Masuk博人は思わずその日記を手に取り、最初のページを開けた。目に飛び込んできたのは、未央の緊張で少し乱れた字だ。日付は、息子の理玖が生まれる前夜だった。「愛する理玖、明日はいよいよあなたに会えるね。ママはとても楽しみにしているよ。あなたは神様がくれた最高の贈り物なの。パパのように聡明で、ハンサムになってほしいの。でも……パパのように冷たい人間になってほしくないの。ママはすべてを尽くしてあなたを愛し、世界一幸せな子に育ててあげるから」その後の字はさらに乱れ、紙の上には涙でにじんだシミさえ見える。「でも……私、怖いわ。一人で病院にいて、すごく冷たく感じるの。パパは来てくれるかな?私たちを一目でも見に来てくれるかな?もし……もしまだあの夜ただの偶然で関係を持つようになったことを信じてくれなくて、彼は理玖を嫌うかな?理玖、ごめんね。ママはあなたに期待に満ちた温かい始まりをあげられなくて……」そこに書いた文字を目にした時、博人は自分の心臓が見えない巨大な手にぎゅっと握りつぶされ、血液を送り出す機能さえも停止したかのように感じた。締め付けられるような痛みが彼の呼吸を奪ってしまった。彼の手は激しく震え、その薄い日記帳を握ることさえできなくなりそうだった。そうか……彼女は息子を産む時、こんな期待と恐怖を同時に抱いていたのか。しかし自分は?あの時、何をしていたのだ?……たしか重要だと思っていた晩餐会に出席していたのだ。博人はずっと頑なに、あの夜の出来事は未央の計算だと思い込んでいた。だが、その「計算」の背後に、一人の女性の彼に対する最も純粋な愛があり、未来への期待を抱きながら、ママになるという未知への恐怖が密かに潜んでいるという事をこれっぽっちも知らなかった。温かい涙が博人の目から浮かび、日記帳に落ちて、書いてあった文字が滲んでしまった。彼は慌てて手で拭ったが、その赤く染まった目元は、たった今彼の魂を貫いた激しい感情を隠しきれるものではなかった。博人は自分がまだ裸であることも顧みず、ベッドから飛び起きてゲストルームから駆け出した。今すぐ彼女に会いたい!彼女を抱きしめたい!すまないと言いたい!しかし、リビングには誰もいなかった。博人は狂ったように家中を探し回り、彼女の名前を呼んでいた。「未央!未央!」最後は、主寝室のバ
しかし、毛布がまさに彼の肌に触れようとしたその瞬間、眠りの中の博人は何かを感じ取ったように、体をぐるりと寝返りさせた。未央は手の中の毛布をまだ放すまえに、その突然の力に引っ張られ、重心を失ってしまった。驚きの声をあげ、体は制御不能に前に倒れ込み、体ごと横になって博人の体の上に落ちた。さらに致命的な状況は、彼女の顔は、ちょうど彼のしっかりと鍛えていた下腹部に当たったのだ。薄い布一枚隔てて、彼女ははっきりとあるのモノが、彼女の頬の隣で、驚くスピードで、元気よく大きくなっていくのを感じ取れた。未央の頭の中はその瞬間、真っ白になってしまった。彼女は完全に体を強張らせ、羞恥心、気まずさ……様々な感情が花火のように爆発し、彼女にその場で卒倒させそうになった。この突然の重さと柔らかく温かな感触も、博人を目覚めさせた。彼は腰の辺りに柔らかく温かい何かが押し付けられているのを感じ、寝返りを打つことさえできなかった。無意識に手を伸ばして後ろを探り、絹のように滑らかで柔らかな長い髪を触った。彼は咄嗟に振り返り、ちょうど未央の驚きと羞恥心で真っ赤な顔と向き合った。二人は見つめ合い、暫く時間も止まったように感じた。博人の頭は高速で回転し、すぐに今の気まずくてたまらない状況を理解した。彼はすぐに起き上がった。この動きで、まだ彼の体の上の未央も一緒に引き起こした。それで未央の体が完全に彼の下腹部に覆い被さり、さらに明確にあの部位が、朝に見せる活力と熱さを感じさせた。「放して……」未央は心臓が喉から飛び出そうになり、自身の後頭部にあるあの大きな手の熱さを感じながら、肘で体を支えて逃げ出そうとした。しかし、手首は彼にぐっと掴まれ、身動きが取れなかった。博人は彼女の穴があったら入りたそうにしている様子を見て、喉から低い笑い声を漏らした。その声は朝起きたばかりなので嗄れていて、静かな部屋の中で人を誘惑するように聞こえる。「西嶋夫人」彼はゆっくりと口を開き、その言葉が彼女をからかうようだった。「朝からこんなに熱心なのか?」「な……何を言ってるの!早く私を放して!」未央は恥ずかしくて涙がもう少しで出そうで、声も震えていた。博人は放すどころか、むしろ手に力を込め、ぐるりと身を翻し、未央の驚きの声の中で、彼女を自分の下に押し付け、しっかりと
海外で、ニックスは無表情で部下がたった今提出した情報に目を通していた。画面からの冷たい光が彼女の少しの動きもない瞳に映っている。その情報には、悠生の立花での未央と博人との公な接触がほとんど記録されていた。彼女は顔を上げ、目の前に立つ部下の方へ視線を向けた。声には少しの感情も込められていなかった。「へえ……この藤崎さんが西嶋夫妻にとってそれほど価値が高いのなら、彼に再度、我々のために協力してもらいましょう」立花国際空港にて。朝日がぼんやりと差し込んできた時、あるプライベートジェットが滑走路に滑り込み、ゆっくりと着陸した。キャビンドアが開き、博人が一人だけタラップを降りた。シンプルなカジュアルウェアを着ていたが、それでも長期間高い地位にいたことで養われた圧倒的なオーラは隠しきれなかった。彼は立花の朝の湿気を帯びた空気を深く吸い込み、一晩中張り詰めていた神経がようやく緩んできたのを感じた。誰にも連絡せず、一人でSUVを運転し、まだ完全に目覚めていない街の車の流れに入った。車は直接家に向かわず、遠回りして、活気のある朝食をやっている老舗の前に停まった。彼は慣れた様子でおにぎり、サンドイッチ、サラダなど……家族の好物を買い揃えた。マンションの下に着いた時、空はやっと染まり始めたばかりだった。博人は朝食を手に提げ、スペアキーで、なるべく音を立たずにドアを開けた。室内は静かだった。かすかな呼吸音だけが聞こえる。博人は足音を忍ばせて中に入り、まだ湯気が立っている朝食を一つ一つそっと食卓に並べた。彼は閉じられた主寝室のドアを一目見て、中で眠っている人を想像し、口元を思わず上げた。夜通しの旅で彼も少し疲れを感じた。彼は誰にも邪魔をせず、音も立てずに以前自分が泊まっていたゲストルームに入り、ドアを閉めて、まず仮眠をとることにした。家の中で一番早く起きるのは、ずっと規則正しい生活リズムをしていた宗一郎だった。彼はスリッパを引きずりながら部屋から出てきて、一目で食卓にずっしりと並べられた豊かな朝食を見つけた。彼はまだ温かいおにぎりを一つ手に取り、口に放り込んだ。梅の美味しい酸味が口の中で弾けて食欲が増す。「へえ、わかってるんじゃないか」彼はぼんやりと呟いたが、視線は無意識にゲストルームの方に向かい、全てを悟ったように、鼻歌を
電話はすぐに繋がり、悠生の少し疑問を含んだ声が聞こえた。「西嶋社長?どうしましたか」「藤崎社長、ちょっとお願いしたいことがあるんですが」博人は落ち着いた声で、単刀直入に言った。「先程、未央から写真の件を聞きましたが、この件は……俺たちが想像していた以上に複雑かもしれません。だから、あなたのお父様のあの写真を一枚送っていただけませんか?お返しとして、俺たちが調べた全ての情報を共有します」彼のこの言葉は、悠生への敬意を示すと同時に、肩を並べて戦う姿勢を見せたので、すぐに悠生の心に残っていた最後のわだかまりを消し去った。「わかりました」悠生はあっさりと承知した。悠生との電話を切り、博人はまた視線を未央とのビデオ電話に戻した。彼は画面の中、クッションを抱え、ソファの隅に縮こまり、少し寂しげに見える姿を見つめ、声は意識せずにずっと優しくなった。「寂しくなってきた?」この単純な一言は、まるで柔らかい羽根のように、スッと未央の心の最も柔らかな部分に触れた。友人の前で無理に強がっていた気持ちが、この瞬間に耐えきれなくなってしまった。彼女はもう我慢できず、声には隠しようのない嗚咽が混じった。「……うん。ちょっとね」博人は虚しい慰めの言葉は口にしなかった。ただ楽な姿勢に変え、彼女と別の話題をし始めた。彼は虹陽での調査の新たな発見を彼女と共有し、きちんと説明し、物事がゆっくりと明らかになってきたことをはっきりと感じさせた。博人はまた敦の失敗談を彼女に言った。今日は勝利を祝うために、ワインを一杯の半分飲んだだけでオフィスのソファに倒れ込み、今もまだぐっすり眠っていると。彼はさらに、子供の頃、祖父に字の練習を強制され、こっそりペンで漫画を描いていたら見つかってしまい、一晩中立たせられたという面白い話まで教えてやった。彼の声は受話器を通じて伝わってきて、低く、心地よく、まるで温かな水の流れのように、急がず緩やかに流れてきて、さりげなく彼女の心の中のすべての不安をなだめていった。未央はただクッションを抱え、ソファに縮こまり、静かに聞いていた。瞼はどんどん重くなるが、心もどんどん安らかになっていった。話し尽くした最後、誰も再び言葉を発することはなく、受話器にはお互いの安定した呼吸音だけが残り、交わり合い、奇妙で安心させる静寂を作り
未央はこの微妙な空気が続くのを避けるため、すぐに話題を変えた。「そうだ。博人、今日気づいたんだけど」そう言いながら、携帯のカメラを切り替え、テーブルの上にある一枚の写真に向けた。それは昼間、偶然に父親の宗一郎の古いアルバムに挟まれていた古びた写真だった。「この写真を見て……」彼女は携帯を操作して写真を拡大し、彼にはっきり見えるようにした。「左側にいるのは私の父で、右側の人は……あなたのお父さんの若い頃に似てない?背景はどこかの鉱山みたいだし、二人ともとても若くて、すごく仲が良さそうに見えるよ」写真は黄ばんでいたが、写真の中の二人の若者が肩を組み、輝くような笑顔を浮かべ、意気揚々とした様子ははっきりと見てとれた。傍らに立っていた悠生は既に離れようとしていたが、「鉱山」という言葉を聞き、無意識に近づいてそれを一目見ると、すぐに眉をひそめた。ビデオの向こうの博人の視線も、一瞬でその写真に釘付けになった。彼が口を開く前に、悠生がやや疑うように口を開いた。「俺も……父の書斎で、似たような古い写真を見たことがあるような気がするよ」彼は自分の記憶を辿ろうとした。「写っている人たちは見覚えがなかったけど、その背景は……同じくどこかの鉱山のようだ。彼らの世代の実業家には、俺たちの知らない交流があったのかもしれない」その一言は、まるで静かな湖に小さい石を投げるかのようだった。ビデオの向こうで、博人と敦はサッと互いを見つめた。二人は相手の瞳に、抑えきれない驚きの色が見えた。鉱山?藤崎家?彼らが一度も想定したことのない新しい手がかりが、このように突然に、一枚の古い写真から浮上してきたのだ。この情報量の多いビデオ通話は、藤崎兄妹が帰宅することで中断された。温かい送別会はついに終わりを迎えた。玄関で、悠奈は未央を抱きしめ、結局のところ我慢できずに、めちゃくちゃに泣き出した。家が見つからず迷った子供のようだった。「未央さん、絶対に連絡してね!私を無視したら、私、絶対、絶対に虹陽まで押しかけちゃうからね!」未央は彼女の様子におかしくて笑い出したいが、その切なくなる感情も抑えられなかった。ただひたすらに悠奈の背中を叩いてなだめてあげた。悠生は傍に立ち、妹が落ち着くのを辛抱強く待ってから、最後に未央のほうを真面目に見てい
夕食後、悠奈は子どもたちと一緒にリビングでレゴで遊んでいて、宗一郎は傍らで慈愛に溢れた笑みで見守っていた。「外でちょっと風に当たらないか?」悠生が未央に声をかけた。未央はうなずいた。二人は前後してバルコニーに出た。夜の川から吹いてきた風は少し涼しさを帯び、体にこもった熱を吹き払ってくれた。沈黙が二人の間に暫く流れた。悠生は手すりに両手をかけ、遠くの街のきらめくネオンを見つめ、ついに口を開いた。その声はとても柔らかく、しかしはっきりとしていた。「未央さん、正直に言うよ。君のことが好きだった」未央の体がわずかに強張った。しかし悠生はそれに気づかなかったかのように、ただ独り言のように言い続け、口元に自嘲の笑みを浮かべた。「君が初めてあんなに真剣に悠奈の治療をしてくれた時から、俺は君に惹かれたんだ。君にはとても特別な力があるようで」彼は一呼吸置き、振り向いて真面目に彼女を見つめた。「でも、俺には分かっている。俺は遅すぎたんだ。あるいは、一度も君の世界に本当の意味で入り込んだことはなかったとも言えるね」彼はあっさりと笑った。「西嶋さん……あの男は確かにこれ以上ないほどのろくでなしだった。でも、駐車場で、一瞬の躊躇もなく車を走らせて君をかばい、代わりにぶつかってきた車を止めた時、俺は悟ったんだ。自分が負けたって。心の底から、その負けを認めたよ」その瞬間、一人の男が一人の女のために命さえ惜しまないなら、そんな感情の重みは、後から来た者が優しさや寄り添いだけで簡単に揺るがせるものではないのだ。未央の目に一瞬よぎった取り乱した様子を見て、悠生の眼差しは一層優しくなり、以前の愛の感情はもはやなくなり、ただ純粋な誠実さだけが残っていた。「だから、君は何も気にする必要はない。今日この言葉を口にしたのは、ただ自分自身のこの感情に終止符を打ちたかったからだ」彼は彼女に手を差し出し、全てを吹っ切れたような笑みを浮かべた。「今日から、俺は君の友人の藤崎悠生でしかないから」未央は彼の堂々とした態度をポカンと見つめ、心の中の全ての不安と気まずさが、瞬く間に感謝の気持ちに取って代わられた。彼女も手を差し出し、強く彼の手を握った。「悠生さん、ありがとうございます」彼女の声にはかすかに震えが潜んでいた。「あなたと悠奈に出会えたことは、私が立花に