「金城君、私は今夫がいるの。私は彼と結婚しているのよ。確かに私と彼はスピード結婚だけど、でも、今お互いのことを好きになってきたの。私は夫を裏切るようなことはしないわ。それなのにあなたが独りよがりに、私と夫の間に割り込んできて、彼を誤解させて私たちを喧嘩させようとするっていうなら、私とあなたの過去はなかったことにさせてもらうわ。それにそんなことになれば一生あなたを恨み続けて、本当に仇としてあなたを見るわよ」琉生の血の気が引いていき、唯花はため息をついた。彼女は自分が一体いつ、気づかないうちに好きでもなくしつこい人間に気に入られてしまったのか、まったくわからなかった。彼女も言っていたが、彼女がもし金城琉生の自分に対するそんな期待を知っていたら、死んでも絶対に金城琉生には優しくなどしなかったのだ。彼女と明凛は長年の親友で、明凛との交友関係があり琉生とも知り合いになった。彼はずっと彼女のことを「姉さん」と呼んでいたし、彼女は彼よりも3歳年上だ。それでずっと姉としての役でいたのである。だからこんなことになるとはまったく……「金城君」唯花の表情は少しだけ柔らかくなり、言った。「金城君、あなたは太陽みたいにキラキラした男の子だわ。でも私たちはお互いに相応しい相手じゃない。お姉ちゃんから離れてちょうだい。お姉ちゃんも今後あなたには会わないって約束するから。時間と物理的な距離を保って落ち着いた頃には、あなた自身もきっと実は私じゃなきゃいけないわけじゃないって気づくはずだから。諦めて。あなたは何かを失うわけじゃないの、新しい人生がまた始まるのよ。そこからようやくあなたの本当の愛が見つかるわ。金城君、お姉ちゃんのことを好きになってくれてありがとう。あなたにはチャンスをあげられないことを許してちょうだい。だって私は夫のことを愛しているから。一生、彼から離れていかない限り、私は彼から離れるつもりはないわ。私の心は狭いのよ。彼が私の心の中にいるから、他の男性なんて入る隙間がないの。それから、今後は今日みたいなことは絶対にしないでちょうだい。もし次があれば、私は本気で箒を持ってあなたを追い出すわよ。その時は完全に関係を断ち切って、一生会うことはないからね!」琉生は体をふらつかせた。彼は唯花がこんなに残酷だとは思っていなかったのだ。彼女の言葉がど
彼らは結婚当初、お互いになんの感情も持っていなかった。まったく知らない相手との交際0日婚なのだ。だから、彼らの結婚は他とはまったく違うので非常に気をかけて生活していかないと、感情が生まれないし一生を共にすることは難しい。唯花は車を運転して行った。琉生も車でその後を追いたかったが、店には彼以外誰もいなかったので、追いかけるのを諦め、唯花の代わりに店番をすることにした。唯花はちょうど高校の前に差しかかるカーブの道で神崎姫華の車に出くわした。お互いの車は危うくぶつかってしまうところだった。双方は共に急ブレーキをかけて、衝突は免れた。姫華は車の窓を開き、ひとこと怒鳴ろうとしたが、相手が唯花の車であることに気づき、彼女を呼んだ。「唯花、どこに行くの?」唯花もまさか相手が姫華だとは思っていなくて驚いた。姫華が運転する車の助手席に中年くらいの綺麗な女性が座っているのを見て、恐らくそれが神崎夫人だろうと思った。彼女はこの親子二人に会釈をして言った。「姫華、ちょっと急用があって急いでいるの。明凛が熱を出して病院に行ってて、お店には誰もいないのよ。申し訳ないんだけど、ちょっとの間だけお店を見ててくれないかしら?」「唯花、私……わかったわ、先にその用事を済ませていらっしゃい」姫華は母親を連れてきて唯花に一緒にDNA鑑定をしてほしいとお願いに来たと言いたかったが、唯花がすごく焦っている様子を見て、なにか急ぎの用があるのだろうと思い、その言葉を呑み込んだ。そして唯花に代わって店番をしてあげることにした。唯花は再び車を出し、すぐに他の車の流れに入っていった。この時間帯はちょうど出勤時間で、交通量が非常に多かった。ほとんどの道で渋滞していた。相当焦っているというのに。自分はスーパーウーマンでもないから、空をひとっ飛びして結城グループに行くことなどできない。こんなことになるなら、電動バイクで出勤すればよかった。自動車は雨に濡れる心配はないが、容易に渋滞に巻き込まれてしまう。それだったら、二輪車で行ったほうがまだマシだ。渋滞に巻き込まれている中、唯花はひたすら理仁に電話をかけ続けた。が、彼は一度も出ない。メッセージを送っても、まったく返信をしない。これには身に覚えがある。彼が彼女に怒って誤解すると、いつもこんな感じで
しかし、理仁は暗い顔をしながら、九条悟のことは無視して突風が過ぎるかのように彼の前を勢いよく通り過ぎていった。この時、悟は理仁が氷のように冷たい声で木村に命令するのだけが聞こえた。「全ての役員に会議を開くと通達しろ!」これは大地震の予感?と悟は思った。「かしこまりました」木村は悟よりも反応が早かった。悟のほうは親友のあの怒りに満ちた顔に驚いて動けなかったのだ。理仁はそのまま社長オフィスに入り、二分も経たず、また中から吹き荒れる強風の如く出て来て先に会議室へと向かった。悟は今度は彼に続いていった。会議室にはまだ誰も来ていなかった。今日はそもそも会議を予定していなかったのだ。しかし、理仁が木村を通して管理職役員たちに会議を通達した。これは、何か荒れる予感だぞ!理仁は会議室に入ると、自分の席に腰を下ろし、冷たい顔で管理職の面々が到着するのを待った。悟は一瞬戸惑い、彼の隣まで来ると椅子を引いて座った。「理仁、何があったんだよ?朝っぱらから、また誰が君を怒らせたんだ?」彼は理仁に近づき、探るように尋ねた。「奥さんと喧嘩でもしたのか?」以前、理仁が唯花と誤解があって喧嘩した時も、彼はこのような表情だった。その時は会社の中は数日間荒れ、結局おばあさんが関わることで夫婦仲が改善し、会社に立ち込めていた暗雲はやっと去り晴れたのだった。理仁は何も言わず、携帯を取り出してLINEを開き、唯花から送られてきたメッセージを見た。その内容はさっきの出来事を彼に説明するものだった。彼女と琉生は別にあやしい関係ではないと。そして、彼に琉生が彼女に告白してきたが、彼女はそれを断り、彼に自分を諦めてもらうために話をしていただけだと伝えた。彼女は本当に理仁に対して、何も人に言えないようなことなどしていないのだ。彼女も別に次の男を探しているわけではない。彼女に次の男など存在しない、唯花にとって理仁が一生で唯一の存在なのだから!金城琉生の野郎、彼女に告白しやがった!あのまだ未熟な青二才が、彼女が結婚していると知りながら告白してくるとは、これは堂々と、理仁に喧嘩を売りにきたのと同じことだぞ!「悟、俺たちは金城グループと何か業務提携をしているか?」「本社は別にないけど、傘下の子会社ならあるぞ」「だったらその子会社
理仁は黙っていた。「他のみんなが来てないうちに、早く俺に教えてくれよ。そうやって吐き出さないで溜めていると、体によくないし、会社の全社員のメンタルのためにも、な」理仁が一たび怒ると、もはや労働による負担で死人が出るはめになるぞ!悟は懸命にこの会社全社員が突然吹き荒れた嵐に打たれないよう努力していた。「俺が今朝、内海さんにコートを届けに行ったら、彼女と金城琉生が一緒にいるのを見たんだ」「……」悟はそれを聞いて絶句した。暫くしてようやく言葉が出せた。「誤解だ、それは絶対誤解だぞ、理仁。ある時はな、君がその目で見たものと真実が違うことだってあるんだからな。だからこの間みたいに一人で勝手に考えてキレるんじゃなくて、奥さんに説明する機会をあげないとだめなんだってば」「金城琉生が彼女に告白していた」九条悟「……金城琉生にはまったく憧れてしまうな。一週回って逆に彼を尊敬してきたぞ、そこまで大胆で勇敢な男だったとは。なるほど金城家が育ててきた後継者なだけはある」理仁は彼を睨みつけた。悟は鼻をこすり、笑って言った。「理仁、今から木村さんに頼んでさ、ちょっと餅でも買ってきてもらって、俺が網で炙って焼いてやろうか?」理仁の表情が一気に曇った。「聞くけど、君は奥さんがその金城琉生からの告白を受け入れるのを目撃したのか?彼女たちは何を話してた?」理仁は少し黙ってから言った。「内海さんが手にはたきと、もう片手には花束を持って出て来てそれをゴミ箱に捨てた。そのあと、金城琉生と何かずっと話していたようだったけど、何を話していたのかはよく聞こえなかった。あと俺は金城琉生が彼女の手を取ろうとしたのを見た……」悟の両目がきらりと光った。その目は人のゴシップが気になってしょうがないという目だ。そして急いで尋ねた。「で、その手を取ったのか?」「いや、内海さんが持っていたはたきで、奴の手を払いのけていた」悟は一声出した。「おー」と語尾をかなり引き延ばした一声だ。「手は繋げなかったってわけだ。じゃ、なんでそんなにヤキモチ焼いてんだよ?つまり、奥さんは金城君の告白を断ったってことじゃないか」理仁は顔をこわばらせて何も言わなかった。彼は、唯花が金城琉生の気持ちを全然受け入れなかったことはわかっていた。彼女もLINEで彼に多くのメッセージを送
この時、管理職の面々が続々と会議室に集まってきた。社長と副社長の二人がすでに会議室で待っているのを見て、彼らは緊張した面持ちになった。突然会議を開くと言われて、何か悪いことだろうと予感していた。理仁は、やはりあの凍えるほどの冷たい表情だった。ある人は辰巳を見て、彼からある種の安心感を得たいと思った。彼らに臨時の会議で一体何を話し合うのか教えてはくれるだろう。辰巳は落ち着いた様子をしていたが、実際は九条悟のほうを見ていた。彼と兄は同じ結城家の出身であることには間違いないが、兄と最も関係が良いのはやはり九条悟だ。悟は立ち上がった。「ちょっとトイレに行ってくる」彼はそう言った。そして辰巳に目配せをした。辰巳はその意味を理解し、みんながまだ揃っていないうちに、彼は立ち上がって悟の後に続いた。理仁は二人のその行動の意味を理解していたが、それを止めなかった。理仁はすでに会議室に入ってきた管理職たちを見ていた。悟は彼が一度怒ると、ここにいる彼らは死ぬほど苦しめられると言っていた。理仁は思った、彼らはどのように苦しむのかと。管理職たち「……」社長、そんなふうに我々を見つめてどうしたんですか?我々が何か悪いことをしたというなら、はっきり教えてくださいよ。やるならもう思いっきりやってください。辰巳は悟に続いて会議室を出て、急いで彼に追いついて尋ねた。「九条さん、俺の兄さんはまたどうしたんです?」悟は立ち止まり、振り返って小声で彼に尋ねた。「辰巳君、お兄さんのお嫁さんの電話番号を知ってるか?」「うん、知ってますよ」「それなら、急いで彼女に電話をして、何があっても会社まで来るように伝えてくれ。君の兄さんはまた嫉妬しているんだ。あのね、この臨時の会議はそもそも予定されていなかっただろ。彼は絶対にまだ終わっていないプロジェクトを持ち出して怒鳴り散らすぞ。あいつは今機嫌が悪くて、俺らに八つ当たりする気だ。今の俺たちを救えるのは彼女しかいない。辰巳君だって、この間みたいな地獄の日々を過ごしたくはないだろう。君は結城社長の弟だけど、あいつに叱られたら、反論することもできず、家に帰っても彼の顔色をうかがわなくちゃいけないよ」辰巳「……週末は兄さんと奥さんはイイ感じだったのに。昨晩だって、夫婦二人はすっごく甘々な雰囲気だ
唯花は車を結城グループの入り口付近に止め、再び理仁に電話をかけてみた。ここに到着するまで、彼女は二十回も彼に電話をかけていた。あの嫉妬野郎、どうしても彼女の電話に出なかった。本当にどうしようかと焦ってしまって狂いそうだ!しかし、幸い今回は電話に出た。「理仁さん、私、今会社の前にいるの。上司に頼んで三十分くらい休みをもらえない?ちょっと会ってお話したいの」理仁はそれを聞いて急いで立ち上がり、会議室の窓まで行くとカーテンを開けて下を見た。高層ビルなので、地上からの距離が遠すぎて彼の視力がもっと良かったとしても会社の入り口に止まっている車が唯花のものなのかはっきり確認できなかった。「理仁さん、聞いてるの?何か言ってよ」唯花は焦って言った。「下までおりて来てちょうだい。今出てこないっていうなら、仕事が終わる時間までここで待ってるからね」理仁は低い声で言った。「待ってて、今行くから」カーテンを閉め、彼は振り返り会議室の外へと向かっていった。電話を切った後、低い声で指示を出した。「悟、お前が会議を取り仕切ってくれ」悟はもはや爆笑しそうだった。彼の予想は的中だ。しかし、それを表情には出さずに「わかったよ」と答えた。理仁は管理職の面々を放っておいて、つむじ風のようにひゅーっと会議室を出て行った。彼がエレベーターで一階までおりて、オフィスビルを出ると、そこには唯花がいた。彼女はすでに車を降りて、彼が彼女の車のフロント部分に投げ捨てた傘を持っていた。彼は傘を持っていなかった。理仁は傘を差さず雨が降る中出て行こうとしたが、フロントは非常に観察力に鋭く、急いで雨傘を取って彼に渡した。「社長、雨が結構降っていますので、こちらをどうぞ」「ありがとう」理仁はフロントが渡した雨傘を持って、それを差し、どっしりとした大きな歩幅で外へ向かっていった。嫉妬心は、唯花が会社の前に立っているのを見たその瞬間に一瞬にして消え去ってしまった。理仁はまさか唯花が追いかけてくるとは思っていなかったのだ。それで彼の心は大雪から快晴へと変わった。彼女は、彼のことをとても気にしているということだ。金城琉生が彼女と十数年の仲だとしても、横に立って指をくわえて見ているしかないだろう。「理仁さん」唯花はこの憎たらしい男が
「このバカ、説明もさせてくれないなんて。目で見たことがそのままの意味だとは限らないのよ」彼女は彼を抱きしめていた手を緩め、怒って彼の腕をぎゅうっとつねった。彼女は本当に死ぬほど心配していたのだ。彼らがまた以前のように冷戦に突入してしまうかもしれないと思った。理仁は黙って彼女におとなしくつねられていた。とても痛かったが、彼は気にしなかった。彼女が彼のことをとても気にしてくれているという事実だけで、十分だったのだ。「金城君が私に告白してきたけど、私は断ったの。私はあなたの奥さんだもの。私の残りの人生は、あなたが私をいらないって言わない限り、ずっとあなたと一緒にいるわ」「それは本当?」理仁は自分が正体を隠していることを考えていた。彼が長い間彼女のことを騙していると知ったとしても、彼女は彼から離れていかないのか?「それって、私のこと信じられないってこと?」理仁は軽く息を吐き、また彼女を自分の胸に抱きしめた。「唯花さん、さっき君と金城が一緒にいるのを見た時、すごく怒りが込み上げてきて、その場をすぐ離れてしまったんだ。君のせいじゃないってわかってるよ。金城の奴が君に付き纏ってるだけだって。実は、その……ヤキモチを焼いてしまって。俺はどうやらかなり嫉妬しているらしい。金城が君を深く愛していて、君たちが十数年も知り合いの仲だっていうのを思ったら、すごくモヤモヤしてきたんだ」彼と彼女は知り合ってからそんなに時間が経っていないから。だから、彼女と金城琉生の十数年来の仲には遠く及ばない。金城琉生は彼よりも先に彼女と知り合い、彼よりも先に彼女のことを好きになったのだ。どれをとっても彼のほうが金城琉生よりも遅れを取っている。「私と金城君は……この前もあなたに言ったと思うけど、私は彼のことを弟としてしか見ていないの。彼に対して全く恋心なんて抱いていないわ。もし私が彼にそんな気持ちを持っているなら、私たちは今頃結婚なんてしていないでしょ。それなら彼とさっさと偽装結婚でもしてお姉ちゃんを安心させてあげていたはずよ」理仁は彼女が言っていることは本当の話だとわかってはいても、心の中でものすごく気に食わなかった。唯花が言ったその、もし彼女が金城琉生のことを好きだったら、初めから理仁と結婚していなかったというその言葉だ。彼
「確かに君は空手ができるけど、それでも彼には近づかないほうがいい。夫の俺は心がかなり狭い男だ。君とあいつが一緒にいる姿は見たくない。あいつが一方的に君に執着してきたら、俺はまたヤキモチを焼くぞ」以前も彼はヤキモチを焼いていた。ただそれを決して認めようとしなかっただけだ。もし気にしていなかったら、彼も彼女が誰と一緒にいてもまったく気にならないはずだ。気になっているから、怒って、理性を失いこのような行動に出てしまったのだ。「彼が来たら、もちろん追い出すけど。彼の足を切り落として歩けなくすることなんかできないでしょ」理仁は冷たい表情になった。「俺があいつを二度と君の前に来られないようにしてやる」「何をするつもりなの?バカな真似はしないでよ」理仁は彼女の頬を軽くつねった。「安心して、君がいる限り、俺はバカな真似なんか絶対にしないから」彼はまだ残りの人生を彼女と一緒に歩いていくのだから。彼はすでに金城グループとのビジネス上の付き合いを切ってしまった。そして、金城グループが受けられるプロジェクトも横取りしてやるのだ。金城グループはこれで結城グループが彼らに敵対することがわかるだろう。彼は金城社長自ら彼のところにその理由を尋ねに来るのを待つだけだ。唯花に金城琉生の行動を止めることはできなくとも、彼の両親ならどうだ?「明凛の存在も忘れないで、金城君にあまりひどいようにしないでね」明凛の名前が出て、理仁は解せない様子で尋ねた。「牧野さんはどうして金城琉生を止めなかったんだ?」まさか、牧野明凛も従弟を応援しようとしているとか?「明凛は今日熱を出して病院に行ってるの。だからお店には来ていないのよ」そう言い終わると、唯花はハッと何かに気づき、おかしくなってヤキモチ焼き男に言った。「あなたまさか明凛が金城君を応援しているとでも思ったんじゃないでしょうね?彼女はそんな人間じゃないわ、彼女こそ一番、彼を諦めさせようとしている人なのよ」明凛は唯花の一番の親友だ。だから唯花がどのような人間なのか一番理解している。唯花が金城琉生を好きでないと言ったら、好きではないのだ。彼がいくら頑張って何をしても、彼女が好きになることは絶対にありえない。琉生が彼女に執着しても、ただ彼自身が傷つくだけだ。明凛は琉生の従姉だから、自分の従弟を
清水は自分が仕える結城家の坊ちゃんをかばった。「内海さん、私があなた方のところで働いてそう時間は経っていませんが、私の人を見る目には自信があります。結城さんと唯月さんの元旦那さんとは全く別次元の人間ですよ。結城さんは責任感の強いお方ですから、彼があなたと結婚したからには、一生あなたに対して責任を負うことでしょう。結城さんは女性をおだてるのが得意な方ではないですし、若い女性が自分に近づくのを嫌っていらっしゃいます。見てください、牧野さんに対しても会った時にちょっと会釈をする程度で、あまりお話しにならないでしょう。このような男性はとてもスペックの高い人ですけど、誰かを愛したらその人だけに一途です。内海さん、お姉さんの結婚が失敗したからといって、自分の結婚まで不安になる必要はないと思いますよ。愛というものは、やはり美しいものだと思います。結婚だって、幸せになれるものなんですよ。みんながみんな結婚してお姉さんのような結婚生活を送るわけではありませんでしょう。私は以前、結城さんの一番下の弟さんのベビーシッターをしていました。彼の家でもう何年も働かせてもらって、結城家の家風はとても良いということをよく知ってるんです。結城さんのご両親世代は愛や結婚というものに対してとても真剣に受け止めていらっしゃいます。とても責任感の強い方々ですよ。結婚したら、一生奥さんに誠実でいます。結城さんもそのようなご家庭で育ってらっしゃったから、責任感のあって、誠実な結婚というものをたくさん見て来られたでしょうし、彼自身も一途な愛を持っていることでしょう。今後、内海さんが結城さんと何かわだかまりができるようなことがあったり、結城さんが内海さんに何か隠し事をしていて、それが発覚したりした時には、しっかりと彼と話し合ってみてください。立場を逆にして、相手の立場に立ってみれば、それぞれの人にはその決断をした理由というものがあるんですから」唯花は理仁のあのプライドが高い様子を思い出し、確かに佐々木俊介よりも信頼できるだろうと思った。それに、結婚当初、彼女に何か困ったことがあった時に、彼女と理仁は一切の感情を持っていなかったが、彼はいつも彼女のために奔走して解決してくれた。今までのことを思い返してみれば、理仁が俊介よりも責任感が強いということがすぐ見て取れた。そして、唯花は言った。
夜十時半、唯花はやっと姉の家から自分の家に帰ってきた。玄関のドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。おばあさんは家にいないのだろうか?それとも、もう寝てしまったのか?唯花は部屋に入った後、明りをつけて玄関のドアを閉め、内鍵をかけた。そして少し考えた後、またドアを開け理仁のベランダ用スリッパを玄関の前に置いておいた。人にこの家には男がいるのだと主張するためだ。そうしておいたほうが安全だ。「内海さん、おかえりなさい」この時、清水が玄関の音が聞こえて、部屋から出てきた。唯花は「ええ」と答えて彼女に尋ねた。「おばあちゃんはもう寝ましたか?」「おばあさんはお帰りになりましたよ。お孫さんが迎えに来たんです。おばあさんは内海さんが今晩お戻りにならないかと思って、明日お話するよう言付かっていたんですが」唯花は驚いた。「おばあちゃん、家に帰っちゃったんですか?」清水は言った。「おばあさんが当初、ここに引っ越して内海さんたちと一緒に住むのは、息子さんと喧嘩したからだとおっしゃっていました。今、お二人は仲直りしたそうで、また家にお戻りになったようですよ」清水はおばあさんが神崎家にばれてしまうかもしれないと考え、先に自分の家に帰ったのだろうと思っていた。結城家の若奥様は神崎詩乃の姪であると証明されたのだから、今後、神崎家との関わりは多くなっていくことだろう。若旦那様が自分の正体を明かしていないので、おばあさんは神崎家を避けておく必要があるのだ。だから、おばあさんはさっさと姿をくらましたのだ。唯花は「そうですか」とひとこと返事した。彼女はおばあさんが彼女と一緒に住んでいて楽しそうにしていたので、こんなに早く自分の家に帰ってしまうとは思っていなかった。「内海さんは、伯母様のお家にお泊りにならなかったんですね?」唯花はソファのほうへ歩いて行き、腰を下ろして言った。「神崎家には行かなかったんです。佐々木家の母親と娘がまたお姉ちゃんのところに騒ぎに来て、警察署に行ってたんです。だから伯母さんの家には行かないで、明後日の週末、休みになってからまた行こうって話になって」それを聞いて清水は心配そうに尋ねた。「お姉さんは大丈夫ですか?佐々木家がどうしてまたお姉さんのところに?もう離婚したというのに」「姉が前住んでいた家の内装
俊介が母親を抱き起こすと、今度は姉のほうが床に崩れ落ち、彼はまたその姉を抱き起こして本当に困っていた。もう二度と唯月に迷惑をかけるなと二人には釘を刺していたというのに、この二人は全く聞く耳を持たず、どうしても唯月のところに騒ぎに行きたがる。ここまでの騒ぎにして彼も相当頭が痛かった。どうして少しも彼に穏やかな日々を過ごさせてくれないのか?彼は今仕事がうまく行っておらず、本当に頭の中がショートしてしまいそうなくらい忙しいのだ。仕事を中断してここまでやって来て、社長の怒りはもう頂点に達している。俊介は家族がこのように迷惑をかけ続けるというなら、唯月に二千万以上出してまで守った仕事を、家族の手によって失いかねない。陽はこんな場面にかなり驚いているのだろう。両手で母親の首にしっかりと抱きつき、自分の祖母と伯母には見向きもしなかった。そんな彼の目にちょうど映ったのが東隼翔だった。隼翔はこの時、唯月の後ろに立っていて、陽が自分の顔を母親の肩に乗っけた時に目線を前に向けると隼翔と目が合ったのだ。隼翔の陽に対する印象はとても深かった。彼はすごく荒っぽく豪快な性格の持ち主だが、実はとても子供好きだった。陽の無邪気な様子がとても可愛いと思っていた。彼は陽の頭をなでなでしようと手を伸ばしたが、陽がそれに驚いて「ママ、ママ」と呼んだ。隼翔が伸ばしたその手は気まずそうに空中で止まってしまっていて、唯月が息子をなだめた時にそれに気がついた。「お、俺はただ、お子さんがとても可愛いと思って、ちょっと頭を撫でようとしただけだ。しかし、彼は俺にビビッてしまったようだが」隼翔は行き場のない気まずいその手を引っ込めて、釈明した。唯月は息子をなだめて言った。「陽ちゃん、この方は東お兄さんよ、お兄さんは悪い人じゃないの、安心して」それでも陽はまだ怖がっていて、隼翔を見ないように唯花のほうに手を伸ばして抱っこをおねだりしようと、急いで彼女を呼んだ。「おばたん、だっこ、おばたん、だっこ」そして、唯花は急いで彼を抱きかかえた。唯月は申し訳なくなって、隼翔に言った。「東社長、陽は最近ちょっと精神的なショックを受けたので、あまり親しくない人は誰でも怖がってしまうんです」隼翔は小さな子供のことだから、特に気にせず「いいんだ。俺がお子さんを怖がらせてしまった
「母さん」俊介が警察署に駆けつけた時、母親が椅子から崩れ落ちているのを見て、すぐにやって来て彼女を支え起き上がらせようとした。しかし、母親はしっかり立てずに足はぶるぶる震えていた。「母さん、一体どうしたんだよ?」俊介は椅子を整えて、母親を支え座らせた。この時、彼の母親が唯月を見つめる目つきは、複雑で何を考えているのかよくわからなかった。それから姉の表情を見てみると、驚き絶句した様子で、顔色は青くなっていった。「おば様、大丈夫ですか?」俊介と一緒に莉奈も来ていて、彼女は心配そうに佐々木母にひとこと尋ねた。そして、また唯月のほうを見て、何か言いたげな様子だった。離婚したからといって、このように元義母を驚かすべきではないだろうと思っているのだ。しかし、姫華を見て莉奈は驚き、自分の見間違いかと目を疑った。彼女は神崎夫人たちとは面識がなかったが、神崎姫華が結城社長を追いかけていることはみんなが知っていることで、ネットでも大騒ぎになっていたから、莉奈は彼女のことを知っていたのだ。その時、彼女は姫華が結城社長を追いかけることができる立場にある人間だから、とても羨ましく思っていたのだ。「神崎お嬢様ですか?」莉奈は探るように尋ねた。姫華は顎をくいっとあげて上から目線で「あんた誰よ?」と言った。「神崎さん、本当にあの神崎お嬢様なんですね。私は成瀬莉奈と言います。スカイ電機の佐々木部長の秘書をしています」莉奈はとても興奮して自分の名刺を取り出し、姫華にさし出した。姫華はそれを受け取らず、嫌味な言い方でこう言った。「なるほど、あなたが唯月さんの結婚をぶち壊しなさった、あの不倫相手ね。それ、いらないわ。私はちゃんとした人間の名刺しか受け取らないの。女狐の名刺なんかいやらしすぎて、不愉快ったらありゃしないわ」莉奈「……」彼女の顔は恥ずかしくて赤くなり、それからまた血の気が引いていった。そして悔しそうに名刺をさし出した手を引っ込めた。俊介は母親と姉がひとこともしゃべらず、また唯月と姉が傷だらけになっているのを見て、二人がまた喧嘩したのだとわかった。見るからに、やはり母親と姉が先に手を出したらしく、彼は急いで唯月に謝った。「唯月、すまん。うちの母さんと姉さんが何をしたかはわからないが、俺が代わって謝罪するよ。本当に
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」