一生幸せな生活など送らせないからな!「法廷で会いましょう」おばあさんが口を開いた。「あんたたち佐々木家は人を苦しめるにもほどがあるわ。話し合いで決着がつかないというなら、もうこれ以上続ける必要はないわ。唯月さん、離婚訴訟を起こして、裁判で決着をつけましょう」佐々木俊介は唯月を脅して言った。「唯月、本気で裁判沙汰にしようっても、お前には全くメリットはねえぞ。てめえの妹もこいつらもお前の助けにはならねえよ。ここまでの騒ぎにもってきやがって、今後、陽に会えるとは思わないことだな」もし唯月が離婚訴訟を起こして、財産分与を求めるなら、彼は陽をどこかに隠して、彼女には一生息子と会えないようにするつもりだ。唯月は冷たく彼を睨みつけた。彼のその威嚇にはまったく関心を向けていないようだ。彼女が訴訟を起こすなら、財産の分与、息子の親権、全てにおいて彼女が得られるものはすべて奪うつもりだ。絶対に佐々木俊介と成瀬莉奈に美味しい思いをさせてはいけない。唯月と佐々木俊介の離婚話がなかなかまとまらない中、内海唯花のほうは結城理仁と彼の兄弟、従兄弟たちを連れて英子の夫の家である柏木家に到着していた。陽は柏木家が連れて帰っていた。内海唯花は彼らが陽を佐々木家のほうではなくて、柏木家の実家のほうに連れて行くと読んでいたのだ。柏木家は三階建ての一軒家で、外も内側もかなり豪華な造りだった。村の中では一際目を引く建物だ。佐々木英子の夫が陽を連れ去って帰ってきてから、そう長くは経っていなかった。彼は唯月姉妹が陽はここにいるとわかっていても、ここまで陽を取り返しにくるはずがないと考えていた。佐々木家が唯月姉妹の邪魔をするはずだからだ。だから、彼は陽を連れて帰ってきた後、陽を自分の息子と遊ばせ
内海唯花は彼らのところまで駆け寄って行き、両手で柏木智哉の手から陽を奪い返した。そして、片手をあげて、その手を大きく振りかぶり彼の顔を力強くビンタした。柏木智哉は10歳くらいだが、背が高めなので、見た感じは14、5歳の少年と同じ感じだった。突然内海唯花にビンタを食らって、怯えるどころか逆に頭に血を上らせて、まるで狂ったかのように唯花のほうへと飛びかかってきた。しかし、彼は内海唯花に触れることすらできず、飛びかかっていった途中で、突然両足が地面につかなくなり持ち上げられた。まったく反応することができず、彼は壁に完全に押し付けられてしまった。顔は壁と向かい合う形で、両手は後ろに押さえ付けられてしまい、彼がもがこうとしても、ガッチリと身動きが取れないくらいに体を固められてしまった。押さえ付けられた両手は、だんだん痛みを増していった。「放せ!」智哉は、わあわあと大声を上げた。「よくもこんなことする度胸があるな。俺をさっさと放せ、勝負してやる!」弟の智哉が壁に押さえ付けられたのを見て、彼の姉が何も考えずに弟を助けに行こうとしたが、そこへやってきた数人に壁を作られて行く手を阻まれてしまった。彼女がはっとして見てみると、いつの間にか、彼女の家には背の高い男たちが集まってきていた。その男たちは全員イケメンだった。彼女はまだ12歳だが、カッコイイ男には目がなかった。普段同級生たちとどの男性アイドルがカッコイイかをよく話し合っているのだ。彼女は目の前にいるイケメンたちを見て、ぼうっとしてしまった。これは、テレビの中の芸能人たちがここに現れたのか?本当に、イケメン揃いだ!「あ、あなた達は誰ですか?」さっき、陽のことをほったらかしていた柏木家の父親と母親が現れて、家に多くの人がやって来たのを見て、驚いていた。内海唯花は彼らのことは無視し、陽のほうへ顔を下へと向けた。陽の両頬は智哉に叩かれて赤く腫れあがり、赤いくっきりとした手の痕が残っていた。しかも口を切ったらしく血まで出ていた。いつもキラキラと輝かせている無邪気な瞳はこの時、恐怖に怯えていた。陽は口を開いて泣きたい様子だったが、かなりのショックを受けているようで、呆然としてしまい、泣くことすらできなかった。その瞬間、内海唯花の瞳からは涙が溢れ出した。彼女は顔を
「辰巳、ここはお前たちに任せた。あいつらが陽君をどう扱ったか、同じことを倍にして返してやれ!」結城理仁は柏木智哉を引っ張り、床に押し倒した。彼は床からまだ起き上がる前に、なんと結城理仁に向って蹴りを一発入れた。結城理仁は彼のほうを見ることもなく、自分の感覚を頼りに蹴りをお返しし、さっき智哉が蹴りを入れてきたほうの足を力強く踏みつけた。智哉はあまりの痛さで叫び声を上げた。理仁は冷ややかな目で智哉を睨みつけ、ここにいる人間のことは無視し、急いで内海唯花の後を追った。彼女はすでに陽を車の座席に横たわらせ、車を出そうとしているところだった。「内海さん、俺が運転する」結城理仁は急いで内海唯花を運転席から引っ張り降ろし、後部座席に座らせると、彼が車を運転した。内海唯花も大人しくそれに従い、殴られて気を失ったのか、あまりのショックで気を失ったのかわからない陽を再び抱き上げた。そして結城理仁に「一番近くの病院を探して」と頼んだ。彼女に言われるまでもなく、結城理仁も一番近くの病院を探すつもりだった。車はすぐに走りだした。内海唯花はぎゅっと陽をしっかり抱きしめ、心を痛めて涙をぽろぽろ流していた。陽はこんなに可愛いのに、どうしてこのような目に遭わなければならないのか。病院までの道のり、夫婦はどちらも話をしなかった。内海唯花のほうはそのような心の余裕がなかったのだ。彼女は陽になにかあったらどうしようとずっと心配していた。陽にもしものことがあったのなら、彼女は絶対にあの柏木家を生かしておけない!そしてすぐに病院に到着した。結城理仁が車を止めると、内海唯花は陽を抱いたまま車を飛び出していった。「先生、先生!」彼女はかなり焦って病院に駆け込み、医者を呼び続けていたので、病院にいた多くの人の目を引いた。彼女がこのように叫び続けるので、医者と看護師たちも驚いていた。彼女はどの医者が何の専門なのかも確かめることもせず、ある一人の医者を掴まえて、急いで「先生、甥を助けてください。虐待を受けて気を失ってしまったんです」と助けを求めた。医者は急いで陽を抱きかかえ、急ぎ足で手術室へと向かい、他の医師と看護師もそれに続いた。そして一人の看護師が内海唯花に注意を促した。「子供が虐待を受けたのであれば、すぐに警察に通報してください」そう
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ