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第513話

Author: 大落
スクレラの動きは早かった。

天見製薬とその競争関係のサンダー製薬の資料を手に入れると、すぐに秘書を通じてサンダー製薬の社長の勇との連絡を取った。

会う場所は一般人に公開されていない高級会員制クラブにした。そこでは情報が流出する可能性が非常に低いのだ。

スクレラは先に個室に到着し、高価な赤ワインをグラスに注いでゆったりと味わっていた。焦りはなく、獲物が掛かるまで十分な忍耐力を持って待ち構えていた。

暫くてから個室のドアが開き、少しぽっちゃりとした体の金縁のメガネをかけた中年男性が入ってきた。顔には友好的な笑みを浮かべているが、瞳の奥には鋭さと何かを計算しているような光が潜んでいた。

「スクレラさん、お名前はかねがね」勇が自ら手を差し伸べた。

スクレラは軽く彼と握手をすると「どうぞ」というジェスチャーをした。「小川社長、おかけください」

勇はスクレラの向かいのソファに座ると、早速本題に入って尋ねた。「今日お呼びいただいたのは、どのようなご用件でしょうか?」突然接触してきたこの若い女性に対して、彼は好奇心と幾分かの警戒心を抱いていた。スクレラの背景についてはすでに耳にしていて、簡単に敵対できる相手ではないと分かっていた。

スクレラはグラスを置くと、赤い唇を開き、疑いようのない確信に満ちた声で言った。「用件というほどのことではありませんよ。ただ小川社長とお取り引きをしたくて。サンダー製薬が天見製薬を完全に潰し、取って代わることのできる商売ですよ」

勇の目が大きく見開き、笑みも薄れていった。「それはどういう意味ですか?天見製薬は最近経営が少々苦しくなっているという事なら知っておりますが、何と言っても一大企業ですので、基盤は固いんですよ。勝つには容易なことではありません」

「では、私の助力が加わればどうですか」スクレラは微笑みながら、準備しておいた書類を勇に差し出した。「まずはこちらをご覧ください」

勇は疑いながら書類を手に取り、急いで目を通した。読めば読むほどに、彼の表情は驚きに変わっていった。そこには天見製薬の初期における不適切な行動の証拠だけでなく、いくつかの核心的な薬剤の開発における潜んだ問題点の分析、さらに主な技術者の詳しい経歴や連絡先まで記載されていた。

記述されたどれか一つでも流出すれば、天見製薬に深刻な影響を与えることができるだろう。

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