ログイン彩乃と忍のいきさつを知ってから、月子が二人揃っているのを見るのはこれが初めてだった。忍はもともと気さくで面倒見のいい性格だ。一行には美女が二人もいるので、彼は率先して荷物持ちを引き受けた。そして、すぐに大声で言い始めた。「修也、賢、この薄情者ども!ちょっとは手伝えよ。女性陣が見てだろう、それでも男か!」そう言うと、忍は賢と修也の尻を軽く蹴ってから、さりげないふりをして南のスーツケースを二人の方へ押しやった。修也は以前、忍に脅されたことがあったので、彼に向かって冷たく笑うだけで、全く相手にしなかった。賢は忍と同じ三十路の男だが、性格はずっと大人で落ち着いていた。彼はとても紳士的に、忍の手から南のスーツケースを受け取り、引いて歩き出した。南は隼人の秘書室長で、仕事がデキる女性だ。この子供じみたやり取りに、心底あきれていた。「送迎カートはすぐそこよ。何を騒いでるの?」カートだけでなく、たくさんのスタッフもいるのに。賢は彼女を見て、説明した。「俺が紳士的だってことをアピールするためだよ」忍も言った。「そうだよ。俺たちにいいところを見せるチャンスもくれないのか?」南はこんな幼稚なやり取りには付き合いきれず、大股で月子と隼人のもとへ向かった。彩乃は、飛行機の中で一眠りしたのだろう。今はまだ眠そうに、とぼとぼと後ろを歩いていた。忍が彼女のそばに寄り添った。「あなたでもバッテリーが切れることがあるんだな。俺がおんぶしてやろうか?」「ありがとう。でも、大丈夫よ」忍は冷たくあしらわれたが、めげずに図々しく近づいていった。「荷物を持ってやったんだ。何かお礼はないのか?」彩乃はまた彼を一瞥した。「ありがとう」彼女は忍と付き合うのを拒んではいたものの、関係をこじらせたくはなかった。適度な距離感を保つことが一番なのだ。なにしろ共通の友人がいるのだから、気まずくなる必要はない。忍は本当は彼女の意図をすべて理解していたが、気づかないふりをして、媚びを売るチャンスをうかがい続けた。一方で、先に進んで行った南はいち早く、隼人と月子の姿を目にすると、早々にサングラスを外した。「社長、お誕生日おめでとうございます」隼人もまた彼女に頷いた。「ありがとう」会社での隼人には威厳があるが、息が詰まるほどではない。今日は誕生日パーティーなの
月子はぱちくりと瞬きをして、隼人を見つめた。「どう?悪くないでしょ?」隼人の傷は、かつて静真によって吊るされ、暴行を受けたときのものだった。当時、月子に聞かれたが、もう終わったことだからと彼は話さなかった。彼女に余計な心配をかけたくなかったからだ。でも、月子はそのことを全部覚えていたんだ。自分が気にも留めないようなこと、何気なく口にした言葉。彼女は、そのすべてを覚えていた。「どうしたの?そんなに見つめて」お前がますます愛おしいからだ……隼人は心の中で呟いた。「すごく気に入ったよ。最高のサプライズだ」「気に入らなかったら、本気で怒るからね。すごく時間かかったんだから」「そんなわけないだろ。お前がくれたもので、気に入らないものなんてないさ」「そうでなくっちゃ」隼人は、ひときわ深い眼差しで彼女を見つめた。「お前のなにもかもが、俺はたまらなく好きなんだ」きっと、自分は月子の毒にやられてしまったんだ。もう彼女なしでは生きていけない。もし月子がいつかいなくなってしまったら、身を引き裂かれるほどの痛みに襲われるだろう。人を愛しすぎると、こんなにも胸が苦しくなるものなのだろうか。月子は、隼人が自分に対してこれほど深く思い悩んでいることなど知る由もなかった。彼女はただ嬉しそうに目を細める。なんだか彼の言葉には、別の意味が隠されているような気がして、ちょっとHな気分になってしまった。……友人たちがリゾートホテルに到着するのは、夕方の六時ごろの予定だ。時間はまだたっぷりある。午前中、月子は細かい打ち合わせの電話をするだけでよかった。でも、隼人がその役目を引き受けてくれた。誕生日の主役である彼が、全部自分で手配すると言うのだ。「私がお祝いする側なのに……」隼人は彼女にキスをした。「お前はもう十分やってくれただろう。俺の想像以上だよ。あとは、思いっきり楽しめばいいだけだ」彼の言葉と真剣な表情を見て、月子は悟った。隼人がそう言うからには、後は彼に任せればいいのだ。他の金持ちの御曹司たちと違って、隼人は身の回りのことはなんでもうまくこなせるのだ。こういうことは、静真にはできないだろう。二人とも生まれながらのセレブだが、静真の方こそ、誰かの世話が必要な本当の御曹司だ。でも隼人は違う。自分の身の周りのことをこなせるう
最後までしてないから、月子はそんなに疲れてはいなかった。でも、初めてだったこともあって、今はちょっと触られただけでも、いつもよりずっと敏感になってるのだ。それに、あの後、隼人が彼女が流した汗も、それ以外のものも全部洗ってあげたのだ。おかげで彼女は指一本動かさずに済んだから、本当に気持ちよかった。そんなふうに至れり尽くせりしてくれる隼人はなんて素敵なんだろうと、月子は見つめた。しかし、思い出すと、また顔が熱くなるのだ。いつも気品にあふれていて、他の人からは手の届かない存在に見えるのにそこまでしてくれるなんて。月子は自分すら恥ずかしくてたまらないのに、彼の方は逆に平気な顔をしている。本当に図太いんだから。月子は、隼人と知り合ってからずっと、彼は自分の感情を隠すのが上手だと感じていた。きっと普通の付き合いじゃそう簡単に見抜けないだろう。何といっても、彼はすごく腹黒いのだ。「気に入ったか?」月子がずっと自分を見つめているのに気づいて、隼人が尋ねた。「こんなに気持ちいいなら、これからお風呂はあなたにお願いしようかな。指一本動かさなくていいなんて、怠け者になっちゃいそう」月子はこれまで、こんな経験をしたことがなかった。母親がとても厳しく、小さい頃から何でも一人でできるように育てられたからだ。少しも甘やかされてこなかった。隼人は彼女にちらりと目を向けた。「てっきり、さっきのことかと思ったよ……んっ……」月子は、慌てて彼の手を口で塞いだ。隼人は、また彼女の手のひらにキスをした。「もう、変なこと言わないでよ!私は純粋にお風呂のことだけを言ったの!」隼人は、また月子の手のひらにキスをした。そのくすぐったさに、彼女は手を離した。「わかってるさ」隼人は言った。「いつでも洗ってあげるよ」月子は時間を確認した。まだ十時前だ。「最後までしないなら、もう少し寝たいな。昨日の夜は、本当に寝るのが遅かったから」隼人は彼女の体を拭いて、ホテルのバスローブを着せると、ルームサービスで朝食を頼んだ。月子はすぐにでも横になりたかったが、彼に無理やり朝食を食べさせられ、それからようやく休むことを許された。だけど、月子も本気で眠いわけじゃない。ただ、もう少し隼人に甘えていたかった。あんなことをした後は、無性に彼にべったりしたくなる。肌と肌
すべてが終わる頃には、月子はまるでシャワーでも浴びたかのように汗ばんでいた。髪は顔に張り付き、その姿は少し乱れていた。「隼人さん、あなたって本当に……んっ……」彼女は、隼人の強引で激しいキスをされるがままに受け入れた。息もできないほどのキスで、頭がぼーっとして、何も考えられなくなった。でも、彼の長くて力強い手が腰に添えられたのは分かった。……「本当に……しないの?」「そうだ、誕生日パーティーが終わってからにしよう」「隼人さん」月子は小声で言った。「どうしてそんなに我慢強いの?」隼人の唇が彼女の首筋に触れた。「我慢するなんて、誰が言った?」月子は訳が分からず、「じゃあ、どうするの?」と聞いた。…………キスしてるときって、もう頭の中がぐちゃぐちゃでまともなことなんて考えられない。「もう一回、謝ってよ!」気を取り戻した月子は目を細めて隼人を睨んだ。彼の野獣みたいなやり方に文句があるわけじゃない。でも、なんだか機嫌が悪くなってしまった。隼人は月子の機嫌を損ねた理由が分からなかった。でも、自分が彼女を不機嫌にさせたことだけは確かだ。彼は少し頭を下げて言った。「ごめん、俺が悪かった」隼人はうなだれて、まるで祈るかのように月子の手の甲に優しく、名残惜しそうにキスをした。「さっきはどうして、こんなふうにキスしてくれなかったの?」月子は尋ねた。隼人が顔を上げると、シャワーのお湯が彼の頭に降り注いだ。湯気に包まれていても、その凛々しい顔立は変わらないが、眼差しはとても穏やかで、まるで名家の御曹司のように真面目で禁欲な雰囲気だ。だけど残念なことに、その口から出た言葉は全然違った。「そういうキスが好きなら、今から続きをしようか?」月子は言葉に詰まった。「どうする?」月子はしばらく隼人を睨んでいたけど、結局うなずくことはなかった。彼女は手で彼の唇を塞いだ。隼人は、その手のひらにキスを落とした。彩花が勧めてくれたこのホテルは、雰囲気がとてもよかった。そして今の二人の間のその雰囲気と相まって甘い空気が漂っていたのだ。月子は甘いものが苦手なのに、この甘さには抗えなかった。まるで心の中まで甘くなっていくみたいだ。月子は隼人の唇を塞いでいた手を離して、「もっとこっちに来て」と言った。月子がバ
「以外に……紳士的なのね」二人は少し話しているうちに、気まずさがなくなってきた。「てっきり、すぐにでも私のネグリジェを破り捨てちゃうのかと思ってたけど」「なんだそれ?」「……ちょっと、予習をしてきたの」隼人は抱きしめていた腕を解き、月子を見下ろした。すると、月子はまた恥ずかしくなってきたので、気まずくて、隼人の目を見つめられないほどだった。彼に見つめられると、心臓がドキドキして、何を話していいかわからなくなる。隼人は時間を確認した。「何してるの?」月子には彼の行動が理解できなかった。これからって時に、どうして気を逸らすの?「時間が足りるか、見てるんだ」それを聞いた月子は、顔を赤らめた。「ケダモノなの?30分もあれば十分でしょ!」隼人は愛おしそうに、そして呆れたように月子を見ると、思わず彼女にキスをした。「今にわかるさ」「じゃ、わからせてよ。せっかくちゃんと計画してきたんだから」と月子は言った。隼人は彼女を離した。「ベッドに行って横に慣れ」「え?」すごくストレートだ。月子は隼人を疑うように見つめた。でも、彼のその瞳はいつもの、彼女を飲み込みそうな眼差しだった。それを見た月子は隼人もきっと乗り気なのだろうと思った。月子はごくりと唾を飲み込んだ。緊張で、無意識に手を握りしめていた。そして、くるりと向きを変え、ベッドへと向かって歩いていた。数歩進んだところで、彼女は歩みを緩めた。なんだかおかしい。普段なら隼人はいつも自分をベッドまで抱きかかえて行くんじゃないの?なのに、今日に限ってどうして自分で行かせようとしたのだろう?月子が振り返って、こんな肝心な時にロマンチックじゃないと文句を言おうとした時。突然、全身が硬直し、鳥肌が立った。隼人が彼女の背中にキスをしたのだ。続いて、彼に後ろから押され、月子はなすすべもなくベッドへ倒れ込んだ。するとそのまま彼に、背後から押さえつけられたのだ。月子の心臓ドキドキして、口から飛び出しそうだった。こういうことだったのね……そう思いながら、月子は柔らかいベッドに顔をうずめた。そして背中にのしかかる山のような重みを感じた。この体勢では何も見えないし、何も感じられない。もし相手が何かをしようとしても、心の準備ができない。主導権は完全に隼人
月子は一度決めたからには、計画通りにやり遂げようとしていた。緊張と興奮でかいた汗をシャワーですべて洗い流す。バスタオルで水滴を拭うと、全身がさっぱりして気持ちがよかった。バスルームには鏡が一枚あった。月子は、この日のために選んだ黒いネグリジェを身にまとい、鏡の前に立った。初めて着たけど、体にぴったりとフィットしていた。体を横に向け、髪を片方に寄せると、大きく開いたVラインが首筋から背中の下の方まで伸びているのが見えた。肩甲骨のところで細いストラップが交差していて、すごくきれいだった。月子はとても満足した。「月子、もう出られるか?」外から隼人の声が聞こえてきた。月子は思わずドアノブに手をかけ、自分の足元を見ながら答えた。「う、うん!」「どうしたんだ?」彼女の声がひどく緊張していたので、隼人は何かあったのかと心配になった。「……あ、蚊がいたのよ。大丈夫だから、待ってて。すぐに出るからね」と月子は言った。「わかった」月子はゆっくりと息を吐いた。もう一度鏡で自分を確認して、うん、問題ないと頷いた。髪にそっと香水をひと吹きする。甘すぎない、ほのかな香りだ。彼女はドアノブを見つめ、息を深く吸い込んでから手をかけた。そして、ついにドアを開けた。隼人がちょうどカーテンを閉めようとしているところだった。少し開いた隙間から、太陽の光が先を競うように差し込み、まっすぐに月子の上に降り注いだ。部屋のほかの場所は薄暗く、月子だけが光の中に立っていた。黒いロングドレスをまとった彼女は、黒と金色の光を浴びて、どこか神聖なオーラさえ放っているようだった。物音に気づいて隼人が振り返ると、その光景が目に飛び込んできた。彼は一瞬息をのみ、その瞳は深く、吸い込まれそうなほど暗くなった。隼人の視線を感じて、月子の心臓は速く打ち始めた。彼は、彼女が何をしようとしているのか全く予想していなかったらしい。もうすでに服も着替えてしまっていた。落ち着いた雰囲気のリゾートスタイルだ。シャツもパンツも白で統一されていて、涼しげだけど手入れが難しい高級な素材でできている。髪にはスタイリング剤をつけておらず、ふんわりと柔らかそうだ。逆光に照らされた美しい横顔は、少し幼くも見えて、とても素敵だった。月子も、思わず見とれてしまった