夫婦二人は黙々と朝食を食べ終わると、結城理仁は本当に内海唯花を店まで送っていった。夫婦が一緒に下まで降りると、下で待っていたボディーガードたちは状況判断し、全員通りすがりの人を演じ、散り散りに去っていった。内海唯花は高級車が何台も駐めてあるのを見た。そのうちの一台はロールスロイスで結城理仁に話しかけた。「ここって高級マンション群なのって嘘じゃないのね。ロールスロイスまで見かけるなんて思わなかった」こんなに高い高級車が買えるとは、タワーマンションの最上階に部屋を買ったのだろう。ここまで来て住むなんて、仕事や子供の通学に便利だからなのだろうか?金持ちの世界は彼女はよく理解できなかった。結城理仁はうんと一声言った。「多くの人は富豪や金持ちだろう。でも、謙虚なんだ」内海唯花は心の中で思った。ロールスロイスのどこが控えめなの?結城理仁は平然と彼のあのホンダ車を見て、妻を店に送った。彼が去った後、ボディーガードたちは集まり、お互い無言で見つめ合った。最終的に、全員一致した。車を運転してこっそり若旦那について行き、若旦那が若奥様を送り終えたところで、若旦那を会社まで送るのだと。内海唯花は自分の傍にいるこの男性がステルス富豪だということは知らなかった。ロールスロイスのような超高級車を持っていながら。頑なに二百万ちょっとの車で彼女を送るのだから。彼女は姉に電話をして、おばあさんが病気になり、内海家の人がおばあさんを都内の病院に連れて行くということを教えた。姉に絶対に言われるままに医療費を出さないように注意した。姉妹二人は長年実家の方には帰っていないが、おじさんたちが毎日贅沢して暮らしているのは知っていた。彼女の従兄弟たちが、会社勤めだろうが、自分で商売をしていようが、収入はなかなか悪くないと聞いていた。祖父母にはたくさんの孝行息子と従順な孫たちがいるのに、彼女たち姉妹に治療費を払わせる必要もないだろう。佐々木唯月は妹よりも五歳年上だ。知っていることはもっと多く、その恨みはもっと深かった。父方の親戚だろうが、母方の親戚だろうが、関係なく憎んでいた。妹の話を聞き、彼女は冷笑した。「私に今お金がないのは関係なく、たとえお金があったとしても、あのふざけたおばあさんなんかに治療費は出さないわ。唯花、彼らの電話に二度と出ないで、すぐ
内海唯花は姉に夜、結城理仁と一緒にごはんを食べに行くと返事した。姉妹二人が電話を終えた後、結城理仁がひと言尋ねた。「君と親戚は仲が悪いのか?」「そうよ」内海唯花は隠さずに、また嘘もつかずに話し始めた。「私が十歳の時、両親は交通事故に遭って死んじゃったの。父方の親戚と母方の親戚は誰も私たち姉妹を引き取ろうとしなかった」「でも、両親の事故の賠償金は持っていったわ。次から次にお金を分けて持っていったの。兄弟、おじ、甥姪にはお金をもらう資格なんてなかったから、おじいさんたちにお金を奪わせようと裏で手を引いていたの。私のお父さんは四番目よ、祖父母は父をそんなに大事にしてなかったの。他の兄弟、つまり私のおじさんたちのほうを愛してた」「賠償金の額を知って、なるべく多くのお金を分配してもらうために、彼らは当時言ったの、今後は老後の世話もお墓のことも私たち姉妹にはお金も労力も出してもらわなくていいって。それで六千万を持っていった。合意書にもサインしたわ。両親が亡くなるちょうど前に建てたばかりの二階建て一軒家は祖父母が住んでる。両親がいなくなったんだから、その家は彼らのものなんだって」「私たち姉妹は女の子で大きくなったら嫁いでいくから、家も土地も分けてくれないんだって。あの頃はまだ子供だったし、誰も私たちの味方なんかいなかったから、家は祖父母に取られちゃったの。私と姉さんは学校の長期休みの時だけ帰ってそこに住んでた。でも白い目で見られて、顔色を伺いながら生活してた。まるで私たちがあの家を奪いに帰ってきたみたいにね」「お姉ちゃんが言ってた、あの家の不動産権利書に書かれてる名前は両親の名前なんだって。あの老人二人が死んだら、裁判を起こして家を取り返すわ。おじさんたちに得させたりしないんだから」結城理仁は口を開いた。「その時、裁判で俺が必要だったら、何か手伝うことがあるなら言ってくれ。弁護士ならたくさん知り合いがいるから」結城グループには法務部があるからだ。内海唯花は感激した。「その時必要だったら、あなたにお願いするわね」彼女の祖父母は、まだある程度の年月はこの世でのたうち回るだろう。本当に裁判になった時、彼女と結城理仁がまだ夫婦であるかどうかは分からない。「君の母方の親戚は、君たちのために何もしなかったのか?」一般的に、母親方の祖父母
彼は一円も出さないのが内海唯花にとって一番良いことだと思った。 お金を出しても、出さなくても、どのみち不孝者だと罵られるのは目に見えている。それなら一円も出さないほうがいい。 当時、姉妹はどちらも未成年だったのに、彼女の親戚たちは全員性根が悪く、彼女たちのことなど全くお構いなしだった。多額の賠償金を持って行ってしまっただけでなく、家も占拠した。もし彼のあの義姉が分別がわかる人でなかったら、姉妹はどうなっていたことか検討もつかない。 内海唯花は結城理仁が言ったことは理にかなっていると思い、少し考えてから言った。「結城さん、あなたの言う通りだわ。私そうする、一円も出さない。あの人たちが何を言ってもね」 彼らは彼女に当時やったことを誰かに非難されるのを恐れないのだろうか。 やられたほうの彼女は誰かに非難されるのを恐れることはないだろう。 おじいさんとおばあさんは歳なんだからとか、彼女の血が繋がった祖父母だろうとか言ってきても、真面目に取り合わなくていい。彼女は絶対に強く言い返す。彼女の立場に立って、同じような経験を喜んでする人間がいるのか。あんな経験をしても言い争ったり、徳を持って恨みに代えられるような人がいるのであれば、彼女のことを非難すればいい。 自分自身が苦しみを経験してはじめて、他人を理解し助言することができるのだ。 彼女が一番嫌っているのは、倫理観を利用して人につけこむような人間だ。 すぐに結城理仁は内海唯花を星城高校の入口まで送っていった。 この時間帯は高校生たちはもう授業中だ。周辺のお店は暇そうだった。 牧野明凛はレジに座り携帯をいじっていた。結城理仁が内海唯花を車で送ってきたのを見て、急いで立ち上がり外へ出て行った。 「結城さん」 牧野明凛は結城理仁に一声挨拶をした。 結城理仁は車からは降りずに、車の窓を開けて店の様子をざっと確認した。牧野明凛が挨拶をしてきたので頭を下げて無理やりに微笑んでみた。これが牧野明凛への挨拶返しというところだろう。 「いってらっしゃい。会社に着いたら、メッセージ送ってね」 「わかったよ」 結城理仁は二人の女性に頭を下げて、車の窓を閉めるとバックして車の向きを変え走り去っていった。 「あなたのバイクは?」 牧野明凛は曖昧に尋ねた。「それとも、これからは旦那
結城理仁のほうは会社に着いた後、オフィスに入る前に秘書に指示を出した。「特別補佐官に来るよう伝えてくれ」秘書は特別補佐官の九条悟に内線をかけた。「九条さん、結城社長が会いたいそうです。すぐ社長オフィスまでお越しください」九条悟は何も聞かずに一言うんと返事し、内線を切った。数分後、九条悟は社長オフィスのドアをノックし、中へ入ってきた。結城理仁は書類の処理を始めていた。彼が中に入ってくるとペンを置き、どうぞというジェスチャーをした。「何か急用が?」九条悟と結城理仁は同級生だ。彼の能力を理仁はよく理解していた。まだ卒業する前に理仁から誘われこの会社と契約し、結城グループの精鋭部隊として活躍していた。成績を伸ばし続け今では結城理仁の特別補佐官として、理仁から厚い信頼を得ていた。「急用ってこともないんだが、プライベートなことなんだ。おまえと二人で話したかった」九条悟は腰かけると、笑って言った。「電話で言ってもよかったのに」特別補佐官ではあるが、結城理仁は、たまに彼にプライベートなことも頼んでいたので九条悟はもう慣れっこだった。「ちょっとある件について調べてくれないか?」「なに言ってんだよ、今までどれだけ調査してきたことか。これ以上増えても減っても同じことだろ。今回は何について調べればいい?遠慮なく言ってくれよな」九条家はかなり謎に満ちた家門だ。富豪であるが結城家よりもさらに謙虚で、謙虚すぎるくらいだ。九条家が富豪だということを知っている者は少なかった。九条悟は今の当主ではなく、家紋を継ぐ必要はなかった。しかし、兄弟の中で何でも話ができ当主の信頼を得ていた。それから、九条家が一番得意としていたのは情報を探ることだ。彼らの情報網は多くの都市にまで及んでいるのだ。特にここ東京で、彼らが知りたいことで何もわからないことなどなかった。もちろん、誰もが九条家の力を借りられるわけではない。結城理仁と九条悟は親友で上司と部下の関係だ。九条家の当主も結城理仁のことを高く評価しており、毎度理仁が何か頼みごとがあれば、九条家は全身全霊で彼を助けてくれるのだ。「俺のばあちゃんがずっと命の恩人のことでうるさいんだよ。おまえに言ったことあったよな」「うん、その人と結婚したんだろ?どうした、ばあちゃんが次は妾をとれってうるさいのか?」
「悟!」結城理仁はあまりの恥ずかしさで怒って言った。彼は本当に自分の面子を心配しているだけで、それ以上でも以下でもないのだ。内海唯花が彼の妻である限り、誰かにいじめられたら、彼の面目も立たないのは当たり前だ。そんなこと絶対許さないのだから。「わかったわかった、笑わないよ。ただ尊厳を得るため、体面を保つため、そういうことにしておくよ。いいぞ、調べておく。あんたのお嫁さんの名前は内海唯花だったっけ?とはいえ、東隼翔にやってもらえば?俺は君の特別補佐官なんだぞ。会社のことだけでもう精一杯で、水を飲んで一休みする時間も惜しいほど忙しいんだから、こんな些細なことをやらせるなよ」結城理仁は立ち上がって、自ら彼に水を持ってきた。「ならちょうどいい、今から水を飲め、水を飲む時間もないほど忙しかったんだろう?」「これだけ居たのに、やっと水を出してくれた」「要らないと思った。もし本当に喉が乾いたら自分で勝手に飲むだろう。お前のことだから、今まで俺に遠慮したことがあったか?」九条悟は笑いだした。「それに、隼翔はお前ほど口が堅いわけじゃないんだ」「まあね、彼は時々口が軽いから」九条悟は得意げに言った。「内海家全員の資料をきっちり調べてくれよ」内海唯花から家族の全員がろくでもないやつだと知った後、結城理仁は何となくあの姉妹が面倒事に巻き込まれるかもしれないと予感した。強いて言えば義姉のことを気にしなくても、自分の妻のことに責任を持たなければならないのだ。そう決めたら、一刻早くも相手の状況を把握したかった。彼を知り己を知れば百戦殆うからずと言われたものだ。勝てない戦なんてやることもない。あのろくでもないやつらが何を仕掛けてきても、彼がいれば、内海唯花は無敵なのだ。「奥さんには姉が一人しかいないのか」「田舎にクソみたい親戚が、ぞろぞろいるだろうな」九条悟は納得した。「どうりで身分を隠す真似までしてこっそり結婚したわけだ。こういう救いのない親戚がいたら確かに面倒くさいな」結城理仁は黙っていた。彼が身分を隠す理由は、ろくでもない親戚相手じゃなく、内海唯花本人の人柄を知りたいからだ。祖母に内海唯花と結婚するように言われた時、彼は彼女のことをお金目当ての猫かぶり女にしか見えていなかった。今にしてみれば、どうも彼は先入
しかし、結城理仁のことだから、その口では聞こえのいい言葉は言えないだろう。実際の行動で謝罪できればまだましだ。「なに?お嫁さんの何を誤解したんだ?プレゼントを贈ろうとも思うほどに」九条悟は興味が湧いた。「お前と関係ない。早く戻れ。今晩藤崎社長との打ち合わせは悟、お前が行ってくれ。俺は忙しい」妻と一緒に義姉の家へご飯を食べに行く予定だから。「また?何をしに行くんだよ」「私はもう既婚者だと知ってるだろう。ずっと仕事ばかりしていて、嫁が他の男に取られたら、後悔しても遅い」 九条悟「......」さすが彼でも返す言葉もなくなった。同時に、上司が仕事を自分に押し付けるのは、お嫁さんと一緒にいたいということも分かった。結婚したからって偉そうな顔するのは許されるのか?もし本当にそうだったら、九条悟も結婚したくなった。結婚して取引先の接待も残業もしなくていいし、家に帰ってずっと嫁と一緒に居られる。そうだろう?しかし、残念ながら、彼には彼女がいなかった。結婚しようにも暫くはできないのだ。すっかり上司に搾取されたような気持になった九条悟は、やるせない気持ちで帰って行った。同じ青空の下で、人々は違うところでぞれぞれのことに専念していた。佐々木唯月はもう妹に今晩ご飯を食べに来るように伝えた。佐々木陽にご飯を食べさせた後、ベビーカーで息子を連れ、一緒に晩ご飯の材料を買いに行くことにした。すると、夫からの電話がかかってきた。「あなた、どうしたの?」「もう晩ご飯の材料を買いに行ったか」佐々木俊介が聞いた。「まだ、家を出たところなの。今日は何を食べたい?」「多めに買ってこいよ。父さんと母さん、姉さんも来るから。姉さんは海鮮料理が好きで、母さんは牛肉が好きなんだ、どれも買っておいて」佐々木唯月は思わず言った。「魚介類は高いのよ。お義姉さんが来るたびに伊勢海老とかヨーロッパイチョウガニとか食べたいって言いだして、それに一人で何匹も食べるのよ。牛肉も高くなったの。百グラムで四百円もするのよ。普段陽が食べたいと言っても、なかなか買ってあげないのに」佐々木唯月は本当にあの人達が来るのは嫌いだった。来られると、絶対ご馳走で招待してあげなければならない上に、いつも夫の前で自分のことを非難するのだ。だから、彼らが帰った後、
母親は佐々木唯月がいい学歴が持っていると言ったが、お金にならない今は何の役にも立たない。家の面倒をちゃんと見て、お金も稼げる女のほうが役に立つんだと佐々木俊介は思っていた。それに、佐々木唯月は自分の身なりにあまりにも無頓着だった。以前はあんなにきれいで気品がある美人だったのに、今は結婚する前とは全くの別人のように、完全に身なりに構わない太い雌豚になってしまった。佐々木俊介が飲み会にも妻を連れて行かないのは、同僚や取引先に笑われるのを恐れていたからだ。 成瀬莉奈と比べたら、明らかに雲泥の差だった。夫の言い分を聞いた佐々木唯月は頭にきた。怒りのあまりに、電話を切ってしまった。今晩妹夫婦も一緒にご飯を食べに来るのも伝えていなかった。もし、夫の両親と義姉が来てから妹夫婦を呼んできたら、夫の家族が帰った後、佐々木俊介とまた大喧嘩になるだろう。夫の実家のやつらが食事に来られるのに、どうして自分の妹が来られないんだ?この家では、佐々木唯月にもそういう権利があるはずだ。確かに、家の頭金とローンは佐々木俊介が返済しているが、すべての内装や家具は佐々木唯月が出していたものだ。結婚する前の貯金は全部この家庭のために使ってしまった。そう考えると、佐々木唯月は心が強くなった。晩ご飯の材料はもちろん多めに買うつもりだ。妹夫婦も来るから。ちょうど、妹の唯花も海鮮料理が好きだった。出費を半々で負担するのだろう?夫の家族が来るなら、ここで使ったすべてのお金はちゃんと帳簿につけることにした。あとで佐々木俊介にきっちり勘定してもらおう。それに、家事も彼女が全部背負うべきなものではない。今日から、佐々木俊介の見の回りの世話をしないようにする。服装から食事まで、全部自分でやってもらうのだ。一国の王様に仕えるように世話をしてあげるなんてする必要ない。結婚したばかりの時、佐々木俊介は随分と甘い言葉を囁いてくれた。会社を辞めるように勧められた時も、彼がいるから、たとえ天が落ちても盾になって守ると。ちゃんと彼女を養うことができるから、安心して家で暮らして一番美しい妻でいてくれとも言われた。さらに早々に妊娠してしまい、退職も余儀なくされたのだ。その結果は?子供を産んだから、スタイルが悪くなってしまった。子供に質のいい母乳を飲ませるために、佐々
その日の昼、結城理仁は突然、内海唯花の本屋へ行った。内海唯花は牧野明凛と仕事を終えて、デリバリーで頼んだご飯を食べようとしているところに、結城理仁が本屋に入ってきた。驚いた内海唯花は、ぼうっと入ってくる男を見つめていた。結城理仁は彼女の前までやってきて「なんで知らない人を見るような目で見てるんだ?」と、少し下目線で尋ねた。我に返った内海唯花は微笑んだ。「意外だったよ。どうして来たの?ご飯もう食べた?まだだったら、あなたの分も買うわよ」牧野明凛はお邪魔虫にならないように、一言挨拶をしてから、さっさと自分の昼ご飯を持って、大きな本棚の後ろに消えた。「もう食べた。君はまだ?」そう言いながら、結城理仁は腕時計を確認した。もうすぐ午後一時になるところだった。「ちゃんと時間通りに食べないと、胃が悪くなるだろう。養生は大変だから」と思わず眉をひそめた。彼は今日食事会があって、午前11時からホテルに行って取引先と一緒に食事をした。それからここに来たのだ。内海唯花がこの時間になっても食事をしていないことを知れば、彼女を連れて一緒に食事会に行けばよかったと思っていた。うん?いや、だめだ!彼は結城家の当主として参加したのだ。彼女を連れていったら、いろいろばれるじゃないか。自分の思ったことにびっくりしていた結城理仁は顔には出さなかった。いつも通りに淡々と内海唯花に言った。「ご飯を持って車で食べて、一緒に行きたいところがあるんだよ」「どこ?こんなに急いで」結城理仁は何も言わず、そのまま外へ出た。内海唯花は呆れた。暫く沈黙した後、自分のご飯を入れた袋を持ち、牧野明凛に声をかけてから、彼を追いかけた。車に乗ってから聞いた。「一体どこへ行くの?今から行かないとダメ?」結城理仁はやはり何の説明もしてくれなかったので、仕方なく内海唯花は先にご飯を食べることにした。彼女が食べ終わると、ちょうど車も目的地に到着した。車を降りると、自動車ディーラーまで連れてきてくれたことが分かった。「車を買うの?私の電動バイクはもう直ったよ。琉生君が手配してバイクを送ってくれたの。何なのかわからないけど、一本の線が切れたから、動かなくなったんだって」内海唯花は残ったゴミをゴミ箱に捨ててから、結城理仁が何も言わずに自動車ディーラーに入っていく
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ