感情が蘇ってから、2か月が経った。
日比野先生との面接は変わらず続いていたし、プログラマーとしての仕事も、以前と大きくは変わっていない。
深夜残業の頻度はほんのすこしだけ減ったけれど、勤務時間はまだ長く、体は常に重たい。
それでも私は、感情のほとんどを取り戻していた。 笑ったり怒ったり泣いたり……それができるようになったことは、喜ばしいことだったはずなのに。——その代償として、感情の起伏がひどく激しくなった。
さっきまで楽しいと思っていたのに、ふとしたきっかけで急に悲しくなって涙が出る。
自分でもどうにもできない波に飲み込まれるたび、また別の悩みが生まれていく。私は今、自分の感情に、振り回され続けていた。
◇
「日比野先生、もう嫌だ!! 辛いよ……死にたい!!」
いつものように14時に面接室に入った瞬間、私は自分の感情に押しつぶされた。
先生の顔を見た瞬間、堰を切ったように涙が溢れ、自分で制御もできずに叫び続ける。「もう嫌だ、生きたくない……つらい!!」
「落ち着け、黒磯さん」
先生は私の様子を静かに見守りながら、タイミングを見計らっているような様子。
だが私の叫びは止められなかった。「もう、死にたいっ!!」
感情のままに叫び続けていると、日比野先生は一歩前に出て、真顔で私の肩を掴む。そして無理やり視線を合わせてきた。
「何、もう死にたいの? そう、それは残念だね。でも、そう思うなら仕方ない」
「……」
そっけなくて、ひどく冷たい言葉が耳に残る。
その一言で、私はぴたりと動きを止めた。
急激に高ぶっていた感情が、すこしずつ沈んでいく。
落ち着きを取り戻しながらも、胸の中に、今までにない別の感情が生まれていた。悲しみではない。苦しみでもない。
「……」
私は黙って、日比野先生を睨んだ。
「え、なんで睨むの? 君が自分で言ったじゃない」
「……先生は、止めないんですか?」
「ん、別に止めないよ。僕には関係ないから」
「……」
関係ない——その言葉が、胸に刺さる。
あまりにも冷たくて、逆に笑えてくるほどだった。「……前から思ってたけど、先生って最低ですよね」
「お? なんだ、突然」
先生を睨んだまま、私の中にあった言葉が次々にこぼれ落ちていく。
「死にたいって言ってる人の気持ちを、普通肯定しますか? ほんとうに死んじゃいますよ?」
「……は? 君がそう言うから、僕はその気持ちを尊重してるだけだよ。何が悪いの?」
「……」
「何? 『死んじゃだめ』とか『人生には楽しいことがあるよ』とか言ってほしいわけ? そんな言葉で生きる気になれるなら、最初から死にたいなんて言わないでしょう。僕は言わない。無責任だから」
その言葉に、今度はまた違う感情が湧き上がってきた。
怒りでもなく、悲しみでもない。
もっと単純で、強いもの——衝動。「……そうだ」
ふと、頭に浮かぶ。これから起こすべき行動。
あぁ、なんだろう。なんだか面白くなってきた。
「わかりました、私……死んできます!」
「……は?」
「今なら、逝けそうです!」
「はぁ!?」
感情に突き動かされて、私は勢いよく立ち上がる。
そして、面接室を飛び出した。
感情が蘇ってから、2か月が経った。 日比野先生との面接は変わらず続いていたし、プログラマーとしての仕事も、以前と大きくは変わっていない。 深夜残業の頻度はほんのすこしだけ減ったけれど、勤務時間はまだ長く、体は常に重たい。 それでも私は、感情のほとんどを取り戻していた。 笑ったり怒ったり泣いたり……それができるようになったことは、喜ばしいことだったはずなのに。 ——その代償として、感情の起伏がひどく激しくなった。 さっきまで楽しいと思っていたのに、ふとしたきっかけで急に悲しくなって涙が出る。 自分でもどうにもできない波に飲み込まれるたび、また別の悩みが生まれていく。 私は今、自分の感情に、振り回され続けていた。◇「日比野先生、もう嫌だ!! 辛いよ……死にたい!!」 いつものように14時に面接室に入った瞬間、私は自分の感情に押しつぶされた。 先生の顔を見た瞬間、堰を切ったように涙が溢れ、自分で制御もできずに叫び続ける。「もう嫌だ、生きたくない……つらい!!」「落ち着け、黒磯さん」 先生は私の様子を静かに見守りながら、タイミングを見計らっているような様子。 だが私の叫びは止められなかった。「もう、死にたいっ!!」 感情のままに叫び続けていると、日比野先生は一歩前に出て、真顔で私の肩を掴む。そして無理やり視線を合わせてきた。「何、もう死にたいの? そう、それは残念だね。でも、そう思うなら仕方ない」「……」 そっけなくて、ひどく冷たい言葉が耳に残る。 その一言で、私はぴたりと動きを止めた。 急激に高ぶっていた感情が、すこしずつ沈んでいく。 落ち着きを取り戻しながらも、胸の中に、今までにない別の感情が生まれていた。 悲しみではない。苦しみでもない。「……」 私は黙って、日比野先生を睨んだ。「え、なんで睨むの? 君が自分で言ったじゃない」「……先生は、止めないんですか?」「ん、別に止めないよ。僕には関係ないから」「……」 関係ない——その言葉が、胸に刺さる。 あまりにも冷たくて、逆に笑えてくるほどだった。「……前から思ってたけど、先生って最低ですよね」「お? なんだ、突然」 先生を睨んだまま、私の中にあった言葉が次々にこぼれ落ちていく。「死にたいって言ってる人の気持ちを、普通肯定しますか? ほんとうに死
「どう、今日は楽しかった?」 「……」 「もうすこし生きてみようと思った?」 「……」 初回面接の日から、私は平日の14時に、欠かさずあの無機質な面接室を訪れていた。 相談とかヒアリングとか、そういったやり取りもするのかと思っていたが、すこし違う。 日々野先生とのやり取りは、当初想像していたような〝相談〟や〝ヒアリング〟ではなかった。 ただ、決まって同じ質問が繰り返されるだけ。「楽しかったか?」 「生きようと思ったか?」 「趣味は見つけたか?」 まるで、壊れたラジオかのように。 先生は、毎回それらの言葉を、同じトーンで、同じ順番で問いかけてくる。 私はいつも俯き、黙り込むだけだった。 返事をする気力も意味も、どこにも見いだせなかったから。 そして、私の沈黙に対して日比野先生は決まって――「ほんとうに人生が楽しくなさそう。僕は黒磯さんみたいな人生を送りたくないわ」 と、小声で暴言を吐く。 普通なら、傷ついたり、反発したりするだろう。 でも、やはり私は、何も感じなかった。 怒ることも、悲しむこともできない。 そもそも、感情というものをどうやって出すのか、それすらももう忘れてしまっていた。 ただ淡々と、言われて、黙って、終わって、また次の日。 それを繰り返していた。 たった〝それだけの面接〟を、延々と。 けれど、季節が変わりかけたころ。 日比野先生の面接が始まって、3か月が経過したある日。 ほんの小さな変化が、私の中に生まれた。「……おなかが、空いた?」 これ以上の言葉にならない、小さな違和感。 その違和感を確かめるように、自分の体に手を当ててみる。 ——あぁ、これはきっと、空腹というやつだ。 この感覚を、私はどのくらい忘れていたのだろう。 思い出せないくらい久しぶりで、すこしだけ戸惑った。◇「どう、今日は楽しかった?」 「……いいえ」 「お?」 小さく答えた瞬間、日比野先生は書類から顔を上げて私を見る。 目を見開いたその表情は、すこしだけ新鮮だった。 驚いたような顔をしたまま、先生はすぐに次の質問を投げる。「もうすこし、生きてみようと思った?」 「……いいえ」 「おっ」 先生は口角をほんのすこし上げながら、カルテに何かを書き込む。 さらっとした筆跡が紙を滑る音が、や
「——では、生き甲斐は?」「……」「趣味は?」「……」「異性に興味は?」「……」 どの質問にも、何も答えられなかった。 先生は軽くため息をつき、ペンを机に置く。 そのまま椅子の背にもたれかかり、憐れむような目で私を見つめた。「じゃあさ、生きるのを止めたら? なんか辛そうだし、楽しくなさそう。別に、貴女がいなくなっても誰も困らないでしょ」「……」 ——噂通りの言葉が飛び出した。 そう思う余裕がまだ自分に残っていることに、すこし驚く。 だけど、怒りも、悲しみも、何も湧いてこない。「……怒らないの?」「何も思いません」「泣かないの?」「何も思いません」「ふーん……本当に人生、楽しくなさそうだね」「……」 ——だから、私はここにいるのだ。 でも、それを言葉にする力すら、もう残っていなかった。 ふいに、ひとつの考えが頭をよぎる。 先生が「生きるのを止めたら」と言うのならば——。 本当に、そうしてみても、いいのかもしれない。「……わかりました。私、この後、遺書を書いてきます」「遺書? 別にいらないよ。誰も困らないから」「……困らない?」「そう。無駄な労力は掛けるものじゃないよ」「……そうですか」 誰も困らない。 その言葉が、静かに私の中に沈んでいく。 なんで生きているんだろう。 私なんか、誰の世界にも必要ないのかな。「……」 そんな絶望の真っ只中、面接室の扉が勢いよく開かれた。 加賀さんが、飛び込んできたのだ。「加賀さん、まだ面談中——」「ちょ、日比野先生!! 話、聞いてましたけど! なんですかそれ!!」「……勝手に聞くな。プライバシーの侵害だ」 彼女は私の腕を引っ張り、椅子から立たせると、そのまま背中から力強く抱きしめる。そして、目の前にいる先生のことを強く睨みつけた。「精神的に危ない状況の人に、『生きるのを止めたら』とか言わないでくださいよ! 貴方、それでも本当に医者なんですか!!」「……黒磯さん、明日も同じ時間に来てね」「話聞いてます!?」「——うるさいな、医者に口出しをするな。これが僕のやり方だから」「はぁ!? 本当にありえない!! 黒磯さん、戻りましょう!」 加賀さんは先生を無視して、私を連れて部屋を飛び出した。 怒りを抑えた表情で、私と並んで歩きながら、ぽつ
問診票を記入した日から、半月後。 ついに、産業医面接の日がやってきた。 その間、私はいつも通り働いていた。 いや、働いている『つもり』だった。 自分ではあまり実感がないけれど、ここ最近、私の状況はさらに悪化しているらしい。 総務部の人が不定期に様子を見に来ていたのも、今思えばそのせいだったのだろう。「黒磯さん、こちらが会場です」 昼休憩もそこそこに、総務部の加賀さんが私を呼びに来た。 本社の奥、ほとんど人の出入りがないエリアへと向かう。 長い廊下を抜けた先に、ひっそりとその部屋はあった。 『面接室』と書かれた銀色のプレートが視界に入る。 こんなところ、今まで一度も来たことがない。 加賀さんはドアの前で小さく深呼吸をしてから、静かにノックする。「日比野先生、失礼いたします」 「……はい」 中から返ってきた声は、驚くほど感情のない、淡々としたものだった。 先に加賀さんが入室し、それに続いて私も面接室へ足を踏み入れる。 部屋の中央、白衣を着た若い男性がひとり、無言で座っていた。 これが——あの〝冷酷な産業医〟、日比野先生だ。「本日の面接者、システム部の黒磯由香里さんです。よろしくお願いいたします」 そう告げた加賀さんが部屋を出ると、先生はすぐに眉間に皺を寄せ、私をじっと見つめた。「黒磯さん、生気がない。廃人か」 「……」 想像以上にストレートな第一声だった。 でも、反論する気力も、怒る気力も湧かない。 ただ無言で立ち尽くしていると、先生は手元の書類をめくりながら、事務的に声をかけてくる。「まぁいいや、座って」 「……はい」 促されるまま椅子に座る。 顔を上げた先生は、端正な顔立ちをしているのに、その目は驚くほど冷たい。「黒磯由香里、31歳ね」 ぼそりと呟き、重い溜息をひとつ零す。 手元の問診票に視線を落とし、それから私の顔へと目を移す。 その視線もまた、どこか他人事のように淡々としていた。「仕事内容は、プログラミング?」 「はい」 「毎月100時間超えの残業?」 「はい」 「なんでこの仕事、続けているの?」 「……」 プログラミングが大好きだったから。 だけど今は、そんな感情があったことすら思い出せない。 言葉にできず、黙り込む。 先生は問診票に何かを書き加えた。 「次。
チームメンバーがひとり、退職した。 理由は——鬱病の診断だった。 たしかに、最近は表情も乏しくなっていたし、言葉にも覇気がなかった。 でも、まさか。本当に鬱だったなんて。 そして当然、ひとり抜けた分の皺寄せは、残った私たちに降りかかる。 私も例外ではなかった。「……」 毎日、深夜まで残業。 限界まで働いた末に、デスクに突っ伏してそのまま眠る——そんな日も珍しくなかった。 朝から夜中まで、パソコンと睨み合う日々。 それを繰り返しているうちに、私の中の何かも、すこしずつ死んでいった。 まず、あんなに大好きだったアイドルグループへの興味が消えた。 リアタイなんてしたいと思わない。 それ以前に、推しが出る番組だって、録画をする気力すら湧かない。 次に、食べ物への興味も消えた。 忙しい日々のなかでも、「たまには美味しいものでも食べよう」と、小さな楽しみにしていたはずだったのに。 今はもう、何を食べても味がしない。 お腹が空く感覚すら、忘れかけている。 ただ、生きるために、機械的に食べ物を口に運ぶだけ。 ——もう、何もかもがどうでもいい。 何が楽しいのか。 なぜ、こんなにも働いているのか。 そもそも、なぜ、生きているのか。 最後に心から笑ったのは、いつだっただろうか。 大好きだったはずのプログラミングは、いつのまにか、私を殺すための武器に変わっていた。 ◇ 「黒磯さん、お願いします。産業医の面接を受けて下さい」 「え?」 ある日の仕事中、不意に声をかけられた。 目の前には、総務部の加賀朱里さん。 彼女は問診票と予約表を手に、深々と頭を下げた。「加賀さん……私よりも他に、大変な人はたくさんいますよ。そちらを優先してあげてください」 「違うんです。黒磯さんが危ないから、言っているのです。他の誰でもなく、貴女自身が」 加賀さんはまっすぐ、強い声で言った。「面接は本来、労働者の申し出により行われるものです。でも……黒磯さんの場合は違います。会社として、貴女には面接を受けるよう、正式に指示します」 「……冷酷な産業医、ですよね」 「……はい。すみません。でも、どうか……」 加賀さんの目は真剣だった。 そこに打算や業務的なものは、あまり感じられない。 ——これ以上、無理に突っぱねるのは
緊急メンテナンスは地獄だ。 この会社では、終わるまで家に帰れないし、眠ることすら許されない。 当然、そのようなことをしていると、残業時間はとんでもない数字になる。緊急メンテナンスのある月なんて、軽く100時間を超えてくる。 このあいだのパズルゲームも、まさにそうだった。 2日間、ほぼノンストップのオールナイト。 仮眠すら取らず、何十時間もバグと睨み合い、ようやくメンテナンスを終えた。 正直、あのときの記憶はあまりない。 もちろん、普段から毎日が緊急メンテナンス地獄というわけではない。 それでも日々、新規リリース予定のゲームを開発しているから、基本はいつだって忙しい。 深夜残業、土日出勤、祝日返上。 そうやってカレンダーが真っ白になっていくたびに、 ——私の〝自由〟って、どこに行ったのだろう? なんて、そのようなことを考えてしまう時間も増えた。 大好きだった、プログラミング。 やりたかった、プログラマーの仕事。 そのはずなのに、今の私は——その〝大好き〟に、命を削られている。 ◇ ある日、デスクに1通の封筒が届いた。差出人は総務部だった。 【産業医面接の希望調査】「……産業医?」 中を開けると、封筒に書かれていたとおりの内容だった。 月残業が100時間を超え、かつ〝疲労の蓄積〟が認められる社員に対して、産業医による面接指導が行われる——という案内だ。 その産業医というのが、近くの総合病院に勤めている精神科医、日比野玲司。 見たことも話したこともないが、書かれた名前には見覚えがあった。 社内ではちょっとした〝有名人〟だからだ。 日比野先生。精神科医にして、超ドライなことで有名。 かつて、心を病んで退職した元同僚がいた。その人は退職前、日比野先生の面接を受けたのだが——大泣きしながらオフィスに戻ってきたのだ。『生きるのが辛い、消えてしまいたい』 そう訴えた元同僚に、先生は平然とこう返したらしい。『ふうん。じゃあ、そうしたら?』 ——感情ゼロの一言で、心にとどめを刺す。 そのやりとりは社内で瞬く間に広がり、以来、彼のあだ名は『冷酷な産業医』となった。 一部の部署では〝鬼の日比野〟と呼ばれているらしいが、たぶん本人は気にしていない。 それにしても、不思議だった。 これまでにも100時間を超える
「黒磯!! 一昨日メンテしたスマホ向けパズルゲーム!! 形の違うピース同士をくっつけても消えるってクレームが殺到しているぞ!!」 「えぇ!?」 プログラマーとして働いている私、黒磯由香里。情報専門学校を卒業後してこの会社に入り、気づけば10年経っていた。31歳、まだまだ現役。 小学生のころからパソコンが大好きで、与えられた古いパソコンで簡単なゲーム作りをして遊んでいた。自分の打ち込んだコードが画面上で動くのが、ただただ楽しかった。 高校は商業科を選んだ。その中でも情報コースを選んで、プログラミングをいっそう極めた。情報処理の先生には「ホワイトハッカーだな」と笑われたこともある。ちょっと照れたけれど、それ以上に嬉しかった。 ——とにかく、プログラミングのことがずっと〝大好き〟だった。 この好きな気持ちを、仕事にできたらどれほど最高だろうか。 そう思って進学した情報専門学校では、誰よりも夢中で勉強した。資格も取ったし、コンテストや大会なんかにも出た。作品もたくさんつくって、とにかく実績を積んだ。 その甲斐あって、大手ゲーム開発会社に第一志望で内定。 内定通知書を見たとき、飛び跳ねながら喜びの感情を爆発させた。 ——これで私の人生は安泰だ。 入社が決まったあの日、私は心の中でそう叫んでいた。そして入社してからも、本気でそう思っていた。 ……入社して、5年目くらいまでは。「おら、みんな! 緊急メンテだ!! 直るまでは絶対に帰さないからなっ!!」 現在、時刻は19時32分。 今夜22時から放送される歌番組に、私が長年推しているアイドルグループが生出演する。しかも、新曲を披露するらしい。 リアタイできるの、久しぶりだなって——昨日から、すこしだけワクワクしていた。 だからこそ、落胆も大きい。 放送が始まるまで、あと2時間半。その間にメンテナンスが終わる可能性は、限りなくゼロに近い。 思わず溜息が漏れる。 私は握っていた拳をゆっくりとほどき、天井を見上げた。 ——これも、プログラマーの使命か。 終わりの見えない、パズルゲームの緊急メンテナンスが始まった。◇《この前メンテしていたのに、またメンテ!?》 《緊急メンテは草。詫び石はよ》 《今日ログインしてーねのに! 運Aはログイン補償を絶対に用意しろよ!》 緊急メンテナン