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永山家の令嬢・美里と城田財閥の御曹司である宗助は幼馴染だった。
お金持ちの家の子が通うことで有名な幼稚舎で二人は出会い、美里は宗助に一目ぼれをした。 それから小中高と、美里と宗助は他の誰よりも共に時間を過ごし、お互いにとってかけがえのない親友となった。その間も美里の宗助への思いが変わることはなかった。
しかし十八歳になったある日、宗助は同じ大学で出会った今野萌子と恋に落ちる。 「あんなに綺麗な人は初めて見たんだ、俺はきっと恋をしたんだと思う」 宗助は嬉しそうに頬を赤らめた。美里は今さら宗助に気持ちを伝えることなどできなかった。 宗助の初恋の相手である今野萌子は、同じ女である美里から見てもとても美しいと思える女性だった。 二人は恋人となり、お互いに結婚を望むようになったが、萌子は一般家庭の生まれで次期社長の宗助と釣り合う身分ではなかった。 二人の結婚に猛反発した宗助の両親は権力を使い、萌子を大学から追い出し、宗助との関係を強引に絶たせた。 萌子を失った宗助は悲しみに暮れ、笑わなくなった。 それでも美里は彼の傍を守り続けた。いつかは彼が笑顔を取り戻してくれることを願って。 時が経ち、大学を卒業して社会人となり数年が経過した頃、美里に縁談の話が持ち上がる。相手は何と意中の相手・宗助だった。 萌子を失って以来、彼女を忘れられずに恋人を作らなかった宗助と、そんな彼を密かに想い続けていた美里。 美里は彼の気持ちを誰よりもよく知っていたが、満面の笑みで頷いた。 「彼との結婚を受け入れます。こんなにも幸せなことはありません」 一方の宗助も、特に興味のない様子で美里との結婚を受け入れた。萌子と一緒になれないのなら、別に誰だってよかったのだろう。 宗助との婚約中、美里は幸せの絶頂にいた。萌子が現れた時点で彼と結ばれることは諦めていたからだ。 身分の違いで引き離されてしまった萌子には悪いが、美里は他人のことなど考えている場合ではなかった。彼女がどこかで幸せに暮らしていればいいなと願うばかりだった。
約一年の婚約期間を経て、美里と宗助は結婚した。 結婚してからも宗助は美里に萌子に向けていたような笑顔を見せることはなかったが、彼の妻でいられるのならそれでよかった。 後継者として父親が経営する会社の役員となった宗助は多忙で、家に帰らない日も多く、二人は顔を合わせることも次第に減っていった。 そんな暮らしが半年ほど続いた頃、宗助の両親が交通事故により帰らぬ人となってしまう。 両親の葬儀に黒の喪服で現れた宗助は涙を流すことなく、何とも言えない表情で棺を見つめていた。宗助の両親はとても厳格な人で、彼に対して必要以上に厳しく接していた。それに加え、最愛の人と引き離された恨みもあったのだろう。
しかし、その瞳は少しだけ悲しそうにも見えた。 両親の葬儀を終えた後、宗助は以前にも増して仕事に打ち込むようになった。社長だった父親が亡くなり、彼がその代わりを務めなければならなかったからだ。
美里が思い描いていた甘い結婚生活とは程遠いものだった。 そんな中、ある知らせが美里の耳に入った。 宗助の初恋の相手であり元恋人だった今野萌子が帰ってくるというのだ。萌子は大学二年のときに宗助の両親に嫌われ、大学を自主退学し、それからはずっと故郷へ身を寄せていた。
しかし今回、彼女が故郷へ帰ることになった元凶である宗助の両親が亡くなり、再び大学へ通うことになったのだという。 萌子が帰ってくると聞き、美里は頭を抱えた。 萌子がいなくなったから美里は宗助と結婚した。しかし、萌子よりも宗助に愛されているという自信は無かった。
彼は結婚してから一度も美里に愛してると言ったことが無かったからだ。
その日、美里は深夜まで宗助の帰宅を待ち、彼を問い質した。 「宗助、今野さんが帰ってくると聞いたんだけど…」 「…そうだな」宗助は目を合わせずにそれだけ言った。
やはり彼の耳にも萌子が帰ってくるという噂は入っていたのだろう。 彼は今何を考えているのだろうか。真っ黒な瞳からは何も読み取ることができない。 しかしどれだけ冷たくされようが、美里はここで退くわけにはいかなかった。 彼の気持ちによっては、二人の今の関係が変わる可能性が大いにあったからだ。 黙ってばかりで何も言わない宗助に痺れを切らした美里は、核心に迫った。 「宗助、貴方もしかして今でも彼女のことを…」 「疲れているんだ、後にしてくれ」 聞いたことのないくらい冷たい声だった。 彼はそれだけ言うと、逃げるように自室へ入り扉を閉めた。 残された美里は強く閉められた扉をじっと見つめていた。 結局、宗助の考えを知ることはできなかった。 ***萌子が美里たちの暮らす白羽区に帰ってくるという話を聞いてからというもの、美里は夜も眠れなかった。
萌子は宗助の愛する人で、美里がどれだけ努力しても勝てない人でもあったからだ。
「社長の昔の恋人が帰ってくるらしいわよ」
「なら今の奥様はどうなるのかしら」
「あら、城田社長がどれだけ今野さんを愛していたかは誰もが知っている話でしょう?」
「離婚するに決まっているわ。私が城田社長ならそうするもの」
萌子が帰ってくることは既に近所で広まっており、美里は好奇の目に晒された。
少し前までは羨望の眼差しを向けていた者たちが、今では手のひらを返すかのように彼女を嘲笑した。
それから三日後、萌子が白羽区に到着したという知らせが入った。
そのとき、ちょうど宗助は仕事で家にいなかった。
萌子がすぐそばにいるかもしれないと思うと居てもたってもいられなくなった美里は、気分転換も兼ねて外へ出ていた。
外出するのはずいぶん久しぶりだった。宗助と結婚した美里は勤めていた会社を寿退社し、専業主婦として家庭に入ったからだ。
外へ出た美里は、人々の視線を気にすることなく歩き続けた。こんなにも落ち着かないのは初めてだった。
しばらく外を歩き、自身が通っていた大学の前へ差し掛かると、聞き覚えのある声が耳に入った。
「―萌子、走ると危ないぞ」
声のするほうに顔を向けると、見慣れた顔が視界に映った。
宗助だった。そして横にいたのはー
「宗助ったら、心配性なところは変わっていないのね」
宗助の初恋の相手・今野萌子だった。
美里がいることに全く気付いていないのか、宗助と萌子は笑い合いながら大学の傍にとめてあった車に乗り込んだ。
傍から見ると、二人はとてもお似合いな夫婦のように見えた。
宗助のあんなに楽しそうな顔を見たのは久しぶりだった。そう、まさに宗助と萌子が交際していた頃によく見た光景だ。
仕事中なはずの宗助が何故萌子と一緒にいるのか。どれだけ考えても分からなかった。
妻に内緒で昔の恋人に会う。
それが何を意味するのか……ある程度予想はつくものの、認めたくなかった。美里は心を強く保った。
宗助は昔から真面目で、責任感の強い男だった。そんな彼が痴情のもつれで妻を捨てるとは考えにくい。
ましてや美里と宗助は幼い頃からの仲で、深い絆がある。
そうだ、何を馬鹿なことを考えているんだ。宗助が自分を捨てるわけがない。
美里は明るく考えながら帰路についた。
そしてその日の夜、宗助は家に帰ってこなかった。
朝になると、宗助が萌子の住むマンションから出てくるところを見たという噂が広まっていた。
美里は夜になってようやく帰宅した宗助を問い詰めた。
「宗助、昨夜今野さんのマンションで過ごしたって噂は本当なの?」
「……彼女とは何もない」
何もない?何もないなら何故妻に内緒で会っているのか。
いつだって宗助の気持ちを尊重し、言いづらいことは聞いてこなかった美里だったが、今回ばかりは我慢の限界だった。
「そんなの信じられるわけないわ!あなたは昔からいつだってそうだった!重要なことは何も言わずにはぐらかして……私が昨日どんな気持ちであなたの帰りを待っていたか……」
「美里」
宗助は美里の言葉を遮った。これ以上は聞きたくないといった様子だった。
彼は冷たい目で美里を見据えた。
「――俺の交友関係に口を挟まないでくれ」
「……!」
「いくら夫婦とはいえ、プライベートのことにまで口出しをされるのは疲れる」
宗助は美里に背を向けて自室へ戻っていった。
今の言葉は一体どういう意味で言ったのか。
夫の浮気に目を瞑れということだろうか。美里にはもはやそのようにしか聞こえなかった。
修人はロープを木の枝にかけようとしている萌子に駆け寄ると、彼女の体を抱きしめた。弟の体が小刻みに震えていることに気付いた彼女は、驚きを隠せなかった。「修人……?」「姉さん、馬鹿なことはやめてくれよ!」「どうしてあなたが……」修人は萌子から体を離すと、涙を流して彼女を見つめた。萌子は二度目の衝撃を受けた。修人とは姉弟とはいえ、性格が正反対のせいかそりが合わず、昔から喧嘩ばかりしていた。そんな彼のことだから、私が死んだところで何とも思わないと思っていたのに。「……遺書を読まなかったの?」「やっぱり遺書だったんだな……姉さん、死ぬつもりだったのか」修人は責めるような目で萌子を見た。「市原から全部聞いたんだよ……姉さんがアイツに何を頼んだのか」「市原君が……」萌子が最後に願いを託した相手は、彼女の計画には乗らなかったようだ。このとき初めて知ったことだったが、実は彼は既に萌子のことを過去だと割り切っており、新しく好きな女性ができていたのだ。そんな彼が、彼女の馬鹿げた頼みなど聞き入れるはずがない。萌子は全て失敗したことを悟った。「そのときに最後のお願いって言ったんだろ?市原がお前の様子が変だって俺に電話してきたんだ」「……」修人は何とか萌子を捜し出し、ここまでやって来た。彼は萌子の肩を掴んで揺さぶった。「姉さん、頼むから馬鹿なことはやめてくれよ」「あなた、私が何をしたのか知らないの?――私は殺人者よ。海星が捕まった今、私の罪もすぐに明らかになるわ」「……」修人は黙ったまま萌子の話を聞いていた。弟である彼にとっては、かなりキツい内容だろう。しかし、修人は動じることなく意外な反応を示した。「……知っていたよ、姉さん。姉さんが寝言であの事故のことをブツブツ喋ってたからさ……」「な……う、嘘でしょう……?」萌子と海星が墓場まで持って行くつもりだったことは、弟の修人には隠せていなかったようだ。「姉さん、姉さんは昔から大きくなったらお金持ちと結婚するだの何だの言ってただろ?覚えてるか?」「……」萌子は一般家庭に生まれ、周囲のお金持ちを羨んできた。そのせいか、幼い頃からかなり金に執着していたのを修人はよく知っている。「裕福じゃなくてもさ、家族で幸せに暮らせていければそれでいいんじゃないのか?」「修人……」「お金があるからって幸せだとは
「アイツ……アイツのせいで全て壊れてしまったんだわ……!」萌子の父親が自動車事故を起こし、宗助との関係が終わったとき、彼女は家族を憎んだ。やっとあの人たちから離れて完璧な幸せを手に入れられると思っていたのに。そして、憎しみの対象は城田夫妻や、関係のない美里、宗助にまで及んだ。今自分がこんなにも惨めな暮らしを送っているのは全てアイツらのせいだ。そうに違いない。「アイツらだけが最後に笑うだなんて絶対に許さないわ……どうせ地獄に落ちるなら……誰か一人でも道連れにしないとね……」萌子は森の中で一人不気味な笑みを浮かべた。まだ昼だというのに、白羽区にあるこの森は暗く影を落としていた。まるで萌子の今の心境を表しているかのようだった。彼は木の葉の隙間から見える青い空を見上げた。「思えば、最初からこんなドブみたいな人生だったわね……」萌子は森の中で幼少期の記憶に思いを馳せた。両親がいて、弟がいて、祖父母がいた。あの頃は何も考えていなかった。もしかすると、幸せだったのかもしれない。今ではあまりよく思い出すこともできないが。母親はたしかにキツい性格だったが、萌子に勉強を教えてくれたりもした。料理が得意で、彼女の好きなものをよく作ってくれた。父親は気が弱くいつもオドオドしていたが、休みの日は必ず萌子たちをどこかへ連れて行ってくれた。叱られたことなんて一回も無いのではないだろうかと思うほど、穏やかな人だった。弟の修人は父に似た、優しい性格だった。いつも姉である萌子のことを心配し、家族内で最も彼女を気遣っていた。「……」萌子の手が止まった。家族のことを思い浮かべると、何だか複雑な気持ちになった。萌子は捕まって惨めな女として生きるくらいなら、ここで全てを終わらせようと思っていた。しかし、今になって生への未練が出てくるのか。ちょうどスマホを開くと、海星が捕まったというニュースが報道された。警察のトップが長い間ずっと隠蔽してきた身内の不祥事に、人々は注目した。容疑者として連行される海星の写真が掲載されていた。こんな風になるくらいなら萌子は死んだほうがマシだ、と彼を嘲笑った。「……そうよ、全部終わらせるべきだわ」萌子は何かを決意したかのように、懐から買っておいたロープを取り出した。修人には遺書を残しておいた。我儘で傲慢でどうしようもない姉だったが、彼のことは大
それから萌子は城田家の御曹司である宗助からの猛アタックにより、彼と付き合うことになった。その間もずっと美里のことを意識していた。彼女は萌子にとって、唯一ライバルと呼べる女性だったからだ。自分と同じくらい美しい容姿に加え、自分には持ち合わせていない家柄まで。悔しかった。自分よりも勝っている女がすぐ近くにいるのは。しかし、そんな日々もすぐに終わりを迎えた。宗助と付き合い、彼の隣に立つようになってからというもの、美里の視線をよく感じるようになった。彼女は最初そのことを不思議に思っていたが、すぐに理解した。――あぁ、あの女は彼のことが好きなんだ。そういえば、城田家の御曹司と永山家のお嬢様は幼馴染だったっけ。萌子はだいぶ前にチラッと聞いた話を思い出した。美里は宗助と一緒にいる萌子に羨望の視線を向け、いつも彼らの後ろ姿ばかりを見つめていた。萌子はそんな彼女を見て優越感に浸った。――私、あの女に勝ったんだわ。あの女がどう頑張っても手に入れられなかったものを、私は手に入れた。その事実だけで心が満たされるような思いになった。それからというもの、萌子は行き過ぎた行動を取るようになった。『ねぇ宗助、美里さんっているでしょう?あなたの幼馴染の』『美里がどうかしたか?』『あの人を私に紹介してほしいわ』萌子の言葉に、宗助は眉をひそめた。『何故お前が美里に会う必要がある?』『宗助の大切な人なら、私も会いたいのよ!私はあなたの恋人だから』彼女は何とか彼を説得し、宗助は渋々萌子に美里を紹介した。『よろしくお願いします、美里さん』萌子は目の前にいる美里に完璧な笑顔を向けた。宗助の隣にいるのは私であって、あなたではないんだ。そのような思いも込めて。美里は悲しそうに目を伏せて挨拶を返した。『今野さん、よろしくお願いします』あぁ、その顔が見たかったのよ。たまらないわ。萌子は内側からゾクゾクするような感覚に襲われた。もっと悲しめばいい。もっと苦しめばいい。ほら、私と宗助をよく見なさい。あなたをより一層惨めにさせてあげるから。それから萌子の行動はエスカレートしていった。美里の前でわざと宗助の腕に手を絡めたり、三人でどこか行かないかと彼女を誘ったりもした。全てが順調だった。宗助は海星と違って頭も良いし、地位と財力もある。萌子にとってはこれまでにないくらい完璧な男だっ
今野萌子は昔から、何事においても他の女に負けたことがなかった。「萌子ちゃんよ!いつ見ても超美人!」学校内を歩けば注目を集め、男なら誰しもが彼女を好きになり、女は強い憧れを抱く。まさに誰もが認める学校のマドンナ。普通の男にとっては手が届かない存在であり、至高の女。それが今野萌子だった。(全てにおいて私が一番なのは当たり前よ)萌子は自分自身の美貌を誇りに思っていた。頭の出来が一般人より良いというところも。しかし、完璧な彼女の世界にも一人だけ邪魔な人間がいた。「萌子、あなたは絶対に良い男を捕まえるのよ?私は旦那選びに失敗したから今こんな貧相な暮らしをさせられているの。あぁ、妊娠なんてしなければあんな男と結婚しなかったのに……あのとき妊娠したことは唯一の失態だわ」「……」それが母親だった。萌子の母親はいつも平均的な収入で気の弱い父親に文句を言っていた。母は美人で、大学時代はミスコンにも出場するほどだったが、かなり気の強い性格だった。萌子と修人はそんな母の元、我慢を強いられる幼少期を送っていた。父親はいつも母親のご機嫌取りばかりしていて、萌子たちのことを気にかけている暇などなかった。萌子はそんな両親の姿を見て、幼いながらに思った。(……でも案外、お母さんの言う通りかもしれないわね)萌子はむしろ、母親よりも彼女に媚びへつらうことしかしない父親に嫌悪感を募らせた。私は絶対にあんな男と結婚しない。お金持ちで地位のある男を捕まえるんだ。(いけるわ、だって私には自慢の美貌があるもの)そのような思いから学生時代、萌子は様々な男と交際した。学内一の美女と呼ばれた萌子は男に困ったことなんて一度もなく、何もしていなくても男が寄ってくるほどだった。自分は周囲にいる全ての女よりも勝っている。略奪だって気にすることなくやってのけた。そのせいで一部の女子生徒からはかなり嫌われてしまったが。何とも思ってない人から嫌われたところで別にどうだってよかった。何より彼女には守ってくれる多くの男がいたからだ。(気に入らないやつは一度痛い目を遭わせればいいわ)そんな彼女の目の前に、ある日一人の女が現れた。「ねぇ、彼女すごく綺麗じゃない?まるで芸能人みたい!」大学に入学してから少しして、萌子は噂に聞いていた彼女と出会った。彼女は同じ女である萌子から見てもとても美しい人だった。
「美里、体は平気か?」「宗助」その日の夜、宗助が美里の元を訪れた。彼は彼女の傍までそっと歩み寄ると、その華奢な肩を優しく抱いた。彼の腕に包まれると、とても安心することができる。この世の全てから、彼が守ってくれるようなそんな気がして。「もう大丈夫そうよ、普通に外も出れるわ」「油断は禁物だ……萌子が何をするかわからないし」宗助は心配性だった。主に美里のことになると、だが。美里は宗助の腕に抱かれたまま、呟いた。「萌子さんは……どうしてあそこまで変わってしまったのかしら……」「……」美里はどうしても理解できなかった。何故、穏やかで上品だった萌子があんな風になってしまったのか。彼女が宗助と付き合っていた頃の記憶を全て掘り起こしたが、あのような彼女は出てこなかった。美里の言葉を聞いた宗助が、彼女を抱きしめる腕に力を込めた。「……人間の本質なんてそう簡単には変わらないものだ」「なら……」「最初から……萌子はああいう人間だったんだ……」宗助が悲しそうに呟いた。(最初からああいう人間……たしかにその通りだわ)一時は萌子に罪悪感すら感じていた。本来彼女がいるべきその場所を、自分が奪ってしまったようなそんな気がして。だけど、彼女がそういう人間であるのならば罪の意識を感じる必要はない。(何の迷いもなく……萌子を裁きにかけることができる……)宗助も昔の恋人を断罪する覚悟が決まっているのか、力強い目で前を向いていた。じっと部屋の中で抱き合っていたそのとき、突然宗助のスマホの着信が鳴った。ポケットからスマホを取り出した宗助は、相手を確認するとすぐに電話に出た。「しゃ、社長!大変です!」「どうした?」「――今野萌子が忽然と姿を消しました!」その一言に、宗助は眉をひそめた。「……何だと?」「も、萌子がいなくなったですって!?」宗助はどういうことかと説明を促した。「そ、それが……突然邸宅からいなくなり、その後姿が見えないそうです」「一体お前たちは何をしているんだ!」「も、申し訳ございません!」宗助は怒声を上げた。彼は美里が拉致されてからというもの、ずっと萌子の監視を部下に命じていた。「すぐに探し出せ……あの女は何をするかわからない……」「承知いたしました!」宗助はそれだけ命じると、電話を切った。「萌子がいなくなったの?」「あぁ…
家を飛び出した萌子は一目散にある場所へと向かっていた。心の中にはさっきと変わらず、美里と宗助への憎しみが渦巻いていた。かつて心から愛した宗助ですら、今は憎悪の対象だった。(そうよ、全てあの男のせいよ……あの男が変わってしまったからだわ……!)萌子は自分に冷たくする男が昔から嫌いだった。こんなにも美しく、頭の良い私を嫌うだなんてありえない。本気でそう思っていたからだ。美里と宗助には必ず、痛い目を遭わせてやる。萌子は一度決めたことは必ずやり遂げる女だった。萌子は住宅街をしばらく走り続け、ある大豪邸の前で足を止めた。息を整えながらインターホンを鳴らし、中から人が出てくるのを待った。それから少しして、彼女と同い年くらいの若い男が姿を現した。「――市原君!」「……萌子?」男の姿を見るなり、萌子は彼に抱き着いた。彼はいきなり自身の胸にしがみついた彼女にギョッとしながらも、その体を受け止めた。照れたように彼の頬が赤くなる。萌子は彼の胸ではらはらと涙を流した。「市原君、助けてほしいの!」「どうしたんだ、萌子?」彼は萌子の背中にそっと手を置いた。彼は弟の修人の友人で、萌子とも面識があった。「萌子、一体何があったというんだ……」「……」萌子は彼に気付かれないようにそっと口角を上げた。ずいぶんと歪んだ笑みだった。(ホンット、男ってちょろいわ……)彼が萌子を愛しているということは、萌子自身がよく知っていた。自分を気に入った男たちが、ちょっとお願いすれば何でも聞いてくれるということも。萌子は顔を戻し、彼を見上げた。「私、永山美里に命を狙われているの……」「な、何だと!?」衝撃的な話に、彼は思わず声を上げた。「ここだけの話……美里と宗助は婚約中なの……でもあの女は宗助の昔の恋人の私のことが気に入らないみたいでね……」「……」彼は驚いた表情で萌子の話を聞いていた。美里と宗助のことはもちろん知っていた。萌子と付き合っている宗助を羨ましく思ったことも一度や二度ではなかった。彼は初めて彼女と出会った頃――実に十年近く前から一途に萌子を想い続けてきた。だからこそ、彼女の泣く姿に耐えられなかった。「宗助も未だに私を愛しているようで……私を拉致しようとしているの。あの二人がいたら私……何されるか……」「萌子……」彼は萌子を可哀相だと思い、抱きしめた。







