琉生は辛そうに言った。「唯花さん、あなたが結婚していることはわかってます。だけど、旦那さんとは契約結婚なんでしょう。あなた達はいつか離婚するんだ。俺はあなたが好きです。唯花さん、俺はずっと前からあなたを好きだったんですよ。今は俺のこと、受け入れてもらえないってことはわかってます。俺だってあなたのところに行ったらだめだって、自分を抑えたかったですけど、我慢できません。暇があるとすぐにあなたのことを考えてしまって、頭の中はあなたの声と笑顔でいっぱいです。唯花さん、ただあなたに、俺はあなたを愛してるってわかってほしいだけです」彼はまた花束を唯花の前に差し出し、じいっと彼女を見つめた。「唯花さん、俺、あなたがいつか振り向いてくれるのを待っていてもいいですか?」明凛は彼によく言い聞かせたし、警告もした。それでも琉生はここで諦めることはできなかった。彼は心の底から唯花のことが好きで好きでたまらないのだ。彼も自分が唯花を好きになった時、すぐに彼女に告白しなかったことを後悔していた。もし告白していたら、もしかしたら彼女は知らない男とスピード結婚するという道は選ばずに、彼が大人になるのを待ってくれていたかもしれない。唯花は手を伸ばしてその花束を受け取り、琉生の横を通り過ぎて、その花束を直接店の入り口にあったゴミ箱へ捨ててしまった。そして振り返り琉生に言った。「金城君、自分で出て行く?それとも私に箒で追い出されたい?」「唯花さん!」琉生は悲痛な声を上げた。「俺にそんな冷たい態度取らないでくださいよ。以前はこんなんじゃなかった。以前はずっと俺にとても優しくしてくれましたよね。それなのに、今みたいに冷たくなって、まるで尖ったナイフを体に突きつけられているみたいだ。俺、すごく傷つきました。唯花さん、俺のどこがスピード婚相手に及ばないんですか?俺たちは知り合ってもう十数年経ちます。お互いよく知っている仲なのに、どうして俺を選んでくれないんだ!」明凛は彼に、唯花がどうして彼を選ばなかったのか分析して伝えてある。それは彼女がずっと彼を弟としてしか見ていないからだった。しかし、琉生はまったく聞く耳を持たない。彼は唯花の弟になんかなりたくなかった。彼は彼女の夫になりたいのだ。彼女のたった一人の男に。「私は昔からあなたのことは弟として見てきたか
「金城君、私は今夫がいるの。私は彼と結婚しているのよ。確かに私と彼はスピード結婚だけど、でも、今お互いのことを好きになってきたの。私は夫を裏切るようなことはしないわ。それなのにあなたが独りよがりに、私と夫の間に割り込んできて、彼を誤解させて私たちを喧嘩させようとするっていうなら、私とあなたの過去はなかったことにさせてもらうわ。それにそんなことになれば一生あなたを恨み続けて、本当に仇としてあなたを見るわよ」琉生の血の気が引いていき、唯花はため息をついた。彼女は自分が一体いつ、気づかないうちに好きでもなくしつこい人間に気に入られてしまったのか、まったくわからなかった。彼女も言っていたが、彼女がもし金城琉生の自分に対するそんな期待を知っていたら、死んでも絶対に金城琉生には優しくなどしなかったのだ。彼女と明凛は長年の親友で、明凛との交友関係があり琉生とも知り合いになった。彼はずっと彼女のことを「姉さん」と呼んでいたし、彼女は彼よりも3歳年上だ。それでずっと姉としての役でいたのである。だからこんなことになるとはまったく……「金城君」唯花の表情は少しだけ柔らかくなり、言った。「金城君、あなたは太陽みたいにキラキラした男の子だわ。でも私たちはお互いに相応しい相手じゃない。お姉ちゃんから離れてちょうだい。お姉ちゃんも今後あなたには会わないって約束するから。時間と物理的な距離を保って落ち着いた頃には、あなた自身もきっと実は私じゃなきゃいけないわけじゃないって気づくはずだから。諦めて。あなたは何かを失うわけじゃないの、新しい人生がまた始まるのよ。そこからようやくあなたの本当の愛が見つかるわ。金城君、お姉ちゃんのことを好きになってくれてありがとう。あなたにはチャンスをあげられないことを許してちょうだい。だって私は夫のことを愛しているから。一生、彼から離れていかない限り、私は彼から離れるつもりはないわ。私の心は狭いのよ。彼が私の心の中にいるから、他の男性なんて入る隙間がないの。それから、今後は今日みたいなことは絶対にしないでちょうだい。もし次があれば、私は本気で箒を持ってあなたを追い出すわよ。その時は完全に関係を断ち切って、一生会うことはないからね!」琉生は体をふらつかせた。彼は唯花がこんなに残酷だとは思っていなかったのだ。彼女の言葉がど
彼らは結婚当初、お互いになんの感情も持っていなかった。まったく知らない相手との交際0日婚なのだ。だから、彼らの結婚は他とはまったく違うので非常に気をかけて生活していかないと、感情が生まれないし一生を共にすることは難しい。唯花は車を運転して行った。琉生も車でその後を追いたかったが、店には彼以外誰もいなかったので、追いかけるのを諦め、唯花の代わりに店番をすることにした。唯花はちょうど高校の前に差しかかるカーブの道で神崎姫華の車に出くわした。お互いの車は危うくぶつかってしまうところだった。双方は共に急ブレーキをかけて、衝突は免れた。姫華は車の窓を開き、ひとこと怒鳴ろうとしたが、相手が唯花の車であることに気づき、彼女を呼んだ。「唯花、どこに行くの?」唯花もまさか相手が姫華だとは思っていなくて驚いた。姫華が運転する車の助手席に中年くらいの綺麗な女性が座っているのを見て、恐らくそれが神崎夫人だろうと思った。彼女はこの親子二人に会釈をして言った。「姫華、ちょっと急用があって急いでいるの。明凛が熱を出して病院に行ってて、お店には誰もいないのよ。申し訳ないんだけど、ちょっとの間だけお店を見ててくれないかしら?」「唯花、私……わかったわ、先にその用事を済ませていらっしゃい」姫華は母親を連れてきて唯花に一緒にDNA鑑定をしてほしいとお願いに来たと言いたかったが、唯花がすごく焦っている様子を見て、なにか急ぎの用があるのだろうと思い、その言葉を呑み込んだ。そして唯花に代わって店番をしてあげることにした。唯花は再び車を出し、すぐに他の車の流れに入っていった。この時間帯はちょうど出勤時間で、交通量が非常に多かった。ほとんどの道で渋滞していた。相当焦っているというのに。自分はスーパーウーマンでもないから、空をひとっ飛びして結城グループに行くことなどできない。こんなことになるなら、電動バイクで出勤すればよかった。自動車は雨に濡れる心配はないが、容易に渋滞に巻き込まれてしまう。それだったら、二輪車で行ったほうがまだマシだ。渋滞に巻き込まれている中、唯花はひたすら理仁に電話をかけ続けた。が、彼は一度も出ない。メッセージを送っても、まったく返信をしない。これには身に覚えがある。彼が彼女に怒って誤解すると、いつもこんな感じで
しかし、理仁は暗い顔をしながら、九条悟のことは無視して突風が過ぎるかのように彼の前を勢いよく通り過ぎていった。この時、悟は理仁が氷のように冷たい声で木村に命令するのだけが聞こえた。「全ての役員に会議を開くと通達しろ!」これは大地震の予感?と悟は思った。「かしこまりました」木村は悟よりも反応が早かった。悟のほうは親友のあの怒りに満ちた顔に驚いて動けなかったのだ。理仁はそのまま社長オフィスに入り、二分も経たず、また中から吹き荒れる強風の如く出て来て先に会議室へと向かった。悟は今度は彼に続いていった。会議室にはまだ誰も来ていなかった。今日はそもそも会議を予定していなかったのだ。しかし、理仁が木村を通して管理職役員たちに会議を通達した。これは、何か荒れる予感だぞ!理仁は会議室に入ると、自分の席に腰を下ろし、冷たい顔で管理職の面々が到着するのを待った。悟は一瞬戸惑い、彼の隣まで来ると椅子を引いて座った。「理仁、何があったんだよ?朝っぱらから、また誰が君を怒らせたんだ?」彼は理仁に近づき、探るように尋ねた。「奥さんと喧嘩でもしたのか?」以前、理仁が唯花と誤解があって喧嘩した時も、彼はこのような表情だった。その時は会社の中は数日間荒れ、結局おばあさんが関わることで夫婦仲が改善し、会社に立ち込めていた暗雲はやっと去り晴れたのだった。理仁は何も言わず、携帯を取り出してLINEを開き、唯花から送られてきたメッセージを見た。その内容はさっきの出来事を彼に説明するものだった。彼女と琉生は別にあやしい関係ではないと。そして、彼に琉生が彼女に告白してきたが、彼女はそれを断り、彼に自分を諦めてもらうために話をしていただけだと伝えた。彼女は本当に理仁に対して、何も人に言えないようなことなどしていないのだ。彼女も別に次の男を探しているわけではない。彼女に次の男など存在しない、唯花にとって理仁が一生で唯一の存在なのだから!金城琉生の野郎、彼女に告白しやがった!あのまだ未熟な青二才が、彼女が結婚していると知りながら告白してくるとは、これは堂々と、理仁に喧嘩を売りにきたのと同じことだぞ!「悟、俺たちは金城グループと何か業務提携をしているか?」「本社は別にないけど、傘下の子会社ならあるぞ」「だったらその子会社
理仁は黙っていた。「他のみんなが来てないうちに、早く俺に教えてくれよ。そうやって吐き出さないで溜めていると、体によくないし、会社の全社員のメンタルのためにも、な」理仁が一たび怒ると、もはや労働による負担で死人が出るはめになるぞ!悟は懸命にこの会社全社員が突然吹き荒れた嵐に打たれないよう努力していた。「俺が今朝、内海さんにコートを届けに行ったら、彼女と金城琉生が一緒にいるのを見たんだ」「……」悟はそれを聞いて絶句した。暫くしてようやく言葉が出せた。「誤解だ、それは絶対誤解だぞ、理仁。ある時はな、君がその目で見たものと真実が違うことだってあるんだからな。だからこの間みたいに一人で勝手に考えてキレるんじゃなくて、奥さんに説明する機会をあげないとだめなんだってば」「金城琉生が彼女に告白していた」九条悟「……金城琉生にはまったく憧れてしまうな。一週回って逆に彼を尊敬してきたぞ、そこまで大胆で勇敢な男だったとは。なるほど金城家が育ててきた後継者なだけはある」理仁は彼を睨みつけた。悟は鼻をこすり、笑って言った。「理仁、今から木村さんに頼んでさ、ちょっと餅でも買ってきてもらって、俺が網で炙って焼いてやろうか?」理仁の表情が一気に曇った。「聞くけど、君は奥さんがその金城琉生からの告白を受け入れるのを目撃したのか?彼女たちは何を話してた?」理仁は少し黙ってから言った。「内海さんが手にはたきと、もう片手には花束を持って出て来てそれをゴミ箱に捨てた。そのあと、金城琉生と何かずっと話していたようだったけど、何を話していたのかはよく聞こえなかった。あと俺は金城琉生が彼女の手を取ろうとしたのを見た……」悟の両目がきらりと光った。その目は人のゴシップが気になってしょうがないという目だ。そして急いで尋ねた。「で、その手を取ったのか?」「いや、内海さんが持っていたはたきで、奴の手を払いのけていた」悟は一声出した。「おー」と語尾をかなり引き延ばした一声だ。「手は繋げなかったってわけだ。じゃ、なんでそんなにヤキモチ焼いてんだよ?つまり、奥さんは金城君の告白を断ったってことじゃないか」理仁は顔をこわばらせて何も言わなかった。彼は、唯花が金城琉生の気持ちを全然受け入れなかったことはわかっていた。彼女もLINEで彼に多くのメッセージを送
この時、管理職の面々が続々と会議室に集まってきた。社長と副社長の二人がすでに会議室で待っているのを見て、彼らは緊張した面持ちになった。突然会議を開くと言われて、何か悪いことだろうと予感していた。理仁は、やはりあの凍えるほどの冷たい表情だった。ある人は辰巳を見て、彼からある種の安心感を得たいと思った。彼らに臨時の会議で一体何を話し合うのか教えてはくれるだろう。辰巳は落ち着いた様子をしていたが、実際は九条悟のほうを見ていた。彼と兄は同じ結城家の出身であることには間違いないが、兄と最も関係が良いのはやはり九条悟だ。悟は立ち上がった。「ちょっとトイレに行ってくる」彼はそう言った。そして辰巳に目配せをした。辰巳はその意味を理解し、みんながまだ揃っていないうちに、彼は立ち上がって悟の後に続いた。理仁は二人のその行動の意味を理解していたが、それを止めなかった。理仁はすでに会議室に入ってきた管理職たちを見ていた。悟は彼が一度怒ると、ここにいる彼らは死ぬほど苦しめられると言っていた。理仁は思った、彼らはどのように苦しむのかと。管理職たち「……」社長、そんなふうに我々を見つめてどうしたんですか?我々が何か悪いことをしたというなら、はっきり教えてくださいよ。やるならもう思いっきりやってください。辰巳は悟に続いて会議室を出て、急いで彼に追いついて尋ねた。「九条さん、俺の兄さんはまたどうしたんです?」悟は立ち止まり、振り返って小声で彼に尋ねた。「辰巳君、お兄さんのお嫁さんの電話番号を知ってるか?」「うん、知ってますよ」「それなら、急いで彼女に電話をして、何があっても会社まで来るように伝えてくれ。君の兄さんはまた嫉妬しているんだ。あのね、この臨時の会議はそもそも予定されていなかっただろ。彼は絶対にまだ終わっていないプロジェクトを持ち出して怒鳴り散らすぞ。あいつは今機嫌が悪くて、俺らに八つ当たりする気だ。今の俺たちを救えるのは彼女しかいない。辰巳君だって、この間みたいな地獄の日々を過ごしたくはないだろう。君は結城社長の弟だけど、あいつに叱られたら、反論することもできず、家に帰っても彼の顔色をうかがわなくちゃいけないよ」辰巳「……週末は兄さんと奥さんはイイ感じだったのに。昨晩だって、夫婦二人はすっごく甘々な雰囲気だ
唯花は車を結城グループの入り口付近に止め、再び理仁に電話をかけてみた。ここに到着するまで、彼女は二十回も彼に電話をかけていた。あの嫉妬野郎、どうしても彼女の電話に出なかった。本当にどうしようかと焦ってしまって狂いそうだ!しかし、幸い今回は電話に出た。「理仁さん、私、今会社の前にいるの。上司に頼んで三十分くらい休みをもらえない?ちょっと会ってお話したいの」理仁はそれを聞いて急いで立ち上がり、会議室の窓まで行くとカーテンを開けて下を見た。高層ビルなので、地上からの距離が遠すぎて彼の視力がもっと良かったとしても会社の入り口に止まっている車が唯花のものなのかはっきり確認できなかった。「理仁さん、聞いてるの?何か言ってよ」唯花は焦って言った。「下までおりて来てちょうだい。今出てこないっていうなら、仕事が終わる時間までここで待ってるからね」理仁は低い声で言った。「待ってて、今行くから」カーテンを閉め、彼は振り返り会議室の外へと向かっていった。電話を切った後、低い声で指示を出した。「悟、お前が会議を取り仕切ってくれ」悟はもはや爆笑しそうだった。彼の予想は的中だ。しかし、それを表情には出さずに「わかったよ」と答えた。理仁は管理職の面々を放っておいて、つむじ風のようにひゅーっと会議室を出て行った。彼がエレベーターで一階までおりて、オフィスビルを出ると、そこには唯花がいた。彼女はすでに車を降りて、彼が彼女の車のフロント部分に投げ捨てた傘を持っていた。彼は傘を持っていなかった。理仁は傘を差さず雨が降る中出て行こうとしたが、フロントは非常に観察力に鋭く、急いで雨傘を取って彼に渡した。「社長、雨が結構降っていますので、こちらをどうぞ」「ありがとう」理仁はフロントが渡した雨傘を持って、それを差し、どっしりとした大きな歩幅で外へ向かっていった。嫉妬心は、唯花が会社の前に立っているのを見たその瞬間に一瞬にして消え去ってしまった。理仁はまさか唯花が追いかけてくるとは思っていなかったのだ。それで彼の心は大雪から快晴へと変わった。彼女は、彼のことをとても気にしているということだ。金城琉生が彼女と十数年の仲だとしても、横に立って指をくわえて見ているしかないだろう。「理仁さん」唯花はこの憎たらしい男が
「このバカ、説明もさせてくれないなんて。目で見たことがそのままの意味だとは限らないのよ」彼女は彼を抱きしめていた手を緩め、怒って彼の腕をぎゅうっとつねった。彼女は本当に死ぬほど心配していたのだ。彼らがまた以前のように冷戦に突入してしまうかもしれないと思った。理仁は黙って彼女におとなしくつねられていた。とても痛かったが、彼は気にしなかった。彼女が彼のことをとても気にしてくれているという事実だけで、十分だったのだ。「金城君が私に告白してきたけど、私は断ったの。私はあなたの奥さんだもの。私の残りの人生は、あなたが私をいらないって言わない限り、ずっとあなたと一緒にいるわ」「それは本当?」理仁は自分が正体を隠していることを考えていた。彼が長い間彼女のことを騙していると知ったとしても、彼女は彼から離れていかないのか?「それって、私のこと信じられないってこと?」理仁は軽く息を吐き、また彼女を自分の胸に抱きしめた。「唯花さん、さっき君と金城が一緒にいるのを見た時、すごく怒りが込み上げてきて、その場をすぐ離れてしまったんだ。君のせいじゃないってわかってるよ。金城の奴が君に付き纏ってるだけだって。実は、その……ヤキモチを焼いてしまって。俺はどうやらかなり嫉妬しているらしい。金城が君を深く愛していて、君たちが十数年も知り合いの仲だっていうのを思ったら、すごくモヤモヤしてきたんだ」彼と彼女は知り合ってからそんなに時間が経っていないから。だから、彼女と金城琉生の十数年来の仲には遠く及ばない。金城琉生は彼よりも先に彼女と知り合い、彼よりも先に彼女のことを好きになったのだ。どれをとっても彼のほうが金城琉生よりも遅れを取っている。「私と金城君は……この前もあなたに言ったと思うけど、私は彼のことを弟としてしか見ていないの。彼に対して全く恋心なんて抱いていないわ。もし私が彼にそんな気持ちを持っているなら、私たちは今頃結婚なんてしていないでしょ。それなら彼とさっさと偽装結婚でもしてお姉ちゃんを安心させてあげていたはずよ」理仁は彼女が言っていることは本当の話だとわかってはいても、心の中でものすごく気に食わなかった。唯花が言ったその、もし彼女が金城琉生のことを好きだったら、初めから理仁と結婚していなかったというその言葉だ。彼
姉と佐々木俊介が出会ってから、恋愛し、結婚、そして離婚して関係を終わらせ、危うくものすごい修羅場になるところまで行ったのを見てきて、唯花は誰かに頼るより、自分に頼るほうが良いと思うようになっていた。だから、配偶者であっても、完全に頼り切ってしまうわけにはいかない。なぜなら、その配偶者もまた別の人間の配偶者に変わってしまうかもしれないのだからだ。「つまり俺は心が狭い野郎だと?」理仁の声はとても低く重々しかった。まるで真冬の空気のように凍った冷たさが感じられた。彼は今彼女のことを大切に思っているからこそ、彼女のありとあらゆる事情を知っておきたいのだ。それなのに、彼女は自分から彼に教えることもなく、彼の心が狭いとまで言ってきた。ただ小さなことですぐに怒るとまで言われてしまったのだ。これは小さな事なのか?隼翔のように細かいところまで気が回らないような奴でさえも知っている事なのだぞ。しかも、そんな彼が教えてくれるまで理仁はこの件について知らなかったのだ。隼翔が理仁に教えておらず、彼も聞かなかったら、彼女はきっと永遠に教えてくれなかったことだろう。彼は彼女のことを本気で心配しているというのに、彼女のほうはそれを喜ぶこともなく、逆に彼に言っても意味はないと思っている。なぜなら、彼は今彼女の傍にいないからだ。「私はただ、あなたって怒りっぽいと思うの。いっつもあなた中心に物事を考えるし。少しでも他人があなたの意にそぐわないことをしたら、すぐに怒るでしょ」彼には多くの良いところがあるが、同じように欠点もたくさんあるのだった。人というものは完璧な存在ではない。だから唯花だって彼に対して満点、パーフェクトを望んではいない。彼女自身だってたくさん欠点があるのは、それは彼らが普通の人間だからだ。彼女が彼の欠点を指摘したら、改められる部分は改めればいい。それができない場合は彼らはお互いに衝突し合って、最終的に彼女が我慢するのを覚えるか、欠点を見ないようにして彼に対して大袈裟に反応しないようにするしかない。すると、理仁は電話を切ってしまった。唯花「……電話を切るなんて、これってもっと腹を立てたってこと?」彼女は携帯をベッドに放り投げ、少し腹が立ってきた。そしてぶつぶつと独り言を呟いた。「はっきり言ったでしょ、なんでまだ怒るのよ。怒りたいな
「理仁、彼女がお前に教えなかったのは、きっと心配をかけたくなかったからだ」隼翔は自分のせいで彼を誤解させてしまったと思い、急いでこう説明した。しかし、理仁は電話を切ってしまった。隼翔「……しまった。もしあの夫婦が喧嘩になったら、どうやって仲裁しようか」結城理仁という人間は誰かを好きになったら、その相手には自分のことを一番大事に思ってもらいたいという究極のわがままなのだ。彼のように相手を拘束するような考え方は、時に相手に対して彼がとても気にかけてくれていると感じさせもするし、時に相手に窮屈で息苦しさを感じさせるものだ。致命的なことに、理仁は自分が間違っているとは絶対に思わない。彼が唯花にしているように、彼が彼女を愛したら何をするのも唯花を助けたいと思っている。しかし、唯花は非常に自立した女性だから、いちいち何でもかんでも彼に伝えて助けてもらおうとは考えていない。しかし、彼は唯花がそうするのは理仁のことを信用しておらず、家族として認めてくれていないと勘違いしてしまっているのだった。隼翔はまた理仁に電話をかけたが、通話中の通知しか返ってこなかった。「まさかこんな夜遅くに内海さんに電話をかけて詰問を始めたんじゃないだろうな」隼翔は頭を悩ませてしまった。彼もただ二言三言を言っただけなのに、どうしてこんなおおごとになったのだ?悟は普段あんなにおしゃべりだというのに、一度もこんな面倒なことになっていないじゃないか。理仁はこの時、本当に唯花に電話をかけていた。夫婦はさっき電話を終わらせたばかりだから、理仁は彼女がまだ寝ていないと思い、我慢できずに電話をかけてしまったのだ。確かにこの時、唯花はまだ寝ていなかった。携帯が鳴ったので、布団の中から手を伸ばし携帯を取ってからまたすぐ布団の中に潜り込んだ。寒い。少しの間暖房をつけていたが、すごく乾燥するから彼女は嫌で切ってしまったのだ。理仁の部屋には湯たんぽはない。理仁という天然の暖房は出張していていないから、彼女は布団にくるまって暖を取るしかなかった。携帯を見るとまた理仁からの電話だった。彼女は電話に出た。「どうしたの?もう寝るところよ」「今日何があったんだ?」理仁のこの時の声は低く沈んでいた。唯花は彼と暫く時間を一緒に過ごしてきて、彼の声の様子が変わったのに気
彼女とは反対に、彼のほうはどんどん彼女の魅力にやられて、深みにはまっていっている。「プルプルプル……」そして、理仁の携帯がまた鳴った。彼は唯花がかけてきたのだと思ったが、携帯を見てみるとそれは東隼翔からだった。「隼翔か」理仁は黒い椅子の背もたれに寄りかかり、淡々と尋ねた。「こんな夜遅くに俺に電話かけてきて、何か用か?」「ちょっと大事なことをお前に話したくてな。お前のあのスピード結婚した相手に伯母がいることを知っているか?それは神崎夫人みたいだぞ。彼女がずっと捜し続けていた妹さんというのは、お前の奥さんの母親だったんだ」隼翔は悟のように噂話に敏感ではない。人の不幸を隣で見物して楽しむようなタイプではないのだ。しかし、彼はこのことを親友にひとこと伝えなければと思った。「神崎グループとお前たち結城グループはずっと不仲だろう。神崎玲凰とお前が一緒にいることなんてまず有り得ないだろうからな。お前たちの関係はギスギスしててさ……そう言えば」隼翔はようやく何かに気づいたように言った。「お前があの日、神崎玲凰を誘って一緒に食事したのは、お前の結婚相手が神崎夫人の姪だと知っていたからなのか?だから、早めにあいつとの関係を良くしておこうと?」理仁は親友に見透かされて、恥ずかしさから苛立ちが込み上げてきた。彼らは電話越しで距離があったから、隼翔は理仁が当惑のあまりイラついていることに気づかなかった。「あの日は気分が良かったし、神崎玲凰が珍しく顧客を連れてスカイロイヤルに食事に来たもんだから、俺は寛大にもあいつらに奢ってやっただけだ。ただうちのスカイロイヤルは噂に違わず最高のホテルだと教えてやろうと思っただけだ。俺は別に神や仏じゃないんだから、どうやって先に神崎夫人が捜していた妹が俺の義母だなんてわかるんだ?俺もさっき妻に聞いて知ったばかりだぞ」まあ、これも事実ではある。しかし、彼は予感はしていた。神崎夫人の妹が彼の早くに亡くなってしまった義母だと。だからあの日、神崎玲凰に出くわしたから、彼は太っ腹に彼ら一行にご馳走したわけだ。「知ってるなら、どうするつもりだ?」隼翔は彼を気にして尋ねた。「神崎グループとはわだかまりを解消するのか?」「唯花さんと神崎夫人が伯母と姪の関係でも、俺ら結城グループの戦略変更はしないさ。強
唯花は彼の電話に出た。「俺は湯たんぽなんかじゃないぞ!」唯花が電話に出たと思ったら、彼はいきなり不機嫌そうな声で呼び方を訂正してきた。唯花は笑った。「だって今寒いんだもの。だからあなたを思い出したの。あなたって湯たんぽなんかよりずっと温かいから」理仁はさらに不機嫌な声をして言った。「寒く感じなかったら、俺のことを思い出しもしないと?」唯花は正直に認めた。「寒くなかったら、たぶん、こてんと寝ちゃうでしょうね。あ、あとあなたに『おやすみ』のスタンプも送ってあげるわよ」理仁は顔を暗黒に染めた。「もうお仕事は終わったの?まだなら頑張ってね。私は寝るから」唯花は電話を切ろうとした。「唯花さん」理仁は低い声で言った。「神崎夫人との鑑定結果はもう出たの?」「出たわ。神崎夫人は私の伯母さんだった。だから私と彼女は血縁者なの」理仁はそれを聞いて心の中をどんよりと曇らせていたが、それを表面には表すことはなかった。話している口調もいつも通りだ。「親戚が見つかって本当に良かったね」「ありがと」姉と十五年も支え合って生きてきて、突然実の伯母を見つけたのだ。唯花はまるで夢の中にいるような気持ちだった。なんだか実感が湧かない。「そうだ、理仁さん。おばあちゃんがまた自分の家に引っ越して行っちゃったの。今夜辰巳君が迎えに来たみたい。私は家にいなかったから、清水さんが教えてくれたのよ」この時理仁が思ったのは、ばあちゃん、脱兎のごとく撤退していったな!だ。「ばあちゃんが住みたいと思ったら、そこにすぐ住んじゃうんだ。俺はもうばあちゃんがあちこち引っ越すのには慣れっこだよ」おばあさん名義の家もたくさんある。よく今日はここに数日泊まって、次はあそこに数日泊まってというのを繰り返していた。だからおばあさんから彼らに連絡して来ない限り、彼らがおばあさんを探そうと思っても、なかなか捕まらないのだった。「今日他に何かあった?金城琉生は君の店に来なかっただろうね?」「あなたったら、こんなに遠くにいるのに、餅を焼いてる匂いでもそっちに届いたわけ?金城君はとても忙しいだろうから、私に断られた後はたぶんもう二度と私のところに来ないはずよ。だから安心して自分の仕事に専念してちょうだい。私は絶対に浮気なんかしないんだから」そして少し黙ってから
清水は自分が仕える結城家の坊ちゃんをかばった。「内海さん、私があなた方のところで働いてそう時間は経っていませんが、私の人を見る目には自信があります。結城さんと唯月さんの元旦那さんとは全く別次元の人間ですよ。結城さんは責任感の強いお方ですから、彼があなたと結婚したからには、一生あなたに対して責任を負うことでしょう。結城さんは女性をおだてるのが得意な方ではないですし、若い女性が自分に近づくのを嫌っていらっしゃいます。見てください、牧野さんに対しても会った時にちょっと会釈をする程度で、あまりお話しにならないでしょう。このような男性はとてもスペックの高い人ですけど、誰かを愛したらその人だけに一途です。内海さん、お姉さんの結婚が失敗したからといって、自分の結婚まで不安になる必要はないと思いますよ。愛というものは、やはり美しいものだと思います。結婚だって、幸せになれるものなんですよ。みんながみんな結婚してお姉さんのような結婚生活を送るわけではありませんでしょう。私は以前、結城さんの一番下の弟さんのベビーシッターをしていました。彼の家でもう何年も働かせてもらって、結城家の家風はとても良いということをよく知ってるんです。結城さんのご両親世代は愛や結婚というものに対してとても真剣に受け止めていらっしゃいます。とても責任感の強い方々ですよ。結婚したら、一生奥さんに誠実でいます。結城さんもそのようなご家庭で育ってらっしゃったから、責任感のあって、誠実な結婚というものをたくさん見て来られたでしょうし、彼自身も一途な愛を持っていることでしょう。今後、内海さんが結城さんと何かわだかまりができるようなことがあったり、結城さんが内海さんに何か隠し事をしていて、それが発覚したりした時には、しっかりと彼と話し合ってみてください。立場を逆にして、相手の立場に立ってみれば、それぞれの人にはその決断をした理由というものがあるんですから」唯花は理仁のあのプライドが高い様子を思い出し、確かに佐々木俊介よりも信頼できるだろうと思った。それに、結婚当初、彼女に何か困ったことがあった時に、彼女と理仁は一切の感情を持っていなかったが、彼はいつも彼女のために奔走して解決してくれた。今までのことを思い返してみれば、理仁が俊介よりも責任感が強いということがすぐ見て取れた。そして、唯花は言った。
夜十時半、唯花はやっと姉の家から自分の家に帰ってきた。玄関のドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。おばあさんは家にいないのだろうか?それとも、もう寝てしまったのか?唯花は部屋に入った後、明りをつけて玄関のドアを閉め、内鍵をかけた。そして少し考えた後、またドアを開け理仁のベランダ用スリッパを玄関の前に置いておいた。人にこの家には男がいるのだと主張するためだ。そうしておいたほうが安全だ。「内海さん、おかえりなさい」この時、清水が玄関の音が聞こえて、部屋から出てきた。唯花は「ええ」と答えて彼女に尋ねた。「おばあちゃんはもう寝ましたか?」「おばあさんはお帰りになりましたよ。お孫さんが迎えに来たんです。おばあさんは内海さんが今晩お戻りにならないかと思って、明日お話するよう言付かっていたんですが」唯花は驚いた。「おばあちゃん、家に帰っちゃったんですか?」清水は言った。「おばあさんが当初、ここに引っ越して内海さんたちと一緒に住むのは、息子さんと喧嘩したからだとおっしゃっていました。今、お二人は仲直りしたそうで、また家にお戻りになったようですよ」清水はおばあさんが神崎家にばれてしまうかもしれないと考え、先に自分の家に帰ったのだろうと思っていた。結城家の若奥様は神崎詩乃の姪であると証明されたのだから、今後、神崎家との関わりは多くなっていくことだろう。若旦那様が自分の正体を明かしていないので、おばあさんは神崎家を避けておく必要があるのだ。だから、おばあさんはさっさと姿をくらましたのだ。唯花は「そうですか」とひとこと返事した。彼女はおばあさんが彼女と一緒に住んでいて楽しそうにしていたので、こんなに早く自分の家に帰ってしまうとは思っていなかった。「内海さんは、伯母様のお家にお泊りにならなかったんですね?」唯花はソファのほうへ歩いて行き、腰を下ろして言った。「神崎家には行かなかったんです。佐々木家の母親と娘がまたお姉ちゃんのところに騒ぎに来て、警察署に行ってたんです。だから伯母さんの家には行かないで、明後日の週末、休みになってからまた行こうって話になって」それを聞いて清水は心配そうに尋ねた。「お姉さんは大丈夫ですか?佐々木家がどうしてまたお姉さんのところに?もう離婚したというのに」「姉が前住んでいた家の内装
俊介が母親を抱き起こすと、今度は姉のほうが床に崩れ落ち、彼はまたその姉を抱き起こして本当に困っていた。もう二度と唯月に迷惑をかけるなと二人には釘を刺していたというのに、この二人は全く聞く耳を持たず、どうしても唯月のところに騒ぎに行きたがる。ここまでの騒ぎにして彼も相当頭が痛かった。どうして少しも彼に穏やかな日々を過ごさせてくれないのか?彼は今仕事がうまく行っておらず、本当に頭の中がショートしてしまいそうなくらい忙しいのだ。仕事を中断してここまでやって来て、社長の怒りはもう頂点に達している。俊介は家族がこのように迷惑をかけ続けるというなら、唯月に二千万以上出してまで守った仕事を、家族の手によって失いかねない。陽はこんな場面にかなり驚いているのだろう。両手で母親の首にしっかりと抱きつき、自分の祖母と伯母には見向きもしなかった。そんな彼の目にちょうど映ったのが東隼翔だった。隼翔はこの時、唯月の後ろに立っていて、陽が自分の顔を母親の肩に乗っけた時に目線を前に向けると隼翔と目が合ったのだ。隼翔の陽に対する印象はとても深かった。彼はすごく荒っぽく豪快な性格の持ち主だが、実はとても子供好きだった。陽の無邪気な様子がとても可愛いと思っていた。彼は陽の頭をなでなでしようと手を伸ばしたが、陽がそれに驚いて「ママ、ママ」と呼んだ。隼翔が伸ばしたその手は気まずそうに空中で止まってしまっていて、唯月が息子をなだめた時にそれに気がついた。「お、俺はただ、お子さんがとても可愛いと思って、ちょっと頭を撫でようとしただけだ。しかし、彼は俺にビビッてしまったようだが」隼翔は行き場のない気まずいその手を引っ込めて、釈明した。唯月は息子をなだめて言った。「陽ちゃん、この方は東お兄さんよ、お兄さんは悪い人じゃないの、安心して」それでも陽はまだ怖がっていて、隼翔を見ないように唯花のほうに手を伸ばして抱っこをおねだりしようと、急いで彼女を呼んだ。「おばたん、だっこ、おばたん、だっこ」そして、唯花は急いで彼を抱きかかえた。唯月は申し訳なくなって、隼翔に言った。「東社長、陽は最近ちょっと精神的なショックを受けたので、あまり親しくない人は誰でも怖がってしまうんです」隼翔は小さな子供のことだから、特に気にせず「いいんだ。俺がお子さんを怖がらせてしまった
「母さん」俊介が警察署に駆けつけた時、母親が椅子から崩れ落ちているのを見て、すぐにやって来て彼女を支え起き上がらせようとした。しかし、母親はしっかり立てずに足はぶるぶる震えていた。「母さん、一体どうしたんだよ?」俊介は椅子を整えて、母親を支え座らせた。この時、彼の母親が唯月を見つめる目つきは、複雑で何を考えているのかよくわからなかった。それから姉の表情を見てみると、驚き絶句した様子で、顔色は青くなっていった。「おば様、大丈夫ですか?」俊介と一緒に莉奈も来ていて、彼女は心配そうに佐々木母にひとこと尋ねた。そして、また唯月のほうを見て、何か言いたげな様子だった。離婚したからといって、このように元義母を驚かすべきではないだろうと思っているのだ。しかし、姫華を見て莉奈は驚き、自分の見間違いかと目を疑った。彼女は神崎夫人たちとは面識がなかったが、神崎姫華が結城社長を追いかけていることはみんなが知っていることで、ネットでも大騒ぎになっていたから、莉奈は彼女のことを知っていたのだ。その時、彼女は姫華が結城社長を追いかけることができる立場にある人間だから、とても羨ましく思っていたのだ。「神崎お嬢様ですか?」莉奈は探るように尋ねた。姫華は顎をくいっとあげて上から目線で「あんた誰よ?」と言った。「神崎さん、本当にあの神崎お嬢様なんですね。私は成瀬莉奈と言います。スカイ電機の佐々木部長の秘書をしています」莉奈はとても興奮して自分の名刺を取り出し、姫華にさし出した。姫華はそれを受け取らず、嫌味な言い方でこう言った。「なるほど、あなたが唯月さんの結婚をぶち壊しなさった、あの不倫相手ね。それ、いらないわ。私はちゃんとした人間の名刺しか受け取らないの。女狐の名刺なんかいやらしすぎて、不愉快ったらありゃしないわ」莉奈「……」彼女の顔は恥ずかしくて赤くなり、それからまた血の気が引いていった。そして悔しそうに名刺をさし出した手を引っ込めた。俊介は母親と姉がひとこともしゃべらず、また唯月と姉が傷だらけになっているのを見て、二人がまた喧嘩したのだとわかった。見るからに、やはり母親と姉が先に手を出したらしく、彼は急いで唯月に謝った。「唯月、すまん。うちの母さんと姉さんが何をしたかはわからないが、俺が代わって謝罪するよ。本当に
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨