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第35話

Author: 大落
博人は記者会見を終わらせると、そのまま車に乗ってバー・グランスターへと車を走らせた。

角山敦と矢谷晴樹はこの時すでに個室で待っていた。

博人は冷たい表情で、何も言わず黙ったまま個室に入ると、ロ―テーブルに置かれていたビールをそのまま手に取りガブガブと飲み始めた。

胃にしみる液体が喉元を通り過ぎていった。しかし、彼は何も感じていないかのように一本、また一本と機械的に飲み続けていた。そして、目の前の景色がぼんやりとしてはっきりしなくなり、足下がよろけてきた。

敦はもうこれ以上彼のことを見ていられなくなり、急いで手を伸ばし、彼からまだ飲みかけのビールを奪い取った。

「博人、飲みすぎだぞ」

博人は朦朧としていて、酔いが回ってきたらしく、頭の中にはこの間、この個室で起こったあの情景が浮かんできた。

彼と未央は一緒に家に帰っていた。あの夜の月はとても綺麗で、彼女もそれに負けじと美しかった。

彼はその頃、二人は新しくやり直せると自信満々だったのに、まさか彼女が別れを告げるとは思ってもいなかった。

そうか……だから彼女はここ暫くの間、様子がおかしかったのか。

敦は唇を動かして何か言いたげにしていたが、どう声をかければいいのか分からず、言葉に詰まってしまった。

晴樹は特に何も分かっていない様子で博人の肩をポンと叩くと、慰めの言葉をかけた。「博人、たかが女の一人くらいだろ?その気になれば、お前の胸の中に飛び込みたい女ならいくらでもいるよ。あのよく一緒に来ていた雪乃さんは?彼女もなかなか……」

話している途中で、彼の視線が博人の真っ赤になった目とぶつかった。その瞳は何よりも冷たく恐ろしい目つきをしていた。

そして、晴樹は何も言えず黙りこくってしまった。

博人は頭を左右に振って、ぶつぶつと呟きだした。「他の女とは違う。俺は二度と未央のような女性を見つけることなんかできない」

人生において他の女性など考えられない。彼の財産や地位ではなく、ただ彼自身を愛してくれる人などもう二度と現れないだろう。

しかしその愛は、彼自らの手でどこかへ捨ててしまったのだ。

博人は手に持つビール瓶を手の血の気が引くほど力強く握りしめたが、本人は無意識でそれをやっていた。

過去のシーンが一つ一つ頭の中に浮かんできて、彼は心臓がギュッと掴まれたように苦しくなり、ただ酒の力を借りて自分
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