LOGIN「もう二年か」
大臣のクーデターにより滅んだ聖エルモワール王国。
今は亡き国の騎士団長は2年の歳月をかけてエルミナ大陸を横断していた。
新しく国王に就いたミハエル・ド・カザドは彼の首に100万ローズの賞金をかけ、指名手配をした。
そのために大きな街に寄ることはできず、エグゼ・トライアドは、このように道なき道を方位磁石を頼りに移動していた。
軍神と呼ばれるほどの魔法力を失った彼は経験を積んだゴロツキにも劣る剣技しか持ち合わせていなかった。
自身の不甲斐なさに歯噛みしながら軽く目を閉じる。
怒り。焦燥。憎悪。後悔。
夜の闇に紛れて、様々な感情が心に沸き立つ。
この2年間夜に安らかな気持ちになれたことは1度としてない。
聞こえるの鳥や木の葉のざわめき。少し肌寒い風を受けてマントで体を包み込む。
エグゼが少しうとり、と意識を飛ばしかけた時、静かだった森がざわめく。たいまつの明かり。足音。男たちの声。
(追っ手か!?)
エグゼは傍らにある剣を掴み立ち上がる。焚き火の明かりが見えたからだろう。数人からなる男たちはまっすぐこちらに向かってくる。
木の陰に隠れ様子を見る。少し開けたその場所に、5人の賞金稼ぎたちがやってくる。
「おいっ! 誰もいねぇのか!!」
一人の男が荒っぽく声を上げる。装備はさほどでも無いが、少なくともエグゼよりは強いであろう賞金稼ぎ。それが5人もいる。
(切り抜けられるか?)
「もう一つの組もまだ見つけてないみたいだな」
男たちは神経を尖らせながら話し合う。
その会話の内容からして、他にも賞金稼ぎがいるらしい。
「そこにいるのは誰だ!」
エグゼの力量では気配を完全に消すことはでず、エグゼが隠れていることに気づいた一人の賞金稼ぎが近づいてくる。
いつでも剣を抜けるように構えながら木陰から姿を表す。
「なんだあんたは?」
「おい、俺たちの追ってる男じゃねぇぞ」
しかし彼らが探してるのは、別の賞金首だったらしい。安堵のため息を心の中でついて「誰か探してるのか?」と尋ねる。
「あぁ。知らないのか? この森にグランベルトに楯突くレジスタント組織のNO.1が潜んでるらしいぜ」
男が一枚のパピルスを取り出す。
『国家反逆組織のリーダー、ソウマ・ブラッドレイ。100万ローズ』
エグゼも旅の道すがら聞いた組織の名だ。つい最近TOPが入れ替わったはずだ。
「あんた、こいつをみちゃいないか?」
「い、いや……。見ていない」
エグゼの答えに、男たちは警戒を解いて話をかけてくる。
「早くこの森を出たほうがいいぜ」
「賞金首に見つかる前によ!」
どうやらこのあたりの村や町には、まだエグゼの人相書きは行き届いてないらしい。そうでなければ歴戦の賞金首がエグゼの正体に気づかない訳が無い。
(2年も経っているのにまだ情報が流れてないのか?)
謀反の王は悔しいかな、恐ろしいほどに有能な男だ。その現王がここまで情報を遅らせることがあるだろうか?
しかし今のエグゼにとってそれは幸いな出来事だった。
「あぁ、早いところ去ることにするよ」
そういって焚き火からたいまつに火を移し、移動の準備をする。
その時。
「誰かいたか?」
また別のグループが獣道をかき分けて姿を現す。
「ただの旅人だよ。奴じゃない」
合流したのは6人。その中の一人は、誰がどう見ても名家の出であろう若き貴族の姿があった。
(あれは……!)
2年前のクーデターの時にエルモワール王を裏切り、ミハエルの尖兵として一軍を率いた貴族の剣士だ。
貴族の名に恥じぬ教育と実戦での技術力を身につけた男。
そして、軍を担う将の一人だ。当時騎士団長だったエグゼとも面識がある。
「貴様は……っ!!」
騎士の顔が変わる。
「気を付けろ! こいつも賞金首だ!」
騎士の声に賞金稼ぎたちの顔色が変わる。
「エグゼ・トライアド。こんなところにいたか」
彼の抜き放った剣の切っ先がエグゼを指し示す。
(まずい。この人数、僕一人じゃ……)
剣を鞘から抜き放ち、応戦の構えを取るが多勢に無勢。10人の腕の立つ賞金稼ぎに、指揮を執る有能な若き騎士。エグゼは命の危機を感じつつも、どうにかして生き残る術を考えていた。
(こんなところで死ぬわけにはいかない!)
あの男に一矢報いるまでは。
裏切り者の顔が脳裏をよぎる度に、心を焼き尽くすような地獄の業火が精神を燃え滾らせる。
「大丈夫か?」
不意に肩を叩かれる。
エグゼは声も出せないまま、体を硬直させる。
警戒はしていたはずなのに。それでも肩を叩かれるまで一切の気配を感じなかった。
エグゼのが無能だったわけではない。その証拠に、前方で構えている男たちも狼狽していた。
「すまんな。俺のせいで迷惑かけてるみたいだ」
彫刻のように引き締まった肉体。意志の強さが宿る漆黒の瞳。軽装で武器のようなものを持ってない所を見ると格闘家のようだ。
この男の顔は先ほど賞金稼ぎたちが見せてきた手配書の男。
(名前は確か……)
ソウマといったか。
「アーニャ、この男と一緒に物陰に隠れていてくれ」
森の奥から現れたのは、アラクネの少女だった。
「貴方、こっち来て」
六つの緑の複眼に、腰から下は蜘蛛の姿をしているアラクネの少女。
もともと森の深くに住んでいる種族なため、森に溶け込むのは得意なようだ。
「し、しかしあの人が……」
エグゼはアラクネの少女を目の当たりにして、衝撃を受けた。
「ミスティ、様……?」
それは誰にも聞こえない小さな呟きだった。
複眼で下半身は蜘蛛のそれだが、エグゼは確かにミスティの面影をみた。それほどアラクネの少女は敬愛する王女に似ていた。
「大丈夫よ、アイツ強いから」
少女は即答したが、いくらなんでもたった一人で11人の戦士を相手にして無事であるはずが無い。
「な、なんだお前ぇ!!」
彼らも馬鹿ではない。いくら新たな敵が出てきたとはいえ、エグゼのような賞金首を目の前で易々と逃がすわけがない。
それでもエグゼが隠れることができたのは、この男のせいだ。
ソウマ・ブラッドレイ。
この男は飄々とした雰囲気にもかかわらずに、まったく隙がない。
エグゼを追いかけるような愚行を犯せば、即座にやられていただろう。
その場が時を止めたように凍りつく。
ソウマはため息を吐きながら言葉を放つ。
「引くなら見逃してやる。だが……」
空気が変わった。
まるで酒場で安酒でも飲むように、むしろフレンドリーな空気をまとったソウマから一遍。殺気が溢れる。
「来るなら覚悟しろ」
数間後。既に深夜になってようやく足を止めた。 成り行きで着いて来たエグゼだが、なぜか一緒に焚き火を囲いゆっくりとしていた。──誰かと一緒に野宿をするなんてどれくらいぶりだろ。「さっき、野うさぎを捕まえたんだ」 そういってソウマは手早くウサギの皮を剥ぎ血抜きをした。毛皮を受け取ったアラクネの少女はその皮をなめしている。町に着いたら多少の路銀にはなるだろう。「危ないところだったわね」 アラクネの少女が話しかけてくる。「あ、あぁ。君は?」 そういえばお互い自己紹介もしていなかった。「私は、アーニャ・クーネリア。こっちはソウマ・ブラッドレイよ」「僕はエグゼ。エグゼ・トライアドだ。よろしく」 ソウマはウサギをさばく手を止めず、話しかけてくる。「しかし、なんでエグゼはアイツ等と戦闘になってたんだ?」 ウサギはあっという間に食べやすい大きさにされ鍋で煮込まれていた。骨は出汁として使われ内臓はしっかりと処理したあとに肉の切り端をいれ、別のところで煙で炙られている。「あぁ、僕も賞金首だからね」 ソウマはそれを見ながら一枚のパピルスを取り出す。 手配書。 そこにはエグゼの人相描きなどの情報が書かれていた。「エグゼ・トライアド。亡国の魔法騎士。生死問わず100万ローズ、ねぇ」 アーニャは皮をなめし終え、お茶を入れるとエグゼにもコップを渡した。「ありがとう」 渡されたお茶を飲み、エグゼは一息ついた。「お前さんも賞金首だったか。 俺たちが入った森にいるとは、タイミングが悪いな」 肉が煮込まれ、さらに香草の類が鍋に入れられた。「臭み消しにちょうどいいんだ」 ソウマは鍋をかき混ぜながらそう言った。「手馴れたものだね」 エグゼが話しかけるが、答えたのは何故かアーニャだった。「こういうところで変にこだわるのよね。この人の鞄の中、強壮剤ポーションとか入ってなくて、全部お茶やら香草ばっかりよ」 アーニャはソウマの荷物を勝手に掴むと中をエグゼに見せてきた。「本当だ……」 他に入っているのは筆記用具とパピルスの束だけだった。「長い旅だ。うまいものでも食べなきゃ体が持たない」 山菜が入れられ、根菜類も煮崩れないタイミングで投入される。「山や森に入ると塩なんてのは高価なものだからな」 少量の塩それ以外は臭くならない程度にウサギの血液が入れ
アカウントメッセージホームメニュー 死より冷たいまなざし。 11人の強者が、たった一人の男を前にたじろいでいる。 しかし敵にもプライドがある。「一勢にかかれ! 隙を与えるな!」 剣をかざした若き騎士の怒声に、賞金稼ぎたちが我を取り戻す。 ソウマを中心に、円を描くように陣形を取る。「10人掛かりで攻撃か? 面白い」 恐怖心を押さえつけ、最後のプライドを奮い立たせて立ち向かう賞金稼ぎ。 対して不敵な笑みを崩さないソウマ。「けっ! 気取りやがって。行くぞ!」 10人が同時に攻撃を仕掛ける。 切り下ろし、袈裟、逆袈裟、切り上げ、突き、下段斬り。 一呼吸での多段攻撃。その動作は、1秒のタイムラグも無いほどに訓練され、実践で磨き上げられたものだ。 これは避けきれない。少なくとも、エグゼはそう思った。 しかし。「発想は悪くはないが、いかんせんスピードがないな」 賞金稼ぎたちの必殺の攻撃が完成する前に、ソウマは既に陣形から脱出していた。 技の起こり。後の先で動き始めてもなお早い。「こ、このやろうっ!!」 男たちがソウマの声のした方に振り向く。 ソウマの姿を確認した時には、3人の賞金稼ぎが足元に倒れていた。「まだ、やるかい?」 自身に満ちた笑み。 この場が森深く夜であることを差し引いても尋常ではないスピードだ。全員が狼狽するなか、ソウマは軽く手を振り上げる。「逃げるなら今のうちだぞ」 そういって無造作に手を振るう。「!!」 突風。大木をもなぎ倒せそうなほどの風が賞金稼ぎたちを襲い、最もソウマに近かった2人が吹き飛ばされ気を失った。「ば、馬鹿な……」 たった一振り、手を動かしただけで戦士2人がやられた。 次元が違う。そこにいる誰もが息を飲んでいた。「お、お前ら、何をしてる!」 若き騎士も完全に怯えていた。「む、無理だ!」 一人、二人と賞金稼ぎたちが逃げ出す。「気絶してる仲間くらい連れ帰ってやれよ」 めんどくさそうに、気絶した男たちを一所に集める。「どうする? あとはあんただけだぜ」 ソウマが若き騎士に向き直る。 確実に勝ち目は無い。 だからと言って戦いもせずに逃げ帰ってしまえば、騎士の名と家に傷がつく。恐怖心とプライドの狭間に立たされた騎士は。「うわあああああぁぁぁぁぁっ!!!!」 残された勇
アカウントメッセージホームメニュー 人目を避けるために森を進むこと三日。一人の騎士が木にもたれ掛かり小さく息を吐いた。「もう二年か」 大臣のクーデターにより滅んだ聖エルモワール王国。 今は亡き国の騎士団長は2年の歳月をかけてエルミナ大陸を横断していた。 新しく国王に就いたミハエル・ド・カザドは彼の首に100万ローズの賞金をかけ、指名手配をした。 そのために大きな街に寄ることはできず、エグゼ・トライアドは、このように道なき道を方位磁石を頼りに移動していた。 軍神と呼ばれるほどの魔法力を失った彼は経験を積んだゴロツキにも劣る剣技しか持ち合わせていなかった。 自身の不甲斐なさに歯噛みしながら軽く目を閉じる。 怒り。焦燥。憎悪。後悔。 夜の闇に紛れて、様々な感情が心に沸き立つ。 この2年間夜に安らかな気持ちになれたことは1度としてない。 聞こえるの鳥や木の葉のざわめき。少し肌寒い風を受けてマントで体を包み込む。 エグゼが少しうとり、と意識を飛ばしかけた時、静かだった森がざわめく。たいまつの明かり。足音。男たちの声。 (追っ手か!?) エグゼは傍らにある剣を掴み立ち上がる。焚き火の明かりが見えたからだろう。数人からなる男たちはまっすぐこちらに向かってくる。 木の陰に隠れ様子を見る。少し開けたその場所に、5人の賞金稼ぎたちがやってくる。「おいっ! 誰もいねぇのか!!」 一人の男が荒っぽく声を上げる。装備はさほどでも無いが、少なくともエグゼよりは強いであろう賞金稼ぎ。それが5人もいる。(切り抜けられるか?)「もう一つの組もまだ見つけてないみたいだな」 男たちは神経を尖らせながら話し合う。 その会話の内容からして、他にも賞金稼ぎがいるらしい。「そこにいるのは誰だ!」 エグゼの力量では気配を完全に消すことはでず、エグゼが隠れていることに気づいた一人の賞金稼ぎが近づいてくる。 いつでも剣を抜けるように構えながら木陰から姿を表す。「なんだあんたは?」「おい、俺たちの追ってる男じゃねぇぞ」 しかし彼らが探してるのは、別の賞金首だったらしい。安堵のため息を心の中でついて「誰か探してるのか?」と尋ねる。「あぁ。知らないのか? この森にグランベルトに楯突くレジスタント組織のNO.1が潜んでるらしいぜ」 男が一枚のパピルスを取り
アカウントメッセージホームメニュー「いい気味ですね、騎士団長殿」 不気味に輝く空の下。倒れ行く仲間を目の前にして、剣を杖代わりにしてかろうじて立っている一人の騎士。 致命傷は免れたものの、その傷は深く意識を保っているのもやっとだ。「人類の守護神と謳われた貴方様も、魔法が使えなければただの人ですな」 自分の手は汚さず、本来なら王が座るべき玉座に腰をかける謀反の首謀者。 この国の大臣だった男は今はただの裏切り者だ。「王と王妃は……。姫はどうした!?」 血と共に失われていく力を繋ぎ止めるように、大声を出す。 彼らが守るべき、この命よりも尊い王族の方々。それだけではない。孤児であった自分を引き取り、血筋も関係なく騎士にまで取り立ててくれた大恩は、命を賭けても足りないほどであった。「王、王妃か。その二人なら……」 大臣は、その手に持っていた包みを騎士の前に投げ出す。 その衝撃で包みの結び目が解け、その中身があらわになる。「うわあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」 考えたくなかった。 想像したくなかった。 信じたくなかった。 しかし、現実が目の前にあった。 いつもすべての民のために慈悲の瞳を向け、より良い国にするために悩み、己が命よりも国の発展を最優先に生きたこの国の、国民たちの最愛の王が。その夫を影ながら支え、時には王以上の政策を持ってこの国をよりよく導こうとした王妃。 その首級が、目の前に、あった。「ふふふ。ははははは! いい悲鳴だよ、最高だ! エグゼ君!」 大臣は大きく笑いながら手を叩く。「もう一つ、面白いものを見せて差し上げましょう」 奥から運ばれてきた大きな檻。 その中には一人の女性と、多数の見たこともない魔物がいた。「君が会いたがっていた、もう一人の君主様ですよ」「あ、あぁ……」 それはまさに悪夢だった。 王に良く似た、絶世の美女。 女性ながら、自らも戦地に赴く美丈夫なれど、どこまでも慈悲深い女神のようで、将来この国を背負って立つにすばらしい才媛だった。 その名は、ミスティライト・フォン・エルモワ―ル。 しかし、心まで砕かれた今は長くシルクのような黒髪は汚濁にまみれ、凛とした表情は光を失いうつろな目で虚空を見つめている 屈強な魔物どもの陵辱にさらされた王女は、すでに抵抗していない。「ミハエル、貴様!!