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第352話

Author: 十一
2時間後、理子と峯人は両手いっぱいに大きな買い物袋を抱え、デパートから出てきた。

その時——

「しまった!ネックレスを買い忘れた!さっさと戻ろう……」理子が突然声を上げた。

峯人はもう両手がふさがっており、足も棒のようだった。「母さん、今日はもういいだろう?こんなに荷物持って、また戻るなんて疲れ死ぬよ」

「でも……」理子は眉をひそめたが、確かにこれだけ持っていては動きづらい。

そこで彼女は目をきょろきょろと動かし――ふと、美琴の首元に目を留めた。

「えっ?あなたのそのネックレス、悪くないわね。ちょうだいよ。あなたはまた新しいの買えばいいじゃない」

その言葉に美琴は目を見開き、完全に固まった。

このネックレスはカルティエの限定モデル。手に入れるまで四ヶ月待ち、購入価格は8桁に届くほどだった。

この女、自分を何様だと思ってるの?

簡単に「ちょうだい」と?!

そんなこと、どうやったら口にできるのよ?!

理子は眉を吊り上げて言い放った。「その顔は何よ?たかがネックレス一本で命まで取るわけじゃないでしょ?それに、私はあなたが着けてたことすら気にしないで、わざわざ新しいのを買うチャンスまであげようって言ってるのに、感謝もしないなんて。

ま、惜しむならいいわよ。最初はちゃんと話し合おうかと思ってたけど、あなたの誠意ってものはゴマ粒ほどもないみたいね。だったら、もうこのまま引き延ばしでいいわ。私は別に急いでないし」

そう言い終えると、理子は今度は峯人の方を振り返った。「そうだ、峯人。帰ったら、あの動画またアップし直しましょ」

たった数言で、あきらめるを装いながら、はっきりとした脅しを繰り出してきた。

美琴の顔色はみるみるうちに青ざめ、今すぐにでも「出ていけ」と言い放ちたかった。だが耳の奥に、昭典の冷たい声がよみがえった。

美琴は何度も深く息を整え、なんとか怒りを押し殺した。そして、奥歯を噛み締めながら、手を伸ばし、自ら首元のネックレスを外した。

「そうこなくちゃ!貴婦人なんだから、少しは寛大になりなさいよ」

理子は満足げにネックレスを首にかけると、そのまま息子の方を向き、得意げに胸元を示した。「似合う?」

峯人はニヤニヤと笑いながら答えた。「似合うよ。誰よりも似合ってる」

その「誰よりも」は、言うまでもなく美琴への当てつけだった。

「調子
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Comments (1)
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ババ
お腹が痛くなる程に笑わせて頂きました今回のストーリー最高。
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