「和巳君、今日は来てくれてありがとね。鈴鳴は迷惑かけてない? 一緒に暮らしてるって言うから、それだけが心配で」「あはは、大丈夫ですよ。叔父さんにも言ったんですけど、むしろ俺の方が助けられてます」二人はおしゃべりに夢中になってる。けど、俺はこの時点でかなり胃が痛かった。父は高確率でリビングにいる。以前なら日曜日の昼は、大抵お気に入りの古書を読んでいた。……でも大丈夫。普通に挨拶すればいいんだ。ただいまって言って、自然に寛げばいい。何も難しいことじゃない。それなのにドキドキが止まらないんだから、俺のチキンっぷりはヤバかった。けど、もう逃げるのはやめよう。ここで逃げたら何の為に和巳さんと一緒に来たのか分からない。今逃げたら、また次も逃げなきゃいけなくなる。会わないように計算して、関わらないように気を使って。……それももう、嫌だ。もう逃げるのも疲れてしまった。リビングに入る手前でちょっとだけ和巳さんを振り返ると、彼は小さく頷いた。「大丈夫」だって言ってくれてる。気がする。深呼吸して、俺も自分に言い聞かせた。「大丈夫」。確信なんてないけど、信じてる。……家族だから。意を決して、リビングへ入った。「父さん、ただいま!」「鈴鳴、おかえりー!!」……!?直後に返ってきた、明るく元気な声。俺は一瞬頭が真っ白になって、完全に固まった。何故なら、リビングで俺を待っていたのは父じゃなかったからだ。「鈴鳴? どうしたんだ、そんな硬直して」そこにいたのは母の弟、富生叔父さんだった。何故ここにいるのか分からないけど、彼は席を立って心配そうに近付いてきた。後ろでひょこっと顔を覗かせた和巳さんも、困ったように首を傾げる。「あれ……何だか正剛叔父さん……顔変わった?」いや、変わってない。別人なんだとツッコむ余裕も今の俺にはなかった。今日は一体どうしたんだろう。不思議に思って尋ねようとしたけど、その前に富生叔父さんは頭を下げた。「ごめんな、鈴鳴。今日は姉さんと義兄さんに無理を言ってお邪魔したんだ。……お前に謝りたくて」「あ、謝る?」「思い出したんだ。この前、日永さんのお宅で会合があっただろう。その後、俺は酔っ払ってお前に絡んで、酒をたくさん飲ませてしまったんだ」そうなんですか……?分からない。悪いけど全く思い出せなかった。衝撃の告白。いや、単純に俺が覚え
秋と色々話したその日の夕方、一本の電話がかかってきた。大学の帰り道、スマホがの画面を見ると“母”と表示されていた。「もしもし、母さん?どした?」『もしもし。ごめんね、急に電話して』未だ過保護な母は、二週に一回は心配して電話を掛けてくる。以前和巳さんと一緒に暮らすことを伝えたらホッとしてたけど、今日は何の用事だろう。『ちゃんとご飯食べてる?』あ、いつもと同じ内容だな。「大丈夫だよ。ていうか家事は和巳さんが手伝ってくれるからすごい楽してる」『良かった。アンタ達昔は仲良かったけど、会うのは六年ぶりだから……心配してたけど、上手くやれてるみたいね』「……うん」父とは一切連絡を取らないけど、母には色々相談ができる。けど子どもの頃は、母のことすらあまり好きじゃなかった。いつも父の味方をして、ご機嫌とりに必死だったから。……それでも一旦離れてみると、母の有り難さが分かった。本当に金欠で困ってるときは父さんに内緒でお金をカンパしてくれるし、食べ物や生活用品を送ってくれる。父の機嫌を損ねることが怖かったのかな、って気がしていた。俺と同じだったんだ。『ねぇ鈴鳴、たまには家に帰って来なさいな。大学やバイトが忙しいのは分かるけど……お父さんも寂しがってるわよ』途中まではうんうん頷いて素直に聞いていたけど、最後の台詞は聞き流せなかった。寂しがってる? 父さんが? んなバカな。『貴方がお義父さんの家で大暴れしてから特に、鈴鳴鈴鳴、って一日二回はぼやいてるのよ』「ちょっ、大暴れまではいってないよ。それに父さんが心配してるのは俺じゃなくて、面子だろ。今回のは申し訳ないけど、基本俺が変なことしないか見張っておきたいだけなんだ」彼は一度だって、俺自身を心配してくれたことなんてない。できることなら首輪を繋いで監視したいんだ。……それほどまでに、俺は彼に信用されてない。おじいちゃん家のことで、その想いは一層強くなったはずだ。『確かにお父さんは貴方に厳しいけど……貴方が嫌いだから、厳しくしてるわけじゃないのよ。それだけは分かってあげて』「……分かんないよ。だって何も言ってくれないじゃんか」つい子どもみたいに言い返してしまって、自分でも呆れて舌を出した。だけど、父はそういう人なんだ。必要最低限のことしか話さない。たまに家に帰っても、俺を見向きもしないから。『言いたいこ
俺も、できることなら堂々と恋人だと名乗りたい。けどそのせいで鈴が困ることになったら耐えられない。この秘密は絶対に隠し通さないと。しかしこの青年は、先程とはまた違う視線を向けてきた。「あぁ~、なるほど道理で……。どうも、風間秋です。鈴鳴とはサークルが一緒なんです」「そうそう、学科は違うんだけどね。実は和巳さん、秋も同せっ」鈴は何か言い掛けたけど、今度は風間君に口を手で塞がれていた。「どうせ……何?」「あー、どうせ学科移るんだろってよく言われるんですけど、俺は今のままでいいって話してるんです! 今まで勉強したこと無駄になっちゃうし」そう言って風間君はけらけら笑う。直後、少し鈴を睨んだように見えたけど……彼の口から手を離した後、また興味深そうに一歩近寄ってきた。「それは置いといて~、和巳さん……は、今日は何でここに?」「実は鈴の大学を見たくて、無理言って案内してもらってたんだ。ここは本当に綺麗で、良い所だね。設備もよく整ってるみたいだし」「へぇ。あ、アメリカにいたんでしたっけ。鈴鳴から聞いたことあるんで、知ってますよ」彼の話し方はとても自然だけど、不自然なほど鈴と密着している。肩に寄りかかるような形で、やたらベタベタしてる。ちょっと変わった子なのかな。というより、距離近くないか? 冷めた感じの子に見えたのに、鈴の頭を撫でたり頬をつついたりしてる。……本当に仲良いんだな。────いや、これって仲良いのか?「なぁ鈴鳴、俺達のサークルに連れて行ったら?」「あぁ、それはいいね! 和巳さん、一緒に行こうよ!」鈴が笑顔で手を差し伸べてくる。それ自体は嬉しいはずなのに、何かおかしい。変な気分だ。可愛く微笑む彼の手をとる。……けど、逆に引っ張って俺の方へ引き寄せてやった。「うわっ!」小柄で軽い鈴は簡単にバランスを崩し、俺の腕の中にすっぽり収まった。「か、和巳さん?」「……ごめん。今日は他に約束があるから遠慮しとくよ。また今度……ね、鈴」驚いた顔をしている鈴に笑いかける。卑怯だと思ったけど、彼は黙って頷いた。「……ごめん、秋。そういえば店予約してるの忘れてた。今日はもう帰るね」「おぉ。わかった、じゃあまたな。和巳さんも、次はのんびりできる時に来てください」「ありがとう。また遊びに来るよ」そう答えると風間君は微笑み、去って行った。俺達も
心が満たされてる。今日の朝は特に爽やかで輝いてる気がした。まるで自分に笑いかけるために太陽が顔を出してくれたかのよう。……なんてことを言ってる友人が昔いた。とにかく、今はとても気分が良い!その理由を端的に表すなら、四つ歳下の従兄弟とようやく恋人らしい仲になれたからだ。「鈴、おはよう!」隣ですやすや眠っている鈴鳴を、和巳はキスで起こした。夢のような甘い日々だ。ベッドが一緒で本当に良かった。可愛い寝顔を見放題なんて贅沢過ぎる。「ふあぁ……もう朝なんだ」そう言って眠そうに瞼を擦る彼は二十歳とは思えない。今日も安定の可愛さに見蕩れながら、布団を軽く畳んだ。もう敬語も使わなくなった。そして何より、素直にこちらの愛情表現を受け入れるようになった。鈴も変わり始めてる……後はもう少しだけ、彼の持ち前のネガティブシンキングを何とかしたい。でも、それはゆっくりやっていくんでいいか。「おはよう、和巳さん」鈴の方から身を乗り出してキスをする。この時間がずっと続けばいいのに、と和巳は心の底から思っていた。しかし鈴鳴は慌てて身支度を始める。「和巳さん、すぐパン焼くね」「あぁ。大丈夫、俺がやるから鈴は支度しな」そう言うと彼はありがとうと笑って顔を洗いに行った。朝は時間のある人間の出番だ。俺は入社日までまだ一週間休みがあるけど、鈴は毎日大学だ。目玉焼きを乗せた食パンとサラダとスムージーを用意し、支度の終わった鈴と席についた。「鈴、今日は大学以外に予定とかあるの?」「今日は特にないよ。どうして?」「あぁ。鈴が嫌じゃなかったら、……俺もちょっとだけ、大学を見に行きたいなって思って」躊躇いがあったけれど、思いきって伝えてみた。前も一応訊いたことがあるけど、大丈夫だろうか。ドキドキしながら回答を待つ。「もちろん、大歓迎だよ! 和巳さんが来てくれたら、俺大学の中を案内します!」「鈴……!」良かった、普通に歓迎された。敬語に戻ってるけど……まぁそれはいいか。長年のクセはすぐに直らない。「じゃあ俺の講義が終わる頃に来てほしいな。そしたらゆっくり案内できるし、一緒に帰れるから……今日の夜は外で何か食べよう」「いいね! ありがとう、鈴」彼との約束。今日は、嬉しいスケジュールが一つ決まった。前から楽しみにしていたこともあって、気分が上がってしょうがない。待ち合わせ
深刻に悩んでいる秋を見て、改めて申し訳なくなった。彼はもう怒ってないと言ってくれたけど……怒り以上に怯えてるように見えて、ますます罪悪感が募る。「うーん……あの人鋭いからな。お前に荷物を渡すところを見られるとめんどくさいかも。明日俺が持ってくるから、お前は持って帰ってくんないか?」「わかった! ごめんね、秋。迷惑かけちゃって申し訳ない」「もうそれはいいけどさあ、お前どんだけゲイビ買い込んでんだよ! 俺だってあそこまで持ってないのに」「あぁ……ほんとだよね、ごめ……んっ!?」またまたドン引きされてしまったけど、急に腰を叩かれて前のめりに倒れかけた。「おい、鈴鳴? そんな強くは叩いてないけど……」秋は驚いて身体を支えてくれた。普通にしてれば何とか耐えられる痛みだったけど……今の衝撃は下半身に電流が走ったようだった。「悪い、本当に大丈夫か?」「う、うん。大丈夫、正確には叩かれたからじゃないんだ。あそこが擦れて痛くて」答えた瞬間、秋の目にナイフのような鋭さ宿った。「昨日帰る時はそんな辛そうじゃなかったよな。家に帰ってから、また一人でシてたのか?」「あ、えっと……うん」ひとりでではなく、見事に結合してる。でも本当のことは言えないよなぁ。少なくとも、今はまだ……。彼のせっかくのアドバイスを無下にして、性急にことに及んだとか、それこそ最低野郎だ。いや、最低野郎なんだけども。「最初から飛ばすなって昨日も言ったろ。ちょっとずつやんなきゃ身体に負担かけるだけなんだぞ。逆に言えば、ペースさえ気をつければそれほど苦しまずにやれるんだ」「ごもっとも……本当にごめん。はりきりボーイで」「ほんとだよ。このはりきり……いや、反逆児」秋からお叱りを受け、今日はひとまず別れた。腰は確かに、痛いっちゃ痛いんだけど……っ。まぁ仕方ない。帰りに薬でも買ってこう。そう思って、ドラッグストアでアソコにつける薬を買って家に帰った。するとやたらキッチンの方でガチャガチャ聞こえたから覗いてみる。こんな時間に和巳さんがキッチンに立つのは珍しい。「ただいま。和巳さん、何やってんの?」「あ、おかえり。今日は俺が夜飯作ろうと思って」驚くことに、和巳さんはキッチンに立って火加減を見ていた。確かに、食欲を誘ういい匂いがする。「うぇっ和巳さん、料理できたんだね。帰って来てから
「う~ん……?」耳元で鳴り響くアラームで目を覚ました。……朝だ。いつの間に寝たんだろう。昨日はリビングのソファにいたはずなのに、今は寝室のベットで横たわっている。何故なのか考えていると、ドアが静かに開いた。「おはよ、鈴」「か、和巳さん」ドっと汗が滝のように流れる。彼を見た瞬間、昨日のことを瞬速で思い出した。恐ろしい速さで彼とヤッてしまった、昨夜のことを。そしてのたうち回りたいぐらい恥ずかしい台詞を言わされ続けたこともやはり覚えていた。残酷だが、アルコールのように忘れさせてくれるものは何もない。「さてと! シャワー、浴びようか」和巳さんは隣まで来て、鳴り続けていたアラームを止める。「本当は昨日一緒に入るつもりだったんだよ。でも鈴が全然起きないから、もう朝一で入ろうと思って早めにアラームセットしてたの」「あ、あぁ……すいません。最近寝不足だったので」「あれ、敬語に戻ってる」「え?」なにかと思って聞き返すと、彼は不思議そうに腕を組んで首を傾げた。「昨日俺とシてる時は敬語じゃなかったよ。和巳さん、気持ちいい。もっとキてキて! って、連呼してた」「……!!」考えるよりも先に布団を掴んで、頭まで被った。でもそれはすぐに剥ぎ取られ、困ったことに和巳さんがベットの上に乗ってきた。「鈴、照れんのもいいけど忘れてないよね? 昨日俺とした約束、守んなきゃだめだよ」「ふ、布団返してください」「そうしてあげたいとこだけど、もう起きないと。後おはようのキスは今日もやるよ?」彼の顔が近付いてくる。避ける間もなく唇を塞がれて、朝から火照った熱を与えられた。「ぁ……和巳さん……!」でも間違いなく、今日のは今までと違う。深く絡まって、執着してくる。これはちょっと辛い。「昨日言ったこと、思い出して。はい、俺が世界でいっちばん愛してるのは?」「お、俺……?」「疑問形にしない! 自信を持って答えなさい。俺が愛してるのは鈴。そうでしょ?」「はい、俺です!」何か怖い。声や表情はいつもとそんな変わらないけど、微妙に圧を感じる。「OK。じゃあシャワー行こう!」「はい!」その後は訳が分からないまま浴室に連れてかれ、彼と身体を洗った。あれよあれよと服を着させられ、またまた髪もドライヤーで乾かしてもらった。リビングに戻った後、和巳さんは朝ごはん代わりに簡単